墓参り
総務部の部屋から両親が眠る場所へやってきた。ウロボロス第四階層墓地エリア。いつ来ても寂しい場所だ。まあ派手でも困るけど。
共同墓地と言えばいいのかな。魔族や獣人や魔物、それに勇者も区別なく亡くなった者はここに埋められる。魔王や勇者に関しては同じエリアの別の場所に埋めることになるが、ほとんど同じ場所だ。
ゾンビ化を防ぐために例外なく火葬している。穴を掘り、そこへ灰を撒く。そして埋める。埋葬とは言ってもその程度だ。
魔族は、親しい人を失って泣く暇があるなら強くなれ、と教わる。ウロボロスは危険な場所だ。強くなるのは間違ってはいない。でも、一日くらい泣いてもいいと思う。私にはそんな暇もなかった。聞いた時にはすべて終わっていて、現実感がなかったからだ。
ふと見ると、先代魔王の墓に花が供えられていた。人界で見る花だ。おそらくウェンディが供えたのだろう。魔族にそういう習慣はないが、人族は墓に花を供えると聞いたことがある。
ウェンディも私と同じだと思う。いつの間にかすべてが終わっていて現実感がないだろう。墓参りしたかったのも、現実として受け止めたかったのかもしれない。
昨日の様子を見た限りでは大丈夫に思えた。元気に歌ったり踊ったりしていたからな。でも、もしかしたら空元気なのかもしれない。後で様子を見ておくか。
それはともかく、しまったな。墓参りなんだから私も花を持ってくるべきだった。人族の習慣を真似する必要はないが、聞いた時、なんとなくいい習慣だなと思っていたんだ。村を出発する前に見繕っておくべきだった。
まあ、次の機会にしよう。次の機会に花を倍もってくればいいだろう。今日は弔うだけだ。
魔王様に死者を弔うポーズを教えてもらった。同じことをする。
両手を合わせて目を瞑った。
私を守ろうとして両親は死んだ。イブには魔王様くらいの強さが無ければ勝てないだろう。両親が勝てるわけない。多分、両親はそれを分かっていたと思う。分かっていてもイブに戦いを挑んだんだ。
イブは、両親が無駄に抵抗したから殺した、と言っていた。二人が私を放っておけば、死ぬことはなかったのかもしれない。
私なんか見捨てればよかった、と言いたいところだが、言っても無駄な気がする。私は両親に愛されていたんだと思う。そうでなければ、私のために死ねるわけがない。
両親を誇りに思う。
私に同じことができるだろうか。皆のために死ぬ、魔王様のために死ぬ、口ではなんとでも言える。でも、実際にそうなりそうな時、本当に受け入れられるだろうか。両親は間違いなく実行してくれた。私にもそういう勇気を出せる気持ちが受け継がれていればいいのだが。
不老不死の私が思ったところで何の意味もないな。死の恐怖とそれに打ち勝つ勇気。それが備わっているかどうかなんて、死の恐怖がない私にはもう確認する術がない。
偉大な両親を持つと子供は大変だな。物理的な強さなら負けないだろうが、精神的な強さで負けている感じがする。長く生きていれば、両親のようになれるだろうか……なれたらいいな。
「フェル、様?」
背後で名前を呼ばれた。振り返るとウェンディが手に花束を持ち立っている。どうやらウェンディも墓参りに来たようだ。
「墓参りか?」
「はい、ウロボロス、なかなか、来れ、ない。ここ、いる、間、毎日、墓、参り」
「そうか。ここにずっと住むわけじゃないからな」
メインに住むのは人界なのだろう。ネヴァと仲がいいみたいだし、冒険者やアイドル活動もしている。生活の基盤が向こうだからな。ここにはそう何度も来れないだろう。
「フェル、様、墓、参り?」
「そうだな。両親の墓参りだ。良ければ、花を一輪貰えるか? 私も両親に花を供えたい」
「もち、ろん。花、たくさん、持って、きた」
ウェンディは花束から花を一輪だけ抜き、渡してくれた。花の名前は分からない。小さな白い花だ。見ているとなんとなく落ち着く。両親も喜ぶだろう。
共同墓地の石碑の前に花を供える。そしてもう一度、両手を合わせて目を閉じた。両親に報告しておこう。
私はまだそっちには行けない。もしかしたらずっといけないのかもしれない。でも、行けた時には普通に迎えてくれると助かる。それまでは、見守って貰えると嬉しい。
そうそう、好きな人ができた。告白したら一瞬で振られたけど。いつも「本ばっかり読んでないで恋をしなさい!」とか言ってたな。望み通り恋をしたが、楽しいよりも胸が苦しい方が多いぞ? というか痛い。恋には精神強化系魔法が必須だ。
しばらくは来れないと思う。親不孝な娘ですまない。二人の仇を見つけたんだ。ソイツを討つまではもう来ないつもりだ。次に来るときは討伐報告。二人への謝罪も感謝もそれが終わるまで待ってくれ。必ず落とし前はつけさせるから。
……報告はこんなところだろう。
ウェンディの方を見ると、すでにお参りは終わっていたようだ。なぜか不思議そうにこちらを見ている。
「私を見ているようだが、どうした?」
「フェル、様、すごく、真剣。あと、長く、目、瞑る。それと、手、合わせる、何?」
「ああ、あれは死者を弔うポーズだ。両親に報告する内容が多くてな、つい、長くなってしまった。それと決意表明みたいのもしておいた。真剣な顔をしていたのはそのせいかも知れない」
「理解、した。私も、決意、表明、した。人族、魔族、橋渡し、頑張る」
人族と魔族の橋渡し、か。
そうだな、イブの動向は不気味だけど、セラは封印されている。管理者達も今のところ仮死状態だ。人族と敵対する理由はない。今後も、魔族のイメージを払拭するべきだろう。
アイドルという方法に関して言いたいことはあるが、受けはいい。ウェンディにはそういう方向で頑張ってもらおうかな。
「ウェンディ、魔族としてどこかの部署に所属しないか? 人族との橋渡しなら――開拓部かな? ヤトが部長だけど」
ウェンディの目が怪しく光った。
「ヤト? ……了解、下剋上。アイドル、上、教える」
「仲良くやれよ?」
あ、しまった。私がそういうのを勝手にやるのは良くないな。もう、魔王の座はオリスアに譲ったんだ。私がでしゃばるのは私が動くものだけ。私は魔王よりも上っぽいが、勝手に人事的な事をやるわけにはいかない。
「えっと、すまん。私にそういう権限はもうなかった。やる気があるならオリスアかサルガナに相談してから決めてもらえるか?」
「了解。相談、する」
ウェンディはそう言うと、ここから離れた。相談に行ったのだろう。
思ったよりも元気そうだ。人界で目を覚ましたときには絶望しただろうが、ネヴァとの出会いがあったから、それ程辛いことも無かったのかな。今度、ネヴァに何かお礼をするか。
さて、午後は他の部署を回って情報収集だ。情報がありそうなのは開発部ぐらいだろうけど。
他には特にない――そうか。ウロボロスだ。ウロボロス自体が情報を持っている可能性が高い。
「ウロボロス、聞こえるか?」
『聞こえている。何か用か?』
ダンジョンに声が響く。アビスと同じようにどこでも話せるようだな。
「旧世界の情報が知りたい――いや、その前に教えて欲しいのだが、追放された創造主とイブと言う奴を覚えているか?」
反応がない。思い出そうとしているのか?
『……信じられんが、そういう創造主とそのサポートAIがいたそうだな。昨日、アビスと情報共有を行った。図書館の情報を書き換えるとは恐ろしい事をするものだ』
「信じているのか? お前達は情報がないと信じないんだろう?」
『その通りだ。だが、情報がないから信じるということもある。例えば、お前が身に着けている左手の小手。アビスに言われなければ全く存在に気付かなかった。私ですら分からない相当なテクノロジーで作られている物だ。それを持っている事でお前の言っていることに信憑性がでた。それにお前の両親の事もある』
両親の事? ウロボロスは何か知っているのだろうか。
「教えてくれないか。何を知っている?」
『大したことではない。お前の両親を殺した奴の情報がないというだけだ。これも消されたのだろう。情報がなくなっていることで、お前の話により信憑性がでたということだ』
魔王様やイブの情報が無くなったから、矛盾が出てきたということかな? だが、それにしては随分と雑な気がする。辻褄合わせくらいすればいいのに。イブならそれくらいやれそうな気がするんだけど。
それをウロボロスに聞いてみた。
『管理者と同等の性能であれば、辻褄合わせくらい余裕であっただろう。それをしていないということは、私達に気付くわけがないと考えたか、そこまでやれる状態じゃなかった、ということだな。あくまでも推測だが』
やれる状態じゃなかった、か。あの時、イブは魔王様に攻撃された。おそらくそれが効いているのだろう。だから対応が雑になったと考えるべきか。
「なんとなくイブの状況も分かった。感謝する。じゃあ、両親の話は終わりでいい。旧世界の情報を調べようとしているんだが、なにか情報を持っているか?」
『私の持っている情報ならアビスへ送っておいた。今頃アビスは情報の整理をしているだろう。詳しいことはアビスに聞いてくれ。私は環境改善の計画を立てていて忙しい』
ちょっと言い方にトゲがある感じだ。やってくれるなら何でもいいけど。
「そうか、邪魔して悪かったな。明日には魔神城へ行く。指定の物を持ってきたら頑張ってくれよ」
『プログラム使いの荒い奴だ……そうだ、魔神ロイド様の権限が奪えるようなら奪ってくれ』
魔神ロイドの権限を奪う?
「えっと、どういうことだ?」
『昨日説明したと思うが、クロノスへ送るエネルギーの量を決めるのはロイド様だった。ロイド様と同じ権限を持っているなら、その量を減らすことができるだろう。権限を奪って私に命令すればいい』
なるほど、そういうことができるのか。
『言っておくが、そこまで大きく減らすことはできないぞ。クロノスへエネルギーを送るのは創造主権限での命令だ。管理者権限では多少量を変えられても、無くすことはできない』
「分かった。それでも十分だ。でも、なんで昨日は言わなかったんだ?」
『その小手の存在を知らなかったからだ。その小手とアビスがいれば、ロイド様の権限を奪うことも可能だろう。情報は与えた。頑張ってくれ……忙しいからもう話は終わりにするぞ』
「ああ、助かった」
多少は脅しが効いたのかな。随分と協力的になってくれた。
よし、他の部署も回って、明日の準備をするか。
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