頼れるもの

 

 広場で出発の準備をしていると、村の皆がぞろぞろと集まってきた。


 まだ日も出ていない時間帯なのに、全員が集まっている。どうやら見送りに来てくれたようだ。まだ眠いだろうに。律儀だな。嬉しいけど。


 いや、もしかすると、直接助けにはいけないけど、気持ちだけは救出部隊と同じだ、という意思の表れなのかも。リエルは果報者だな。こっちも失敗しないように頑張らないと。


 気合を入れ直したところに、ニアとロンがやって来た。


「これ、道中で食べるお弁当と食材だよ。食材は村の皆が提供してくれたものだから料理に使っておくれ」


「くれぐれも気を付けてな」


 渡された食材は、ワイルドボアの肉とか野菜だ。見渡すと、結婚男と畑仕事をしている皆が集まっていて、「頼むぞ」とか「俺達の分まで頑張ってくれ」と言っていた。


「すまないな。これはありがたく頂戴する。必ずリエルを連れ戻すと約束しよう」


 そう言うと、皆が頷いていた。やっぱりいい村だな、ここは。


 ヤトにお弁当や食材を渡して亜空間へ入れてもらおう。料理をするのはヤトだからその方がいい。そうだ、自分も食材を持っている。これもヤトに渡しておこう。


 ヤトに食材を渡していたら、ジョゼフィーヌ達がやって来た。


「フェル様、従魔達の準備が整いました」


 かなりやる気だ。女神教の奴らに住人や仲間達が襲われたからな。その復讐に燃えているのだろう。まあ、分からないでもないが、今回のその役目は私に譲ってもらうつもりだ。


「今回、お前達を連れて行くのは道中の露払いだと思ってくれ。もしかしたら女神教の奴らが待ち伏せしている可能性があるからな」


 その言葉にジョゼフィーヌ達は頷いた。聖都でも戦いたいのだろうが、破邪結界の中だと厳しいだろう。結界が何とかできるなら手伝ってもらいたいけど、難しいかな。


 ふと見ると、ジョゼフィーヌ達の後ろには怪我をした従魔達がいた。怪我をしているのに見送りに来てくれたのか。包帯をしていて痛々しい感じだ。だが、それは名誉の負傷。ここは声を掛けておこう。


「怪我をした従魔達はよくやったぞ。お前達のおかげで村の皆に怪我がなかった。リエルの奪還は私達に任せて、お前達はアビスで傷を癒すといい。リエルを連れ帰ってくる頃には元気になっておけよ」


 そう言うと皆が頭を下げた。大丈夫だとは思うけど、アビスにも伝えておこう。


 念話でアビスのチャンネルへ接続した。


「アビス、聞こえるか?」


『はい、聞こえています』


「従魔達の治療をよろしく頼む。基本的には治療に注力してくれ。ただ、レモと一緒に村の防衛もお願いしたい。もし女神教の奴らが攻めてきたら、殺さない程度に叩きのめせ」


『分かりました。あらゆる手段を使って叩きのめします』


「ああ、うん。叩きのめせとは言ったけど、やり過ぎないようにな」


 大丈夫だとは思うけど、言っておかないと危ない。


「もう出発されるようですな! 今回の救出作戦、我らヴィロー商会も色々手配しておきましたぞ!」


 ラスナとローシャが近寄ってきた。この二人も見送りに来てくれたのか。まあ、ありがたい、かな。


「私達もこの村の住人だから仕方ないわね。聞いていると思うけど、リーンとメーデイアで食糧を買っておいたわ。町へ寄った時にうちの支店で受け取って」


「そうか、すまないな。恩に着るぞ」


「いえいえ、気にされる必要はないですぞ。フェルさんが聖都へ攻め込むとなれば、復興に色々な物資が必要になるでしょうからな。その物資を我らの商会が提供すれば大儲けです。ですので、何の問題もありません」


 あくどいというかなんというか。どれだけ暴れるかにもよるけど、確かに復興にはそれなりに物資も必要になるかも。


「アコギに稼ごうとするなよ。私達は女神教に攻め込むのであって、住人は被害者なんだから」


「心得ております。なに、今回はヴィロー商会の名前を売り込むためにも、お安く提供する予定ですよ」


 笑顔なんだけど悪い顔をしている。まあ、商人だから仕方ないのかな。


「おーい、フェルちゃん!」


 名前を呼ばれたので振り向くとゾルデ達が近寄ってきた。


「ゾルデか。それにおっさんとムクイ達も……そうか、お前達にも世話になったな。村を守ってくれたんだろう? 助かった」


「頭なんて下げなくていいから。こっちもこの村にはお世話になってるからね!」


「うむ、その通りじゃ。それに住人をさらうなんて、女神教の奴らは許せんな! 儂らドワーフもフェルについていこうかのう!」


 ドワーフのおっさんも怒っている。気持ちは嬉しいが、危険だから村で待っていてもらいたい。


「おっさんやゾルデは村を守っていてくれないか? リエルの方は私達に任せてくれ。必ず連れて帰るから」


「うん、待ってるよ。そうしたら皆でまた宴をしよう!」


 そうだな、それはいい考えだ。リエルを助け出したらまた宴をするか。


 宴に反応したのかな、ムクイ達ドラゴニュートもうんうんと頷いている。


「俺もついて行きてぇけど、今回は村で待ってるぜ。暴れるだけでいいならついて行くんだけど、あの金髪の姉ちゃんを救いにいくんだろ? 難しい作戦があると俺じゃ無理だしなぁ」


「そんなことは無いと思うが、ムクイ達もゾルデと一緒に村を守ってくれると助かる」


「おうよ、それなら任されたぜ!」


 ムクイが胸を張って答えた。パトルやウィッシュも頷いている。村にも結構な戦力ができたな。これなら村を気にする必要は無いだろう。リエル奪還に専念できるわけだ。


 さて、そろそろ出発したいけど、他の皆は大丈夫だろうか。


 ヴァイア、ノスト、ディア、それにドレア達やヤトは既にゴンドラに乗っているようだ。


 えっと、村長達は……そこか。どうやら村長の家族が話しているみたいだ。


「アンリ、おじいちゃんの言うことをちゃんと聞くのよ?」


「おかあさん、安心して。おじいちゃんが何かを言う前に仕留めて見せる」


 アンリは何をする気なんだ。一応、魔剣を持っていくようだけど、本当に戦うつもりじゃないよな?


「では、アンリをお願いします」


「うむ、任せてくれ。定期的に連絡はいれる。村のことは頼んだぞ」


 村長とアンリ父が話している。そうか、村長がいない間はアンリの父親が村長代理みたいになるのかな。


 それにしても村長は軽装だな。いつも着ている麻の服に、剣を腰に差しているだけ。でも、準備はそれで終わっているみたいだ。


「村長、そろそろ出発するが大丈夫か?」


「ええ、お待たせしました」


「アンリも大丈夫。心はいつだって常在戦場。死して屍拾うものなし」


「それ、意味あってるのか? 勢いで言ってるよな?」


 そんなやり取りをしていたら、空から巨大なものが広場に降りてきた。水のドラゴン……? ああ、スザンナか。


「お待たせ。村長さん、アンリ、乗って」


 スザンナがアンリ達をドラゴンの背中に乗せようとしている。そうか、村長達はそっちに乗るのか。


 従魔達は地上を走って追うしかないんだけど、大丈夫かな。


「お前達はついてこれるか?」


 全員、カブトムシには負けませんとか言い出した。


 カブトムシと従魔達の間に変な緊張感が漂う。いきなり仲間割れをするなよ?


「ジョゼフィーヌ達は私の亜空間に入るか?」


「いえ、何かあった時に迅速に対応するため、亜空間には入りません」


「そうか。ならそうしてくれ……そうだな、アンリ達を優先的に護衛してもらえるか」


「畏まりました」


 よし、これでいいだろう。出発の準備は整った。


 まずはリーンに行って情報収集だ。あとクロウへの依頼。冒険者ギルドや鍛冶師ギルド、それにメイドギルドにも色々連絡したい。やることは多いが、今日中に済ませよう。そのために早く行くんだからな。


「よし、出発だ!」


 周囲から歓声や応援の声が上がった。


 そしてカブトムシがゴンドラを持って飛び上がる。すぐ隣ではスザンナのドラゴンも上昇し、ジョゼフィーヌ達も空中へ浮かび上がった。ロス達は先に走って村を出て行ったようだ。


 カブトムシが持つゴンドラの高度が徐々に高くなる。


 上空へゴンドラが移動したことで、東の地平線から太陽が出てくるのが見えた。まぶしいが、なんとなく縁起がいいような気がする。ちょうどいいから祈っておくか。


 今回、失敗は許されない。国やギルド、村の皆、頼れるものには何でも頼る。例え、太陽でもな。


 さあ、リエルを連れ戻すぞ。

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