子供自慢
窓からの日差しで目が覚めた。今日もいい天気のようだ。
この部屋を使うのも一ヶ月ぶりだが、埃っぽくない。いつも掃除や換気をしてくれていたのだろう。ニア達に感謝しないとな。
今日はアンリを連れ戻しにルハラへ向かう。
昨日の夜にアンリへ念話を送ったが、反応が無かった。大丈夫だとは思うが、何かあったのだろう。変な事に巻き込まれてないといいけど。
出発の準備をしながら昨日の事を思い出した。
ディアの意識改革は上手くいった方だと思う。ガープから好意があることを意識したような感じだった。「ガープ君が私の色気に参っちゃったみたいだね!」とか寝ぼけたことを言っていたが、確かにディアの見た目は悪くない。それにオシャレな感じだ。
ガープに聞いてみないと分からないが、見た目で選んだわけじゃないと思うんだよな。どちらかと言うと職人として尊敬しているとか、そんな感じに思う。
ディアの意識改革の後は、ヴァイアの子供自慢が始まった。
九歳になるリン、それと五歳になるモス。リンが姉で、モスが弟。その自慢だ。そこにノストとのノロケが入ると言う完璧な布陣。聞くだけで疲れる。まあ、幸せそうなヴァイアを見るとちょっとだけ疲れが取れる気もするけど。
ヴァイアがいつも言っている言葉がある。「リンちゃんは天才なんだよ!」だ。天才と言うのはヴァイアの事だと思うが、子供の事になると、ヴァイアは冷静な判断ができない感じだ。子供にしては魔力量も多いし、既に術式の勉強をさせているとか。それに近頃はモスも天才だとか言い出した。親ばかってこういうのを言うんだろうな。
でも、親ばか加減ならリエルも負けていない。ヴァイアに対抗して孤児院にいる子供達の自慢をしてくる。絵が上手いだの、歌が上手だの、べた褒めだ。以前、急いで来てくれと言われて行ってみると、「俺の絵をかいてくれたんだよ! やべぇ、歴史に残る作品じゃね?」と一枚の絵を嬉しそうに見せられた。ダンジョンを攻略中だったのだが、あまりにも嬉しそうだったので怒るに怒れなかったな。
そしてメノウはカラオとククリの三歳になる娘、つまりメノウにとって姪にあたる子でヴァイア達に対抗する。目に入れても痛くない程可愛いらしい。というか、カラオとククリよりもかわいがっているとか。立派なメイドにしてあげるとカラオに言ったら、泣いてやめて欲しいと懇願されて、一時期はたそがれていた。もう立ち直ったのかな。
準備をしながら、そんなことを思い出していたら、鏡に自分の姿が映った。満面の笑み。自分でも気づかないうちに笑っていたようだ。毎回、代わり映えのない会話だ。大体の話は恋バナと子供自慢。それでも思い出したら楽しくなってくる。
いまだに魔王様を見つけられないという問題はあるが、ここへ帰ってくるたびに焦燥感がいい意味でなくなる気がする。慌てても仕方ない、一歩ずつ前進するんだ、と強く思える。それに皆と飲み食いしながら話をするだけで、活力と言うか気力が漲る感じだ。
皆からはいつも力を貰っている。いつかはちゃんと礼をするべきだな。照れくさくてなかなか言えないけど。
さて、準備は整った。ルハラへ出発するけど、まずは朝食だな。
部屋を出て廊下を歩き、階段を下りる。
食堂には少ないが冒険者達がいた。私の方をチラチラと見ているようだが、話し掛けるほどではないようだ。
いつもの席に座ると、小さな女の子のウェイトレスがやって来た。緊張しているのか動きが硬い。
「フェ、フェルさん! お、おはようございます!」
「おはよう、ハク。スペシャルセットを頼む」
「は、はい! ス、スペシャルいっちょー! す、すぐに持ってきますので!」
「いや、慌てるな。ゆっくりでいい。以前、慌てて大変な事になっただろ? 急いでないから落ち着いてな」
そう言うと、ハクはお辞儀してから厨房の方へパタパタと走って行った。
ハクは今、五歳くらいか? 朝だけだと聞いているが、こんな子供の内からウェイトレスをやっている。まあ、ニアとロンの子供だから、家のお手伝いと言う位置づけなのだろう。
しばらく待つと、ハクが危なげな足取りで料理を運んできた。見ているこっちがヒヤヒヤする。
「お、お待ちどうさまでした! ス、スペシャルセットです!」
ハクはテーブルの上にゆっくりした動作で丁寧に料理を置いていく。最後の料理をテーブルに置くと、大きく息を吐きだした。
「ありがとう、よく頑張ったな」
ハクの頭をなでてやると、嬉しそうにしている。
「えへへ……あ、それじゃごゆっくり!」
ハクはそう言うと、お盆を抱えてまた厨房の方へパタパタと走って行った。なんとなく昔のアンリを思い出すな。アンリの場合は、もっとこう……大変な感じだったが。ハクが普通の五歳だと思う。
まあいい。今は朝食に専念しよう。スープは暖かいうちに飲まないとな。
朝食を食べ終わり、一息ついていたところへニアがやって来た。
「おはよう、フェルちゃん」
「おはよう、ニア。昨日はすまなかったな。閉店の時間以降も騒いでしまって」
「何言ってんだい。フェルちゃん達は常連なんだから、それくらいどうってことないよ。それに騒いだのは私達も一緒さ。昨日の夜もそう言ったじゃないか。だから、本当に気にしないでいいからね?」
昨日、閉店まで飲み食いしていたら、ニアとロン、それにヤトがやって来た。その後、一緒になって子供自慢になるわけだ。とくにロンが自慢しまくる。いつも言うのは「ハクはニアを超える天才料理人になるぞ!」だ。
それは難しいだろうが、気持ちは分かるような気もする。ロンとニアは結婚してたけど、子供は作らなかった。元々ニアが貴族に狙われていたからいつでも逃げ出せるように身軽でいたのだろう。
その心配が無くなり、店もヤトという料理人ができた。二人に何の憂いも無くなって、五年前、子供を授かったわけだ。
結構歳をとってからの子供だ。メノウじゃないが、ロンは本当に目に入れても痛くないと豪語するほどの可愛がりっぷりだ。ニアも似たようなものだけど。
ニアの産休中はヤトが食堂の味を落とさないように頑張っていた。ヤトも今では料理レベル四。努力で天才の領域まで上り詰めた。ヤトはいつか自分の店を持ちたいとか言ってたな。魔界に店を出すつもりなのだろうか。
「ところでフェルちゃん、昨日言ってたけど、これからルハラへ行くんだって?」
「ああ、村長に頼まれてな。アンリとスザンナを連れ戻すつもりだ。多分、それほど時間は掛からないと思う」
一週間はかからないだろう。早ければ明日にでも帰って来れるはずだ。
「すぐに帰ってくるんだね? なら良かったよ」
良かった? 私が早く帰ってくると何かあるのだろうか。
「理由を聞いてもいいか?」
「最近、急に新規の冒険者が増えたんだけどね、素性が怪しい奴らが多いんだよ。表立って何かしているわけじゃないんだけど、なにか探っているような感じで嫌だったからね。フェルちゃんがいるならそう滅多なことは起きないと思ってね」
「それは過大評価だと思うぞ。でも、そんなことがあったのか」
道理で知らない奴らが増えたと思った。冒険者を装った別の何かが入り込んでいるのか。
「そう言うことはもっと早く言って欲しかった。従魔達に町の中を巡回させておこう。変なトラブルが起きないように、人型の従魔だけにするから」
最近、従魔達はダンジョンの中だけで町の方まで来ない。事情を知らない冒険者がいきなり襲って来ることが多くなったので、よほどの事がない限りはずっとダンジョンだ。
ドッペルゲンガーやバンシー、シルキー、それに進化したアラクネなら人族と変わらないはずだ。町の中にいてもいきなり襲われることはないだろう。このメンバーにお願いしておこう。
「そうしてもらえるかい? でも、フェルちゃんも早く帰って来ておくれよ。何となく嫌な予感がするからさ」
ニアは貴族に狙われていた時期があった。危険を察知する能力に長けているのかもしれない。勘みたいなものだったとしても馬鹿にはできないだろう。
「分かった。できるだけ早く帰ってくるから安心してくれ」
ニアは頷いてから「これはお昼にでも食べておくれよ」と言ってお弁当を渡してくれた。ありがたく頂こう。
よし、準備は整った。村長に挨拶して、従魔達に巡回をお願いしてからルハラへ向かうか。
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