貴族とアダマンタイトとアイドル
二杯目のリンゴジュースを飲みほして一息入れる。
ニアに料理が相変わらずの美味さであることを伝えてから、今日の予定を考えた。
だが、即座に決まる。今日はもう何もしない。久しぶりの村を満喫するんだ。まずは部屋に戻ってゆっくりしよう。
そう思って立ち上がろうとしたら、宿の入り口から団体が入ってきた。
「おお、フェル君! 聞いていた通り、無事に帰って来たようだね!」
クロウだ。よく見ると、オルウスやハイン達メイドもいる。
クロウがテーブルの正面に座る。オルウスやメイド達はその背後に控える形だ。
「何で村にいるんだ?」
「この村に大使としてきているのだよ。国王の命令でね。女神教の問題も片付いたし、家督は既に譲っている。フェル君が目を覚ましたという情報を聞いてからすぐにここへ来たのだよ」
そういえば、そんなことを言っていたな。本当に来るとは。
「まあ、大使館はできていないので今はこの宿に泊めさせてもらっているがね。いや、話には聞いていたがここの料理には驚いた。高級な食材を使わずともあれほどの味に仕上げるとは……フェル君を初めて屋敷へ招待したとき、味をまあまあと言った理由が良く理解できたよ」
リエルを救出したときか。ずいぶんと懐かしい話を覚えているものだ。
オルウスが「フェル様」と言いながら、一歩前に出た。その顔は眩しいくらいの笑顔だ。
「バルトス達の事、お許しいただきまして、ありがとうございました」
「私にお礼なんかしなくていいぞ。礼をするならリエルにしてやってくれ。アイツが許してやってくれって言わなければ許す気もなかったし」
「当然、リエル様にもお礼はしますが、ここはやはりフェル様に礼をするのがスジでしょう。本当にありがとうございました」
直角って言ってもいいくらい腰を曲げて頭を下げられた。皆が見てるから居たたまれないのだが。これはお礼を受けないと頭を上げそうにないな。
「お礼というなら、魔族とそれなりの関係を結んでくれ。魔族も人族を襲わせないようにするから。それが私に対する礼ということで問題ないぞ」
オルウスは体を起こしてから、こちらを見る。
「もちろんでございます。私やダグ、それにバルトスやシアス全員で魔族に敵対しないように伝えていきましょう。私はともかく、三人の影響力は高いですからね」
元勇者や賢者、それに冒険者ギルドのグランドマスターが広めてくれるなら確かに安心かな。
これは意外と早く魔族の人界移住ができるかもしれない。魔界は過酷だ。正直、住むような場所じゃないから、魔族を人界に住まわせたい。
ズガル周辺を開拓すれば住むところにも困らないはずだ。数年したらディーンやクロウに相談してみよう。
そうだ、魔界と言えばクロウに言っておくことがあるな。
「クロウ、今度、魔界へ帰ることにした。一緒に来るか?」
「ちょっと待ちたまえ、魔界に帰る? まさか戻って来ないという訳では――」
「違う違う。一時的に帰るだけだ。戻ってくる」
ラスナもそんな事を言ってた。どれくらい魔界へ帰っているかは分からないが、魔王様を探さないといけないし、この宿には私の部屋もある。魔界へ行ったまま、と言うことはあり得ないな。
「それなら安心だ。しかし、魔界か。確かに行ってみたいと何度も言ったが、実際に人族が行っても大丈夫なものなのかね?」
「魔界の魔素に触れないようにすれば大丈夫だ。以前も言ったと思うが魔力コーティングができれば問題ない。どうしても不安ならヴァイアに相談するという方法もあると思うけど」
「そうかヴァイア君がいたね! お金を払って魔道具を作って貰おう!」
やる気になってるな。一応、これも伝えておくか。
「言っておくが、私とクロウだけじゃないぞ? 他にも数人連れて行くからそのつもりでな」
「ふむ、誰が行くのかね?」
「少なくともウェンディは行くことになっている。あと、レモという魔族もだな。他はこれから決める」
「そういえば、この村へ来ていたようだね。なるほど、ウェンディ君も帰郷ということか。レモ君というのは……ああ、あの眼帯をしている魔族だね? さっきアビスの中で会ったよ」
アビスで? レモは何をやってるんだ?
というか、なぜアビスでクロウがレモに会うのだろう?
「クロウ、アビスで何をしてたんだ?」
「はっはっは! アビス君の許可を得て魔法の実験をしていたのだよ! いや、あそこはいいね! 派手な魔法を使っても周囲は壊れないし、手ごろな魔物も用意してくれる。それに見てくれたまえ、大きな魔石も手に入ったよ!」
クロウがハインの方を見ると、ハインが亜空間から魔石を取り出す。それをテーブルの上に置いた。
確かに大きい。私が手に入れたキマイラの魔石ほどじゃないけど、握りこぶしぐらいの大きさはある。
「これは売るのか? 冒険者ギルドで買い取っていたぞ?」
「小さい物は売ってしまうが、ここまで大きいと売れないな。魔石は魔道具のいい媒体になるからね……そうか、これでヴァイア君に魔道具を作って貰えば解決だな!」
「そうか。もう少ししたら行くから準備だけはしておいてくれ。ちなみにクロウだけか? オルウスやハイン達も来るのか?」
オルウス達を見ると、ちょっと微妙な顔をしてから頷いた。
「行きたいとは思いませんが、旦那様を一人で行かせるわけにはまいりません」
「行きたくはありませんが、行くしかありませんわ……」
「行きたくないけど、行くしかないであります!」
全員が行きたくないのだろう。まあ、魔界を知っている者としては、何しに来るのって感じだからな。別に見る物があるわけじゃないし、命の危険が人界とは桁違いだ。
しかし四人か。魔族一人で一人を護衛する感じにはしたい。私とウェンディとレモだけじゃちょっと厳しいかな。魔界の門まで迎えに来てもらうか。それとももう一人、魔界へ一度帰らせるか?
村にはオリスア達がいる。ルハラへ戻ることにはなっているが、ウロボロスまで護衛してもらうのはアリだろう。門とウロボロスの間を往復しても半日程度だと思うし。ちょっと相談してみるか。
「それじゃ、とりあえず四人だな。護衛に関しては任せろ。出発するまでは魔力コーティングの訓練でもしていてくれ。ヴァイアの魔道具があったとしても、緊急時は自分でやれる方がいいだろうからな」
全員が頷いた。
これでいいだろう。あとはオリスア達に相談して、ヴィロー商会が食糧を用意してくれるのを待つだけだ。
「さてフェル君。今日は暇かね? 暇なら魔法の事について話そうじゃないか。魔界の事でも構わないが」
「クロウ、冗談はやめてくれ。今日は帰って来たばかりなんだ。久しぶりの村を満喫したい。魔法談義をしたければ、ヴァイアかドレアとしろ。特にドレアはオススメだ」
「ほう、あの魔族の方だな? それはいいことを聞いた。なら早速話をしてこよう! では、フェル君、失礼するよ!」
クロウはそう言うと、席を立った。そして宿の入り口へ歩き出す。オルウスとメイド達が一度私の方へ礼をしてからクロウの後をついて行った。
ずっとあんな感じで付き添うのかな。大変そうだ。
クロウ達が出て行った宿の入り口を見ていると、今度は誰かが入ってきた。
ゾルデと……ユーリ?
「あー! フェルちゃん! 聞いた通り帰って来たんだね! おかえりー!」
「お帰りでしたか……良かった、本当に良かった……!」
ゾルデの反応はいいとして、なんでユーリは泣きそうな顔をしているのだろうか。
「えっと、ただいま。なんでユーリは泣きそうな顔をしているんだ? そんなに心配される理由は無いと思うんだが?」
「フェルさんがいないから、ゾルデさんが戦えってうるさいんですよ。アダマンタイト同士で戦ってはいけないって言ってるのに……!」
「お互い黙っていればいいじゃん。固い事は言いっこなしだよ!」
「だからギルドカードに記録されると言ってるじゃないですか!」
ああ、そういう。ゾルデは戦闘狂だからな。相手をするのも大変だ。
「しょーがないなー、なら飲み比べしようか? フェルちゃんが帰って来たし!」
「私をダシにして飲むんじゃない。そういえば、ムクイ達が見えないが、ダンジョンにでもいるのか?」
「ムクイ達はドラゴニュートの村に帰ってるよ。フェルちゃんが目を覚ましたって連絡があったから、村で肉を取ってくるってさ。この村から北へのルートも開拓したいとかも言ってたかな?」
そうか、この村から北へ行けばドラゴニュートの村へ行けるんだったな。
「どれくらいで帰ってくるのか分かるか? リエル救出の成功を祝って宴をするつもりなのだが」
「多分、遅くても明日には帰ってくると思うよ。往復で一週間ぐらいとか言ってたから。食材を捕まえる日数を考えても、帰ってくるのは今日か、明日だと思うんだ」
「そうか、なら宴には間に合いそうだな」
「じゃあ、安心したところで一勝負しよう! ずっと寝てたんだから体がなまってるでしょ? なら戦った方がいいよ!」
「その理論はおかしい……よな?」
あまりにもゾルデが自然に言うので、ユーリにも確認した。ユーリは大きく頷く。よかった、間違ってない。
ゾルデには村を守ってくれた恩があるから、やってやらないことは無い。でも今日は嫌だ。誰かに擦り付けよう。
「ウェンディって知ってるよな? 多分、冒険者ギルドにいるから頼んだらどうだ?」
「この村へ来た時、頼んだんだけどさー、ダメだって断られちゃったんだよね。歌や踊りの勝負なら受けるとか言ってたけど、踊りはともかく、私は音痴だしなー」
そう言えば、ウェンディはアイドル冒険者だったな。見たり聞いたりしたことは無いけど、歌や踊りが上手いとか本当に魔族なのだろうか。
「フェルちゃんはどう? 歌が上手かったりする?」
「いや。歌も踊りもダメだ。歌うと小動物が逃げ出すし、踊ると魔力が吸い取られそうとか子供の頃に言われてな。それ以来、止めた」
風呂に入って鼻歌を歌うのは好きだが、聞いた奴は抹殺するつもりだ。
そういえば、魔王様と踊った時はエスコートされたから大丈夫だったのだろう。懐かしいな。また、一緒に踊りたい。あの時はドッキリだと思っていたから純粋には楽しめなかった。
「そっかー、じゃあ、戦おう?」
「なにが、じゃあ、なんだ。息をするように戦おうとか言うな。そうだ、オリスアと言う魔族が結構武闘派だ。戦ってもらうといい」
「本当? 分かった! 戦って来るよ!」
そう言うとゾルデは元気よく飛び出していった。
テーブルには私とユーリだけが残される。
「大変だったな。あのテンションを毎日か?」
「……そうですね、どんな時も一言目には『戦おう?』です。この二週間ずっと逃げてましたよ。ギルドからの依頼だから村から離れる訳にはいかないし、もう大変でした……」
「水飲むか? タダだし」
「そうですね。ゆっくり水でも飲みたいです」
右手を上げて、「水とリンゴジュースを頼む」と注文した。
「リンゴジュースはフェルさんですよね?」
「当然だが? ユーリもリンゴジュースにするか? 奢ったりはしないが」
「お金を払うならお酒にでもしますよ。ゾルデさんの前で飲むと大変な事になるから禁酒してましたしね」
「そうか、まあ、好きにしてくれ……ってなんだ?」
なぜかヤトとメノウが異様な雰囲気で立っていた。水とリンゴジュースはそれぞれ持っているようだけど、どうしたのだろう?
「えっと、どうかしたのか?」
メノウの目がクワッと開く。
「ウェンディ、そう、ウェンディです。アイドル冒険者として不動の人気を保っていた女……その女がこの村にいてフェルさんと仲良くするとは……万死に値します」
そしてヤトからは殺気が溢れている。
「いつまでも頂上にいられるほどこの世界は甘くないニャ。次の宴でどちらが上なのかをメノウとウェンディに教えてやるニャ」
メノウとヤトがにらみ合う。視線がぶつかって火花が散っているような気がする。気がするだけだが。
まあ、頑張ってくれ。私を巻き込まなければ何をしてもいいとは思う。さあ、三杯目のリンゴジュースを飲もう。
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