魔王の命令

 

 目の前にいる三人の魔族は強い。そして知識も豊富。そのおかげで部を任されるほどだ。その三人のうちの二人は、私が人界征服をすると思っている。


 明日に備えて早く寝たいんだけど、これを放置したら大変な事になる。よく言い聞かせないといけない。


 まずは、サルガナの認識も確認しておくか。


「サルガナ、私の命令をどういうものだと認識しているんだ?」


「人界征服かと」


 三人に増えた。私の寝る時間がさらに遅くなるという事だ。


 おかしい。コイツら優秀だったはずだ。確かにちょっと問題はある。ドレアはちょっとじゃないけど、オリスアとサルガナはもっと普通だったんだけど。


「とりあえず、そこに座れ。ちゃんと説明してやる」


 三人は不思議そうな顔をしながら椅子に座った。村長とディアは別のテーブルへ移ってくれたようだ。なんとなく状況を察してくれたのだろう。空気を読めるって素晴らしい。


 テーブルに座った三人を一度見渡す。真面目な顔だ。そんな顔をして人界征服とか言わないで欲しい。


「今回、お前達を呼んだのは、リエルを女神教から救い出すためだ。これはドレアに言ったはずだが、覚えていないのか?」


「いえ、覚えておりますぞ」


「じゃあ、なんで人界征服になってるんだ。全く違うだろうが」


「しかし、女神教と言えば人界最大の組織です。そこへ攻め込むのなら、ついでに人界征服しても問題はないかと」


 頭痛い。何を言っているのだろう、このマッド野郎は。


「ついでで人界を征服するな。女神教は潰すが人界を征服はしない……まさかとは思うが、二人とも同じ意見だったのか?」


 二人とも頷いた。強さに比例して頭が弱いのか?


「いいか? 魔族は人族と友好的な関係になる方針だろう。これはヤトから報告を受けているはずだ。まさかとは思うが、ルネみたいに私が嘘をついているとでも思っていたのか?」


 サルガナが顔を横に振った。否定というよりも、ルネと一緒にされたくない、という顔をしている。なぜかレモも私の背後で頷いていた。サルガナはルネの上司で、レモは親友だよな? ルネが不憫だ。


「確かに総務部でそういう報告を受けており、魔族へ展開しております。ただ、そこに何か深い暗号的な物が含まれているのではないかと思いまして……常に言葉の裏を読む、これが重要ですので」


「裏を読み過ぎておかしくなっているだろうが。いいか、裏も表もないぞ。人族と友好的な関係になる、というのはそのままの意味だ。理由は――」


 村長とディアがこっちを見ている。だが、二人になら聞かれても構わないな。村の皆は信用できる。


「分かっていると思うが、魔界だけではもう食糧の生産が間に合わない。人界からの供給が必要なんだ。五十年前までのように食糧を奪うのではなく、対等な取引によって手に入れる。それをちゃんと理解しろ」


 その言葉にオリスアが反応した。真面目な顔をしてこちらを見つめている。


「つまり、人界を裏から操って食糧を魔界に持ち込むという理由ではないと?」


「どっからそんな話が出たんだ? まさかとは思うが、お前らルハラで変な事してないだろうな?」


 どうやらそんなことはしていないようだ。良かった。でも、ドレアには言い聞かせたと思ったんだがな。


「ドレア、お前には言っただろう。人族を支配したりしないと。それとも人族を観察していても、支配するべきだと考えているのか?」


「いえ、そういう訳ではないですな。ただ、フェル様が魔王の名を出されてまで命令しましたので、これは一大事だと判断しました。それに魔族の中でも最高の戦力を誇るオリスアとサルガナを連れて来るように言われたのです。はっきり言って魔族なら誰もがそう思うかと」


 魔王の命令ってすごいな。もうしないようにしよう。


「そういう事なら分かった。ならもっと詳しく説明しておこう。女神教は破邪結界というものがある。これは魔物や魔族を弱体化させる結界だ」


 リーンやズガルで破邪結界を受けたことがあるけど、私やルネにはあまり効かなかった。ちょっと気持ち悪くなるくらいだ。


「魔物には絶大な効果を発揮するが、魔族にはあまり効かない。だからお前達を呼んだ。リエルを助けに行くならおそらく聖都と呼ばれる場所だろう。そこは破邪結界が展開されているそうだから、結界内でも戦える戦力が必要だったという事だ」


 別のテーブルでディアがうんうんと頷いていた。行ったことは無いがおそらく大掛かりな結界が展開されているのだろう。多分、従魔達だけじゃ何もできないと思う。


 話を聞いていたオリスアが残念そうな顔をしている。


「そういうことだったのですか……人界征服でないことはショックですが、事情は分かりました」


「すまないな。そういう命令を期待していたのだろうが、今後もすることはない。期待はしないでくれ」


「フェル様が謝る必要はありません! このオリスア、フェル様が人界を征服しないというなら、その命令に従うまでです!」


「ああ、うん。声のトーンを落としてくれ。もう、遅い時間だから。あと、跪くな。さて、ドレア、サルガナ、お前達も分かってくれたか?」


 ドレアとサルガナは頷いた。どうやら理解してくれたようだ。よし、今日はもう寝よう。夜食は部屋で食べる。


 そう思ったけど、サルガナが「一つよろしいですか?」と問いかけてきた。


「なんだ? 聞きたいことがあるならなんでも聞いてくれ」


「状況については理解しました。ですが、女神教には私達に対抗できるほどの戦力があるのですか? 正直なところ、フェル様だけでも十分だと思うのですが」


「リエルを助けだすのに失敗は許されないから万全を期した。それに女神教には厄介なのが少なくとも二人いる。勇者と賢者だ」


 他にも面倒そうな奴らはいる。アムドゥアはおそらく味方になってくれるだろうから心配はしていない。リエルを乗っ取っている前任の聖女というのはよく分からないな。あと教皇として生きている女神も未知数だ。


 そんなことを考えていたら、いつのまにかオリスアとサルガナから殺気が漏れていた。いかん、勇者に反応したか。ちゃんと説明しないと。


「二人とも殺気を押さえろ。勇者というのは私達が恐れる勇者の事ではない。自称勇者だ。勇者の偽物だな」


 二人から殺気が無くなっていく。どうやら落ち着いてくれたようだ。


 だが、サルガナはまだちょっと疑っているのだろう。顔が険しいままだ。


「偽物……ですか? 半年ほど前に魔界へ来た勇者とは違う、と?」


「全く違う。それでも強いようだがな。まあ、それとは私が戦う。私の従魔達を傷つけたからな。お返しをしてやらないと気が済まない」


 そうだ。本物の勇者であるセラの奴にも一応連絡を入れておくか。大丈夫だとは思うけど、協定違反とかで襲われたらたまったものじゃない。


 まあ、それは後だ。三人は今回呼んだ意味をちゃんと分かったかな。


「理解してくれたか? 細かい作戦は情報がないからまだ決めていないが、それは移動中に決めるから待ってくれ」


 三人は頷いた。よし、これでもう人界征服とか言いださないだろう。


 そういえばメノウに情報収集をお願いしたんだけど、どうなったのかな。


 食堂を見渡してもメノウはいない。ディアに聞いてみるか。


「ディア、メノウはもう休んでいるのか?」


「メノウちゃんなら、司祭様と一緒にメーデイアへ向かったからここにはいないよ。向こうで合流するつもりみたい」


「初耳だ。なら、メノウに頼んでいた情報ってどうなっているか知ってるか?」


「念話でこっちへ情報を送るとは言ってたよ。流石にまだ情報が揃ってないんじゃないかな。ロモンには異端審問官が多いし、メイドさんでも情報を集めるには苦労するだろうからね」


「なるほど。あまり無茶はしないでほしいのだが……メイドギルドの奴らはやり過ぎるから心配だな」


 失敗したらギロチンだからな。本当にそういうのは止めて欲しい。


 それにしてもメノウはメーデイアへ向かったのか。メノウが一緒に行くと言っても私に止められそうだから先に向かったのかもしれない。確かについて来ると言っても断ったとは思う。無茶しないで欲しいものだ。


 あと、なんで女神教の爺さんが……いや、リエルがさらわれたんだ。村でただ待っているというのは無理かもしれない。それに爺さんは反女神教の奴らに連絡をしているとか聞いた。もしかして反女神教の奴らはロモンに集結しようとしているのかも。


 しかし、爺さんもそうだが、村長やメノウも分かっているのかな。リエルが無事なだけじゃなく、皆が無事じゃないと意味がないんだけど。もちろん私達が守るけど絶対はないんだ。できるだけ荒事はこっちに任せて安全なところで待っていてほしいのだが。


 いまさら考えても仕方ないか。守ってやればいいんだ。難易度は上がったけど、魔王様の無茶ぶりに比べたらまだマシだ。今までも魔王様の無茶ぶりをこなしてきたんだ。その力を見せてやろう。

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