孤児院ローズガーデン
ニャントリオンの右隣がリエルの孤児院だ。
孤児院ローズガーデン。
以前、リエルが名乗っていた偽名をそのまま孤児院の名前にしたらしい。
バラのように気高く生きるべし、という理念のもとに名前を使ったとかなんとか。気高く生きるべきはリエルの方だぞと、心の中で何度もツッコミを入れた。言葉にはしない。親友だから。
ただ、ここが孤児院だとしても、ここにいる子達は孤児じゃない。リエルの子供達だ。そこを間違うと私でもリエルに怒られるだろう。
以前リエルがこんなことを言ってた。
「アイツらは俺の子供なんだから孤児じゃねぇ、そこ間違えんなよ?」
理由はどうあれ、孤児と言うのは偏見で見られる事が多い。犯罪に手を染めやすいとか、そんな偏見だが、確かに可能性は高いそうだ。それを払しょくするために孤児とは呼ばず、自分の子供と言っているのだろう。
それに村長に頼んで勉強を見て貰ったり、町の仕事を手伝わせたりして、子供達を教育していると言っていた。何かの仕事に就ければ犯罪に手を染めないと考えているのだろう。ちゃんと母親的な事もしているわけだ。
こういうところはリエルの数少ない尊敬できるところだな。男の子の場合、「大きくなったら結婚してくれ」と言うのはどうかと思うけど。
管理者達が止まってから、国同士の戦争は起きていない。戦争で孤児になる子供は少なくなったと聞いている。とはいえ、疫病で両親を亡くしたり、魔物に襲われたりと、孤児になる子がいない訳じゃない。そういう子供達をリエルは全員受け入れた。
子供達は増えたが、経営は問題ないらしい。聖人教の支部も兼ねているため、治療院みたいなこともしているからだろう。
リエルは治癒魔法に関しては相当な腕前だ。深刻な怪我をした冒険者でも治すことができる。しかも結構安く請け負っているようで、冒険者にも相当慕われているらしい。
今はアビスを攻略しようとする冒険者が多いからな。怪我をする奴も多いのだろう。安い治療費だが人が多いので、結構な稼ぎになるとか言ってた。
今日も怪我をした冒険者達でいっぱいかもしれないな。邪魔しないようにしないと。
「たのもー」
孤児院へ入ると、多くの冒険者らしき奴らが治癒魔法を受けていた。リエルがやっているわけじゃない。ここに住んでいる子供達が対応している。
子供達はリエルに治癒魔法や医療知識を教わっている。軽度な怪我に関しては、練習がてら治させているって言ってたな。
それにリエルの子供達は冒険者を目指すことが多いらしい。冒険者の厳しさを間近で見させているとも言ってた。冒険者は楽しい事ばかりじゃなくて、怪我とか大変な事が多いからな。将来を簡単に決めず、ちゃんとやっていけるかどうかを判断させているのだろう。
そんなことを考えていたら、女性が近寄って来た。見覚えがある顔で、金色の髪と金色の目をしている。女神教に捕らわれていた子供だ。二十を過ぎた女性に子供と言うのはちょっとあれだけど。
基本的に子供達は十五になったら孤児院を出ることになる。自立させてなにかしらの仕事に就かせるそうだ。ただ、孤児院の経営を手伝いたいと言って残る子供達もいる。目の前の女性はその一人だ。
「ローズガーデンへようこそ。治療のご依頼ですか? ……あ、フェルさん! お久しぶりです!」
どうやら私に気付いてくれたようだ。最初の子供達とは結構長い付き合いだからな。覚えてくれていたのだろう……申し訳ないが、私の方は女性の名前を知らないけど。
「久しぶりだな。リエルはいるか?」
「聖母様は今、お祈り中です。夕刻までは部屋から出てこないかと思います」
「ああ、昼寝か」
「お・い・の・り・ちゅ・う、です。もう、フェルさんはいつも聖母様をそういう風に言うんですから。まあ、聖母様の親友として冗談を言っているのは分かってますけどね!」
何も分かってない。私はいつだって本気だ。本気でリエルが昼寝していると思う。
なんというか、リエルの子供達はリエルに甘い。リエルの行動を全て好意的に捉える節がある。
リエルがよく言う「結婚してくれ」という言葉は、「お前は私の家族だ」という意味だと思っているらしい。しかも、その行為は愛を振りまいているとかに脳内変換されていた。
愛と言っても、恋愛的な愛ではなく、隣人を愛せみたいな愛らしい。それを熱弁されたのもいい思い出……いや、悪い思い出か。しかも熱弁は一人じゃなくて全員だ。魔眼で見ても洗脳とかはされていないのだが、どういう思考回路なのだろうか。初めて聞いた時、ちょっと恐怖したのは内緒だ。
さらにリエルに治してもらった冒険者なんかもそんな風に思っているらしい。結構素行の悪い冒険者も、リエルに治療されると素行を改めると聞いた。
もう一種の宗教だな。リエルにはカリスマ的な何かがあるかもしれない。確かにいい奴なんだけど、そこまで行くとちょっと怖い感じがする。皆、もっと現実を見て欲しい。
「あの、フェルさん?」
おっと、考えすぎてほったらかしにしてしまった。
お祈りと言う名の昼寝をしているのなら起こすのもなんだな。お土産だけ渡しておくか。
「リエルにお土産を持って来たんだが、お祈り中なら仕方ない。ここに置いていくから皆で食べてくれ」
「いつもすみません。フェルさんのお土産はいつも美味しいと評判なんですよ!」
「まあ、私が美味しいと思ったものを買ってきてるからな。今日はパイナップルとかいう食べ物だ。皆で分けて食べろよ」
大量のパイナップルを亜空間から取り出す。全部で二十個はある。残りは私のだ。
「ウゲン共和国辺りで採れる果物だ。切って中の黄色い部分を食べるんだぞ。表面はトゲトゲしていて、痛いし美味しくない。下手すると口の中を切るから気を付けろ」
「……食べたんですか?」
「……いや? 小さい子供もいるからな。念のための忠告だ」
食べてない。かじっただけだ。
くそう、オルドの奴、美味いから食べてみろと言って、パイナップル一個丸ごと渡してくるなんて。あれは嫌がらせというか罠だろう。最初から切って出せばいいのに。
「分かりました。では、今日の夜にでも頂きますね。いつも本当にありがとうございます」
深々と頭を下げられてしまった。見た目上、私の方が年下だから、治癒魔法を受けている冒険者達が不思議そうに私達を見ている。注目を浴びるのは嫌だ。
「お礼をされるのは嬉しいが、そんなに頭を下げなくていい。それに、ここにいるのはリエルの子供達だからな。親友の子供にお土産を持ってくるのは普通だろ?」
「聖母様がいつも言っている通りです。『フェルに礼をすると嫌がるからほどほどにな』ってよく言ってますよ?」
さすが親友、よく分かってる。
お土産を持ってきて当然とか思われたら嫌だが、丁寧にお礼されるのも嫌だ。普通に「ありがとう」だけでいいんだ。腰を九十度に曲げてお礼されるのはやりすぎだ。
さて、ちょっと目立ってしまったし、そろそろ退散しよう。お土産を渡すと言うミッションはクリアした。リエルが寝ているなら他に用事はない。
「それじゃリエルによろしくな」
「あ、フェルさんは妖精王国へ泊まるのですよね?」
ガープといい、なんで私が妖精王国へ泊まると知っているのだろう。町にもいくつか別の宿ができたから、そっちの可能性もあるのだが。まあ、確かに一度も泊まったことはないけども。
「そうだな。いつも通り妖精王国だ」
「なら聖母様に伝えておきます。多分、夕食をご一緒されたいかと思いますので」
「それなら、妖精王国の食堂へ来てくれと伝えてくれ。多分、いつもの場所で食事してるから……そうそう、ディアも来ると思う」
「分かりました。それも伝えておきますね。聖母様はフェルさんが帰ってくるといつも嬉しそうにしてますから、今日は羽目を外して騒ぐかもしれませんね」
「アイツはいつも羽目を外してないか?」
ものすごく否定された。普段のリエルは慈悲深くいつも笑みを絶やさない優しい人らしい。普段のリエルは何をやっているのだろう? 私が見たことないリエルがいるのだろうか。
まあいいか。気にしても仕方がない事ってある。多分、子供達はリエルに補正がかかるフィルターが掛かっているんだ。いつか気付く時が来る。
そんなことを考えながらローズガーデンを出た。
広場で立ち止まり考える。次はどうしようかな。
あと行けそうな場所はヴィロー商会の支店とメイドギルドのソドゴラ支店ぐらいだ。おそらく、ラスナとメノウがそれぞれいるだろう。
……行く必要はないか。それぞれ違う理由だがあそこへ行くと面倒な事になることが多い。あまり足を運びたくない。
ここは妖精王国へ行ってのんびりするか。久しぶりにニアの料理を食べよう。
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