魔神ロイド

 

 エレベーターの部屋を下りて、通路を進む。


 途中、道が分岐しているが一番広い通路を真っすぐ進むだけでいいはずだ。その先に魔神ロイドの残骸があるはず。


 正直なところ、そんなことはどうでもよくなった。


 問題、いや、問題かどうかも分からないが、「真実の愛」という本は旧世界の小説だとアビスは言った。


 旧世界の本があるのは別に不思議ではない。私だって旧世界の本をいくつも読んでいるし、亜空間にも何冊かしまってある。


 でも、この「真実の愛」は人界で貰ったものだ。人界に旧世界の物なんてあるものなのだろうか? 少なくとも魔界から流出する可能性はないだろう。自分の事は棚に上げるが、魔族が本を人界へ持っていく理由がない。


 それに本自体は最近の物だ。製本されたのもここ数年だろうとアビスが言っている。


 ということは、どういうことなのだろう?


「アビス、本の事、どう思う?」


『不思議としか言えません。ただ、その人族は神眼が使えるとかおっしゃいましたね。もしかすると、図書館の情報を見て書き写したものなのかもしれません』


「いや、ソイツは神眼を使えなくしたぞ。今は目が見えない」


『目が見えなくなる前にされたのではないでしょうか?』


 なるほど、それならあり得るのか。でも、なにか引っかかる。もう一度会って話をした方がいいのかもしれない。戻ったら本屋へ行ってみるか。


 よし、これを考えるのは人界に戻ってからだ。今は魔神城の方に集中しよう。


 通路を進むと、奥に巨大な扉が見えた。この扉の向こうに魔神ロイドの残骸があるはずだ。


 そして、扉の前には金属の円柱があった。私の腰元までの高さで、円柱の上面には手形のマークが描かれている。


 これは以前も使ったことがある。ここに手を置くと扉が開く仕組みだ。


 右手を置くと円柱の上面が光った。その光が円柱の側面をあみだくじのように動き、そのまま扉の方へ向かう。鍵が外れるような音がして、扉が真ん中から左右に分かれてゆっくりとスライドした。一分くらいかけて扉が全開となる。


 開いた扉を通り、部屋へ足を踏み入れる。直後に部屋の中に光が灯る。


 まぶしいくらいの光だ。目が慣れるまで待とう。


 目が慣れてくると中の様子が分かった。


 なんとまあ、無残な事か。


 魔神ロイドの残骸があのときのまま残っている。それに周囲には天使達の残骸もあちらこちらに散乱していた。


 魔王様は魔神ロイドの事をなんておっしゃっていたかな。たしか局地型防衛兵器とか言っていた気がする。こういう狭い場所での防衛を得意とする管理者だとか。


 それに色々と変形した。最初は人型だったのに、空を飛んだり、大きなバリスタみたいになったり、最後はなんと言ってたかな……そうだ、戦う車と書いて戦車という形だと魔王様に教えてもらった。


 あの時は死ぬかと思った。身を守るだけで精一杯。あの時点で私に死はないのだろうけど、そんなことは知らないからな。結界や障壁で魔神や天使の攻撃に耐えた。


 まあ、今は感慨にふけっている場合じゃない。とっとと必要な物を手に入れよう。


「アビス、聞こえるか? 魔神ロイドの残骸の前だが、どうすればいい?」


『小手で魔神ロイドに触れてください。状況を確認します』


「分かった。ちょっと待ってくれ」


 戦車とかいう状態の魔神に左手で触れる。すると小手が唸りだした。アビスが何かをしているのだろう。終わるまで大人しくしているか。


 魔神ロイドの残骸に触れながら周囲を見る。


 あの時、初めて魔王様の本気を見た。私やセラと戦った時なんて全く本気を出されていなかったのだろう。信じられない事象を起こしていて、ちょっと引いた気がする。


 圧縮された熱光線を弾き返すとか、剣の一薙ぎで大半の天使を倒してしまうとか、今考えてもおかしい気がする。


 今思い出すと魔王様はこの小手を利用していたのだろうか。もしかしたら、私も使えるのかも。


 イブと戦うなら自分が強くなるだけじゃなくて、そういう道具に頼った力も手に入れておきたい気がする。人族はより強い魔族と戦うために色んなものを効率的に使う。なら私よりもはるかに強いイブを倒すために色んなものを用意しておきたい。


 アビスに相談してみようかな。こう、すごい技が使えるようになるかも。


『フェル様、解析が終わりました』


「そうか、ならこの後はどうすればいい?」


『では私の指示に従って魔神ロイドを解体してください。危険はありませんが、取り扱いには注意してくださいね。では、まずは――』


 よし、解体を始めるか。




 アビスの指示に従って、魔神ロイドから球体を取り出した。リンゴくらいの大きさだな。


 でも、リンゴとは似ても似つかない。


 なんというか、禍々しい感じだ。そうだ、あれに似ている。大霊峰の工場という施設にあった魔素を作っている球体。この球体も中で黒いつぶつぶが蠢いていて、ものすごく気持ち悪い。


「アビス、これが必要な物なのか? 見た目がかなり気持ち悪いんだが」


『それが管理者の演算処理装置なんです。言っておきますが、私だって欲しいくらいですからね?』


 こんなのが欲しいのか。趣味が悪いな。


「まあ、いいか。お前達にはこれが魅力的に見えるんだろう。壊さないように亜空間へしまっておく」


 球体を亜空間へ入れた。これで目的の一つは達成したな。


「次は管理者の権限とやらを奪いたい。どうすればいいか分かるか?」


『それはここでは無理ですね。この部屋よりもさらに奥の部屋がありますので、そこへ向かってください』


「その部屋って創造主がいる部屋か?」


『入ったことがありましたか。その部屋へ移動してください』


「いや、入ったことはない。恥ずかしい話、魔神との戦いの後、私は気絶してな。気付いたらウロボロスに戻っていたんだ」


 主な原因は使ってはいけない魔力高炉に接続したからなんだけど……やれると思ったんだけど、あれって許可制らしい。ダメなところに繋ごうとして耐えられなかった。


『そうでしたか。ならフェル様の予想どおりです。その部屋には創造主がいます。亡くなっていますけど』


 ここの創造主もイブに狂わされた魔神ロイドに殺されたのだろう。イブにとっては意味のある事なのだろうが、一体何をしたいのだろうか。その辺りが分かる情報があればいいんだけどな。


 まあ、それは後だ。まずは権限を奪おう。


 部屋の奥にある扉は手をかざすこともなく普通に開いた。足を踏み入れると、部屋が光りで満たされる。


 見た感じ書斎だな。机に椅子、それに本棚。


 そしてガラスに覆われたベッド。


 そこには男性が仰向けで横になっていた。これが創造主なのだろう。


 ベッドのそばにある小さな机にはグラスが二つ乗せられていた。片方には薄い茶色の液体が入っている。もしかすると、魔王様がここでお酒を飲まれたのかもしれない。


 大霊峰でもそうだった。魔王様がグラスを取り出して、お酒を注いでいるのを見ている。戦友、いや、親友との語らいがあったのだろう。


 魔王様も死後の世界というのを信じていたのかな。そうでもなければ、相手の分まで酒を用意しようなんて思わないはずだ。でも、どんな気持ちなんだろうな。仲たがいした親友がいつの間にか亡くなっていたというのは。


 考えるまでもないか。後悔しかないはずだ。意見の対立があったとしても、相手を憎んでいたわけじゃないと思う。それに創造主は不老不死だった。いつか和解できるとも思っていただろう。それなのにもう話すこともできないからな。


 魔王様はオルドに創造主の記憶があることを、ものすごく喜んでいた。創造主本人は亡くなっていたが、それでも嬉しかったのだろう。あんなに嬉しそうな魔王様は初めて見た。


 不安に思うことがある。魔王様は永遠に罪を償うと言っていた。でも、本心では家族や親友達のところへ行きたいと思っているのだろうか。もしも、魔王様がいなくなったら私はどうすればいいのだろう?


 想像しただけで体が震える。私はいつか一人になってしまうのだろうか。そうなったら私はどうなってしまうのだろう?


『フェル様? 大丈夫ですか?』


「あ、ああ、すまない。ちょっと考え事をしていた」


『そうですか。では、机の上に左手を乗せてもらえますか。そこから操作しますので』


「机の上に手を乗せるだけでいいのか? えっと、左手を乗せたけど、どうだ?」


 次の瞬間、机の上が黒くなり、文字や数字、それに映像が目で追えないくらいの速さで表示されては消えていく。


『はい、それでいいです……端末に接続しました。もう、手を離しても大丈夫ですよ。しばらく掛かりますので、今日はその部屋でお休みください。明日の朝には終わっていますので』


 結構掛かるな。でも、そんなことは問題じゃない。


「ここって創造主の遺体があるんだ。こんなところでは寝れないぞ?」


『ああ、なるほど。それでしたら、別の部屋がありますので、そちらでお休みください。一度部屋を出ないといけませんが』


「わかった。そうする――そうだ。ここの本棚にある本は全部持って行った方がいいか?」


『そうですね。全部持って行ってください。もし時間があるなら読んでおいてもらえると助かります』


「了解した。読んでおこう」


 本棚にある本を全部亜空間に入れた。念のため、本棚を動かして隠れていた壁を触ってみる。


『フェル様? 何か変な事をされてます?』


「いや、隠し部屋とかないかなと思って。よくあるだろ、本の一つが鍵みたいになっていて、別の部屋への扉が開くとか――どうやら何もないな」


『ここの見取り図は既に確認済みです。そんなものはありません。ああいうのはフィクションだけですから現実と混同しないでください』


 ロマンのない話だな。まあいい、別の部屋でここにあった本を読もう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る