絶望と希望
目の前に両親の仇がいる。それに魔王様の敵でもある。必ず殺す。
だが、今は地面に押さえつけられているから動けない。それに隙を突いたとはいえ、イブは魔王様を倒せるほどなんだ。私が倒せる可能性はほとんどないだろう。
冷静に行動するんだ。アンリやスザンナも言っていた。怒りに捕らわれてはダメだ。冷静に、そして確実に復讐する。
まずは魔王様だ。魔王様をお助けしないと。
「フェルの両親を殺したなんて聞いてないんだけど?」
「言ってないもの。まさかその程度で私との契約を反故にする気かしら? 面倒くさくなるけど、貴方は私の計画に必須ではないわ。裏切るならどうぞ?」
良く見えないが、セラがイブに対して剣先を向けているようだ。セラがこちらについてくれれば話は早いんだが、どうだろう?
それに計画? 魔王様を殺すことが計画の最終目標じゃないのか?
セラは何も言わずに剣を収めたようだ。やっぱりダメか。ならば私が何とかしないと。
魔力は十分にある。コイツらに効く可能性は低いかもしれないが、やらないという手はない。魔王様を巻き込んでしまうが仕方ないだろう。それに、ここなら周囲に人族はいないし、ヴァイアとの約束を守れる。
「【死亡遊戯】」
私を中心に床が血の色に染まっていく。イブもセラも少しだけ呻くと、拘束が緩んだ。
転移はできないので、すぐさま仰向けになりセラを蹴り飛ばす。
「【加速】【加速】【加速】」
強化魔法をかけて二人のそばから離れた。距離を取って改めて二人と対峙する。
イブが笑いながらこちらを見つめていた。
「ふふふ、さすが魔王ね。作り物のこの体にもそのスキルが有効なんて初めて知ったわ」
「効いている様には見えないが?」
「効いているわよ? もちろんセラにもね。でも、あまり使っていないのかしら? 威力が低いわ」
確かにセラは苦しそうにしている。どちらかと言うとイブよりもセラの方が苦しそうだ。
それに使うと威力が上がるのか? 初めて知ったが、今そんなことはどうでもいい。
さて、どうする? コイツら二人には勝てない。魔王様を連れて逃げるというのが一番だろう。イブを倒せないのは悔しいが、戦術的な勝利を優先しよう。魔王様を助けることができれば私の勝ちだ。
「セラ、貴方はそこで見てなさい。今は手を出さなくていいわ」
イブがセラに対してそんなことを言っている。私と一対一で戦うつもりか? こちらとしては好都合だが、何を考えている?
「フェル、貴方の力を見せて? どれほどの物か見てあげるわ」
「いいだろう。魔王の力を見せてやる」
普段なら先手を譲るところだが、どう考えてもイブの方が私より強い。ならば先手必勝だ。転移ができないからそれだけは注意しないと。
「【ロンギヌス】」
初手ロンギヌス。躱されるだろうけど、距離を詰めるためにも初っ端から遠距離攻撃だ。
当然イブはそれを躱すが、躱したところへ追撃する。高速のジャブ三連発。
イブはその攻撃も難なく受けきった。
風穴を開けるつもりで打ったのに、全く効かないか。だが、近寄れた。近距離なら別の技も使える。
「【ジェーダス】」
三十発の連打。威力はロンギヌスよりも落ちるが、何かしらのダメージは与えられるはず。
五発くらいは捌かれたが、それ以降は全てイブに当てることができた。怯んでいる今がチャンスだ。
「【ロンギヌス】」
イブの胸にめがけてロンギヌスを放つ。胸を貫くようなことは無かったが、大きくふっ飛ばせた。部屋の壁に衝突して、近くの金塊が派手に吹き飛んだ。
手ごたえはあったが、どうだ?
「ふーん、まあ、三年ならこんなものかしら? まあまあ強くなったわね」
イブは何事もなく立ち上がる。嘘だろ、無傷か。だが、余裕を見せておかないと。
「一応、誉め言葉として受け取っておく」
「でも、まだまだよ? せっかく魔王にしてあげたのに、この程度じゃ意味がないわね。貴方はもっともっと強くなれるわよ?」
……なんて言った?
「どういう意味だ? 私を魔王に……?」
「ああ、言ってなかったかしら? 三年前、貴方、大怪我してたでしょ? あの時の怪我って私がやったんだけど、ついでに貴方の体に無理やり魔王の因子を入れたのよね」
「なんだと?」
「五十年前、次の魔王になりそうな魔王候補を封印しておいたの。魔王がいなければ、人界が面白いことになると思ってね。しばらくは面白かったんだけど、飽きちゃってね。だから、実験も兼ねて、本物の魔王から魔王の因子を取り出してフェルの体に埋め込んだのよ。因子を持たない魔族でも、ちゃんと魔王になるかどうか知りたかったから――実験は成功ね!」
私が魔王になったのはイブのせいと言う事か? コイツ、どこまで私を……!
いきなりセラがイブの方へ剣先を向けた。
「イブ! その話は本当なの! 私は聞いていないわよ!」
「なによ、セラ。そんなに大きな声を出さないで。そりゃ聞いてないわよ。言ってないもの」
「魔王の因子を抜かれた魔王はどうなったの!?」
セラが必死の形相でそんなことを言った。なんでセラはそんなことを気にするんだ?
「さあ? 私が最後に見た時には死んでなかったわね。さすがは魔族と言う事かしら?」
「なら勇者の――私の中にある勇者の因子を抜いたらどうなるの!」
「人族は魔族程生命力がないから死ぬんじゃないかしら? 実験してあげてもいいわよ? 危険を承知で試してみる? ただし、命の保証はしないけど……どうする? 命は大事でしょ?」
セラはイブを睨んでいる。激しい怒りを感じるが、なんでそこまで怒るのだろう。それに、それほどの怒りをぶつける相手なのに、なぜセラはイブの仲間に?
「……今の私は危険を冒せない。やめておくわ」
「賢明ね。さて、フェル。蚊帳の外でごめんなさい。そろそろ、最後の仕上げをしておくわ」
最後の仕上げ? そもそもコイツは魔王様を海に沈める事が目的だったんじゃないのか?
イブはセラの方を向き、頷く。
セラはイブに向けていた剣先を、私の方へ向けた。
「私を恨んでも構わない。殺したいほど憎んでもいい。許してくれとも言わないわ。でも、私にはこれが最善だと思ってる。皆が幸せになるには、これが一番なの」
「セラ。考え直せ。イブとどんな取引をしたのかは知らない。だが、絶対に騙されている。コイツは嘘つきだぞ」
「そうね。それも織り込み済みよ。例えそうだとしても、私はそれに賭けるしかない。唯一の希望なの」
希望? 何が希望なんだ? それさえ分かればなんとかなるかも知れない。
「なら聞かせろ。お前のいう希望とは何だ?」
「……平凡な人生」
「平凡な人生?」
「そう、誰が見てもなんとも思わない、どこにでもあるような平凡な人生。それが私の望み。イブはそれを叶えてくれる」
そんな人生がセラの幸せなのか? それはそれで魅力的な話だろう。私もそんな風に思う時がある。でも、そんなことを望んでもイブがそれを実現できるのか?
「本当にそんなことをイブができるのか?」
「賭けね。でも、分の悪い賭けじゃない。イブの計画を聞いて、そう判断したわ」
イブの計画? どんな計画だか知らないが、おそらく碌でもない計画だ。
「どんな計画なんだ?」
「それは――」
「セェェェラァァァ? いつまでぇー、話しているのかしらぁー? もうそろそろこの空中庭園も危ないから、余計なことは言わずにとっととフェルを拘束して?」
イブがセラの言いかけたことを妨害した? 聞かれたら困る計画なのか? それにセラはその計画を知っているということか?
セラが一度イブを睨み、そしてこちらを見た。とても悲しそうに。
「ごめんなさい、フェル」
セラはそう言いながら、亜空間から七本の魔剣や聖剣を取り出した。そして最初から持っている剣だけを持って構える。取り出した七本の剣も宙に浮いたままこちらに剣先を向けた。
「謝るくらいならするな」
まずはなんとか耐える。隙を見て魔王様を連れて逃げよう。あの脱出ポッドまで行けば何とかなるはずだ。声は聞こえないが、ウィンも見ているはず。あの通路に逃げ込めば意図を理解してくれるはずだ。
イブと戦ったり、セラと話したりしながら少しずつ移動しておいた。私の後方には魔王様が倒れている。
セラのあの構えは超高速の突進による突き。躱すのは無理な気がする。結界と魔法障壁に魔力を集中しよう。受けきった後が勝負だ。
「【八岐大蛇】」
「【結界】【結界】【結界】【障壁】【障壁】【障壁】」
セラが突進してきたと思ったら、一瞬で結界も障壁も吹き飛んだ。剣自体は私まで届かなかったが、衝撃だけで吹っ飛んでしまった。死亡遊戯の影響を受けてもこの威力か。
だが計算通りだ。
魔王様のところまでふっ飛ばされた。背負って逃げよう。
親の仇を目の前にして逃げたくはないが、まずは魔王様だ。優先順位は間違えない。
魔王様に右手を伸ばす。
だが、その手を掴まれた。
「それはいくら何でもバレバレでしょ?」
「イブ!」
そう言った瞬間に背中を地面に叩きつけられた。一瞬、自分の意思とは関係なく肺から息が吐きだされる。直後、イブに右手で頭を押さえられた。
「『メモリクラッシュ』」
イブの右手が光ると頭に痛みが走った。何だ?
「何をした!?」
「なんでもいいでしょ。さて、フェル、そろそろお別れの時間よ。忘れてしまうけど、一応助言をあげる。また私に会った時に思い出すといいわ」
「何を言っている!」
「フェル、貴方はこれから長い長い苦しみを味わうことになる。何の希望もない絶望だけの世界を生きるという事ね」
「絶望だけの世界だと?」
「そうよ。私達とは違って、人には耐えられない程の長い時間を生きるの」
「なんの話をしている!」
「絶望に心を塗りつぶされて、貴方が死にたいと思った時――」
頭痛が酷い。頭が割れそうだ。イブは何を言ってるんだ……?
「私が貴方を救ってあげる。もちろん、タダじゃないけどね――アハ、アハハハ!」
目の前の顔がこれ以上ないくらいに醜く歪んでいる。コイツは一体何を言ってるんだ?
いや、そもそもコイツは誰だ? なんで私はこんなところで倒れている?
急に目の前の女が吹き飛ばされた。そして男性が目の前に現れる――いや、魔王様だ。動けるようになった?
「嘘でしょ? 私のウィルスを受けて、まだ動けるの? さすがはアダム様ね! でも、動けるだけね。戦える体ではないわ」
「正解。今の攻撃で補助エネルギーまで使ってしまったよ。これは逃げるしかないね」
「アハハ! 逃がすわけないでしょ!」
「追って来てもいいけど、僕が喰らったウィルスを君にも仕込んだよ。ちゃんと改良しておいたから、早くしないと本体にまで影響を及ぼすから注意した方がいい」
女が不思議そうな顔をした後、自身の胸元を見た。大きく穴が開いているのを確認すると、驚愕の顔になる。
「いつの間に! 私が認識できない攻撃をしたの!?」
「フェル、逃げるよ」
「ま、魔王さ……ま、か、体が――」
体が動かない。何をされたのだろう。頭痛が酷いし、頭にモヤがかかった感じになってきた。それに、眠い。
そんな私を魔王様が私をおんぶしてくれた。
「行くよ」
「セラ! フェルはともかく、アダム様を捕まえろ! 絶対に逃がすな!」
「ウィン! 通路のドアを閉めろ!」
『了解しました』
魔王様が通路へ逃げ込むと、通路に通じる部分が閉ったようだ。直後に大きな音が聞こえた。誰かが攻撃したのだろうか。
「これで少し時間を稼げるだろう。フェル、意識をしっかり持つんだ」
もう、喋ることもできない。私は何をされたんだ?
魔王様の背中は大きくて、暖かくて、安心だ。眠ってしまってもいいような気がしてきた。
それなのに、おんぶから降ろされてしまった。動きたいが、瞼も重くて開けられない。でも、ゆったりできるところに座ったようだ。もう、眠ってもいいのだろう。
「フェル、目を開けるんだ――ダメか」
誰かが私を揺さぶっている。私は眠いんだ。このまま眠らせてくれ。
「フェル、まだ意識はあるね? なら、そのままでいい。聞くんだ」
誰かが何かを言っている。重要な事なのだろうか?
「まず、リエル君だけど、アビスに目覚めさせるための技術を伝えておいた。すぐに聖都へ向かうように指示したから、そっちは心配しなくていい」
リエル? ああ、そうか。でも心配しなくていいなら良かった。
「そして僕の事だ。僕はウィルスを仕込まれて、もう長くは持たない。体が元に戻るまで長い眠りが必要になるだろう。そのせいで、フェルはこれから長い人生を一人で歩むことになる。それは決して幸せな生じゃない。おそらく、辛さや苦しみが多い絶望に満ちた生だ」
絶望……? さっきも誰かが言ってたな……?
「でも、希望を捨てないでくれ。いつになるかは分からないけど、いつか必ず君に会いに行く。それまで心を強く持ってほしい」
私に会いに来る? なぜ?
「これを一緒に入れておくよ。これには僕の情報やウィンのバックアップデータを入れておいた。いつ思い出せるか分からないが、肌身離さず持っていてくれ」
何を言っているか分からないが、膝に何か置いた……?
「こんなことになったのは全部僕のせいだ。本当にすまない。怒られてもいい、貶されてもいい、殺してくれても構わない。だから、どうか僕とまた会うその日まで心を閉ざさないでいてくれ」
誰だか分からないけど、安心する声だ。ならまた会いたい。言葉にするのが億劫なので、心の中だけで約束しよう。
声が聞こえなくなり、何かが閉まるような音が聞こえた。どこかに閉じ込められた? なんだか移動しているようだけど、何をしているんだ?
動いていたと思ったら、止まったようだ。もう、寝ていいのかな?
『脱出ポッドを放出します。座標はエデン東部レメト湖です』
誰の声だ? レメト湖?
いきなり浮遊感を味わった。空でも飛んでいるのだろうか。なんだか気持ちがいい。もう寝てしまおう。酷く眠いんだ。
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