仕立て屋ニャントリオン
ディアの店へ到着した。
到着と言うほどでもないな。冒険者ギルドの右隣だ。
仕立て屋ニャントリオン。
猫のマークがシンボルの建物だ。以前見た時よりもさらに増築した感じだ。それでいて違和感はない。ロンが頑張ったのかな。
「たのもー」
入り口の扉を開けて中へ入った。
店の一階は冒険者用の装備品だ。入り口のすぐ横には二階へ行ける階段があり、そっちは通常の服を売っている。どちらかと言うと女性物が多いが、男性物の服も取り扱っているはずだ。
だが、一階も二階も既製品売り場。本命は一階奥で作ってくれるオーダーメイドの服だろう。ディアのオーダーメイド服は人気がある。お金がある奴はそっちを頼むよな。まあ、時間がかかるが、それは服を作って貰う醍醐味といえるだろう。服が出来上がるのを待つと言うのは、何とも言えない楽しみがある。
周囲を見渡していたら、店員らしき獣人が近寄って来た。初めて見る顔だが、ウサギの獣人だろうか。随分と若く見えるが。
「いらっしゃいませ! ニャントリオンへようこそ! なにかお探しですか? これなんかどうでしょう? 流行りの鎖帷子です。超いけてますよ!」
流れるように防具を売ろうとしている。見たいだけの人もいるんだから、そういうのはやめた方がいいんじゃないかって言ったんだけど、まだやっているようだ。
「すまん、買いに来たわけじゃないんだ。素材を売りたくてな。ディアはいるか?」
「買い取りでしたか。でも、すみません、店長は今、急ぎの仕事を抱えてまして、しばらく手が離せないんですよ。今日の夕方ぐらいには終わる予定ですが」
ディアが仕事をしているという言葉に今でも違和感がある。ギルドの仕事とは違うだろうけど、サボるイメージが強くてうまく理解できない。忙しい振りをしているだけなのかもと疑ってしまう。
「その人は俺が対応する」
店の奥からガープがやって来た。相変わらずの老け顔だ。でも、見た目はあの頃から変わってない。年齢に近づいたとも言えるか。
「あ、副店長。もしかしてお知り合いの方ですか?」
「いくら若い獣人とは言っても、この方の事を知らないのは勉強不足だぞ? まあ、それは後だ。向こうのお客さんを手伝ってやってくれ。うまく装備できないようだからな」
「そうなんですか? あ、まずは向こうのお客さんですね? わかりました、行ってまいります。ではお客様、ごゆっくりどうぞ」
獣人の店員は丁寧に礼をしてから、試着に困っている客の方へ向かった。
「すまない。まだ日が浅いバイトでな」
「気にしてない。あの獣人は語尾に鳴き声が付かないからウゲンの獣人だよな? ここでバイトしてるのか?」
「ああ、ウゲンから家族で出稼ぎに来ているそうだ。家族はヴィロー商会やほかの店でも働いているらしい」
最近は結構な割合で獣人達を見かけるようになった。最初は色々とトラブルもあったが、上手くやっているのだろう。人族の装備を手伝っても笑顔で喜ばれているし、迫害されていたというのが嘘みたいだ。
よく見かけるとは言っても、それはこの町だけだ。ヴィロー商会が積極的に雇っているから人界の広い範囲で見かけるようになったけど、まだまだ少ない。もっと増えてもいいと思う。
「それで今日はどうした? また素材を売りに来てくれたのか?」
おっと、考えすぎてここに来た理由を忘れてた。
「ああ、戦利品だ。それほど貴重な物はないが革装備には使えると思う」
亜空間から魔物の皮をあるだけ取り出す。それをカウンターに置いた。
「いつもすまない。フェルが持ってくる素材はいつも綺麗な状態だから、重宝してるんだ。でも、いいのか? これだけのものなら相場はもっと高いんだぞ? いつも安く売ってくれているが、もう十分な支払いができるくらい店は安定している。これからは正規の値段で――」
「無駄使いするな。安定しているとは言っても何があるか分からないんだから溜め込んでおけ。それにこれは私にとってついでだ。お小遣い稼ぎみたいなものだな。だから安くて構わない」
「そうか……開店当初からフェルには世話になりっぱなしだ。いつか恩返しをさせてくれ。それじゃお金を用意してくる。計算もするからちょっと待っててくれ」
ガープに頷いてからカウンターにある椅子に座った。
開店当初から、か。まあ、そうだな。というよりも、この場所は昔から常連だ。
ヴァイアがオリン国のエルリガへ引っ越した時、雑貨屋をディアが買い取った。そしてニャントリオンに改装。ディアはギルドの受付嬢を辞めて仕立て屋を始めた。
もともと雑貨屋とか宿はロンが村長に許可を得て建てた物だ。本来、土地や建物に値段はないも同然だったのだが、ディアも律儀なところがあるので、ちゃんとお金を出してロンから買い取った。ヴァイアも引っ越すときに店の事を考えてなかったとかで、ディアがそのまま使ってくれて嬉しいとか言ってたな。
ディアは結構お金を貯め込んでいたので、土地と建物に関しては問題なく買えたらしい。
ただ、店と土地にお金を使ってしまったディアは布を買えず、既製品の服しか売ることができなかった。パトロンとしてスザンナがお金を出して布とかを大量に買い込んだが、それでも最初は苦労したのだろう。
そもそも服を何着も買うほど裕福な人は村にいない。一回買えば少なくとも数年は着る。村の住人が全員買っても、五十着も売れなかっただろう。それに一着がすぐにできる訳でもない。初年度はともかく、二、三年目は赤字経営だったと聞いた。
でも、村に冒険者が増えて、冒険者用の装備を求める声が大きくなった。その波に乗れたのだろう。私が倒した魔物の皮が結構いい物だったようで、それで装備を作ったらあっという間に黒字に転換したそうだ。そこから二年くらいでスザンナから借りたお金は全額返済。詳しくは聞いていないが、今では相当な売り上げがあるらしい。
いまや有名ブランドと言ってもいいほどの店になった。ヴィロー商会がこの町以外に輸出していて、評判がいいと聞いている。色々あったようだが、上手くいってよかった。
そんなことを思い出していたら、ガープが戻って来た。そして私を見るなり、ちょっと不思議そうな顔をする。
「ずいぶんと嬉しそうだな? なにかいいことがあったのか?」
「いや、昔の事を思い出していただけだ」
「そうか。さっきの素材だが、内訳はこんな感じだ。なにか換金しない素材はあるか?」
全部で大金貨七枚と小金貨五枚、それと大銀貨四枚か。内訳は見る必要ないな。別にぼったくられても構わない。
「特にキャンセルする素材はないな。全部換金してくれ」
「ちゃんと内訳をみてくれ。なんで合計の金額しか見ないんだ?」
内訳の書かれた縦長の紙、それの一番下に合計金額が書かれている。そこにしか視線がいかないのがバレたか。
「無料で渡してもいいと思ってるからな」
ガープは複雑そうな顔をする。そして懇願してきた。
「それは絶対に止めてくれ。もし、そんなことをしたら俺がディアに怒られてしまう」
「分かってる。私とは対等に付き合いたいとかいう話だろ? 以前、ディアに無料で渡すと言ったら、真面目な顔で怒られた。受付嬢だった頃は私のお金を奪いそうな勢いだったけどな」
「ディアは今の仕事にプライドを持っているからな。フェルから安く買うこと自体、難色を示しているんだ。そのうち正規の値段で買わせてくれ」
「なら、ニャントリオンが人界一のブランドになったら正規の値段で売ってやると伝えておいてくれ。それまでは今まで通り三割引きで買えよ?」
「正規の値段で買わせてくれない気か……安く買えって言うのはフェルくらいだぞ?」
「友達割引ってヤツだ」
カウンターに置かれた硬貨を亜空間へ入れた。今、亜空間にどれだけあるか分からないが、無駄使いはできない。大事に使おう。
「それじゃ、そろそろ行く。ディアによろしく伝えてくれ」
「今日の夕刻にはひと段落するはずだ。その時に伝えておく。念のために確認するが、妖精王国に泊まるんだよな?」
「もちろんだ。無料で泊まれる部屋があるからな」
「ならディアが行くと思うから夕食は食堂で食べててくれ」
「それは言われなくてもそうするつもりだ。ならディアに食堂で待ってると伝えてもらえるか?」
ガープは頷いてから「それじゃ仕事に戻る」と言って、また奥へ行ってしまった。
よし、ここでの対応も終わりだな。次は孤児院に行くか。お土産があるから渡してやろう。
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