両親

 

 自室で目を覚ました。


 でも、まだ眠い。大きくあくびをしてから水で顔を洗った。ちょっとだけすっきりした感じがする。


 眠気覚ましに頬を叩きながら、自室をぐるりと見渡した。


 懐かしいとは思う。ここでずっと寝起きしていたんだ。当然だ。でも、感慨深いという感じはしないな。多分、部屋にはベッドと机くらいしかないからだろう。


 ここでの思い出は本を読んでいたということだけだ。それも私が魔王となる前までの話。それ以降はただ寝て起きていただけの部屋だ。あの頃のことはあまり良く覚えていないな。がむしゃらだったし、大変だったということだけしか覚えてない。


 亜空間からリンゴを取り出してかじった。朝食代わりだ。朝はこれだけで充分だろう。昨日は宴だったから大振る舞いだったけど、魔界にいる間、贅沢をするわけにはいかないからな。


 さて、リンゴも食べ終わったし出かけるか。今日は色々な雑用を終わらせて、明日、魔神城へ向かおう。ウロボロスのエネルギーとやらが増えればここは快適になるはずだ。できるだけ早く取り掛かりたい。


 まずはクロウのところへ行こう。




 クロウの部屋に全員揃っていた。私を快く迎えてくれる。


 簡単に挨拶を済ませてから本題に入った。


「ハインとヘルメにお礼がしたい。それと、クロウも昨日の魔道具が欲しいとか言ってたよな。渡すからまた宝物庫へ来てくれないか」


「いいのかね? 昨日チラっと聞いたのだが、フェル君は魔王を辞めたのでは? 宝物庫の物を私達へ勝手に渡したら怒られるとおもうのだが?」


「その心配はしなくていい。私は魔王の上っぽいから。それにハインとヘルメには昨日の宴でかなり世話になった。二人へのお礼ができないとか言い出したら魔族の奴らに制裁を加える」


 そんな恩を仇で返すような魔族なら遠慮なくぶん殴る。


 二人とも「料理をつくっただけですので」とか言って、お礼を拒否している感じだ。謙虚と言うかなんというか。


 ここにいる間、ずっと料理のお願いをするし、魔族へのレクチャーもお願いすると言った。クロウやオルウスからの後押しもあって、二人とも受け取ってくれるようだ。


「オルウスも欲しい物があったら持ってけ。まあ、ルキロフの奴が許可を出した物だけだが」


「いえ、わたくしには――」


「オルウスは女神教関係で私に借りがあるよな? お礼を受け取ることで借りを返してくれ」


 オルウスも苦笑いをしてから「それを言われたら断れません」と頭を下げた。よし、これでいい。


 四人を連れて宝物庫へやってきた。


 ルキロフはもういるだろう。とっとと呼び出すか。


「おい、ルキロフ、いるか? ここを開けてくれ」


「はいはい、おまちくださいねー」


 うん、普通だ。昨日みたいなやり取りをされていたら鍵を壊して中に入っていた。ルキロフも普通の状態ならまともな方なんだろう。


 厳重そうな扉が開いていく。ルキロフが昨日と同じ格好で立っていた。


「フェル様、宝物庫へようこそ。昨日、言っていた件ですね? 人族の皆さんにお礼をするとか」


「そうだ。それじゃ任せていいか? 私はやらなければいけないことがあるので、ここはルキロフにお願いしたいのだが」


「ええ、問題ないですよ。皆さんにご満足いただけるような物をお礼として渡して見せましょう!」


「お前の持っている全く使えない物を渡すんじゃないぞ?」


「……もちろんです」


「その間はなんだ?」


 ちょっと怪しい気がするが、これだけに構っている場合じゃない。


 あとで受け取った物を確認するからな、とルキロフに伝えた。それとクロウ達にもちゃんと欲しい物を受け取れと言っておく。


「フェル君。できれば、この後、ウロボロス内を見て回りたいんだがね、許可を頂けるかな?」


「それは問題ない。ただ、四人だけで行動するのはダメだ。比較的安全だとは言え、危険な場所もあるからな。総務部に伝えておく。人を付けさせるからソイツの指示に従ってくれ」


「なにからなにまで済まないね」


 クロウに「気にするな」と伝えてから、総務部へ連絡を入れた。


 どうやらレモが案内してくれるようだ。なら問題ないだろう。


 それをクロウに伝えた後、この場を離れた。


 ウロボロス内を歩きながら、次の場所を目指す。次は探索部。旧世界の情報があるとしたらそこだろう。その次は総務部かな。念のため両親の事を確認しておかないと。




 残念ながら探索部には情報が無かった。あっても、私が知っているような情報だ。


 となると、探索部が調査していない――いや、調査できない魔神城での情報収集が必要だ。これは明日行くし、魔神ロイドの残骸を調べるのと一緒に他も調べてみよう。


 そんなことを考えていたら総務部の部屋に着いた。


 ノックをしてから「フェルだ。開けてくれ」と伝える。


 部屋の中から慌てるような音が聞こえ扉が開く。そこにはルネがいた。


「フェル様、いらっしゃいませ! ささ、どうぞどうぞ! 私が対応しますので! この総務部部長のルネが対応しますので!」


「まあ、それでもいいんだけど、なんでそんなに必死なんだ? というか、皆を人形が羽交い絞めにしてるのはなんでだ?」


「皆酷いんですよ! 部長なんだから念話番しててくれって言うんです! 因果関係が分かりません! 部長なのに……!」


 ルネの場合、なんかやらかしそうだから、一番無難な念話番をやらせているのかな。部長なのになぁ。でも、なんでサルガナはルネを部長に推薦したんだろう? 適当に選んだわけじゃないと思うんだけど。


 まあ、いいか。そういうことに首を突っ込んでも仕方ない。サルガナはルネに何かあると思ってやらせているのだろう。


「というわけで、私がフェル様の対応をします。どうされました?」


「なにが、『というわけ』なのか分からないが、まあ、ルネでいい。ここへ来たのは、私の両親の事を調べに来たんだ。私が魔族を組織化する前の話だから情報があるか分からないが、あれば知りたくてな」


 総務部には魔族の個人的な情報を収集させていた。生きている魔族が対象ではあるが、亡くなった魔族の情報も収集していた可能性はある。


「そうですか、フェル様のご両親……ちょっと待ってもらえますか。資料室で調べてみますので」


「ああ、頼む」


 案内してくれたテーブルについて、しばらく待つ。先に調査を依頼してから色々回ればよかったな。ここで足止めを食らうとは思わなかった。


 数分後、資料室の扉が開いて、ルネが出てきた。私のいるテーブルの上に、亜空間から資料を取り出す。資料と言っても紙が二枚だけだ。


「残念ながらこの資料しかありませんでした。お知り合いの方に口頭で聞いた話をまとめたものです。噂話とかも含まれるかもしれません」


「ああ、構わない。私の知らない情報があれば御の字だ」


 早速資料を読んでみよう。




 残念ながら特に気になる情報は無かった。でも、それが分かっただけでも良しとしよう。二人はどこにでもいる魔族だ。魔王の血筋とか、異様に強いとか、ユニークスキルを持っていた、とかは全くない。


 つまり、イブに殺される理由が全くなかったと言えるはずだ。単に私を守ろうとしてイブに殺された可能性が高い。


 私の大怪我はイブがやったと言っていた。そしてついでに魔王の因子を入れる実験をしたとも。本当に実験だったのだろうか? もともとそれが目的で私に大怪我をさせたのではないだろうか?


 でも、何でだ? なんで私を魔王にする? その理由が分からない。


「これってフェル様のお母さまですか? お綺麗ですね」


 ルネがいきなりそんなことを言いだした。どうやら資料に書かれている母の絵を見たようだ。


「そうだな。そういえば、父がベタ惚れだったと聞かされたことがある。そんなに強くなかったから、魔族として惚れられるようなことはなかったと思うんだが」


「でも、オリスア様の親友だったんですよね? 実は強かったのではないですか?」


「いや、それは無い。母とオリスアは単純に幼馴染だったと聞いたことがある。父も強さは普通だと思ったけど、母よりも弱かった可能性は高いな」


 父の資料に目を落とす。こちらにも同じように絵が描かれていた。


 ルネが二つの資料を見比べてから、私の顔をジッと見つめる。


「フェル様はお母さま似ですね。角はお父さま似のようですが」


「そうか。まあ、昔よく言われた。私は母に似て――」


 ふと、思った。


 私が魔王様の娘さんに似ているからか?


 イブは魔王様の奥様の姿をしていた。ならイブは娘の姿も知っているはず。私が魔王様の娘さんに似ているから私を魔王にしたと考えるのが自然のような気がする。


 私を魔王にする理由までは分からない。でも、私を選んだ理由はその可能性が高いような気がしてきた。


 なら、両親は私のせいで巻き込まれたと考えるべきだろう。


 イブが私に魔王の因子を埋め込もうとしたときに、両親がそれを妨害しようとした。そして返り討ちにあったというのが本来あったことではないだろうか。


 イブは嘘つきだ。全部が嘘とは言わないが、本当の事に嘘を混ぜてくる。私はついでなんかで魔王にはされてない。私が魔王になるのは、アイツの計画とやらの一部だったはずだ。


 その方向で考えていこう。そうすればイブの狙いも分かるかもしれない。


「あのー、フェル様、大丈夫ですか? 考えこんじゃってますけど?」


「ああ、すまない。ルネの言葉でちょっと思いつくことがあってな。助かった」


「はあ、よく分かりませんが、お役に立てたなら何よりです」


 ルネは不思議そうな顔をしている。無意識だろうが、本当に役に立ってくれた。


 さて、そろそろ行くか。次に行くところはいま決めた。墓参りしよう。

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