珍客

 

 ちょっとだけ感慨にふけっていると、周囲にいる奴らがおかしいことに気付いた。変と言うわけではなく、なんでいるのだろうという顔ぶれだ。村へ何しに来たのだろう。


 まずはミトルだ。「よー」とか言って右手を上げている。


「なんでいるんだ?」


「フェルが眠ったまま起きないとか聞いたから心配して村に滞在してたんだよ。ここなら最新情報がすぐに届くからなー。あと少し起きるのが遅かったら、聖都まで行く予定だったんだぞ?」


「心配させたのか、それはすまなかったな」


「謝る必要はねーよ。元気になったのは聞いてたけど、顔を見るまで安心できなかったから村でのんびりしてただけだし」


 そうだとしても、心配させた事は確かだ。ちょっとだけ罪悪感がある。


「それに、あの子! あの子を紹介してくれ! メイドさんっぽい子! リーンから帰ったら紹介してくれるって言ったのに、村に来たらフェルがいねーじゃねぇか! あの時ほどフェルを恨んだことはねーぜ!」


 罪悪感がこれっぽっちも無くなった。むしろ罪悪感を与えたい。


 そういえば、その頃は魔素暴走騒ぎでウゲンへ行っていたか? すれ違いというか、タイミングが悪かったんだな。いや、良かったのかもしれないけど。


 一応、リーンでリエルを助けてくれたわけだし、紹介してやるくらいは問題ないかな。メノウならあしらうのも得意だろう。


「メノウ、ちょっといいか?」


 メノウを呼ぶと、音もなく近づいてきた。


「メイドが主人に呼ばれてダメなわけがありません。どんなことでもおっしゃってください」


「メイドって怖いな。あと、主人じゃない。ちょっと紹介したい奴がいる。このエルフだ。名前はミトル。ミトル、こっちはメノウだ」


「ミトル様ですか?」


「メノウちゃんかー、今度一緒にご飯でもどうかな? この村で一番の店を知ってるんだ」


 その情報は村の住人なら誰でも知ってる。


 珍しくメノウがジロジロとミトルを見た。ミトルはへらへらした感じだったが、メノウがミトルを見る目が険しくなると、ちょっと格好いい顔を作ったようだ。歯が光りそう。


「ミトル様」


「なんだい、メノウちゃん?」


「メイドギルドではこういう話があります。メイドギルドには大変恩を感じている魔族の方がいらっしゃるのですが、その魔族の方をとあるエルフの方が振ったらしいですね。プロポーズは受けられない、と言ったとか」


 なんで知ってんだ? いや、ヴァイア達から聞いたのか。


「メノウ、それは前提条件が間違っている。その魔族はプロポーズなんかしてないぞ。そのエルフがアホだっただけだ」


「プロポーズをしたかどうかはこの際関係ありません。重要なのは振っているという点です。ここ、大事です」


 メノウから殺気が放たれる。そしてメノウの前にいるミトルは汗がダラダラだ。


 そしてメノウはモップを取り出した。それって私が魔力付与した索敵必滅というモップじゃないのか?


「ミトル様はなにかご存じありませんか?」


 メノウは知っている。あれは知っていて問い詰めている目だ。それが証拠にメノウの持つモップがミトルを敵と認識している。首を刈り取りそう。


「は、はは、知らないかな? 知らないよ? 知らないけどね? そのエルフも決して本気でそんなことを言ったわけじゃないと思うんだよ、うん。ジョーク、そうジョークだよ! エルフジョーク!」


「なるほど、ならそのエルフを見かけたらお伝えください。メイドギルドではそのエルフにデッドオアアライブで賞金を掛けていると。大金貨百枚の高額な賞金です」


 高いな。というか、なんでメイドギルドが賞金をかけているのだろう。しかも生死問わず。


「お、おう。絶対に伝えておくよ! で、でも、そのエルフはものすごく反省していると思うぜ! その辺りを考慮して欲しいかな! まったく関係ねーけど!」


「畏まりました。その件、改めて調査致しましょう」


 メノウはそう言うとモップを亜空間にしまう。それと同時に殺気が消えた。そしてこちらを見て笑顔になる。花が咲きそうなほどの笑顔だ。


「では、フェルさん、すみませんが、昼食の準備がありますので失礼しますね。でも、何かあればすぐに呼んでください」


「ああ、うん。ニアの手伝いをするんだな? 忙しいのに悪かった。お昼の料理に期待してる」


 メノウは満面の笑みで軽く頭をさげてから、森の妖精亭の方へ向かった。


 ミトルは大きく息を吸ってから、脱力するように息を吐いた。


「こえーよ! メイドさんて怖くね? 俺、死んだと思ったぜ! 少なくとも寿命が二年は減ったよ!」


「まあ、私も怖いと思う時があるから、それには同意する。そうだ、ミトルにいいことを教えてやろう。さっきの話に出てくるプロポーズを断られた感じの魔族はもっと怖いからな? 怒らせると物理的に寿命が減るぞ?」


「……知ってる。リンゴ十個で無かったことにしてくれ。あと、メイドギルドにそれをちゃんと伝えて欲しい。マジでお願いします」


「冗談だ。リンゴは無くても、メイドギルドには誤解だとちゃんと言っておくから安心しろ。リンゴはいつもの取引でお願いする。まだ未払い分があるよな? できれば早めに補充したい」


「そうなのか? 分かった。エルフの村に連絡しておくよ。明日にでも届けてもらおう。だから本当に頼むぞ? 絶対だからな?」


「分かった分かった」


 ミトルは頷いてから村長の家に向かった。村への念話用魔道具を借りるのかな。


 それにしても、リンゴがすぐに補充できるのはありがたい。


 寝ている間に亜空間内のリンゴが大変な事になっていた。食べ物を腐らせるなんて末代までの恥。魔族の皆に顔向けできない程の愚かな行為をしてしまった。


 私なら食べても死なないから、と言ったのだが、皆が止めたからな。泣く泣くリンゴをロモンの大地に埋葬した。エルフの森以外では育たないとか聞いたけど、そんなことがないことを証明して欲しい気がする。


「あ、あの、こんにちは」


 背後から声を掛けられた。振り向くと、スザンナくらいの女の子が杖を両手で持ってそわそわしていた。見覚えはあるけど、誰だったか思い出せないんだよな。誰だっけ?


 不思議そうに見つめているのが分かったのだろう。何かに気付いたように女の子が勢いよくお辞儀した。


「ル、ルハラから来たクルです!」


 クル? ああ、ウルやベルの妹か。思い出した。


「そうそう、クルだったな。すまん、ド忘れしてた。確かルハラから女神像を調べに来てくれてたんだよな? ルハラからも声明が出たし、色々対応してくれたんだろ? ありがとうな、助かった」


 そう言って頭を下げたら、クルは慌てて首を横に振った。


「ディーン君――いえ、ディーン皇帝陛下から直々に頼まれましたので、気になさらないでください」


「そうか。でも、なんでまだ村にいるんだ? 仕事は終わったんだよな?」


 声明を出してくれた頃からここにいるなら、四十日程度はここにいるんじゃないだろうか。


「私もそろそろ成人するので一人でも活動できるように送り出された感じなんです。しばらく一人でやってみろってことで。それに、ここってアビスってダンジョンがありますよね? そこで修行してたんですよ」


「そうなのか。なら、まだしばらくは村に滞在するのか?」


「オリスアさんやドレアさんと一緒に一度ルハラへ帰ろうと思ってました。でも、すぐにルハラへ向かうかどうか分からないので、皆さんと話をしてから決めるつもりです。ルハラへ帰ったとしても、また来るかもしれませんけど」


 そうか、オリスア達もルハラへ向かうんだな。なら、オリスア達に一度魔界へ帰る事と、魔王を譲渡する事を話しておかないといけない。


「私の都合でオリスア達を二、三日は村に滞在させるつもりだ。ルハラへ向かうのは、その後になるが構わないか?」


「はい、私の方はいつでも構わないので、フェルさんの都合を優先させてください。オリスアさん達はフェルさんの好意でルハラに派遣してもらっているので」


「そうか、助かる。なら、二、三日中には村で宴会をする予定だから、楽しんで行ってくれ。私の奢りだ」


 そう言うとクルは笑顔になって「楽しみにしてます」と言った。そしてオリスア達のいる方へ向かったようだ。


 オリスア達に話すのは明日でいいかな。今日くらいは何もしたくない。


 さて、ヴァイア達は店やギルド、教会に向かったようだし、まずはニアやロンに帰って来た事を伝えるか。それにそろそろお昼だ。


 久しぶりだからかな。ちょっとそわそわする。


 両開きの扉を開けて中に入った。


 結構人がいるな。ここにも珍しい奴らがいるがそれは後だ。まずはニア達に挨拶。厨房かな?


「ニア、ロン、いるか?」


 厨房の方へ声をかけると、ニアとロンが出てきた。二人とも笑顔だ。


「おかえり、フェルちゃん!」


「おう、おかえり。まったく……あまり心配をさせるなよ? うちのかみさんがフェルの容態を聞いて大変だったんだぞ?」


 ロンがそう言うと、ニアが肘鉄を食らわせた。みぞおちに。死ぬんじゃないか。悶絶してるぞ。


「余計な事を言わないでおくれよ。恥ずかしいじゃないか。それにフェルちゃんが申し訳ない顔をしているだろう?」


「ああ、うん。ロンが死にそうなのは私が原因なので申し訳ないと思ってる。いや、その前に言うことがあるな。ただいま、今帰った。ちゃんとリエルも連れ帰って来たぞ」


 ニアがうんうんと頷いてから私の頭を胸で抱え込むように抱き着いてきた。そして、一度だけぎゅっと力を入れてから離れる。


「さ、色々話したいことはあるけど、まずは食事だろう? いつもの席に座って待っていておくれよ。今、昼食を用意するからさ」


「そうだな。ニアの料理をずっと楽しみにしてたんだ。美味い料理を頼むぞ?」


「ああ、任せなよ。腕によりをかけた料理を作ってくるからさ」


 そう言ってから、床に倒れていたロンを引きずって厨房の方へ向かった。


 あんな風に抱きしめられたなんていつ以来かな。母親以外初めてな気がする……いや、ヴァイアに抱きしめられたことがあるな。あの時は窒息するかと思った。


 まあ、何にせよ、無事に帰って来れた。今は何も考えずにニアの料理を楽しもう。

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