素性

 

 会議室で村長と椅子に座った。円卓を使うほどではないので、椅子に座って向き合う形だ。


 防音はしているようだが、これくらいの距離で話すなら外へ音が漏れることもないだろう。


 普段にこやかな村長がなぜか真面目な顔をしている。人払いもしたし、よほど聞かれたくない事なのだろうか。


「それで村長、どういった理由なんだ?」


「どこから話したものか……会っておきたい相手がいると言いましたが、覚えておりますか?」


「ああ、そっちはリエルを助け出すついでと言っていた気がする」


「はい。その会っておきたい相手なのですが、今の教皇です」


「教皇? なんでまた? 知り合いなのか?」


「そうですね、知っています。今の教皇はアンリの乳母なのです」


 乳母? 母親の代わりに赤子を育てる女性のことか? でも、アンリの母親は今もソドゴラ村にいるよな? 必要ないと思うけど、アンリが生まれた当初は体が弱かったりしたのかな。


 疑問に思うところはそこじゃない気もする。教皇が乳母?


「人族のことは詳しく知らないが、アンリに必要だったのか? 村にいるアンリの母親は元気そうだが。それに乳母が教皇って――」


「村にいるアンリの母親、アーシャはアンリの本当の母ではないのです。本当の母は亡くなりました」


 アンリの本当の母じゃない?


「村長、何を言っているんだ? もっと分かりやすく言ってくれ。いや、言葉の意味は分かるぞ。話が突拍子過ぎてついて行けないのだが」


「そうでしょうな。分かりました。最初からお話します」


「よろしく頼む」


「まずはアンリの素性ですな。アンリはトラン王国の王位継承者です。継承権は第一位。本当の母親は先代国王の第一王妃マユラになります」


 アンリが王位継承者? 第一位? え? 冗談じゃなくて?


「えっと? どこからどこまでが本当なんだ? 全部嘘でも構わないぞ。むしろ、嘘だと言って欲しいのだが」


「最初から最後まで本当の事です。嘘は一つもありません」


 村長の顔は最初から真面目だ。本当に?


「村長が嘘をつくとは思えない。だが、それを信じろというのは無理だろう。そもそも、なんで継承権第一位なのに、ソドゴラ村に住んでいるんだ? トランでもない場所に住んでいるのはおかしくないか?」


「アンリは現国王の母、先代国王の第二王妃に命を狙われました。それから逃れるために私達はトランから逃げ出したのです」


 そういえば、そんな話を聞いたことがある。ドッペルゲンガーのペルがそんなことを言っていた。トラン国の宰相が第一王妃の子供を連れて逃げたとか。


「もしかして村長ってトラン国の宰相だったのか? 王位継承者の死を偽装して家族で逃げたとか聞いているが」


 村長が目を見開く。その後、頷いた。


「流石といいますか、フェルさんも独自の情報網があるのですね。その通りです、私は五年前までトラン国で宰相をしておりました。村にいるアンリの母と父は私の親戚筋ですね。二人はそれぞれ宮廷魔導士と、王宮騎士団の副団長でした。私と共に一緒にトラン王国から逃げ出したのです」


「そうか。残念だが信じていいのかどうか判断できない。だが、それを前提として話を進めてくれ。この場で本当かどうか確認している時間もないしな」


「ふふ、信じないのではなく、判断できない、ですか。こんな荒唐無稽な話を」


「私は村長を信頼している。それが嘘だと一蹴するほど付き合いが浅いとは思っていない。だが、鵜呑みにする内容でもないと思っている」


「そうですな。しかし、信じてくれる可能性があるだけでもありがたい話です。では、丁度いいので順を追って説明しましょう。私達はアンリを守るためにトランからロモンへ船を使って逃げたのです」


 トランからロモンへは船が使えるとか聞いたことがある。それと同時に船は危険だと聞いた。ルハラへは行かなかったのだろうか。


 そうか、トランとルハラは戦争していたな。五年前は知らないがルハラに逃げるという選択肢はなかっただろう。


「ロモンへ逃げた私達は女神教に助けを求めました。その時に対応してくれたのが、今の司祭様です」


「爺さんが? ということは、爺さんも状況を知っているのか?」


「はい、知っています。その時まで司祭様と直接的な交流は無かったのですが、何度かお目にかかったことがありましたので、ロモンへ逃げてすぐにお会いしました。司祭様は親身になって助けてくださいましたよ」


 爺さんは人が良さそうだしな。困っている人がいたらすぐに助けそうだ。


「しばらくは聖都に身を隠していたのですが、トランからの追手が増えました。そんな時に女神教の聖女から提案を受けたのです」


「女神教の聖女?」


「当時の聖女です。リエルさんの二代前ということですね。それに先代の教皇でもあります」


 先代の教皇なら女神に乗っ取られた奴ということだな。いや、村長が会ったのは教皇になる前だから、乗っ取られる前か。


「どんな提案だったんだ?」


「アンリの乳母であるティマを次の聖女としたい。なってくれるなら私が女神教とは関係なく個人的に助ける、そう言いましたね」


「その提案を受けたのか?」


「最初は断りました。ですが、ティマ自らが志願したのです。自分が聖女となれば私達を守れると思ったのでしょう」


「それでどうなったんだ? 当時の聖女が助けてくれたんだよな?」


「そうですね。逃走資金を十分に頂きました。そして聖都でティマと別れ、私はその資金を使って境界の森に村を作ったのですよ」


 因果関係が分からない。それに村がある境界の森って人族にとっては危ない場所だよな。今は従魔達のおかげで違うみたいだけど。


「当時の事は詳しく知らないが、トランからの追手よりも、森の方が危ないんじゃないのか?」


「その通りです。ですが、強さには自信がありました。私もアーシャも、そして一緒に逃げて来た皆もそうです」


「もしかして、村の皆はトランの出身なのか?」


「はい。トラン王国の親衛隊でした。五年の間に村の住人が増えたので、全員ではありませんが、畑仕事をしている者は大半がトラン出身です」


 そうなのか。なんで夜盗に負けたのか謎だ。まあ、それはいいか。


「トランは当然ですが、ルハラも危険。ウゲンは無理ですし、ロモンでも自由に動けない。オリンはマシな方なのですが、人の出入りが多いので守りに向かない。そんな風に考え、あえて危険な場所に住むことでトランからの追手を撒こうとしました。それに、あんな場所に住むとは誰も思いませんからね」


 わざわざあんなところに住むのは理由があったんだな。もっといい場所があったと思うが、そのおかげで私は村の皆と出会えたからありがたいけど。


「司祭様も思うところがあったようで、一緒に来てくれました。そして開拓を始めたのが村の始まりです。場所に関しては、人が集まりやすい場所がありましたのでね、そこを上手く利用しました」


 以前聞いたな。野営をしたり商売をしたりする奴らがいる場所が村になったとか。実際に村にしたのは村長だったか。


「場所的に危険ではありましたが、トランから身を隠すには一番いい場所でした。ルハラがある以上、西から追手が来ることはない。北や南は論外。東側から来る者だけ注意すればよかったですからね」


「色々と事情は分かった。でも、そろそろ本題に入ってくれないか? 教皇に会いたい、というのは聖女になることを志願したティマに会いたい、ということだな? でも、いま会う理由が分からん」


「村を開拓している時もティマと念話でやり取りをしていました。そしてティマは二年後に教皇となりました。最初、これは大きな後ろ盾を得たと考えたのですが……違いました」


「なにが違ったんだ?」


「ティマが教皇になってから念話が全く届かなくなったのです。こちらから送っても返信がありません」


 なんか似たような話を聞いたことがあるな。連絡が取れなくなったって……ああ、勇者や賢者と連絡が取れないとかオルウスとかダグがそんなことを言ってたか?


「色々と疑問に思ってはいたのですが、村を離れることもできず時間が経ってしまいました。そして今回、リエル君を乗っ取ったのが先代の聖女という話を聞きました。なにか複雑な事情があると確信しまして、アンリやスザンナ君のお願いに便乗して連れて来てもらったのです」


「リエルが乗っ取られている時に村長達は、リエルと会話したり、目を合わせたりしたか? 全く関心が無いように見えたけど、中身がティマならその反応はおかしいよな?」


 知り合い、というか一緒に逃げた仲間だ。村長達を見て無反応はおかしい。


「少なくとも目は合ったと思います。私はリエル君の中身がティマとは知らなかったので、何も思いませんでしたが、ティマが私を見て反応がないのは確かにおかしいですね……」


 ありえそうなのは記憶の操作か? もしかしたら勇者や賢者も記憶の操作をされている? まあ、それはどうでもいいか。


「村長、事情は分かった。で、それはリエルを救い出してからじゃダメなのか?」


「フェルさんは女神教を潰そうとされているのですよね?」


「そうだな」


「女神教が潰れた時、現在の教皇がどういう扱いになるのかが分からないので、同行をお願いしました。女神教が潰れる前に話をしておきたいと思ったまでです。下手をしたら、教皇は死刑、または禁固刑で二度と会えなくなるかもしれませんからね」


「そんなことしないぞ?」


「フェルさんはしないでしょうが、女神教が潰れて、洗脳が解かれた場合、教徒達が責任を取らせようとする可能性は高いと思います。責任を取らされるのは女神教のトップである教皇。つまりティマですからね」


「そういうことか。リエルがいるかぎりそんなことはさせないと思うが、可能性はあるな……理由は分かった。そういう事ならついて来ても構わないぞ。どのタイミングになるかは分からないが、教皇と話ができるようにしてやる」


 村長が椅子に座ったまま深々と頭を下げた。


「頭を上げてくれ。そんなことはしなくていい。ただ、話を聞いた限り、アンリ達はここに置いて行ってもいいんじゃないか? 村長とティマで話ができればいいんだろ?」


「アンリ達を納得させるだけの理由がないのですよ。私だけフェルさんについて行ったら、後で大変な事になりそうです。フェルさんが説得してくれますか?」


「すまん。無理だ」


 色々と事情は分かった。村長がこんな壮大な嘘をつけるとは思えない。にわかには信じられないが、全部本当の事なのだろう。


 アンリが王位継承権第一位とは。しかも勇者候補。さらに反抗期で魔王に闇落ちしてるわけだ。これくらいやらないと次の勇者にはなれないのだろうか。ならなくていいのに。


 アンリはこれから色々と大変な人生が待っているんだろうな。まあ、アンリなら苦も無く進んでいけそうな気がするけど。

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