転生

 

 準備は整った。さっそく魔神城へ向かおう。


 ウロボロスを出て北に歩き出した。陰気というか、生命をまったく感じない魔界の地表を注意深く進んでいく。


 アビスやウロボロスに聞いた。


 汚染された魔素に触れ続けていれば、私でも死ぬらしい。不老不死を実現している魔素と、汚染された魔素のせめぎあいで、一年ぐらいは持つだろうが、いつかは必ず死んでしまうそうだ。しかも、かなりの痛みを伴って。


 そんな状況にはなりたくない。かなり注意しながら進まないといけないだろう。


 ここでは魔物に襲われる心配はない。こんなところで生きていける生物なんていないからな。


 問題は急に発生する突風や雨、それに雷か。あれに巻き込まれたら危険だ。魔力コーティングを維持できないかもしれない。予兆があったら、その辺りの建物の中に入ってやり過ごそう。


 歩きながら空を見上げた。


 空は黒い雲で覆われている。あの雲が途切れることはない。あの雲の向こうには太陽があるらしいが、魔素の浄化とやらが終わったら、あの雲も無くなるのだろうか。いつか雲がない魔界を見てやらないとな。そういう約束だし、浄化されるその日を楽しみにしていよう。


 そういえば、こんな場所でも皆はついていきたいって言ってたな。全部断ったけど。


 魔神城へ行くのはウロボロスの環境改善のためだが、旧世界の情報を収集するという任務もある。むしろそっちがメインだ。どれくらい時間がかかるか分からないし、魔素が危険だから身軽な一人で行くことに決めてた。


 ジョゼフィーヌやウェンディ、それに何故かオリスアとルネが一緒に行きたいと騒いでいたな。ジョゼフィーヌやウェンディはともかく、オリスアとルネはやることがあるだろうに。全員にウロボロスの安全は任せたぞ、と言ったら従ってくれたけど。


 そしてオリスアはウロボロスを出る直前までしきりに頭を下げていた。一緒にいたサルガナも「フェル様の手を煩わせて申し訳ありません」とか言ってたが、アイツらは何を言っているのだろう。


 魔族が魔族のために何かするのは当然だ。でも、私はこれから個人的な事で動くことが多くなる。魔族のために何かをするということが減ってしまうんだ。せめてこれくらいはやらないと申し訳が立たない。できるだけ、ウロボロスを安全な場所にしてやらないと。


 さあ、魔神城まではまだまだある。油断せずに進もう。




 半日ほどかけて魔神城へ着いた。お昼ちょっと過ぎくらいか。


 ウロボロスの話からすると、ここは不死戦争で使われた要塞の一つらしい。ここは死にたくない派閥が拠点にしていたとか。


 死にたくない、か。正直、死というものをうまく理解できない。


 一番多く言われているのは死後の世界、天国とか地獄の話だ。天国や地獄という概念はなく、ただ、死後の世界があるとも言われているし、まったくの「無」という話もあるし、別の生き物に転生するなんて話もある。


 そういう小説も多いし、あの「真実の愛」もそうだ。あれも転生の一種だろう。でも、実際はどうなのかな。


 墓参りをするのは死後の世界と言うのを信じているからだろう。何もないのは寂しすぎる。


 それに魔王様の奥様と娘さんは、体が生きていても魂がない、という話だった。うさんくさい祈祷師とやらが言ったことらしいし、信じる要素は皆無だ。でも、魂というものが存在するなら、死後の世界や転生と言うのもあり得るのかも。


 色々な考察ができそうだな。あとでアビスやウロボロスにも聞いてみるか。旧世界ではどう思われていたのかも個人的に気になる。


 そんなことを考えながら、魔神城の入り口を目指した。


 魔神城は大きな城壁に囲まれている。その城門へ来たのだが、いつ見ても凄いな。城門が半分ぐらい吹っ飛んでいる。周囲は瓦礫だらけで今は門ですらないな。穴の開いた壁だ。


 かなりの破壊力がある魔法が発動した様な跡だ。旧世界の魔法はえげつない。


 瓦礫の上を転移で移動しながら中に入った。


 城壁の内側には四角の黒い建物がある。魔神城というのは昔の魔族が勝手に命名したらしい。本当の名称は分からないが、ウロボロスは「城」と言ってたな。


 まあいいか。名前なんかどうでもいい。そんなことよりも四角だ。正直、四角の建物ってセンスがないと思うが、旧世界ではこれが流行りだったのかもしれない。


 魔神城にある開きっぱなしの入り口から中へ入る。


 最初の部屋には何もない。広い空間があるだけだ。あるとすれば崩れた壁が床に散乱しているくらいだろう。


 私が魔王様に連れられてここへ来た時までは、ここには何もないと思っていた。だが、実際はある。


 目的の壁の近くへ移動する。そこには手形があった。


 私が手をかざすと、壁がゆっくりと開く。ここから地下へ行ける。早速向かおう。


 開いた壁を通り部屋へ入る。ここはエレベーターだ。


 確か黒いパネルを押して操作するはずなんだが、どうするのかは分からない。以前はここに来た時は、壁が開いたことに驚いていてそれどころじゃなかった気がする。いきなり壁が開くとは思わないし。


 こういう時に頼りになるのがアビスだ。


「アビス、聞こえるか?」


『はい、聞こえます。どうされました?』


「魔神城に着いた。エレベーターの部屋にいるのだが、操作方法が分からない。教えてくれ」


『それでしたら、左手を部屋の中にある黒いパネルに押し付けてください。私の方で操作しましょう』


「分かった。こうか?」


 黒いパネルに左手の掌を押し付ける。しばらくすると、青と緑の横線がパネルの中を上下に移動した。直後にエレベーターが動く。


『最下層へ移動させました。しばらくお待ちください』


「そうか、助かる」


 うう、相変わらず、胃が持ち上がるような感じで気持ち悪い。不老不死なのにこれはダメなのか。


 これはいけない。アビスと話でもしよう。


「アビス、死後の世界って信じているか?」


『死後の世界? なんですか、いきなり』


「いや、雑談だ。エレベーターが苦手でな。話をして気を紛らわせようとしている」


『なるほど。それで死後の世界ですか。基本的にそれが確認された事実はありません。無いですね』


「話が終わるだろうが。もっと膨らませてくれ。なんでもいいから。会話はキャッチボールだぞ?」


『フェル様がものすごい変化球を投げたのは理解してますか? 暴投と言ってもいいんですが』


 コントロールには自信があるんだけどな……いや、会話の事か。確かに死後の世界って雑談のネタになりそうにもない。違うネタに変えようか。


 となると、料理か? いや、アビスに味が分かるとは思えない。魔素で作った人型のときも食事をしているのを見たことがないからな。


『私の信じる内容としては生まれ変わりですね』


「なんの話だ?」


『死後の世界の話です。話を振っておいて、返答したら、なんの話と返すとは……コミュニケーション能力が無さ過ぎますよ』


「ああ、すまん。別の話題を考えていた。えっと、生まれ変わり? 転生とかを信じているのか?」


 意外だ。「死後の世界なんてあるわけない」とか言うと思ってた。というか、最初にそう言ったな。なんというか、アビス自身の意見があるとは思ってなかった。


『転生? そうですね、それを信じています』


「どうしてだ?」


『その方が嬉しいから、ですね』


 嬉しいときた。珍しいこともあるもんだ。


「なんで嬉しいんだ?」


『質問ばかりですね。まあいいでしょう。フェル様は例外ですが、生物は必ず死にます。ですが、私はよほどのことがない限り、生き続けるでしょう』


 確かにその通りだ。私もそう、いつか皆に置いて行かれる。


『亡くなってしまった人に、また会いたいと思いませんか?』


「また……会う?」


『はい、いつか亡くなってしまう方も、何百年後かには別の姿として生まれ変わるかもしれません。姿は違うし、記憶はない。でも、この人はあの人の生まれ変わりだ、そんな風に思えたら嬉しいじゃないですか』


「……そんな風に思えるものか? 形も違って記憶もないなら何を持って転生したと思えばいい?」


『旧世界でも解明はできませんでしたが、人は生まれながらに持っている物があるらしいです。本能とも言い換えられるのですが、魂に刻まれた記憶、と言う人もいましたね』


「魂に刻まれた記憶……?」


『普段の言動や癖は魂に刻まれていて、生まれ変わっても同じことをするかもしれない。そういう風には考えられませんか?』


「ああ、なるほど。魂が同じなら似たような行動をとるということか」


 行動が一緒なのは、ただの偶然かもしれない。でも生まれ変わりの可能性がある。確かにそう思えれば嬉しいな。


『ところで気になったのですが、転生なんて言葉をよく知っていましたね?』


 いきなり何の質問だろう。これも話を膨らませてくれているのか? なら乗っかるか。


「もともと言葉として知っていたぞ? ただ、生まれ変わりのことを転生とすぐに言えたのは本の影響だろう。『真実の愛』って本が転生を扱った本だった」


 なんだ? アビスからの反応がない。


「アビス、どうした?」


『……その本、どこで手に入れたのですか?』


「この本か? リーンの本屋でおまけとしてもらったのだが」


『本を開いて左手をかざしてもらえますか?』


 なにか気になることでもあるのだろうか。理由は分からないが、適当に本を開いて左手をかざした。


「えっと、これでいいか?」


『はい、問題ありません。確認が取れました』


「確認ってなんだ?」


『この本は旧世界で発行されていた本です。間違いありません』


 アビスがそう言った直後、エレベーターが止まった。

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