見送り

 

 まだ、朝も早い時間、メーデイアの中央広場から南門へ行く道を眺めている。


 広場から南門に至る道に沿ってメイド達が左右に並んでいた。昨日、この町へ来た時と同じような状況だ。


 遅かった。


 道に並ばれる前に町を出ようとしたのに、既にスタンバイ済みだ。


 昨日のように、メイド達の間を通らないとダメなのだろう。こんなことをされて私が喜ぶと思っているのだろうか。むしろ罰に近いのだが。ものすごく転移したい。


 昨日の夜、あれほどステアに止めろと言ったのに聞いてくれなかったようだ。私と主従関係を結びたいくせに、言うことを聞こうとしないのはどういう事なのだろうか。


「ステア。昨日、見送りはいらないと言わなかったか? 言ったよな? 言ったと言ってくれ」


「はい、そう言っておりました。フェル様のお言葉です。この耳でちゃんと聞いております」


「じゃあ、なんでメイド達は道に並んで見送りに来ているんだ?」


「メイドとして見送りには来ておりません。皆、プライベートで並んでいるだけです。ちなみに私もプライベートでここに来ております」


 開いた口が塞がらないとはまさにこの事。そんなバレバレの嘘を臆面もなく言い切った。


 メイドギルドにはこの後も世話になる。多少なら願いを聞いてやってもいい。でも、主人になってほしい人が嫌がっていることをやっちゃいけないんじゃないかな。


 そしてメイド達だけでなく町の住人も集まって来ている。こんな朝っぱらなのに。


 その集まっている住人達の中にメノウの弟であるカラオとその幼馴染のククリもいるのが見えた。笑顔で手を振っている。


 昨日、アンリ達と修行した後にメノウに連れられてカラオ達がやって来た。


 病気を治した時の礼を言いに来たわけだが、その時に結構早めの時間に町を出ることを漏らしてしまったのが間違いだったのかも知れない。この時間に住民が見送りに来ているのはカラオ達のせいだと思う。多分、言いふらしたのだろう。迂闊だった。


 メイド達もそこから情報を得たのだろう。情報の漏洩にはもっと気を使うべきだったな。


「フェル様、覚悟をお決めください。堂々と門のところまで歩けばいいだけです。本来ならもっと派手なパレードをしたかったのですが、時間がないとのことで泣く泣く中止にしました。それを考えたら余裕ではないですか」


「確かに派手なパレードと比較したら余裕だけどな、そもそも、パレードの話なんて初めて聞いたぞ。言っておくが、そんなことをしたらこの町が無くなるからな? 絶対に手加減しないぞ」


 私は嫌そうに言ったのに、ステアは嬉しそうにしている。私が嫌がっているの知っててやってるんだよな、これ。あれか、ヴァイアみたいに私が困っている顔を見るのが好きとか言う、あれ。


 仕方ない。時間は有限だ。こんなところで足止めされる訳にはいかない。


 覚悟を決めて歩き出す。すると、ステアとメノウの二人が私の前を歩き出した。案内してくれるという事なのだろうか。門まで一直線だから案内なんていらないけど。


 早く終わらせたいので、ステアとメノウに案内されて、道の真ん中を歩いた。ものすごく居たたまれないが、私の背後にはヴァイア達も歩いている。それだけが唯一の救いだ。


 道の両脇に並んでいるメイド達は、私が目の前を通ると綺麗にお辞儀した。そして通り過ぎてもお辞儀をしたまま不動。魔界でもされたことないんだけど。


 精神的なダメージを受けながら、十分程時間をかけて南門にたどり着いた。既に私は瀕死だ。


 門番が「開門!」と大きな声で指示を出した。両開きの大きな門が、手前に開いていく。


 門が開き切ったところで、門番はさらに「敬礼!」と言った。何人かの門番が槍を斜めに掲げた。お前らもか。


 嫌ではあるが、私のためにやってくれているのだろう。魔族であるこの私に。


 ならば多少は応えてやらないとダメな気がする。


 門を出る前に振り返った。ヴァイア達は私の横まで来て同じように振り返る。


「えっと、見送りありがとう。リエルは必ず救い出す。帰りも寄るから、その時はよろしく頼む。じゃあ、行ってくる」


 リエルが女神教にさらわれたということは、この町の住人全員が知っている。メイドギルドが情報を発信したらしい。


 だから、リエルを助けてくると言ったのだけど、周囲が静まり返ってしまった。なにかまずかっただろうか。もしかして、言ってはいけなかった?


 そう考えた瞬間、歓声が爆発した。皆が大声で喋っているので聞き分けるのが難しいが、どうやらリエルをよろしく頼むという旨のお願いをしているようだ。


 この町で蔓延した病気を治したのはリエルだからな。人気も高いのだろう。


 とりあえず、義理は果たした。すでに瀕死だが、これ以上は致命傷になる。早く門を出よう。


 全員で門を出て少し歩く。町の方ではまだ騒いでいるが、ここまでくればもう大丈夫だろう。


 だが、ラスボス的な相手が待ち構えている。ステアだ。これ以上、私の精神を削ってくれるなよ。


「素晴らしいお言葉をありがとうございます。メイド達は元より、町の皆さんもフェルさんにより一層の忠誠を誓うでしょう」


「なんで忠誠を誓うんだよ。私達を見送ってくれたのだから、それに応えただけだ。感謝しただけだぞ?」


「ご安心を。忠誠と言ったのは、メイドのジョークでございます。ですが、そういう事に感謝ができる方だからこそ、我々の主人となっていただきたいのです。これは本気です」


 恥ずかしげもなく言い切ったよ。そういうのは全部リエルにやって貰おう。私は無理だ。重すぎる。


「それじゃ早速聖都へ向かって出発する。世話になった――いや、まだお願いすることがあるから、その時はよろしく頼むな」


「はい、ヴァイア様から妨害や盗聴できない念話用魔道具を頂きましたので、いつでもご連絡ください。ではメノウ。フェル様のために尽力なさい」


「はい。例えこの身が引き裂かれようとも、フェル様の役に立って見せます」


 もう、何も言うまい。


 周囲を見ると、従魔達が近くまで来ていた。色々と準備をしていてくれていたようだ。カブトムシのゴンドラも車輪がついて地上を移動するタイプになっている。早速乗り込もう。


 ゴンドラに乗り込もうとすると、ロスが近寄ってきた。私の前で伏せをして、こちらを見上げている。


「フェル様は私の背中にお乗りください」


「いいのか?」


「それがしの背中はフェル様を乗せるためのもの。ささ、遠慮なく乗ってくだされ。フェル様をどこへでも連れて行きましょう」


 それがし……? ああ、自分自身の事を古い言葉でそう言ったっけ?


 ゴンドラでもいいけど、断る理由もないか。この地方はそれほど暑くないし、毛だらけの背中に乗っても快適だろう。それに精神的に疲れている。癒されたい。


「分かった。なら背中に乗せてもらう」


 ロスの背中でモフモフして精神に負った傷を治さないと。


 皆がゴンドラに乗り込み、私はロスの背中に乗った。アンリと村長はスザンナが用意した水でできたトカゲっぽいドラゴンに乗っているようだ。出発の準備は整ったようだな。


「それじゃ、行ってくる。連絡したら、他のギルドにも連絡して声明を出す様にお願いしてくれ」


「畏まりました。一斉に声明をだすようにタイミングを計って対応致します」


「よろしく頼む。よし、皆、準備はいいな? なら、出発だ」


 私の声で従魔達が動き出した。


 直後に、ステアが一歩前に出る。しまった、やらないでくれと言うのを忘れていた。


「おい、ステア――」


「行ってらっしゃいませ! ご主人様!」


 ステアがそう言うと、門の外まで出ていたメイド達も一斉に「行ってらっしゃいませ! ご主人様!」と唱和した。


 ロスの背中にまたがったまま、うつ伏せに倒れてしまった。力が入らない。


「フェル様、どうされました? 随分と脱力されておりますが? 両手で体を持って頂きませんと落ちてしまいますぞ」


 ロスが心配そうに聞いているが、答える気力もない。ステア達の挨拶で残りの精神力を全部持っていかれた。今日はもうこのままでいよう。

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