父親

 

 村長と話をして結構な時間が経った。このまま帰してもいいが、聞いておきたい事がある。


「村長。聖都へ行きたい理由は分かった。それとは別件で話を聞きたいのだが、まだ時間は大丈夫か?」


「それは問題ありませんが、何をお聞きになりたいのでしょうか?」


「アンリの事だ。私が知っている情報では、第一王妃と言うのは宰相の娘、つまり村長の娘だ。アンリが村長の孫なのは間違いないが、王族の血を引いていることをアンリは知っているのか?」


 村長は目を瞑り、顔を横に振った。


「言っておりません。父や母が本当の親でないことも知らないです。アンリは歳のわりに聡明ですが、今話しても理解できないと思いますので」


「いつか話をするつもりなのか?」


「はい。アンリが十五の誕生日を迎えた時に全て話すつもりです。魔族の方はどうか知りませんが、人族は十五で一人前扱いとなりますので」


 十五で一人前か。魔族も似たようなものだが、年齢よりも魔物を一人で倒せるようになったら一人前だ。


 確かに物事の良し悪しをちゃんと理解できるのも十五くらいか。その判断は間違っていないだろう。余計なお世話だが、一応、聞いておこうか。


「アンリに何も告げず、このままの生活をさせることは考えていないのか?」


「今までは言うつもりでした。ですが、フェルさんが来て、村に多くの方が集まり、皆と幸せそうにしているアンリを見ていると、言わない方がいいとも思っています。ただ……」


「ただ?」


「夢を見ます。亡くなった私の娘の夢を。夢の中で娘はアンリを王にして欲しいとは言いません。復讐をしてくれとも言いません。ただ、何も言わずに立っているのです。顔を見ると、怒っているような、泣いているような、どうとでも取れる顔をしています……笑ってはいないことは確かですがね」


 村長は大きくため息をついた。


「私は娘を守れなかった駄目な父親です。その上、娘が私に何をして欲しいのか分かりません。何をしてやるべきなのかも。父親として失格だということですね」


 村長が随分と小さく見える。色々と思い出させてしまったのかもしれないな。


 魔王様も同じような気持ちだったのだろうか。娘を守れなかった父親。私には分からないが、相当辛いのだろう。


 仕方ない。元気付けてやるか。


「親が子供の不幸を願うわけないんだから、アンリを守った時点で村長の娘さんが怒るわけないだろ。むしろ、村長には感謝しているはずだ」


「そう、でしょうか?」


「私は村長の娘さんを知らないが、何かを恨んだり妬んだりするような性格だったのか?」


「いえ、温厚で誰からも好かれる素晴らしい娘でした。先代国王もぞっこんだったと思います」


「ぞっこん……村長は親ばかだな。だが、そんな素晴らしい娘さんが、村長を恨むわけないだろ。多分、娘さんが夢に出るのは、アンリに勉強させすぎだから注意しにきているだけだぞ? もっとワンパクに育ててくれって怒っているんだ」


 いい加減過ぎる理由だな。まあ、理由は何だっていいんだ。別の可能性を考えてくれればそれで良し。


 村長は、私が何を言っているか分からない、という顔をした。そして「ふふっ」っと吹き出す様に笑う。そして肩を震わせて笑いを堪えようとしているようだ。


 そんなに面白いこと言ったかな。


 村長はゆっくり息を吸い、そして吐いた。笑いは収まったようだな。


「娘が小さい頃を思い出しました。あの子も勉強が嫌いだった。アンリと同じように勉強の時間は逃げ出しておりましたね」


「なら決まりじゃないか。たまには勉強をさせずに遊ばせてやるんだな。そうすれば、夢で娘さんも笑ってくれると思うぞ」


「……そうですな。村へ戻るまでの間は勉強を免除しましょうか」


「これまでも勉強させていたことに驚きだ。そりゃ怒るぞ」


 村長がいつものようなにこやかな顔になった。小さく見えていた村長も今はいつも通りだ。


「フェルさん、決めました。予定通り、アンリが十五になったら本当の事を話します。アンリには知る権利がある。あとはアンリの望むままにさせます」


「そうか」


「アンリが王位を取り戻したいと言うか、普通に生きたいと言うか、それとも別の道を歩みたいと言うのか、それは分かりません。ですが、アンリの決めたことを支援していきたいと思います」


「村長はそれでいいのか? 今までの事を考えると、アンリに勉強させているのは、王にするためだったんじゃないのか?」


「そうですね、アンリが十五になった時に色々な選択肢を用意してやりたい、という気持ちで教えていましたが、それは建前です。本音はアンリに王位を取り戻してほしいと思っていましたし、そのように仕向けていた部分もあります。ですが、その気持ちはもうなくなりました。アンリには自身で決めた人生を歩んでもらいます」


 村長は今まで以上に清々しい顔をしているな。憑き物が落ちたような顔と言うのだろうか。いままでも穏やかな感じだったけど、さらに角がとれたというか。


「それは何よりだが、どういう心境の変化だ?」


「フェルさんのおかげですよ。娘が怒っていたのは、アンリに勉強をさせ過ぎだから、と言ってくれたじゃないですか」


「確かに言ったが、心境の変化へ至る過程がまったく分からん。ぶっちゃけると怒っている理由に関しては、かなりいい加減に言ったぞ? 娘さんが勉強嫌いだって言うのは知らなかったし」


「ええ、分かっておりますよ。私は夢で見る娘の姿に自分の気持ちを重ねていただけです。娘は何も言わないが、怒っている、悲しんでいる、アンリを王にして復讐しろと伝えに来ている、そう自分に言い聞かせていただけだと思ったのです。娘は何も言っていないのに。ですが、フェルさんが別の理由を言ってくださった。娘ならそう言うかも知れないと本当に思ってしまったのですよ」


 眠っている時に見る夢は自分の願望であると何かの本に書いてあった気がする。


 村長は第二王妃に復讐したいために、娘さんが怒っている夢を見ていた、ということだろうか。


「何とも言えないが、村長やアンリは復讐する権利があると思うぞ? 事情を知らないアンリはともかく、村長はいいのか? 多分だが、娘さんは暗殺されたのだろう?」


「その通りです。本当なら第二王妃になんとか復讐したい。ですが、復讐にも色々あります」


「というと?」


「アンリが幸せな人生を歩んでくれればそれでいいのですよ。それこそが復讐ですね。今の国王はアンリの腹違いの弟になるわけですが、常にアンリの影におびえながら生きる訳です。心休まる日はないでしょう。それで十分です」


 陰険だが、効果的かもしれない。トラン国にちょっと噂を流すだけでも相当な心労だろう。その分、アンリが狙われる可能性があるが、村の防衛力があればまず心配はないだろうからな。


「もしかしたら、なんとも思っていない可能性はあります。あれから五年、追手らしい追手はいませんでしたからな。でも、それならそれで構いません。娘を暗殺したのは許せませんが、アンリが幸せになってくれるなら、王位なんてくれてやりますよ」


 村長が悪い顔をしている。


「村長、ちょっと気分がハイになってないか? 少し落ち着け」


「これはお恥ずかしい。親族や司祭様以外とこのような話をするのは久しぶりでしてな。秘密を暴露したことで、テンションが上がってしまったのかもしれません」


「村長も結構な歳なんだから気を付けてくれよ。さて、これ以上話すと、もっとテンションが上がりそうだな。今日はこの辺りにしておくか」


 そう言って椅子から立ちがった。それにつられて村長も立ち上がる。


「フェルさん、話を聞いてくださってありがとうございました」


「礼を言われるような事か? 気になったから聞いただけだ」


「それでも礼をしたいのです。私は今、フェルさんに救われたようなものですからね。このままだったらアンリにすべてを押し付けるところでしたからな。子不幸どころか孫不幸な者になるところでした」


 親不孝って言葉はあるけど、子不幸とか孫不幸という言葉があるのか? 意味は何となく分かるけど。


「礼をしたいというなら、今後とも魔族や魔物達といい関係を結んでくれ。それだけで十分だ」


「それはこちらからお願いしたい事なのですがね……分かりました。こちらこそお願いしますぞ」


 なんとなく流れで握手。その後、会議室の扉まで歩いた。


 まだ、寝るには早いか。何かしておくべきかな。


 そんなことを考えて扉を開けたら、廊下の奥からアンリとスザンナが走ってきた。そして正面からタックル。


 みぞおちを狙って頭突きしてくるのは勘弁してほしいのだが。


「二人ともいきなりなんだ。廊下は走っちゃダメだぞ。魔族だってそのルールは守る」


 アンリが私の腹に抱き着いたまま、顔を上げた。


「フェル姉ちゃん、お話は終わった? リエル姉ちゃんを助けるために修行しよう。地下の闘技場で特訓。夜の勉強を回避するためにもお願い」


「どこから突っ込めばいいんだ? ボケは一つだけにしろ」


「フェル姉ちゃんが何を言っているか分からない。どこもボケてない」


 修行ってなんだよとか、メイドギルドになんで闘技場があるんだよとか、夜に勉強してたのかよとか、ほぼ全部にツッコミをいれられるのだが。


 村長の方を見ると頷いた。


「フェルさん、良かったらアンリやスザンナ君と遊んでやってくれませんか。リエル君のことは心配ですが、息抜きも必要だと思いますからな」


「おじいちゃん、これは遊びじゃない。修行」


「いつの間にか背中に回り込んでおんぶ状態なのに修行とか言うな……私が修行するって意味じゃないよな?」


 村長は笑ってアンリとスザンナの頭を撫でた。


「なら、アンリ、スザンナ君、今日の勉強はいいから、フェルさんに稽古をつけてもらいなさい。少しでも強くなれるようにね。おじいちゃんも色々教えてあげよう」


 アンリとスザンナがボケっとした顔で村長を見ている。村長はその視線を笑顔で返した。


「おじいちゃんが勉強しなくていいって言う時は危険。のちに大変な事が待っている。フェル姉ちゃん、おじいちゃんと会議室でどんな取引をしたの? ちゃんと合法?」


「取引なんかしてない。ちょっと話を聞いていただけだ。アンリ、修行とやらに付き合ってもいいが、私の稽古は厳しいぞ?」


「分かった。スザンナ姉ちゃんと協力してフェル姉ちゃんを倒す。手加減はしない」


「うん、フェルちゃんをボコボコにする。リベンジマッチ」


「お前ら返り討ちだぞ? あと、二人そろって私にぶら下がるな。重い」


 四人で地下の闘技場とやらに向かって歩き出した。


 仕方ない。アンリの話を聞いた後だから何となく遊んでやりたくなってしまった。


 いつかアンリは村長から話を聞くのだろう。その時、アンリはどう決断するのかな。事情を話すのは十五の時と言ってたからいまから十年後か。どんな決断をしてもいいけど、後悔のないような決断をしてもらいたいものだ。

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