ウィンが言ったのは、この空中都市にサテライトレーザーを当てるということだ。外部から衝撃を加えて、海ではない場所に落とすという事だろう。


 でも、そんなに上手くいくだろうか。


 そもそも、サテライトレーザーは自分のいる場所の近くをランダムに攻撃するものだ。普段なら転移で逃げることも出来るだろうが、今はイブにそれを封じられている。はっきり言って危険度が高すぎる。


「おい、ウィン。さっきの提案は私に死ねと言っているのか? 私がレーザーを食らって終わるだろうが」


『誰も空中都市の表層エリアに出てやれなんて言ってないわ。居住エリアで撃つから貴方は安全よ』


「よく分からん。どういう意味だ?」


『サテライトレーザーは、貴方のいる座標に向かって宇宙から攻撃するの。でも、この空中庭園の中は安全よ。貴方のいる場所に攻撃するけど、貴方まで攻撃は届かないわ』


 宇宙というのは以前聞いたことがあるがよく分からない。でも、以前使った状況からするとはるか上空からの攻撃なのだろう。攻撃が当たったとしても、空中庭園の装甲が硬くて私にまで攻撃が届かないという事か。


「なるほど。何となく分かった」


『きちんと計算して人のいない場所に落とすわ。だから、貴方は私の指示する場所へ行ってサテライトレーザーを撃ってちょうだい』


「いいだろう。計算を間違うなよ」


『もちろんよ。通路の床に矢印を表示するからそれを追って』


 床を見ると青い矢印が浮かび上がった。よし、とっとと行こう。




 数分ほど走り、指定の位置に着いた。詳しくは分からないが、位置的には空中庭園の端っこの方だろう。


「ここでいいのか?」


『ええ、一度目はそこでいいわ』


「一度目? 他でもやらないとダメなのか?」


『そうね。だから急いで』


 簡単に言いやがって。魔道具を使うのにも魔力が必要なんだぞ。


 そうか。どうせこれからイブとも戦う。制限を解除して魔力高炉へ繋いでおこう。


「【能力制限解除】【第一魔力高炉接続】【第二魔力高炉接続】」


 そういえば、第五魔力高炉まで使っていいと魔王様はおっしゃっていた。確認のためにも使っておこう。危ないようならすぐに切断すればいい。


「【第三魔力高炉接続】【第四魔力高炉接続】【第五魔力高炉接続】」


 おお、魔力が溢れてくる。これだけで強くなるわけじゃないが、これならいくら魔法を使っても平気だ。


『第七エネルギー高炉も使っていいわ。私の方で許可は出しておいたから』


「第七? 魔力高炉のことか?」


『そうね、本当は私と勇者用だけど構わないわ』


 勇者用? いや、それは後だ。使えるなら使っておこう。


「【第七魔力高炉接続】」


 すごいな。自分が気持ち悪いほど魔力が溢れてくる。頭痛はしないから大丈夫だろう。よし、さっそくサテライトレーザーを撃つか。


「もう撃って大丈夫か?」


『ええ、お願い』


 亜空間からメテオストライク――じゃなくて、サテライトレーザーの魔道具を取り出す。黒色でグリップのついた円柱の魔道具だ。円柱の上部には赤いボタンがある。これを押せばいいだけだ。


 魔力を込めて、ボタンを押した。


 本来なら青い光が一面に広がるが、空中庭園の表層で光が遮られているのだろう。


 次の瞬間、天井の方から激しい音がなり、地面が揺れた。いや、空中庭園が揺れたのか。


「どうだ?」


『計算通りよ。さあ、次をお願い』


 人使いが荒いが仕方あるまい。床の矢印に従って移動しよう。




 全部で六か所。ウィンの指示通りにサテライトレーザーで攻撃した。


 ここで終わりと言っていたが、結果はどうなのだろう?


「これでどうだ? 予定通りか?」


『ええ、大丈夫よ。今、誰もいないところへ落下しているわ。この状態から海に落ちることはないから安心して』


「そうか。なら私は魔王様がいるところへ戻る。床に矢印を出してくれないか? 色々移動したので道が分からん」


『分かったわ。でも気を付けて。創造主様は押され気味よ。今、二人を相手に戦っているの。でも、なんであの子が――』


「そういう事は早く言え! 矢印を急げ!」


 地面に矢印が表示される。それに従うように走り出した。


 しかし、イブと一緒に戦っているのは誰だ? 天使か? くそ、イブとの一対一なら魔王様が押していた。どの程度の強さなのか知らないが、二人相手に勝つのは難しいだろう。急がないと。




 通路からセントラルタワーと言う物が見えた。あの広間だ。


 広間にでると、魔王様がイブとさらにもう一人、戦っているのが見えた。


「魔王様! 加勢しま――」


 イブの隣で戦っている奴を見て、言葉が止まってしまった。


 なんで、お前がいる。


「あら? 戻ってきたようね。じゃあ、フェルの相手はお願いするわ――やることは分かっているわよね?」


「……分かっているわ」


 イブと一緒に戦っていた奴がゆっくりと近づいてきた。私の前で申し訳ない顔をしている。


「久しぶりと言った方がいいかしら?」


「セラ! お前! 何でここにいる! いや、また洗脳されて――」


「違うわ。私は私の意思でここにいる。私はイブについたの。ごめんなさい」


 イブについた? イブの味方になったということか。恩を仇で返しやがって。


 でも、どうする? 私ではセラに勝つことはできない。いや、待て。勝つ必要は無いんだ。魔王様がイブを倒すまで、私がセラの相手をしていればいい。魔王様とイブの一対一なら魔王様が勝つはずだ。


 なら少しでも時間を稼げるように話をしよう。できれば、こちらに引き込みたい。


「セラ。なんでイブについた。お前はイブに何かされておかしくなっていただろう? それなのになぜイブの味方をする?」


「そうね。でも、私にはもうこれしかないの。イブが私達の希望なの……」


 希望? それに私達? 何を言っているんだ?


「希望って何の話だ? イブにできるなら魔王様にもできるはずだ。イブに頼らずに魔王様に頼れ。イブは信用できないだろう?」


「信用の度合いで言えば、魔王君も信用できないわ。それにイブの事も信用していない。でも、イブとは利害が一致したの。だから私はイブのやることに手を貸すことにした」


「利害? イブの事は何となくわかる。アイツはお前を利用しているだけだぞ?」


「分かっているわ。でも、それは私も同じこと。私もイブを利用しているの」


 セラが何を考えているのか分からない。一体、どんな利害関係があるんだ?


 この間の念話で話した時、セラはなんて言っていた? 永遠に会えない人に会いたいとか言っていたか?


「もしかして、永遠に会えない人の話か? それがイブの味方をしている理由か?」


 セラの体が大きく揺れる。図星か。


「流石ね、フェル。その通りよ。私はイブとそれに関する契約を交わした。イブを手伝う代わりに、会わせてもらうことになっているの」


「イブに騙されているに決まっているだろう!」


「それはないわ。少しだけ会わせてもらった。だから契約したのよ」


「一体誰だ? イブが人質に取っているのか?」


 セラは首を横に振る。人質じゃないという意味か。


「フェル、もう話は終わりよ。悪いけど、拘束させてもらうわ」


 やるしかない。勝つことはできないが、少しでも時間を稼がないと。


「……と思ったけど、もう終りそうね」


「なに?」


 セラの体越しに魔王様の方を見ると、イブが体勢を崩しているところだった。そこへ魔王様のナイフが迫る。


「また私を殺すの?」


 イブがそう言うと、魔王様が一瞬止まった。


 その一瞬に魔王様の胸部にイブの右手が迫り――貫いた。


「がはっ」


 イブは笑いながら右手を引き抜くと、魔王様はそのまま地面に倒れる。


「魔王様! セラ! そこをどけ!」


「もう無理よ。魔王君の事は諦めなさい」


 地面へ叩きつけられた。何をされたのか分からないが、体が動かせない。うつぶせの状態で首だけ動かし、魔王様の方を見た。


「アハハ! やっぱりね! この顔でこのセリフを言えば、動けなくなると思っていたわ! 胸を貫いてもすぐに肉体は再生するだろうけど、しばらくは動けないわよ? 貫いたと同時に体内にウィルスを仕込んだから」


「イ、イブ、君は……!」


「おやすみなさい、アダム様。次に目覚めるのはいつになるか分からないけど」


 魔王様がこちらを見た。何かを訴えたいような目をされているが、その目から徐々に光が失われていく。


 そんな馬鹿な! 魔王様は不老不死、死ぬはずがない!


「安心しなさいな」


 イブが私の目の前に膝を曲げて座り込んだ。


「アダム様は死んだりしないわよ。ちょっと特製のウィルスで眠らせただけだから」


 イブを睨む。例えそうであろうとイブのしたことは許せない。


「なによ? 安心させるために言ったのに。まあいいわ。さて、ちゃんと挨拶しておきましょうか。久しぶりね、フェル」


 久しぶり?


「何を言っている? お前とは初対面だ。いや、そんな事はどうでもいい。お前を殺してやる! セラ! 拘束を解け!」


「怖いわね。せっかく羨ましいほどの顔をしているのに。美人が台無しよ? あー、そうね、思い出したわ。この顔じゃ分からないわね。ちょっと待ってて」


 イブが自身の手で顔を押さえる。数秒後、手を離した。さっきの顔とは違い、別の顔になっている。


「この顔なら覚えているでしょ? 久しぶりね、フェル」


 顔……? 何となくだが、見た覚えがある。どこだ? どこで見た?


「まだ思い出せないの? 三年前よ、三年前」


 三年前? この顔……? まさか!


「お前! あの時の!」


「やっと思い出してくれたのね? そうそう、ずっと謝らなきゃいけないと思っていたのよ。ご両親の事、ごめんなさいね。無駄に抵抗したから殺しちゃったわ。まあ、許して――」


 イブが言葉を遮る。怪訝そうな顔で私を見た。


「普通の思考なら、ここは怒るか、悔しがるところじゃないの? どうして笑ったのかしら?」


 笑った? そうか、笑っていたのか、私は。


「犯人が見つからないのは仕方ないと割り切っていたが、お前が両親の仇だったんだな。なんで笑ったか知りたいか? 答えは簡単だ。嬉しいんだよ、お前を殺す理由が増えたからな!」

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