食糧不足の解消

 

 ローシャとラスナにテーブルの椅子へ座る様に言った。二人は迷うそぶりもなく椅子に座る。


 出会いは最悪だったが、実はまともな商人なのかな、と今は思う。最初に会ったのがラジットじゃなくて良かった。アイツだったら最悪を通り越して商会なんか片っ端から潰していたかもしれない。


 まずは色々と確認するか。いや、その前にお礼だな。


「ローシャ、ラスナ。まずは礼を言う。ありがとう。リーンやメーデイアの支店で食糧を用意してくれたからスムーズに聖都まで行けた」


 二人はびっくりしていたが、ラスナが楽しそうに口を開いた。


「いやいや、フェルさんにはこちらも色々とお世話になっておりますからな。あれくらい何の問題もありませんぞ? ですよね、会長?」


「まあ、そうね。貴方からもたらされた利益を考えたら、あの程度、なんの負担にもならないわ。女神教は潰れたから、報復を恐れることも無いし……貴方に関わってから利益が右肩上がりよ。正直、笑いが止まらないくらい」


「そうか。儲けている様で何よりだ。私がお願いした件を色々確認させてもらっていいか?」


「構いませんぞ、何でも聞いてくだされ」


 まず、ウゲン共和国のピラミッドに関して確認した。


 商会の者をピラミッドへ派遣し、色々調査した結果、遺跡機関からダンジョンと正式に認定されて管理をヴィロー商会が受け持つことになったらしい。


 現時点ではまだ利益が出るほどじゃないらしいが、これから利益が増えていくだろうとのことだ。オアシスの近くに冒険者ギルドを作るような話も出ているようで、あの辺りはこれから冒険者達でにぎわう事だろうとラスナは予測している。ローシャも同じ考えのようだ。


 食糧の供給に関しては、問題なく実施しているとのこと。ピラミッドの中にいる魔物から出る魔石が主な交易品になっているらしい。それとオアシス周辺に生えている木の果実が珍しい物だったようで、高値で取引しているようだ。


「ピラミッドも食糧供給も聞いた限り問題はないようだな?」


「そうですな。フェルさんの名前を出せば獣人の皆さんも友好的な態度になるということで、もめごとは全くありませんぞ。商会の者も獣人だからと言って差別するような者はおりません。そんな奴は即クビにしますので」


 ラスナがそう言うとローシャが首を縦に振った。そういう教育は徹底しているのかな。


「大体、フェルさんからの紹介ですからな。獣人の皆さんも同じようで、フェルさんの顔に泥を塗る訳にはいかないとお互い紳士的に対応していると聞いておりますぞ」


「私が怖いだけか」


 私が間に入っていなくても紳士的になってほしいんだけどな。でも、魔族と人族のように、獣人と人族にも確執がある。今は私というクッションがあってもいいのかな。これから何年もかけて関係を良くすればいい気がする。


 とりあえず、ヴィロー商会はお願いしたことをやってくれたわけだ。ならここは魔界の事情を話して、魔界にも食糧を供給してもらう。


 信用し過ぎだとは思うが、ラスナは金が絡めば信用に応えてくれる気がする。ローシャは分からんが、利益があるならどんなことでもしてくれそうだ。


「ローシャ、ラスナ。お前達を信用して頼みたい事がある」


「ほう? 私達を信用、ですか?」


「そうだ、お金が絡むならお前達は信用できる」


「素晴らしい。フェルさんは私を良くお判りだ。何でもおっしゃってください」


「会長は私なんだけど? あ、もちろん不満があるわけじゃないわよ? 信用されているならそれに応えたいと思っているわ」


「そうか。実は魔界は食糧不足に陥っている。以前は人界を襲って食糧などを手に入れていたが、五十年近くそれをしなかったため、食糧供給が需要に追い付かない。なので、人界から食糧を買いたいと思っている。頼みたい事は、ヴィロー商会に魔界へ送る食糧を定期的に用意して欲しいんだ。もちろん金は払う」


 ラスナもローシャも口を開けたまま、ポカンとこちらを見ている。


 ラスナがローシャよりも一瞬早く意識を取り戻したようだ。咳ばらいをしてから、真面目な顔になった。


「フェルさん、私達に魔界の状況を言ってもよろしいのですか?」


「お前達を信用していると言っただろう? それとも食糧供給をせずに魔族が全滅することを望んでいるのか?」


「まさか。今の私達はフェルさんと運命共同体のようなものです。フェルさんとの関係が無くなりでもしたら利益が大幅に減ってしまいますからな」


「そうか。ならやってくれるか?」


「どれくらいの期間で、どれくらいの量になるかにもよりますな」


 魔族だけなら五百人から六百人だな。獣人は千人くらいか? 魔物達は適当に食べてるみたいだから数に入れなくてもいい。ただ、ギリギリではなくて備蓄も欲しい。


 期間に関しては、毎月ってところかな。毎週だと行き来するのが大変だし、食糧を集めるのも大変だろう。


「そうだな、二千人で一ヶ月分を毎月。揃えられるか?」


「それくらいでしたら問題ありませんな。ルハラの軍隊が二、三日遠征するときぐらいの量でしょう。それほど高価な食材でなければ揃えるのは可能です」


「ああ、それで構わない。ある程度栄養があって味があれば十分だ」


 魔界で採れる物なんてほとんど栄養がないし、味も薄いからな。普通の食材で問題なし。


「ちょっといいかしら? 輸送はどうするの? そもそも魔界ってどう行くのかしら?」


 ローシャの疑問はもっともだな。だが、それはこちらに任せてもらっていい。


「輸送に関しては魔族側でやるから気にしないでいい。そうだな、食糧をソドゴラ村へ集めてくれれば引き取って、魔界へ持っていく」


「相当な量ですぞ?」


「空間魔法を使える魔族がいるから問題ない。それにいざとなったらヴァイアに魔道具を作って貰うから大丈夫だ」


 その時はヴァイアにお金を払おう。


「おお、ヴァイアさんですか。いつかヴィロー商会にも魔道具を作って貰いたいものですな」


「まあ、それはお金を払って頼んでくれ。私もそうするし。ただ、ヴァイアはオリンが設立する魔術師ギルドのグランドマスターに内定しているから、その内、村を離れるぞ。頼むなら早めの方がいい」


 あと、どれくらい村にいるのかな。クロウ達の準備しだいだろうけど。


 また、ラスナ達が口を開けて止まっている。確かにこれは驚く内容だったかもしれないな。


 ラスナが大きく息を吐くと、脱力したように椅子にもたれかかった。


「いやはや、驚きの連続ですな。会長、どうですか。この村に支店を出して良かったでしょう? 未来のグランドマスターと知り合いになれたということですぞ?」


「あんなお金を出して土地を買うなんてどうかと思ったけど……一瞬でそれ以上の価値が出たわね」


 ヴァイアとヴィロー商会か。私を騙そうとしたから、ヴァイアはヴィロー商会を良く思ってはいない。だが、少なくとも知り合いだ。実際にヴァイアがグランドマスターになったなら、それなりの伝手ができるという事なのかな。


 おっと、今、ヴァイアの話は関係ない。話を戻さないと。


「で、どうだ? 食糧集めをやってくれるのか?」


「やらないという選択肢はありませんな。ですが、会長の許可は必要です。どうでしょうか、会長?」


 ラスナと一緒にローシャの方を見つめた。ローシャはため息をついてから頷く。


「やらない訳にはいかないでしょ? でも、色々と細かい契約はさせてもらうわよ? 天候不良で不作の時だってあるんだし、常に揃えられるかは分からないから」


「もちろんだ。その辺りの契約は別の魔族にやらせる。後で呼び寄せるから細かいことは呼んだ奴と決めてくれ」


 その辺りは営業部のラボラに任せればいいかな。ちょうど魔界に行くし、頼んでおこう。魔物との交渉しかしたことないと思うけど、大丈夫だろう。多分。


 定期的な食糧調達はこれでいい。次は今回帰るためのお土産だ。まだ、レモには会ってないけど、村の防衛を頼んだから、魔界へは帰ってないと思う。魔界の皆はいつも通り味のない料理を食べているだろうからな。すぐにでもたくさん持って帰ってやらないと。


「それでだな、その話とは別に私は一度魔界に帰ることになった。数日中には出発するつもりだが、それまでに集められるだけの食糧を揃えてくれないか。土産として持って帰りたいんだ」


「なんと、魔界にお帰りに? まさか戻って来られないとかは――」


「戻ってくるぞ。やらなきゃいけないことが多いからな」


 魔王様を探さないといけない。今回の帰郷は情報収集のためだ。旧世界の情報を片っ端から調べないと。


「それを聞いて安心しました。ならリーン辺りから食糧を調達しましょう。まあ、ここへ運び込むまで三日は見てもらいたいですが」


「ああ、それで構わない。お金に関しては千年樹の木材を売った金があるよな? あれから引いてくれ」


「本当に買い取りは半額で良かったのですか? 相当な金になりましたぞ? その、ちょっと引いてしまうぐらいに」


 ラスナが引くってどれくらいだよ。でも、そんなに金があるなら今後の食糧調達にもしばらくは使えるだろう。


「その金はヴィロー商会に預けた形にしておく。定期的な食糧に関してもそこから支払いをしたいから、ちゃんと計算してくれよ? もし正規の金額よりも余計にとってたりしたら、バレたときに覚悟しとけ」


「メリットとデメリットを考えたら、そんなことをする馬鹿はいませんな。輸送費やらなにやらと経費としてお金をいただきますが、きちんと明細表を渡しますのでご安心ください。それにしても――」


 急にラスナが笑いを堪えるような仕草をした。


「それにしても、なんだ?」


「フェルさんは随分と私達を信用してくださるのですな? 私達にお金を預けるとは。もしフェルさんからの信用を無くしたら、と考えただけで胸が痛くなりますぞ?」


「胸が痛むのは、私がお前達にとって大事な金づるだからだろう? 私からの信用を無くしたら大損害だからな」


「そうかもしれませんがね、例えフェルさんが金づるでなかったとしても、フェルさんを裏切るのはかなりの決断がいるでしょうなぁ……」


 ローシャが目を見開いてラスナを見ていた。ラスナはかなりレアな事を言ったようだが、何を言っているのか分からない。魔族を裏切ったら物理的に怖いって話なのだろうか。


 まあいい。他に頼むことはあったかな……ああ、そうだ。


「ロモンにあるパンドラ遺跡って知ってるか?」


「急にどうされました? 知ってはおりますぞ。その遺跡がなにか?」


「アビスがその遺跡でダンジョンを見つけた。管理をお前らに任せるから、よろしく頼むな。あそこ、ラジット商会が管理していたらしいが潰れたからな。それにダンジョンが発見されたから改めて遺跡機関が管理する奴を探しているそうだ。アビスがお前らを推薦したらしいから、その内連絡が来ると思う」


 今日三度目だ。口を開いたまま止まってしまうのは。息はしてるから大丈夫だとは思うけど。まだ、あるんだけど、言っても平気かな。


「それと空中都市が落ちたのを知っているだろ? あれも遺跡扱いになるみたいだから、管理をよろしくな。遺跡のおかげで突風が来ない場所ができたようで、町かなにか作るらしい。そのための資材とかもお前達に用意させるって遺跡機関に言ったらしいぞ。アビスが。それもよろしくな」


 今度はラスナではなくローシャが先に我に返ったようだ。


「あ、あな、あな……!」


「穴? 穴がなんだ?」


「貴方ね! そんな事できるわけ――」


「できますぞ、会長! いえ、できないなんてことを言ってはいけません! やるのです! これでやらなくては商人をやっていないのと同じですぞ!」


「えぇ? で、でも流石に遺跡の管理が一気に二つ増えるのは……どう考えても人手が足りないわよ?」


「それを考えるのです! 考えるのはタダなのですぞ? タダでお金が増えるならいくらでも考えましょう!」


 ものすごい理論だな。


「じゃあ、言うことはそれだけだ。後はよろしく頼む」


「ちょっと待ちなさいよ! 最後にこんなものを放り投げないでよ! 貴方も考えなさい!」


「いや、私は商人じゃないし、お前らの商会の事も詳しくないから、考えても役に立てんぞ。というか、そこまでやる義理がない」


「いいから考えて! 人手が足りないの! 何かの伝手はないの!?」


 なんでキレ気味に言われてるんだろう。まあ、ちょっとくらいは考えてやってもいいけど。えっと、人手か。


「なんの人手が足らないのか分からないが、獣人に頼めばいいんじゃないか? 仕事を欲しがっていたぞ?」


 そういえば、獣人達は村に来たのかな? いるとしたら工房か……いや、ウェイトレス?


「それはいい案ですな! 発見されたばかりのダンジョンは冒険者が増えて治安が悪くなるのです。治安維持を獣人の皆さんにやって貰いましょう!」


「それはいいわね! じゃあ、まず、遺跡機関に話を聞きましょう! あと、ウゲンで獣人を採用しないと!」


 治安維持か。獣人だと逆に人族との諍いが増えそうだけど、大丈夫かな? まあ、東側では獣人をほとんど見ないというから毛嫌いしている奴も少ないとは思うが。


「さあ、会長! 忙しくなりますぞ! 時間はいくらあっても足りませんからな! 早速行動に移りましょう!」


「そうね! これが上手くいけば、きっとお父様に認められるわ! 絶対にやりとげて見せるわよ!」


 随分と熱血な感じだ。普段はもっと冷静な感じなんだけどな。


「食糧調達の事も忘れないでくれよ。じゃあ、その、なんだ。頑張ってくれ」


 二人は頷いてから宿を飛び出す様に出て行った。


 最後は慌ただしかったな。でも、魔界への食糧供給はそれなりに目途が付いた。


 ズガルとかでも食糧を作って魔界へ送る様にすれば、食糧問題は解決できるかもしれない。魔界での生産率も上げられれば最高なんだけどな。まあ、それはおいおい考えようか。

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