村長の手紙と警戒の依頼

 

 宿を出て村長の家に向かった。


 単に行ってくるという挨拶をするだけだったのだが、村長から手紙を渡された。


 大事な話があるから一時的に帰ってきてほしいと書かれている村長直筆の手紙だ。魔法で村長の署名もしてある。


「これ、必要か? こんなものは無くてもアンリならちゃんと帰ってくると思うのだが。別に家族が嫌になって家出したわけじゃないだろ? 以前聞いた時は自由への逃避行とか言ってたけど」


「フェルさんの言うことならちゃんと聞いて帰ってきてくれるとは思うのですがね、連れ戻されて、もう町から出さないつもりだと疑われたら帰ってこないと思うのです。手紙にはちゃんと一時的の帰郷だと誓約魔法つきで手紙を書きましたから、これを見せればアンリも納得してくれるでしょう」


「そこまでしなくても村長はアンリに信用されていると思うけどな。でも、預かっておこう。何かの役に立つかもしれない。それじゃ、ちょっとルハラまで行ってくる」


「はい、よろしくお願いします」


 これでここはいいだろう。次はアビスへ行って町の警戒を頼むか。




 アビスの入り口付近では多くの冒険者が列を作っていた。ダンジョンへの入場手続きをしているのだろう。


 魔物ギルドの小屋はアビスへの入場手続きするための小屋になった。担当しているのはバンシーやシルキーだ。今日はバンシーのようだな。笑顔で対応している。


 アビスは遺跡機関が認める公式なダンジョンだ。ダンジョン内で見つかった物は価値の一割を収めなくてはいけない。それはダンジョンを管理している者の権利。アビスの場合はソドゴラの町が該当する。


 アビスにいつ入って、いつ出てきて、どんなものを手にいれたか、それが冒険者ギルドのカードに記録できるようにここで手続きを行う。それらの情報から支払うべきお金が分かる仕組みになっているらしい。なお、お金を支払うのは一年以内。見つかった物全てをお金に換算するわけじゃないからな。支払いまでそれなりに猶予があるわけだ。


 残念ながらそのお金を収めようとしない冒険者もいる。そういう輩はアビス内でなにかあったかばれないように、入る前の手続きをしない。でも、それは罠だ。


 手続きしないでアビスの中に入ると、超強力な魔物にボコボコにされる。冒険者の間ではそういう噂が流れているのだが、それは噂でも何でもなく、本当に私の従魔達がボコボコにしているわけだ。


 アビスの中にいる魔物はアビスが魔素で作った魔物。疑似生命体という奴だ。でも、超強力な魔物達は、私の従魔達。本気でやったらウェンディはともかく、ユーリやゾルデだって危険なレベル。アダマンタイトだって危ないのに、普通の冒険者が勝てる訳がない。


 わざと手続きせずに強い魔物と戦おうと言う物好きもいるが、一回戦って身の程を知る。そして次からは普通に手続きするわけだ。


 当然私は手続きをしないでも大丈夫。でも、手続きしないと他の冒険者に示しが付かないとかで私もやらされている。そんなに時間は掛からないからいいんだけど、なんとかならないものか。


 そんなことを考えていたら、自分の番になった。


 小屋の中でバンシーがニッコリと笑っている。


「フェル様、ギルドカードをお願いします」


「ああ、それじゃ頼む」


 ギルドカードを渡すと、バンシーが受け取った。目の前にはアビスが用意した変な板がある。その板にはカードが通るくらいの溝があり、バンシーはその溝にそってカードを動かした。


 ちょっとだけ高めの音が鳴った。これで手続きは完了だ。


「はい、ありがとうございました。では良い冒険ライフを!」


「それって私には言わなくてもいいぞ?」


「いえ、マニュアル通りにしないと! マニュアル大事です!」


「まあいいか。そうだ、お願いがあるから皆と連携して対応してくれ。ジョゼに伝えておくからよろしく頼むな」


「そうなんですか? 分かりました。後で聞いておきます」


 バンシーと別れてアビスへの階段を下りる。


 階段を下りる時、私や従魔達の場合は冒険者達とは違って別の場所に転移される仕組みだ。


 いつものエントランスに着いた。ここには冒険者は来ない。アビスの話ではダンジョンが二つあって、住人用と冒険者用に分かれている。こっちは住人用だ。


 冒険者用もほぼ同じ構成のダンジョンにしていると聞いたが、冒険者用のダンジョンには行ったことがない。一度行ってみたいものだ。


「アビス、ジョゼを呼んでくれ」


『畏まりました。そういうのは先に通話を送ってくれれば、効率的ですよ? なんでわざわざここへ来てからお願いするのですか?』


「いや、ここへ来てお願いした方が、誠意がある様に思えないか? 来れない場合は通話でお願いするけど、来れる距離ならここまで来てお願いした方がいいと思ったんだが」


『そういうのはよく分かりませんが、私に配慮して、と言うことなのですね? なら納得しておきましょう。それで今日はどうされました? ジョゼを呼ぶだけでよろしいですか?』


 アビスにアンリの事を言うのはどうかと思うんだが、気にはしているだろうし伝えておくか。


「実は村長の依頼でルハラへアンリを迎えに行くことになった。その報告と町の事で依頼したいことがあってな」


『アンリ様ですか。そういえば、最近念話が届かないですね』


「アビスもアンリ達と念話していたのか?」


『はい、三日に一回くらいでしょうか。ルハラでモテすぎて困ってるみたいでしたね。アンリ様なら当然ですが』


 今、アビスは人型じゃない。でもドヤ顔している気がする。それにしても、モテすぎて困る? まあ、そういう年ごろだから、もしかしたら彼氏の一人くらいいるのかもしれない……心の準備だけはしておこう。それにリエルだけにはバレないようにしないと。


 脳内でアンリに彼氏がいることをイメージトレーニングしていたら、ジョゼが奥からやって来た。


「フェル様、お呼びと伺いましたが」


「ああ、私はこれからルハラへ行ってアンリを連れ戻してくる。その報告をしに来た」


「アンリ様ですか。そういえば、最近念話が届きませんね」


「お前もか。もしかしてモテすぎて困っているとかいう内容か?」


「いえ、私はフェル様の近況を伝えていただけですが」


「私の近況?」


「はい、鮮明に伝えておきました。ダンジョン内で三日もお風呂に入らなかったとか。最終的には十日も入りませんでしたが、それは伝えてません」


「……なんでそんなことを伝えた?」


 そんなプライベートな事を伝えないで欲しい。年齢的には二十八だが、見た目は十五のままだ。心だっていつも十五だって言ってもいいだろう。乙女と豪語してもいい気がする。だから例えアンリでもそんなことは知られたくない。


「アンリ様はフェル様に追いつきたいのですよ。どれだけ強くなっているのか知りたいのでしょう。どんな相手を倒したとか、どんな冒険をしたのかを詳しく知りたがっていましたので色々とお伝えしています」


「何となくわかるが、風呂に入らなかったことを伝える必要はないよな? 絶対ないぞ?」


「それも冒険だと思いまして。冒険中はいつでもお風呂に入れるわけじゃないんだ、とアンリ様は感心されていました」


 そんな事を感心されても。まさかアンリも似たようなことをしているとかじゃないよな……まあ、ルハラへ行けば分かることだ。


「色々と言いたいことはあるが、とりあえず分かった。納得はしてないけど」


「ところでフェル様、ルハラへ行くなら護衛はどうされますか?」


「今回はルハラへ行くだけだし必要ない。それよりもお願いしたいことがある」


 ニアから聞いた話をアビスとジョゼに伝えた。あくまでもニアの勘でしかないが、警戒しておくべきだろうと説明する。


「何があるか分からないからな。怪しい奴らがいたら警戒してくれ。それと住人に変な不安は与えたくない。町の中で警戒する魔物は人型の魔物にしてくれ」


「畏まりました。対応致します」


「よろしく頼むな。アビスも町の方を気にしてやってくれ」


『もちろんです。今なら町全体を覆えるほどの結界だって作れますからご安心を』


「そうなのか? この村に夜盗とか来ても返り討ちだと思うが、それがあるならさらに安心だな。それじゃ、よろしく頼む」


 ジョゼが頷き、アビスは「お任せください」と言った。これで町の方は大丈夫だろう。


 よし、準備は整った。さっそくルハラへ行こう。


 目の前に転移門を開いた。帝都の東にある森、そこにある古城への門だ。ここから結構近い場所なんだけど、ごっそりと魔力を使ってしまった。今日はもう魔力を消費したくないな。


「それじゃ行ってくる」


 アビスとジョゼにそう言って空間にできた門を潜った。

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