久しぶり

 

 ニアが作った料理が目の前のテーブルに並んでいく。


 並ぶと言ってもそう大した量ではない。王族とか貴族が食べるような高価な食材が使われてもいないだろう。でも、私の目にはどんな高価な食材で作った料理よりも美味しそうに見える。久しぶりすぎて涙がでそうだ。


 鉄板の上に横たわるワイルドボアのステーキ。そして食欲をそそる香りで分かる。ニンニクを使ったタレがたっぷりと掛かっていた。タレが肉から鉄板の上に落ち、パチパチと音楽を奏でている。


 そのステーキの隣には付け合わせの玉ねぎが存在を主張していた。玉ねぎの輪切りがドンと置かれている。まるで私が主役だというように。そういう主張、嫌いじゃない。


 そして、付け合わせはもう一つある。一口サイズのニンジンだ。それがトリプル。だが、存在は控えめ。脇役に徹している。主役を引き立てる名脇役というところだろう。


 すぐにでも口へ入れたいところだが、早まってはいけない。鉄板の上でタレが音を出して踊っている時間は前奏だ。これを邪魔する奴はタレの怒りとも言うべき反撃を受ける。主に服に。前奏が終わるまで手は出さない。明鏡止水の心で気持ちを落ち着けるのだ。嵐の前の静けさということだな。


 ステーキを見つめていたらすぐに食べてしまいそうだ。他の料理を見て気を逸らそう。


 ステーキが乗っている鉄板の横にはサラダが盛りつけられている皿があった。


 色合いがいい。レタスの緑にトマトの赤。そこに細かく刻んだゆで卵の黄と白が映える。食べなくても分かる。あれは美味い。今日はスパイシーなドレッシングで攻めよう。


 最後にスープを見た。黄色と黒色の物体がスープの中を優雅に泳いでいる。卵とワカメのスープだ。そしてコショウが少量だけスープに浮いている。


 以前、厨房で敵情視察した時は、鳥の骨で出汁を取っている様だった。陸の卵、海のワカメ、空の鳥。なるほど、陸海空の三すくみスープか。多分、このスープはなんとかトライアングルという名前だろう。


 一通り料理を見た。本来であれば、サラダから食べるべきだろう。だが、今日はそのセオリーをあえて崩す。


 最初は肉だ。肉からしかない。まず肉で胃袋をたたき起こす。サラダによる宣戦布告など生ぬるい。すでに戦いは始まっていると伝えるのだ。


 相手の全戦力は判明した。後は開戦の狼煙だけ――どうやら、前奏が終わったようだ。


「いただきます」


 さあ、戦いの始まりだ。




「フェルちゃんは美味しい物を食べている時って、その、ちょっとおかしいよね?」


 いつの間にかやって来ていたディアが呆れたように言ってきた。心外すぎる。


「よく分からんが、ディアのそのステーキも私が食べてもいいという意味か? 名誉棄損的な意味で」


「どんな解釈したの? そうじゃないよ。食べるまで睨むように料理を見ていたのに、食べてからは笑顔で食べてるから、こうギャップがね。ちなみにガープ君はちょっと引いてる」


「食事をしている時に笑顔なのは知っていたが、今日は一段と凄いな」


「まあ、ニアの料理が久々だったからな。気合を入れて食べてみた。私の胃袋は蹂躙されたよ。完全敗北だ。負けると知っていても止めちゃいけない時ってあるよな」


 正直なところ、美味いとしか言えない。理屈や理由は不要。単純に美味いんだ。


 その後、メノウとヤトがリンゴジュースを持ってきてくれた。まあ、二つとも飲むけど、二倍お金を払うんだよな? そういう戦略なのか?


 とりあえず、リンゴジュースを一口飲んで落ち着く。


「ヴァイア達はどうしたんだ? ここに来るかと思ったんだが?」


 ヴァイアとリエルは来なかった。来たのはディアとガープだけだ。


「ヴァイアちゃんはノストさんと二人っきりで食べるみたいだね。なんかこうすごい料理を作るんじゃないかな。リエルちゃんは教会で子供達と食べるみたいだよ。出前を頼まれたからさっきヤトちゃんにお願いしたところ」


「そうか、ヴァイアはともかく、リエルは大変だな。これからは子供たちの面倒を見なくちゃいけないからな」


 子供たちは全部で十二人だったな。女の子が九人と男の子が三人。教会を改装して孤児院にするとか言ってたけど、大丈夫だろうか。女神教時代のお金が沢山あるから大丈夫だとは言っていたが、なにか手伝った方がいいのかな?


「子供たちは泊まるところがあるのか? 教会で寝泊まりできるのは一人か二人だろ?」


「それはこの宿に泊まるんじゃない? ちょっと狭くなるけど、小さい子なら一部屋で三人から四人は泊まれるから、しばらくはそうなると思うな」


 それはそうか。でも、見た感じ住人以外がこの食堂に結構いるんだよな。全員泊まれるのかな?


 周囲を見渡すと、住人じゃないけど、みんな知ってる奴だった。なんでここにいるんだろう。


 目が合ったと思ったら、二人の女性が近寄ってきた。


 周囲を見た限り、一番の珍客、ネヴァとウェンディだ。よく見ると、ウェンディはちゃんと肌の露出を控えた服を着ている。言いつけを守ってくれたようだ。


「食事は終わりまして? 久しぶりですわね、冒険者ギルドのネヴァですわ」


「ウェンディ、です。村、来た」


「二人とも久しぶりだな。えっと、なんでこの村にいるんだ?」


 話を聞くとネヴァはディアの代わりに村へ来たらしい。


 私が昏睡状態になってしまったので、ディアが村にいつ戻れるか分からないから、代わりに冒険者ギルドを運営できる者を派遣したとのことだ。


 ネヴァはウェンディが一度魔界へ帰りたいという話を聞いていたので、これ幸いと名乗り出た。そしていままで滞在してくれていたらしい。


「この村って本当に依頼がないのですわね。やったことと言えば、冒険者から魔石を買い取ったくらいですわ」


「え、そんな事ができるんですか!?」


「ディア、貴方ねぇ……なんで貴方が知らないのよ。素材の買い取りって冒険者ギルドの基本でしょ。この村で魔石を売れるところがギルドしかない様だったから、買値が安くても売りに来てくれたのが幸いだったわ」


 魔石はアビスで出たものだよな? ということは誰かがアビスへ入ってる……?


 そうかクルか。さっきアビスで修行しているとか言ってた。そこから買い取ったんだろうな。


 まあ、それはいい。ありがたいのはウェンディがいることだ。魔界へ行くことが自然になる。イブがいつ関わってくるか分からないからな。できるだけ私の記憶がないことを装っておきたい。


 ウェンディがいれば、私が魔界へ戻るのもそんなに怪しくないだろう。気休め程度だけど、やるだけやっておかないとな。


「ウェンディ、しばらくしたら魔界へ行くつもりだ。一緒に来るか?」


 ウェンディの目が見開いた。そしてネヴァの方を見る。ネヴァは笑顔で頷いた。


「うん、魔界、一緒、行く」


「わかった。どういうメンバーで行くかこれから決めるから出発はもう少し待ってくれ。そうそう。二、三日中に村で宴会をするつもりだ。ネヴァと一緒に楽しむといい」


「うん、楽しみ」


「そういう事でしたら、楽しませていただきますわ。さて、ディア。午後は仕事の引継ぎをしましょうか。色々とやっておく必要がありますわよ!」


「え! きょ、今日くらい休みたいなー、なんて――」


「貴方、一ヶ月以上休んでいたでしょう! フェルさん関連だから見逃されてますけど、本当ならクビですわよ! さあ、昼食をとったのならさっさと動く!」


 ネヴァがウェンディの方を見ると、ウェンディが頷いてディアを肩に担いだ。


「ぎゃー! フェルちゃん! 助けて! 働きたくない!」


「いや、働けよ」


 ここは心を鬼にしてディアを送り出そう。嫌なことだってやらなきゃ生きていけないんだ。


 ディアが連れ去られると、私とガープだけが残った。


「それじゃ、俺はアビスというダンジョンにある工房とやらへ行ってくる。革を受け取ったし採寸もした。あとは加工用の道具が必要だから、ドワーフの職人に作って貰う予定だ」


「そうか、ダンジョン内で用件を言えばナビゲートしてくれるはずだから迷わないと思うぞ」


「それについては分かった。アビスとやらに話せばいいんだな。だが、その前に確認だが、オリハルコンを本当にいいのか? 俺用の工具を作るために使ってしまって」


「いいぞ。そもそも、ディアの針に使おうと思ってただけだからな。ガープの工具になるなら問題ない。余った分はドワーフのおっさんに渡しておいてくれ。多分、喜ぶ」


 ミスリルでも喜んでいたし、オリハルコンも喜ぶだろう。


「オリハルコンを喜ばない鍛冶師なんていないと思うがな……わかった。責任を持って渡しておこう。それじゃ、早速行ってみる」


「ああ、靴とベルト、よろしくな」


 ガープは力強く頷いてから宿を出て行った。ディアが褒めるくらいだから腕はいいのだろう。自分専用の靴とベルトか。できる日が楽しみだ。


 一人になったと思ったら、近づいてくる奴らがいた。


「いやはや、このラスナ。ずっとフェルさんの事を心配しておりましたぞ!」


「無事だったみたいね……さっきオリハルコンとか言ってなかった?」


 ヴィロー商会も久しぶりだな。色々頼んでいたし状況を確認しておくか。魔界へ行くためにも準備が必要だ。色々お願いしよう。

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