ホテル妖精王国

 

 森の妖精亭へやって来た。いや、今はそんな名前じゃないな。


 ホテル妖精王国。


 今はそんな風に呼ばれている。妖精はいないけど、前からいないから問題はないと思う。


 この十年で一番変わったのがこの宿だろう。いまや二百人は泊まれる規模の大きさになった。


 アビスへ来る冒険者が増えたのが原因だ。増えた冒険者達が森の妖精亭に殺到して大変な事になった。泊まれずに広場や畑で野宿する冒険者達が増えて色々問題が起きたから、冒険者が全員泊まれる場所を作ろうと森の妖精亭を大改築した。


 ロンを棟梁にして、村の皆が一致団結して取り掛かった。私は見ていただけで何もしなかったが材料を提供している。それは千年樹の木材。ミトル達にお願いしてエルフの森にある千年樹の木材を持ってきてもらった。


 ほぼ宿を作り直した感じだからあの頃の面影はない。かろうじて食堂の一部がそのままなだけだ。私が買った二階奥の部屋も残念ながら取り壊された。代わりに新しい二階奥の部屋を使わせてもらっている。


 あれから十年近く使っているから、今の部屋も気に入っている。私の希望でベッドなどの家具はそのままだし、部屋を壊したときの廃材で作ったテーブルとかもあるから、気分的には以前の部屋とあまり変わらない。これからも長く付き合う部屋だろう。


 さて、昔を懐かしんでいる場合じゃない。まずは入って何か食べよう。


 一階は食堂だ。ここもかなり改築している。だが、あの頃のいつも使っていたテーブルはそのままだ。早速座ろう。


 そう思って移動しようとしたら、ウェイトレスに止められた。


「お客様、申し訳ありません。そちらの場所は予約席となっております。別の席へご案内しますので、こちらへどうぞ」


 規模が大きくなった分、ウェイトレスも増えた。その弊害というかなんというか、私を知らないウェイトレスもいる。当然、私も知らない相手だ。


「その予約は多分私だと思う」


 予約と言うか、私専用のテーブルだ。ほかにもディアやリエルが使えるが、使うのは私がいる時くらいだろう。私の事を知っているウェイトレスならわざわざ言わなくても顔パスみたいな感じなんだが。


「そちらのテーブル一帯は以前から町にお住まいの方が予約されるテーブルです。お客様は町に住んでいらっしゃらないとお見受けしますが……?」


 どう説明したらいいのだろう? 見知った顔を探す方が早いか?


 そう思った直後、探す必要がないと悟った。見知った顔というか、一番付き合いの長い奴が近づいてくる。


「その人はフェル様ニャ。問題ないからテーブルにお通しするニャ」


「あ、副料理長……え? フェル様?」


 ヤトはウェイトレスを辞めて副料理長となっている。もちろん料理長はニアだ。ヤトは数年前にニャントリオンを卒業して、今は料理一筋。いまだにニアを超えることができないってたまにぼやいている。


「久しぶりだな。じゃあ、いつものテーブルを使わせてもらっていいか?」


「どうぞ利用してくださいニャ」


 ヤトはそう言うと、ウェイトレスのほうへ向き直った。


「赤い髪で執事服を着ている魔族は町に住んでいる人と同じ扱いをするようにと教えたはずニャ」


「え……? あ!」


 ウェイトレスは私の頭、おそらく角だな、それを見ている。私が魔族だと初めて気づいたようだ。


「す、すみません!」


「ああ、いや、気にしてないから謝らなくていい。じゃあ、このテーブルは使わせてもらうぞ」


「は、はい、どうぞ! 今、お冷とメニューをお持ちします!」


 そういうと、ウェイトレスは厨房の方へ慌てて走って行った。


「教育がなってなくて申し訳ないニャ」


「最近雇ったウェイトレスなんだろう? なら仕方ないんじゃないか? 私も最近はこまめに帰ってないからな」


 ここ数年は一ヶ月単位で町を空けることがある。ダンジョンの難度が高くなったからだろう。今回も準備やら何やらで結構時間がかかってしまった。


「フェル様は帰還に時間が掛からなくなったはずニャ。まめに帰ってきてほしいと皆が思ってるニャ」


「私もそうしたいんだけどな。あれは魔力消費が激しいから一日一回しかできないんだよ。それにダンジョン攻略前に帰ってきてしまうと、また時間をかけてダンジョンに行かなくてはいけなくなる。だからどうしても時間が掛かってな」


「詳しくは分からニャいけど、仕方ないニャ。今日はこのまま泊まるニャ? なら夕食後にでもニアさんやロンと改めて挨拶に来るニャ」


「分かった。多分、遅くまでディア達と話しているから、食堂の営業が終わってからでもいいぞ」


 ヤトが笑顔で頷くと、厨房の方へ足を向けた。これから夕食の仕込みとかがあるのかな。いつも満員になって外に並ぶくらい人が来るから、仕込みも相当な量なのだろう。


 それはともかく、まめに帰ってきてほしい、か。私もそうしたいんだけど、移動に時間が掛かるんだよな。それでもヴァイアのおかげでかなり短縮されているけど。


 ヴァイアが村を出る前に、長距離転移の術式を完成させた。


 それを教わったが私の魔力量では使えなかった。それがヴァイアには悔しかったらしい。


 さらにそこから長距離転移魔法を研究して魔力消費が少ない長距離転移魔法を開発した。転移門という魔法だ。


 術者を別の空間に転移させるのではなく、空間と空間を繋ぐ魔法だ。これにより私でも長距離転移が可能になった。


 魔力消費が少ないと言っても私ができるのは一日一回。魔力高炉を使えば問題は解決するが、高炉の使い過ぎは良くないとアビスに言われているから高炉は使わない。


 それにヴァイアと違って色々と制限がある。


 ヴァイアは知らない場所でも転移門を開くことができる。千里眼の魔法を利用して転移先の座標計算ができるからだ。


 だが、私には千里眼は使えても座標計算ができない。なので、私の場合、転移したい場所まで一度行き、座標計算をしてくれる魔法を使って体に覚えさせる必要がある。ヴァイアはそれを「登録」と言っていた。


 つまり私は登録した場所にしか転移門を開けない。門を開くには必ず一度はその場所へ行かないといけないと言うことだ。しかも座標計算の魔法は時間が掛かる。それこそ一週間とか。だから重要な場所にしか登録していない。


 この町というか、アビスには登録した。なので帰りはすぐに戻れる。だが行きはまだ直接出向かないとダメだ。ヴァイアは「もっとすごい長距離転移魔法を開発するから待ってて!」と言っていたが、どうなったかな。


「メニューとお冷、お持ちしました!」


 考え込んでいたらウェイトレスがメニューと水の入ったコップ、それにおしぼりを持ってきてくれた。


「ありがとう。それじゃジャガイモ揚げをトマトソースで。塩はいらない。あとリンゴジュース」


「はい、畏まりました」


 ウェイトレスがお辞儀をしてからテーブルを離れて行った。


 さて、ディア達の仕事が終わるのはまだ先だろう。アンリ達の事でも考えるか。


 アンリとスザンナは、クルに誘われて傭兵団の紅蓮に所属した。アンリが十二の頃だったかな。ここを脱走するように三人でルハラへ行ってしまった。


 あの頃、町でスザンナを止めるのは誰にもできなかっただろう。ユニークスキルに磨きがかかり、アダマンタイトのウェンディやユーリ、ゾルデがいたとしても止められなかったと思う。


 村長はアンリがいなくなって相当取り乱したが、スザンナがいるから大丈夫だと考え直したようだ。しばらくは好きにさせようと言うことになった。


 アンリ達から定期的に念話で連絡が来るので問題はなかったようだが、三年も帰ってこないのはどうかと思う。それとも私が知らないだけで、結構帰って来てるのかな?


 それにしてもアンリとは三年も会ってないのか。結構な頻度で念話がくるから会っていないって気がしないな……そうか、よく考えたら最近念話がない。スザンナもいるし変な事には巻き込まれていないと思うが、ちょっと心配だ。


 まあいい。明日にはルハラの帝都に着ける。とっととアンリ達と合流して連れてこよう。

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