思い出のダンス
結婚式はかなり盛り上がっている。
一つはヴァイアのお色直しと言うファッションショーだ。ヴァイアが着るドレスがかなり派手というか、デザインがいいのだろう。着替える度に女性達から感嘆の声が上がる。
白いバラのドレスも良かったが、赤や青というちょっと目がちかちかするようなドレスもヴァイアには似合っていた。作品のテーマは原色、なのかな。しかも、それぞれの色が精霊達に対応しているようで、精霊達が自分の色の番になると大層喜んでいた。
二つ目はやっぱり料理だな。何を食べても美味いのは当然だが、珍しい料理が多い。私が知らないのはともかく、クロウですら知らない料理が多いようだ。クロウに聞いてみると、人界中の料理が出されているのではないか、と言っていた。
先にこの話を聞いておくべきだった。一通り食べ終わって、二週目を食べていたら、新しい料理が追加された。最初に全部の料理が出ていたわけじゃなかったんだ。料理を持ってきたメノウに聞いたらこれからも続々と新しい料理が届くとのこと。仕込みは終わっているので最後の仕上げだけをしているだけだが、量が多すぎててんやわんやらしい。
これはニアが本気を出していると言うことだろう。ならば私もそれに応えなくてはいけない。必ずすべての料理を制覇しよう。
でも、いいのだろうか。ヴァイアの晴れ舞台なのに、ニアがずっと厨房にいるのは、ヴァイアが寂しく感じると思う。ちゃんと見てあげた方がいいと思うのだが。
忙しいとは思うが、ニアに声を掛けてみよう。
森の妖精亭へ入ると、すでに食堂のテーブルにも料理が置かれていた。ヤトが声を張り上げながら指示を出している。
「チャーハンできたニャ! 冷めないうちに持ってくニャ!」
「ヤト様! ドラゴンステーキとコーンスープが無くなりそうですニャ!」
「スープは温めてすぐに追加ニャ! ドラゴンの肉は量が限られているから、ロック鳥のからあげでごまかすニャ!」
「ヤト様! ドワーフ達が、お酒の追加を要求してますニャ!」
「ドワーフ共は飲み過ぎニャ! 仕方ないから時間稼ぎにドラゴン殺しでも持ってくニャ! これならすぐには飲み干せないニャ!」
戦場だ。ここは命の危険がある戦場。ここを無防備で歩くのは自殺行為なのではないだろうか。
だが、ヴァイアとニアのためだ。ここをぬけて厨房にいるニアへ会いに行こう。
邪魔をしないようにそっと厨房の方へ近づく。
厨房ではニアが頭にタオルをまき、腕まくりをして鍋を振るっていた。他にもスープの味見をしたり、大きい鍋の火の調整をしたりと、かなり忙しそうに見える。声を掛けて大丈夫かな。
「なんだいフェルちゃん。料理の催促かい?」
ニアに声を掛ける前に気付かれた。顔の汗をタオルで拭きながら、笑顔でこちらを見ている。
「いや、催促じゃない。ちょっと気になってな。その、ヴァイアの晴れ姿を見なくていいのか? 調理が忙しいとは思うが、ヴァイアもニアに見てもらいたいと思ったのだが」
そういうと、ニアはさらに笑顔になった。
「フェルちゃんはそういうことに気を回してくれるんだね。でも、大丈夫さ。あの子の晴れ姿は昨日の夜に見せてもらっているからね」
どうやら、昨日の夜、教会でヴァイアのウェディングドレス姿を全部見たらしい。ディアが手伝ったそうだ。それと今日は料理に専念するから最後のデザートを持っていくときに改めて見せてもらう、という約束をしているとのこと。
それにロンがヴァイアの近くに座っているが、どうやらロンはヴァイアの両親の形見である腕輪を持っているらしい。
「本当の両親はあの子のそばにいるからね、あまり出しゃばらないようにしているのさ」
でしゃばらないとは言っているが、ニアは料理でヴァイアをこれでもかと祝福しているのだろう。今日の料理はいつもより美味しい感じがする。相当気合を入れて作っていると見た。
「そういうことなら、問題はないようだな。邪魔をしてすまなかった」
「心配してもらって悪い気はしないよ。ところでどうだい? 今日の料理は?」
「もちろん美味い。食材が無くなるまで作ってくれ。全部、食べるから」
「はは、料理を残される心配が無いって言うのは嬉しいね。でも、二次会もあるから全部は使わないさ。それでも食材はたくさんあるからいっぱい食べておくれよ」
たくさん食べる約束をしてから、厨房を後にした。そしてヤト達の邪魔をしないように、食堂を抜けて外へ出る。
相変わらず盛り上がっているな。今は……なんだろう、ジャグリング? ジョゼフィーヌがエリザベートやシャルロット達をお手玉している。一言で言うとシュール。
皆は喜んでいるようだが、なんで受けているのかよく分からない。まあ、魔物がやっているから面白いのかな。
私の固定位置である村の入り口付近に移動するとリエルがやってきた。
「おーい、どこ行ってたんだよ? 探したんだぜ?」
「ちょっとニアに話があったんでな、宿の方へ行ってた」
「こんなに料理があるのに催促かよ。まあ、フェルなら仕方ねぇか」
「私を何だと思ってるんだ。別件だ。ところで私を探していたって? 何か用なのか?」
「おう、俺の仕事はもう終わりだからな。一緒に皆の出し物でも見ようかと思って」
「そうか。好きにしてくれ。とりあえず、お疲れ様。キープしていたリンゴジュースをやろう」
亜空間からリンゴジュースを取り出してリエルには渡す。リエルは左手を腰に当てて一気に飲んだ。なんでそうワイルドなのだろうか。ギャップ萌えと言うのを狙っているのかもしれない。
「ぷはー、うめぇな!」
「なによりだ」
「仕事の後のジュースは美味いぜ。ほら、俺、今日かなり頑張ったろ? 精霊が六体も来たんだぜ?」
「リエルの頑張りは関係ないらしいぞ。あれはウェンディが頼んでいたらしい。ウェンディと一緒に踊るとか言ってた。アンリ情報だけどな」
「マジか。俺の結婚式の時もそうしてもらおう。俺の時も派手にやって貰わねぇとな」
そんな日が来るといいのだが。今のところ、リエルに合いそうな男を見たことがない。あのミトルでさえ遠慮したからな。見つけたら教えてやろう。
さあ、まだまだ料理もあるし、出し物もある。私も楽しもう。
楽しい時間は過ぎるのが早い。全ての出し物が終わった。
最後はアンリ達だったが、最後までキレキレのダンスだったな。なぜかアンリ達は三人とも執事服に着替えて、黒いつばのある帽子をかぶり、踊っていた。チーム名は妖精愚連隊。妖精がグレるとああなるのだろうか。最後に三人が帽子を空へ投げたポーズで止まったところは拍手喝采だった。クルがちょっと足を引っ張っていた感じだけど、概ね成功だろう。
ヤトが率いるニャントリオンは、やはり練習不足だったのだろう。バックダンサーがいまいちだった。メノウ達ゴスロリメイズも同じ感じかな。三人でのダンスはまだまだと言ったところだ。
ウェンディ達はかなり上手かった。精霊たちも練習していたのだろう、かなり息が合っていた。でも、なんであんなに俗っぽいのだろう。ゾルデ達と一緒に酒を飲んでいたし、ウェンディとのダンスが終わっても帰らないし、アンリ達に対して悔しがっていたし。私の中で精霊達の評価がどんどん下がっていくな。
まあいいか、そろそろ結婚式も大詰めだ。よく見ておかないと。
ヴァイアとノストがステージに上がった。そしてノストが左手を出す。ヴァイアはその左手に右手を置く。音楽が流れだして、二人は踊り出した。
長いような短いような一曲が終わると、ヴァイア達はこちらを向いて礼をした。そして拍手が沸き起こる。もちろん私も拍手をした。
次にまた音楽が流れだした。最後に皆でダンスか。皆、思い思いにダンスをしているようだ。
すると、リエルに孤児院の子供が近寄ってきた。男の子だろう。なんとなく緊張しているように見える。
「おう、どうした?」
「せ、聖母様! よ、よろしければ、一曲踊って貰えないでしょうか!」
顔を真っ赤にして、左手を出している。なんというか、初々しいな。こっちまで照れる。
「分かった。結婚してやる」
「いや、リエル、分かってないだろ。その子は踊ってくれって言ってるんだよ」
「結婚式のダンスで踊ってほしいっていうのは、貴方に気がありますって事だろ?」
「そうだけど、相手は十歳ぐらいだぞ?」
「じゃあ、十年後な。指切りしよう、指切り。嘘ついたら結婚するって」
「い、いえ、聖母様と結婚なんて恐れ多くてできません! そういう誘いではなく、思い出に聖母様と踊りたいだけです! 皆も聖母様と踊りたいそうなので、ぜひともお願いします!」
「そうか、俺も罪作りな女になっちまったぜ。皆、俺と結婚したいのか……」
「都合の悪い部分を聞き流すな」
でも、なんか嬉しそうだし、放っておこう。まあ、十年も経てば年齢的には問題ないはずだ。上手くいくイメージは全くわかないけど。
リエルと入れ替えのように今度はディアがやってきた。
「お疲れ様。ヴァイアが着ていたドレス、全部良かったぞ」
「ありがと。とはいっても、どれもこれも既製品をちょっと変えただけだからね。完全なオリジナルじゃないんだよ。それがちょっと悔しいね。でも、ドレスで盛り上がってたから良かったよ」
ディアは嬉しそうにヴァイアの方を見ている。ヴァイアが今着ているドレスもディアが既製品に手を加えたものなのだろう。もっと時間があれば作れたんだろうけどな。
「いつかニャントリオンオリジナルのドレスで結婚式ができればいいな。で、どうした? ディアは踊らないのか?」
「相手がいないしね。まあ、前回もそうだったし、別に構わないけど、寂しいから同じ一人のフェルちゃん達の近くに来たんだよ。でも、リエルちゃんには相手がいるみたいでちょっと殺意が湧いたよ。フェルちゃんもそうでしょ?」
「同意を求めないでくれないか?」
リエルに殺意は湧かない。それに今は一人だが、前回は違う。
思い出すな。私は前回、ここで魔王様と踊った。何かの罠かと思って周りを警戒しながらの踊りだったから詳細は覚えていない。でも、踊ったことは覚えている。
魔王様は左手で私の右手を握られて、右手は背中に添えられた。体温を感じるほど近くに引き寄せられた……気がする。あんなに近づいたのは初めてだったかも。
罠だと思ってなければもっと楽しめたのかもしれない。魔王様は私を娘みたいに思っていたかもしれないが、私は魔王様を男性として意識していた。思い出してもちょっと顔が熱くなる。
いつか魔王様が眠りから覚まされたらまた踊って貰おう。それくらいの権利はあるはずだ。
そんなことを考えたらガープがやってきた。相変わらず老けた顔だ。年下とは思えない。
「あれ? ガープ君、どうしたの?」
「ああ、いや……良かったら踊ってくれないか?」
「フェルちゃん、よかったね、ガープ君が踊ってくれるって!」
「いや、どう考えてもガープはお前を誘ったんだろうが。どういう思考回路をしてるんだ?」
「へ? 私? あー、そっか、ガープ君、いい男だね。私が一人でいるのを可哀想だと思っちゃった? ならお言葉に甘えて踊って貰っちゃおうかな! さあ、行くよ!」
ディアがずんずんと踊りの輪の方へ歩いていく。なぜかガープが取り残された。
どう考えても、ディアを可哀想と思った感じじゃない。ガープは普通にディアを誘ったのだろう。ディアもリエルとは違ったベクトルで駄目だな。
「ガープ、ああいうのはちゃんと言わないと伝わらないぞ?」
「今の誘いはちゃんと伝えたつもりだったのだが」
「全然足りない。ディアに抽象的な言動は効果がないと思った方がいい」
「そうか。忠告感謝する」
「おーい、ガープ君、早くしてー、音楽が終わっちゃうよー」
ガープがディアの方へ向かった。そして二人で踊り出す。
いきなり足を踏んだな。どっちも不器用そうだ……まあ、それでも楽しく踊っているからいいのかな。
「よー、フェル! 一人なら俺と踊ろーぜ!」
急に話し掛けられたと思ったらミトルだった。
「珍しいな。お前も一人なのか?」
「皆にダンスを断られちまったよ……」
「顔だけはいいのにな」
「いや、他にもいいところはあるんだぜ? 多分……」
「多分かよ。まあ、他にいいところがあっても私は踊らないけどな。私が一緒に踊るのは一人だけと決めてる」
ミトルが少しだけ真面目な顔をして、こちらを見つめた。
「魔王様って人か? 以前、エルフの森でフェルが念話で話をしていたよな?」
「なつかしい話だな。その通りだ。私は魔王様以外と踊る気はない。別に魔王様と結婚しているとか、付き合っているわけじゃないけどな。大した意味はないけど、そうしたいんだ」
「そーか、それじゃ無理に誘えねーな……じゃあ、ちょっと別件で聞いてもいいか?」
「話をするのは構わないが、何を聞きたいんだ?」
「フェルって不老不死だって聞いたんだけど、マジか?」
誰に聞いたかは知らないが、ミトルの耳にも入ったか。まあ、知られて困ることでもない。
「そうだな。私は死ぬことも老いることもない」
ミトルはなぜか悲しそうな顔をした。それは私に対する同情か何かなのだろうか。エルフは長命種。長く生きることの苦しさを知っているのだろう。そこから来た憐れみかなにかかな。
「同情はいらないぞ?」
「同情せずにはいられねーよ。フェルも、そして俺も、ここにいる皆に置いて行かれることになるんだぜ? はっきり言ってフェルに耐えられるか心配だよ」
「こんなめでたい日に、お前は何を言ってるんだ。それに、そんなことは言われなくても分かってる。だから今この瞬間を頭に焼き付けているんだろうが。私は記憶力がいいからな。目を瞑れば今日の事はすぐに思い出せる」
「記憶か……そうだな。どちらかというと楽しい事よりも辛い事の方を思い出しちまうけど、こういう楽しい事があったことをずっと覚えておかないとな!」
「そうだぞ。でも、ミトルは誰からも踊って貰えなかったこともちゃんと覚えておけ。私も覚えておくから」
「ひでーな!」
こんな楽しい日にくだらないことを言っているからだ。
ミトルの心配はありがたいが、未来の事は未来で考えればいい。だから今できることは、今を覚えておくことだけだ。楽しそうな皆の笑顔を忘れるわけにはいかないからな。
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