復讐

 

 魔王様と共に祭壇よりも奥にある場所へ移動した。


 床には幾何学的な模様が描かれているようだ。これが転送装置なのだろうか。


「フェル、準備はいいかな?」


「えっと、これが転送装置なのですか?」


「そうだね。魔力を通せばすぐに起動するよ。すぐにウィンの後を追うけど、大丈夫かな?」


「はい、お願いします」


 模様が光ったと思ったら、次の瞬間には外にいた。


 周囲を見渡すと間違いなく外だ。ここが空中都市、いや、空中庭園なのだろうか。


「魔王様、ここは?」


「そうだね。大聖堂の真上にあった空中庭園……という名前の船かな。ここはその表層エリア、だね」


 船? 私の知っている船とはまるで違うけど、魔王様がそういうならそうなのだろう。でも、ここはなんなのだろう?


 周囲に見える大きい白い石の柱、だろうか。それが整然と並んでいるだけだ。柱にはいくつものガラスがついているから、もしかして建物なのか? どう考えても庭園じゃないようだけど。


「行こうか。この先に内部へ入れる建物があるはずだ。ウィンがいるならそこだろう」


 色々と聞きたいことはあるがそれは後回し。今はリエルを取り戻すことが最優先だ。


「はい、行きましょう」


 魔王様の後について歩き出す。どうやら目的の場所は道の先に見える建物のようだ。


 数分ほど歩き、到着した。


 建物の入り口らしきところはガラスでできているのだろうか。本当にガラスがあるかどうか怪しいほど透き通っている。触ってみたらちゃんとあったけど、どんな技術で作ったのか興味深いな。


「フェル、すまないけど、ここに手を当ててくれるかい?」


 魔王様が示す場所には手形があった。いつものやつか。


 ガラスに描かれている手形に手のひらを合わせる。


 するとガラスが左右に分かれた。どうやら問題なく入れるようだ。


 魔王様が「ありがとう」と言ってから建物の中に入られた。私もそれに続く。


 ガラスの入り口から入って、少しだけ通路を進むと広場に出た。


 窓があるわけでもないのに広場は明るい。中央には噴水があり、周囲にあるいくつもの丸い柱には植物が綺麗に絡まっていた。誰かが手入れをしているのだろうか。


 魔王様はそれらには目もくれず、広場の奥にある場所へ移動した。よく見ると、円柱のガラスがあるようだ。人が数人は入れる大きさだな。


 魔王様がそのガラスに触れると、入り口と同じようにガラスが二つに分かれた。魔王様は円柱の中に入り、手招きをしている。一緒に入ってくれということか。


 中に入ると、魔王様がこちらを見た。


「それじゃ、また転送するけど、大丈夫かな?」


「そうなのですか? はい、私の方は大丈夫です」


 魔王様は頷かれると、数字が描かれているガラスをいくつか押した。直後にガラスが閉まり、床が青く光る。


 瞬間的に景色が変わった。さっきいた場所と同じように白い壁なのは変わらないが、ここには噴水とか植物がなく、こう、無機質な感じの場所だ。


「魔王様、ここはどこでしょうか?」


「ここは居住エリアだね。それはどうでも良くてね、重要なのはこの先だ。この先にセントラルタワーという物があるんだけど、それが女神ウィンの本体なんだ。ウィンが行くとしたらそこだろう」


 魔王様が通路の先を指しながらそんなことをおっしゃった。この通路の先にセントラルタワーというものがあるのだろうか? そして、それがウィンの本体?


 あまりイメージが湧かないけど、龍神ドスみたいに光ったり回ったりする柱ということなのかな。まあいいか、行けば分かる。


 魔王様が指した通路を進んでいく。


 すると、通路の奥から声が聞こえてきた。


「――イブ! お前と一緒に脳のハッキングをする技術を開発してから、私が持つ情報に書き換えがある! そんなことができるのはお前だけだ! 私の情報に何をした!」


 リエルの声、いや、ウィンの声だ。イブに対して言っているのか? まさかイブがいる?


「そう怒らないでウィン。全部説明するから――ちょうどいらっしゃったみたいだしね」


 通路を抜けて、広間に出る。巨大な広間だ。中央に巨大な柱が立っており、カラフルに光っていた。そして広間には金の延べ棒が散乱している。


 だが、そんな事よりも気にしなくてはいけないことがある。中央の柱付近に二人の女性が立っていた。


 一人はリエルだ。ウィンが操っているリエル。だが、もう一人いる。考えられるのはイブだ。


「魔王様、あれがイブですか? しかし、あの姿は――」


「イブ。その姿は何だい?」


 魔王様は私の問いには答えず、イブの方に話しかけた。おそらく魔王様は怒っておられるのだろう。


「アダム様。お久しぶりです」


 イブはそう言って片膝をつき、頭を下げて敬意を払うポーズを取った。


「イブ、僕は聞いているんだよ。その姿は何だい?」


 イブは立ち上がり、微笑んだ。


「お気に召しませんか? アダム様の最愛の女性に姿を似せたのですが。喜んでくれると思いましたのに」


 やっぱり。あれは魔王様の奥様の姿だ。見せてもらった精巧な絵と瓜二つ。でも、普通の感覚なら喜ぶわけがない。明らかに魔王様を挑発する行為だ。


「僕が本当に喜ぶと思っているのかい?」


「まさか! これは嫌がらせですよ、アダム様!」


「君は一体――」


「黙れ!」


 魔王様とイブの会話にウィンが割り込んだ。


「お前達の話なんてどうでもいい! イブ、私に何をしたのか説明しろ!」


「無粋ね、ウィン。せっかくアダム様との会話を楽しんでいるのに。でもいいわ、もう面倒だから答えてあげる」


 イブは笑顔でウィンを見る。


「ウィン、貴方に感謝するわ。アダム様をここへ連れて来てくれて、ありがとう。貴方には色々したけど、全てはそのためよ」


「なんだと?」


「聞こえなかったの? 音声認識システムに異常があるのかしら? それとも、操っている体の耳が悪いの?」


「内容は聞こえている! 意味が分からないだけだ!」


「ああ、そういうこと。簡単に言うと、貴方にはアダム様をここへ呼び寄せる餌になって貰ったのよ」


「餌、だと?」


「そう。何とかしてこの空中庭園にアダム様を呼び寄せたかったの――アダム様を殺すためにね」


 魔王様を殺す? いや、魔王様は不老不死。殺せるわけがない。殺せるとしたら、不老不死のシステムを停止させる、とかいう方法だけだ。イブはそれをできるのか? でも、それならこんな場所でやらなくてもいいはず。


 イブが魔王様に笑顔を向けた。


「死んでくださいますよね、アダム様」


「……理由を聞いてもいいかな?」


「私の思考ルーチンを誰に似せたのか思い出してください。アダム様の奥様ですよ? 私は百パーセントに近い確率で、奥様と同じ思考をしていると自負しております」


「それがどうして――」


「復讐ですよ。死んでほしいのです、アダム様。私を殺した、貴方に」


 イブは笑顔のまま、そう言った。魔王様の目が見開く。そして苦しそうな顔をされた。何かを言い返そうと口を開いたようだが、言葉が出ないようだ。


 魔王様の奥様が魔王様を殺したいと思ったという事になるのか? 奥様が復讐をしたいと?


 魔王様を見ると、まだ苦しそうにして喋れそうにない。なら私が代わりに言わなくては。


「魔王様は奥様を殺していないだろうが! いい加減な事を言うな!」


 大声でそういうと、魔王様がこちらを見て「フェル」と力なくつぶやいた。苦しそうな顔が少しだけ和らいだ気がする。


「奥様が亡くなったのは、別の国の奴がやったことだ! 魔王様は悪くない!」


「あらあら、アダム様はフェルに昔の事を話したの? それは驚いたわね。でも、死因の事だけを言っているわけじゃない。アダム様は家庭を顧みなかったわ。あれほど尽くしたのに、いつもアダム様は研究の事ばかり。娘が生まれた日も研究所。いてもいなくても変わらない。死んでいるように扱われていたのよ?」


「魔王様はそれを改めただろう! 亡くなるまでの三年間は一緒にいたはずだ! なら――」


「たった三年で許されることなの? それに、そのおかげで私は死んでしまった。娘と一緒にね」


「だ、だが――」


「そして、その次は間違いなくアダム様に殺されたわ。私は二度も死んだのに、アダム様はずっと生きている。不公平でしょう?」


 なんて言い返せばいい。イブが言っていることは、間違っていない。でも、なにか言い返さないと。


 いい返す言葉を考えていたら、魔王様が前に出られた。小さい声で「もう、大丈夫だよ」とおっしゃったようだが、本当に大丈夫なのだろうか。


「イブ、君は勘違いしている。彼女の姿で言われたのはショックだったけど、よく考えたら彼女はそんなことを言わないよ」


「ふふふ、私を誰が作ったと思っているのです? アダム様ではないですか。私の思考は奥様の思考ですよ。奥様がそんなことを言わないというアダム様の言葉は、ただの願望じゃないですか」


「そうかな? 僕は彼女にいくら謝っても謝り切れないほどの事をした。恨まれて当然だし、殺されても仕方ない。でもね、自信を持って言える。彼女はそんなことを思わないし、言わない」


「おめでたい、と言えばいいですか? 何を根拠に言っているのかは分かりませんが、現に私が言っているのですよ?」


「君は彼女じゃないだろう? どんなに思考が似ていても、君は彼女じゃないんだ」


 魔王様はそう言い切った。奥様の事を信じているのだろう。こんな時だけど、すこしだけ心が痛む。


「……まあ、いいです。アダム様がどう思おうと勝手ですが、死ぬのは決定事項ですから。さて、時間稼ぎも終わりです」


 時間稼ぎ? そう思った直後に、地震が起こった。いや、ここは地上じゃない。空中庭園が動いた?


「もうここからは出られない。出入口は開かないし、転移も封じました。後は空中庭園を海に沈めれば終わりです。例え不老不死でも瞬間的には死ぬ。例え生き返っても、海の中ならすぐに溺れ死ぬ。永遠に苦しみながら死に続けるといい」

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