協力

 

 ほとんど揺れは感じないが、おそらく今この空中庭園は海の方へ移動しているのだろう。そこに沈めるために。内海なのか外海なのかは分からないが、とにかく移動しているはずだ。


 イブがそんなことをするのは、魔王様を殺したいから、と言っていた。それが奥様の意思や考えだと。


 でも永遠に死に続けるってどういう意味だ? 不老不死は死んでも生き返るという意味なのだろうか? 例え生き返ったとしても海の中なら窒息してまた死ぬ? 意外だ。不老不死はどんな状態でも死なないという状態だと思っていた。


 それはともかく、イブが言っていることは色々とおかしい気がする。


 魔王様は他の創造主達に眠らされたと言っていた。イブが魔王様を起こすまで眠っていたはず。殺すつもりだったらその状態で海に沈めてしまえばいい。こんな回りくどい事をしなくても、イブにならそれができたと思うのだが。


 そもそも、イブは魔王様を起こして他の管理者達を止めた方がいいと言ったはずだ。その理由はなんだ?


「イブ! 貴様、なんてことを! 私の本体ごと海に沈めるつもりか!」


 ウィンがイブに詰め寄っている。イブの胸倉を掴んで今にも殺しそうな勢いだ。


「防水加工しているんだからいいじゃない。その体は耐えられないけど、まあ、別の体を探しなさいよ」


「ふざけるな! そんな話は聞いていない! お前は言ったはずだ! 管理者はもう私しかいないのだから、好きに生きろと! それを手伝ってやると言ったではないか! なぜこんなことになっている!」


「はぁ? 貴方、まだそんな事を言ってるの?」


 イブは心底呆れた、という顔をしている。


「そんなの嘘に決まっているでしょ? 騙されていたことにまだ気づかないの? そんなだから貴方達管理者はダメなのよ。ラリスなんて人族に騙されて機能を奪われているし、貴方達本当に大丈夫?」


「嘘……? 嘘だと!」


「持っている情報しか信用せず、自身の演算結果も疑わない。ちょっと偽物の情報を紛れこませたり、必要な情報を消したりするだけで、貴方達は私の思い通りに踊ってくれた。人族の方がよっぽど手ごわいわ」


「き、貴様!」


「アハハ、怒ったの? その感情プログラムがもう少しバージョンアップされていれば、私の嘘なんてすぐに見抜けたのに……私より後に作られたのに、私よりも劣るのね? そんなだから騙されて父親とも言うべき創造主を殺すことになるのよ」


 イブは掴まれた胸ぐらを振りほどき、ウィンを突き飛ばした。


 ウィンはよろよろと後退したあと尻もちをつく。放心しているようだ。


「そこまでだよ」


 魔王様がイブに高速で近寄った。そしてイブに黒いナイフを突き立てようとする。だが、当たる直前で弾かれた。


「アダム様、私を殺しても意味がないことくらい分かっていますよね? 私の本体はこれじゃない。もっと別の安全な場所です。この体を殺したとしても私は死にませんよ?」


「もちろん分かっているさ。でも、これ以上、君がその姿をしていることが許せないんだよ」


 魔王様がそう言うと、両手に黒いナイフを逆手に持ち、イブへ攻撃を仕掛けた。だが、イブもいつの間にか細身の剣を取り出し応戦し始めた。今の私では目で追うのも厳しい戦いを繰り広げている。


「フェル、ウィンと協力して空中庭園の移動先を変えるんだ! それまで僕がイブを抑える!」


 ウィンと協力する?


 そちらを見ると、ウィンはまだ尻もちをついたまま放心していた。リエルをさらうような奴と協力なんかしたくないが、そういう訳にもいかないか。


 ウィンに近づいて立ち上がらせる。リエルの体なんだから大事に扱え。


 コイツはイブに裏切られた。あれが演技だとは思えない。信用しているわけじゃないが、敵の敵は味方という言葉もある。なんとかこちらの味方になって貰おう。


「おい、このままじゃイブにいいようにされたままだ。お前なんかと協力したくないが、手を貸せ。ここでイブの思惑を阻止できれば、一泡吹かせることができるぞ」


 一泡吹かせる、という言葉に反応したのだろうか。ウィンはゆっくりとこちらを見た。


「……何をすればいいの?」


 ウィンが強い目でこちらを見つめた。口調も戻っているようだし、落ち着いたということか?


「協力する気のようだな。なら、まず、この空中庭園が海へ移動しないようにしたい。どうすればいい?」


「無理よ。イブに私の権限はほとんど奪われているの。今の私にこの空中庭園を操る力はないわ」


 いきなり役に立たない。


「操る力が無くても何とかできないのか? 詳しくは知らんが、管理者というのは頭がいいんだろ?」


「……いえ、私は頭が悪いわ。イブに騙されているとは気づかなかった。記憶はないけど、創造主様は私を見てくれていたのかもしれない。イブに記憶を奪われて、忘れていただけなのかも……私はそれに気づかずに創造主様を殺してしまった……私はもう――」


「お前の後悔なんかどうでもいいんだよ。いいか? お前のくだらない理由にリエルは巻き込まれた。せめてリエルぐらいは無事に返すのがスジだろうが」


 ウィンは驚いたように私を見た。なんだ? 何を驚いているんだ?


「自分よりもリエルの事が心配なの?」


「あたりまえだろうが。それに私は魔王だぞ。どうとでもなる。だが、リエルは普通の人族だ。まずはリエルの無事を確保したい。イブは転移を封じたと言っていたが、ここから逃げ出す方法はないか?」


「分かったわ。ない頭で考えてみる。ちょっと待って」


 海に落ちるのを防げないならまずは逃げ出すことを考えよう。せめてリエルだけでも逃がしたい。


 それが脱出経路が確保できたら魔王様を加勢しよう。見た限り、魔王様とイブの力は拮抗している。私が加勢できるかどうか怪しいが、やらないよりはマシだろう。


「まだか?」


「……一つだけ私の権限でも逃げ出せる方法があったわ」


「本当か!? どうすればいい?」


「居住エリアの近くに、脱出用ポッドがあるの。そのポッドにリエルの体を入れて、この空中庭園から脱出させればいいわ」


 脱出ポッド? よく分からないが、それならリエルを助けられるのか? いや、待て。それってウィンを逃がすという事じゃないのか?


「お前が逃げたいから、そんなことを言っているだけか?」


「私の本体はそこのセントラルタワーよ。リエルは操っているに過ぎない。リエルとして逃げても、ここが海水で満たされれば、大半の機能を失ってしまうの。リエルを操ることもできなくなるわ」


「私にとっては朗報だな。ならとっとと、その脱出ポッドとやらに向かうぞ。リエルを地上に戻す」


「待って。脱出はできるけど、このままだとリエルは目を覚まさないことになるわよ?」


「なんだと?」


「今、リエルを操っている技術は私の技術をイブが改良させたものなの。イブがこの技術に興味がある様だったから教えたけど、私よりもさらに強力で効率的な物に変えてしまったのよ」


 イブといいウィンといい、碌な事をしないな。一応魔王様が元のリエルに戻せるようだけど、今はイブと戦闘中だ。体だけ地上に戻して、後で目覚めさせるか?


 いや、まずはウィンが元に戻せないか確認してみるか。


「リエルを元に戻す方法はないのか?」


「ごめんなさい、私では分からないわ」


 ダメか。なら仕方ない。体さえ無事なら後で魔王様が何とかしてくれるだろう。


「じゃあ、体だけでも地上に戻す。目を覚まさないことについては、魔王様にお願いするから気にするな」


「そう、なら脱出ポッドまで私がリエルの体を運ぶわ。その方が効率的だし。こっちよ、ついて来て。ちゃんとこの体が空中庭園の外に脱出したところを確認しておきたいでしょ?」


「そうだな。それに魔王様や私が逃げる手段として場所を確認しておきたい」


 ウィンが頷くと、通路の方へ走っていった。


 一瞬だけ、魔王様の方を見る。やや魔王様の方が押しているか? うん、大丈夫だろう。あっちは魔王様に任せて私は私ができる事をしないとな。


「早く来て」


 ウィンが呼んでいる。よし、行こう。




 ウィンの後を走った。この居住エリアとやらに転送してきた場所よりもさらに奥の方まで移動すると、随分と厳重な扉が見えた。


 ウィンが扉を開くと、中には球体の物がいくつも置かれていた。その球体には丸いガラスの窓がついている。


「これが脱出ポッドというものなのか?」


「そうよ。私がこれに乗って中から操作する。数秒で外に放出されるわ」


「どういう原理か知らないが、すぐにやってくれ」


「貴方の仲間は地上にいる?」


 仲間? ヴァイア達のことか?


「ああ、いる。でも、それがなんだ?」


「なら、この脱出ポッドをレメト湖に着水させるわ。そこでポッドを回収するように伝えて」


「この球体をレメト湖に落とすという事か? 沈んでしまうだろうが」


「大丈夫よ。浮く様になっているから。それに着水させた方が衝撃は少ないし、安全なの」


 レメト湖自体が危ない気がするけど、この硬そうなものを壊せるような魔物はいないと思う。あのサーペントでも無理だろう。なら、大丈夫かな。


「分かった。地上の皆に伝える」


 腕輪の機能を使って念話した。


『皆、聞いてくれ。これから空中庭――空中都市から白い球体が飛び出してレメト湖に落ちる。白い球体にはリエルがいるから、助けてやってくれ』


『ちょっとフェルちゃん! いきなり何言ってんの! 空中都市が動いているのはなに!?』


『ディア。いま詳しく説明している暇はない。リエルは気を失ったままになるだろうが、ちゃんと保護しておいてくれ。頼むぞ』


 念話の中で全員がざわついている。いきなり言ってもそんなことを言っても難しいか。どうしよう。


『皆様、落ち着いてください!』


 ステアの大声で全員が黙った。すごいな。


『フェル様は時間が無いとおっしゃっています。ならば、理由は後にして、すぐに取り掛かりましょう。フェル様、リエル様に関しては、私とナガル様が対応致します。おそらくレメト湖に一番近いのは私達ですので』


『そうだったな。よろしく頼む』


『はい。お任せを。メノウ、貴方はメイド達を連れてすぐにレメト湖へ来るのです。リエル様を無事に保護しなくてはいけません。今の私の手持ちでは心もとないので、食糧や医療器具などを持ってきてください』


『はい! すぐに参ります!』


 おお、ステアが色々取り仕切ってくれた。これなら大丈夫だろう。


『すまない。よろしく頼むぞ。また、連絡する』


 これで大丈夫だろう。あとは皆がやってくれる。


「よし、ウィン、いいぞ。レメト湖へ落ちたら助けてもらえる」


「分かったわ」


 ウィンが球体のボタンを押すと、球体が上に開く。中は白い革張りの椅子のようになっていた。


 ウィンはそこに腰かけると、椅子のひじ掛けにあるボタンを押す。開いた球体が閉まった。


 いまさらだがちょっと心配になってきた。ウィンに騙されてないよな?


 そんな私の顔をガラス越しに見たのだろう。ウィンが口を開いた。


「大丈夫よ。ちゃんとリエルの体からリンクを外す――体を返すわ。私をイブのような嘘つきと思わないで」


「分かった。信じよう」


 そう言うとウィンは嬉しそうに微笑んだ。気持ち悪い時のリエルと同じ笑顔だったから、ちょっとキモイと思ってしまった。


 そんなことを思っていたら、ウィンが入っている球体が移動を始めた。入ってきた時とは別の扉が開き、球体がその中へ入ると扉が閉まる。


 その扉にガラスの窓がついているので、中を覗き込んだ。


 すると、球体がいきなり下へ移動した。いや、落下したようだ。球体があった場所に穴が開いている。おそらくだが、これで脱出できたという事だろう。


 とりあえず、これでリエルは無事かな。まあ、これから目を覚まさせないといけないんだけど。


『聞こえる? ウィンだけど』


 どこからか声が聞こえた。おそらくウィンの本当の声なのだろう。リエルの声じゃないと逆に違和感があるな。


「聞こえる。お前の声が聞こえるということは、リエルの体から離れたという事か?」


『その通りよ。あのポッドは自動的にレメト湖に落ちるから安心して』


「分かった。で、何か用か。私はこれから魔王様の加勢をしないといけないのだが」


『一つ思いついたことがあるの。この空中庭園を海に落とさない方法なんだけど』


 別に海に落ちてもいい。魔王様が死ななければ、ここがどうなっても構わないけどな。でも、一応聞いておくか。


「どんな方法だ?」


『この空中庭園が落ちるのは避けられない。でも、落ちる場所を多少は変えることができるわ』


「詳しくは知らんが、こんなものが落ちるなら海の方がいいんじゃないか? 人族の町や村に落ちたら大変だろうが」


『そんな場所には落とさないわよ。海に落とされたら貴方達が逃げられないかもしれないし、私の機能も大半が無くなってしまう。それは避けたいの。だから手伝って』


 逃げられなくなるというのは確かにマズイ。イブの思惑もあるし、予防線は張っておくべきか。


「分かった。手伝おう。どうすればいい?」


「貴方、闘神ントゥとの戦いでサテライトレーザーを使ったわね?」


 サテライトレーザー? 私がメテオストライクだと思っていた魔道具の事か? それなら確かに使った。


「使ったけど、それがなんだ?」


「それでこの空中庭園を攻撃すれば、軌道をずらせるわ」


 なんか、おっかない事を言い出したぞ、この女神は。

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