魔道兵器

 

 オリン国とロモン国の国境は山で区切られていると以前クロウに聞いた。


 メーデイア町から道に沿って南下すると、山間の町があり、そこが関所になっているそうだ。通常、聖都まで行くのならその関所を通る。


 私達はその正規ルートは通らずに山越えをすることになっている。


 町には女神教徒が多いだろう。魔族である私を見たら問答無用で襲い掛かってくるはず。それを避けるためだ。そう考えるとリエルって貴重だな。私が魔族でも襲ってこなかった。


 牢屋に入れられていたということもあるだろうが、魔族とか人族とか、どうでも良さそうだったな。同じく捕まっていた魔物達とも交流があったようだし、見た目や生まれで差をつけるような奴じゃないということなのだろう。男を見る目はうるさそうなのに。


 それはさておき、メーデイアからある程度南下したら、道から外れて東の方へ移動した。ある程度まで東に進んだら、また南下して山越えをする形だ。


 本来、国境を警備する部隊というのがいるはずなのだが、オリン国とロモン国は戦争をしたことがなく、警備のお金の無駄ということで、お互い警備兵を配置しないということで話がまとまっているらしい。


 そんな馬鹿な、と言いたいところだが、オリン国は魔法に夢中であり、ロモン国は布教活動に忙しく、領土に関してはお互い興味がなかったそうだ。


 それに魔族との戦いでは、オリン国が魔法の開発をして、ロモン国が開発された魔法を使う、そういう図式で戦ったので、以前からかなりの友好国だったらしい。


 ルハラとトランも見習えばいいのに、と思ったが、場所が違えば事情も違う。オリンとロモンはたまたま上手くいっていたのだろう。


「フェルちゃーん、そろそろ復活した?」


 カブトムシが引くゴンドラの中からディアの声が聞こえた。私がロスの背中でぐったりしているのを気遣ってくれているのだろう。


 いい感じに上下運動しているロスの背中から上半身を起こして声のした方を見た。


「少しだけ回復した。何かあったのか?」


「そろそろ山に入るところだけど、その前にお昼にしようって話が出ているんだ。フェルちゃんはどう思う? もっと進んでからお昼にする?」


「これから入る山ってどんなところなんだ? 食事をするような場所があるのか?」


「それはないね。どちらかと言うと険しい感じかな。ちゃんとした道があるわけでもないし、休憩する場所なんてないと思うよ」


「なら、入る前に食べよう」


「うん、分かった。それならもう少し進んだ場所にちょっとした池があるからそこでお昼にしよう」


 ディアの言葉に頷く。食事をすれば精神的に辛かったことが和らぐだろう。ヴィロー商会にはかなりの食材を提供してもらっているんだ。ここはやけ食いして心の均衡を保たねば。




 山のふもとにある池まで来た。お昼にはちょっと早いが、山の中で休憩できるような場所はないらしいからな。ここで食べてしまおう。


 昼食の準備をして欲しいと言ったら、ヤトとメノウの戦いが勃発した。コイツら仲悪いな。どっちが作った物でも食べるから喧嘩は止めて欲しい。


 十分ほど経ってから、ヤトとメノウが作った料理が揃う。皆で車座に座って好き好きに食べ始めた。


 今日のお昼はおにぎりか。赤くて酸っぱいのが入ってたらハズレだ。注意しよう。


「ディア、山越えってどれくらいの時間が掛かるんだ? この山を過ぎればロモン領なんだよな?」


 少々行儀が悪いが、食べながら話を聞こう。


「カブトムシさんの足なら今日の夜には山を抜けられると思うよ。ゴンドラが大きいから木の間を抜けるのに手間取るかもしれないけど」


 これから入るという山を見た。確かに木が生い茂っている。森と言ってもおかしくないな。木の間隔が狭いようだしゴンドラが通る場所を選ぶかもしれない。


 カブトムシが手を……足をあげた。


「フェル様、ここはまだオリン国の領土ですよね? なら山を越えるのは飛んだ方が早いのではないでしょうか?」


 その言葉をディアに通訳した。


 ロモン領に入れば迎撃される可能性はあるが、山を越えるくらいなら大丈夫じゃないか、という意味かな。警備する奴らもいないんだし、私もそう思うがどうなのだろう?


「この山はね、警備する人はいないんだけど、魔道具、じゃなくて魔道兵器というのが至る所に置いてあってね、空を飛んでいる魔物を自動的に攻撃するんだよ。オリンとロモンの共同開発で作ったとかなんとか」


「なんでそんな物騒な物が置いてあるんだ?」


「この山って空を飛ぶ魔物が多いんだ。ハーピーとかグリフォンとか。結構沢山いて、両方の国に被害が出ていたから共同で倒すことになったみたい。毎年のように兵器が設置されていて相当な数あるんだけど、そのおかげか活躍しているみたいなんだ」


「なんでそんな時間のかかることをしているんだ? 害を成す魔物ならわざわざそんなことせずに普通に討伐すればいいのでは?」


「山が広すぎるからね。それに、空に逃げられたらアウトでしょ? 何回か大規模な討伐をしたらしいけど、全部失敗だったみたいだよ。だから無理に追わずに近寄ってきた魔物を攻撃するだけにしたみたい」


 なるほど。確かに空を飛ぶ魔物と戦うのは面倒だ。キマイラと戦った時も大変だったからな。


 その魔道兵器とやらを少しずつ増やして魔物の数を減らしていこうという作戦なのかな。気の長い話だが、討伐できないのなら仕方ないのかも。


「その魔道兵器とやらは地上を攻撃したりはしないのか? これから山に入るんだけど」


「もちろん大丈夫。地上も攻撃されるならこのルートは使わないよ」


「ちなみにどんな兵器なんだ。魔道と言うからには魔法的な攻撃をすると思ったんだが」


「そうだね、それと魔物の探知に魔法を使っていたかな。地上から上空に探知魔法が発動していて、それに引っかかったら、大量の魔法矢を撃ち上げる感じだよ。一ヶ月に一回、魔力の補充が必要だけどね」


 人族って面白い物を作るな。対空用の兵器ということか。


 カブトムシはディアの説明に納得してくれたみたいだ。カブトムシ自身は矢に耐えられるけど、ゴンドラが危ないから危険な事はしないと言った。安全第一はいいことだ。


 聞きたいことは聞いたので、その後、食べることに集中した。ストレスを発散しないと。


 いくつかおにぎりを食べた後に、ディアがこちらを見ていることに気付いた。


「ディア、どうかしたか?」


「うん、ほっぺたにご飯粒ついてるよ……そっちじゃなくて右。それはともかく、フェルちゃん、調子はどう? もう治った?」


「ああ、随分と良くなった。ああいう派手なのは苦手だ。精神的に来るものがある。もっとひっそりと出発したかった」


 目立つのは苦手だ。もっと普通に接して欲しい。


 ひそかにため息をつくと、メノウが近寄ってきた。


「フェルさん、あれはかなり控えめにしたんですよ。もっと派手でも良かった……!」


 メノウのその言葉にオリスアが頷く。


「全くその通り! あれはあれで良かったが、フェル様を見送るならもっと派手でも良かったな!」


 メノウとオリスアが意気投合している。嫌なタッグだ。


「勘弁してくれ。オリスア達は私がああいうのが苦手なのは知っているだろう? 魔界でも事あるごとに色々やりやがって。そういえば、サルガナが仕切っていたよな? もう、止めてくれ」


 サルガナは真面目な顔をして首を横に振った。


「無理ですね。多数決で決まったことですから」


「言いたくはないが、私って偉いんだよな? しかも本人が嫌がっているのに多数決で決まるのかよ」


 魔王なんだけどな。多分、魔王として命令すれば止めてくれるのだろう。今度、魔界に帰ったらちゃんと言おう。


「その通り! フェル様は偉いのです!」


 オリスアが鼻息を荒くしている。強くて美人なのに、なんでこんなに残念なのだろう。


「大体ですね、フェル様は魔界で玉座に座り、踏ん反り返って我々に命令をしていればいいのです! それをなんでもかんでも率先してやってしまうなんて! そこのところ、分かっているのですか!」


「いや、まあ、すまんとは思っている。だがな、私は三年前、いきなり魔王になったんだぞ? 正直、今でも違和感があって環境の変化についていけないんだ。その辺りを考慮してくれ」


 子供のころから魔王の候補として教育されていたならともかく、本当にいきなりだった。魔族の歴史から考えれば、もっと強い奴が魔王となるはず。それこそオリスアとかが。


 それなのに、いきなり踏ん反り返って命令なんてできる訳がない。それでもやらないといけないから無理してやってたけど。


「それは、そうなのですが……でも、もう少し頼って貰いたいんですよ!」


 なんでキレ気味に言われなきゃいけないのだろうか。ドレアとサルガナもうんうんと頷いているし、なぜかメノウや従魔達も頷いている。なにこの包囲網。また精神が削られていく感じなのだが。


 これはなにか言わないとダメかな。もうこの話は終わりにしてとっとと聖都へ向かいたい。


「今回はお前達の力を頼っているだろう? 私一人じゃ無理だからな。私はリエルを助け出すところをやるから、それまではお前達が私を助けろよ」


 そう言うと、皆が嬉しそうに頷いた。


 私に頼られるのが、そんなに嬉しいのかな。普段から結構頼っていると思うんだけど。そういえば、ニアを助けた後も似たような感じだったな。ニアは、皆が私を頼っているから、私に頼られたいとか言っていたけど……よく分からん。


 まあいいか。皆がやる気になっているなら何よりだ。さあ、お腹も膨れたし、山に入ろう。

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