居心地がいい場所

 

 結婚式は無事に終わった。


 引き続き森の妖精亭で二次会が始まる。


 だが、その前にブーケ争奪戦が始まった。


 その戦いを一言で表すと阿鼻叫喚。戦っている姿を男性に見られたら千年の恋も覚めると言うほどの戦いだった。私は前回の轍を踏まないように不参加。ブーケなんか一つあればいい。


 今回の勝者はなんとディア。漁夫の利というかなんというか。今回ディアは糸を使って勝負していた。最後の最後でブーケを持っていたリエルから奪い、勝者となっていた。


 ヤトやメノウ達は調理で疲れていたのだろう。普段よりも動きが悪かった。アンリ達も同様。ダンスの疲れが抜けきっていなかったと思う。


 アラクネ率いる従魔チームとリエルの戦いみたいになっていたが、リエルが最後に勝ちを確信してブーケを掲げたのが失敗だった。そこをディアに糸で取られたわけだ。


 これはもしかすると、ディアとガープが上手くいくという暗示なのだろうか。私のブーケは効果がなかったけど、ディアのブーケは効果があるかもしれない。


 そして今、ディアは勝利者インタビューを受けている。ヴァイアが司会だ。


「ディアちゃん、おめでとう!」


「ありがとう、ヴァイアちゃん」


「ブーケを奪ったってことは、ディアちゃんはだれか結婚したい人がいるの?」


 身も蓋もない質問をしている。もうちょっとこう遠回しな聞き方をした方がいいのではないだろうか。


「んー、特にいないね。これからは本格的に仕立屋の仕事を始めるから、恋愛なんかしている場合じゃないかな!」


 ガープ残念。ディアに結婚願望はないようだ。だから自分がガープの恋愛対象になっていることも気づかないのかも。ガープはこれから苦労しそうだな。


 とりあえず、これで全部終わったな。あとは宿でのんびりするだけだ。


 皆で宿に戻り、いつものテーブルにつく。ヴァイアだけはノストと一緒に別のテーブルについた。挨拶されたり、挨拶したりしないといけないから当然だろう。


 テーブルには、ディア、リエル、アンリ、スザンナ、クルだけだ。


 ヤトやメノウ達はかなりグロッキーで、別のテーブルで真っ白になっていた。ブーケ争奪戦に出なければよかったのに。


 そのヤト達に代わって給仕をしているのは、シルキーとバンシーだ。最初はリエルの子供達がやると言っていたが、二次会がいつ終わるか分からないので、それなら最初からシルキー達がやると言うことになった。まあ、子供を夜遅くまで働かせちゃダメだよな。


 それに、このリエルをあまり見せたくない。


 リエルはディアの肩に右腕を回して、左手でディアのわき腹を突いている。威力はないが、地味に嫌な攻撃だ。


「おう、ディア。結婚する気はないのにブーケを俺から奪ったのか? あん? 返答次第じゃ、聖人教が敵に回るぞ、コラ」


「結婚する予定はないけど、それはリエルちゃんも同じでしょ?」


「俺はいつだって結婚する準備はできてんだよ!」


 そうだな。相手がいないだけだ。それがもっとも重要な問題だが。


「それによぉ、俺は見たぜ? ガープと踊ってたよなぁ? これはどう申し開きする気だ? あれか? 周りに内緒で付き合うとかいうあれ。隠れて付き合っているほうが、恋が燃え上がるとか言う上級テクニックを使ってんのか!」


 ディアが私の方へ視線を向けた。明らかに助けて欲しいという視線だ。


「あのな、ディア。悪いが、すがるような目で見ても私は助けられない。自分で何とかしてくれ」


 この二人は放っておこう。私が介入したところでリエルの怒りは収まらないだろうからな。


 残っているのは、私の膝に座っているアンリと、スザンナ、それにクルか。とりあえず、ダンスの事を褒めておこうかな。


「三人とも最後に踊ったダンスは良かったぞ。付け焼刃にしては良く踊れてた」


「当然。勝算がなければ踊らない。すくなくとも、ニャントリオンとゴスロリメイズには勝ったはず。ウェンディ姉ちゃんには勝てなかったけど、次は勝つ」


「そのとおり。あとは練習あるのみ。アンリもクルも明日から特訓するよ」


「なんで私が入ってるのかな? それって決定事項なの? ずっとここにいるわけじゃないんだけど?」


 そりゃそうだ。クルはルハラの出身。今は修行中だが、いずれはルハラへ帰るのだろう。でも、修行ってどれくらいやるのだろうか。


「クルはいつ頃ルハラへ帰る予定なんだ?」


「特に決まってないです。個人的には冒険者ギルドのミスリルランクになるまでは頑張ろうかと思ってますけど」


 随分とちゃんとした目標があるんだな。冒険者ギルドで普通にランクを上げるってどうすればいいのか知らないけど、確か依頼をこなすんだよな。この村って依頼がないけど大丈夫なのだろうか。


「この村でミスリルランクになれるのか?」


「それは微妙です。でも、この村は居心地がいいのでできるだけ長く居たいんですよね。だから時間がかかっても問題ないです。私の場合はお姉ちゃん達と違って、帝都で働くわけではないので融通が利くんですよ」


「そうなのか? ウルとかベルはディーンのところで働いているんだよな?」


「はい、ウルお姉ちゃんは親衛隊の隊長になって、ベルお姉ちゃんは暗部っていう諜報機関の隊長になりました。他にも傭兵団のメンバーが色々と配属されたんですよ」


 あの上半身裸のロックとかも外交官みたいな事をしているからな。他のメンバーだって色々やれるだろう。


「それなら傭兵団は解散か?」


 クルは首を横に振った。


「いえ、帝国に仕えるのが堅苦しくて苦手という人達もいましたから、そういう人達は残って傭兵団を続けることになりました。今はルートが団長をやってます。私もいつかそっちに合流する予定です」


「そうなのか。でも、傭兵って今後やっていけるのか? 戦うならトランとだろうが、トランがルハラへ攻め込んでくることはないと思うぞ?」


 ルハラとトランの間にはズガルがある。あそこで魔族や獣人達が防衛しているからな。よほどの事がない限り突破されるようなことはないだろう。


 ウゲン共和国は論外。関係を改善しようとしているのに、戦うような真似をするわけない。


「傭兵団『紅蓮』は別にルハラに仕えているわけじゃないですからね。多分、ズガルで仕事を探すと思いますよ。それにルハラはダンジョンも多いですから、その攻略をするかもしれません。傭兵団といっても対人戦闘だけじゃないので、仕事はありますよ」


 色々と考えているんだな。


 そんな色々と語ってくれたクルをアンリが見つめていた。


「クル姉ちゃんは冒険者じゃなくて、傭兵なんだ?」


「うん、そうだよ。これでも幹部なんだ。まあ、ウルお姉ちゃんが作った傭兵団だったからってこともあるんだけど、魔法だけだったら傭兵団の中でも上位だったね!」


「格好いい。アンリもクル姉ちゃんの傭兵団に入ろうかな?」


「スザンナちゃんなら間違いなく入団を認められるけど、アンリちゃんはどうかな? さすがに五歳だと無理だと思う」


 そういえば、昔、ウルがアンリをスカウトしそうだったな。軍師として迎えそうな雰囲気を出してた。


 そんな話をしていたら、急に感嘆の声が上がった。


 周囲を見渡すと、ニアが巨大な白い物を運んでいるのが見えた。なんだあれ?


「悪いね、本当は一次会でお披露目したかったんだけど、時間がかかっちまったよ」


 あれも食べ物なのだろうか。大きさの違う円形のものが、ピラミッドのように重なっている。八段ぐらいありそうだ。随分と凝った造りだ。


「あれはなんだ?」


「アンリが教えてあげる。あれはウェディングケーキ。王族の結婚式にしかでないという伝説の上を行くデザート。つまり神話級デザートと言える。食べるとあまりの美味しさに気絶すると言われているから、食べる時は気を付けたほうがいい」


「食べて気絶するって、それ変なのが入ってるんじゃないのか?」


 ニアの作る料理にそんなものが入っている訳はないんだけど。


 驚いているヴァイアとノストをニアが手招きで呼び出した。


「ヴァイア、悪かったね。これを作っていたから結婚式の方には出れなかったよ」


「そ、そんなの、全然かまわないよ! だってあんな素敵な料理をたくさん作ってくれて、これも作ってくれたんでしょ? わ、私それだけで――」


 ヴァイアが泣き出した。ノストがハンカチを取り出して、ヴァイアの目元へもっていく。


「さて、ヴァイア、泣くのはそこまでだよ。これはね、二人で切り分けて、皆に配るんだ。夫婦の初めての共同作業ってやつだよ。私も初めて作ったんだが、味は問題ないはずさ。皆に配ってあげておくれよ」


 ヴァイアは泣きながらも、ノストと一緒にケーキとやらを切り分けた。二人は少し迷った挙句、最初に切り分けたケーキは私のところへ持ってくる。


「一番お世話になった人にまず渡すしきたりなんだって。一番はフェルちゃんに渡したいんだけど……受け取ってくれるかな?」


「いいのか? 私よりもニアとかロンに渡すべきなんじゃ?」


 ヴァイアは顔を何度も横に振る。


「昨日も言った通り、ノストさんと結婚できたのはフェルちゃんのおかげだよ。だから一番に貰って欲しいんだ」


 ノストも笑顔で頷いた。チラリとニアの方を見ると、ニアも笑って頷いている。


「分かった、なら最初に頂こう」


 ヴァイアからケーキを渡された。三角に切られたケーキだ。流石に一口では食べられないので、スプーンで少し削り、口に入れる。


 あっま。何だこれ。口の中が甘さで暴れている。これがケーキか。流石に気絶はしないけど、確かに美味しい。一次会で食べたリンゴのアイスクリームと同等。もしくはそれよりも美味いか?


「美味い。一人で独占するのは気が引ける。早く皆にも配ってやってくれ」


 ヴァイアとノストは頷いてから大きなケーキのところへ戻った。その後、切り分けたケーキを皆へ配っている。皆一口食べるとその美味しさに感嘆の声を上げていた。


「俺も初めて食ったけど、すっげぇ甘いな。このちょっと味のない部分と一緒に食べると相当美味いぜ」


「噂には聞いていたけどね、食べられるとは思ってなかったよ。すっごい美味しい」


「ケーキは魔性。食べても食べてももっと食べたくなる。カレーの魔力に匹敵する。アンリはこれのためなら戦争してもいい」


「クル、大丈夫? もしかして気絶してる? リエルちゃん、治癒魔法をお願い」


「精霊、気絶、助けて」


「お酒には合わないけど美味しいね、これ!」


「やべー、ここに来てないエルフの皆から怒られるかもしれねー……」


「ちょ、ちょっと、何よこれ! ヴィロー商会で売り出すからレシピを売って!」


「ニア様との距離を感じるニャ……なんて高い山ニャ」


「くっ、メイドの力をもってしてもこれは再現不可能。メイド長に合わせる顔がありません……」


「はっはっは、王都で食べた物よりも洗練されている味だ。いやはや、この村には驚かされっぱなしだよ!」


 ザワザワしている声をすべて聞いたわけじゃないが、皆、笑顔でケーキを食べている。その笑顔を見ていると、なんとなくこっちまで幸せな気分になるな。


 クルが言っていたが、この村は本当に居心地がいい場所だ。


 結婚式の準備をしている三日間。それに今日も含めて本当に楽しかった……魔王様やイブの事を一瞬忘れてしまうほどに。


 ここにいると決意が揺らぐ。魔王様を探し出し、イブを倒す。その決意が脆く崩れていく。一日一日と村にいる時間が長くなるたびに村から出たくなくなる。


 悪い事ではないと思う。でも、それは堕落だ。私にはやらなくてはいけないことがある。それは私にとって絶対にやり遂げなくてはいけない事。それを放り投げることは許されない。


 ここに長く居るのはダメだ。たまにでいいんだ。たまに村へ寄って、何もかも忘れて楽しむ。そしてすぐに旅に出る。それが一番だ。


 この村を魔界以上に落ち着く場所だと思った。今でもそう思う。でも、今の私にとって、それは危険な誘惑のようなもの。ならやるべきことは決まってる。


 明日、オリン国へ向かおう。


 結婚式が終わってバタバタしているだろうが、手伝えることはない。できるだけ早く村を出て行かないと。


「おい、フェル、何難しい顔をしてんだよ? こんなうまい物を食ってんのに……なんか悩みか?」


 リエルが訝し気に私の顔を覗き込んでいる。テーブルにいる皆も同じように私を見ていた。


「ああ、いや、大したことじゃない。ちょっと考え事だ」


「そうなのか? まあ、今日くらいは何も考えずに楽しめって!」


 それが危険なんだけどな……でも、確かにその通りだ。今日くらいは何も考えずに楽しもう。ヴァイアが幸せになった日に難しい顔をするのは良くない。


 そんな風に思っていたら、アンリが頷いた。


「分かった。フェル姉ちゃんはケーキが苦手と見た。安心して。アンリが責任を持って食べてあげる。遠慮せずにアンリの口に放り込むといい」


「ふざけんな。少ししか食べられないから味わって食べていただけだ。絶対にやらんぞ」


「なら半分でもいい。アンリの分はもうない。でも、もっと食べたい。嫌だって言うならアンリの第二形態を見せることになる」


「それは脅しなのか? 絶対に屈しないぞ――あ、こら、スプーン返せ」


「フェルちゃん、アンリちゃんどうしたの? ケーキはまだあるから一緒に食べよう?」


 いつの間にかヴァイアが傍に来ていた。その手には大きなケーキが乗った皿を持っている。


「ヴァイア、もうノストとの挨拶周りはいいのか?」


「うん、最後は皆と一緒に食べて来なよって言われたんだ。ノストさん、優しいよね……そんな人が私の旦那さんなんだけど! キャー!」


 過去最高にうざい。結婚するとこんなに変わるのか。横でリエルは盛大に舌打ちしているし、ディアは信じられないものを見た感じになってる。


 まあ、いいか。浮かれるほど嬉しいのだろう。私だって魔王様と再会できたらそんな感じになるかも知れない。


「じゃあ、皆でケーキを食べよう。また私が切り分けてあげるから、お皿を出して」


 皆で美味しいと言いながらケーキを食べた。


 寝るまでにはまだ時間がある。ヴァイアも来たことだしもっと楽しもう。今日くらいは全力で楽しむべきだろうからな。

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