魔王の親友

 

 カブトムシが運ぶゴンドラに乗ってリーンを目指している。


 ゴンドラには私、ヴァイア、ディア、ノスト、ドレア、オリスア、サルガナ、ヤトの八人が乗っているが、ゴンドラ自体は大きいからそれ程狭くは感じないな。余裕があるわけでもないが。


 この調子でいけば昼前には着くだろう。やることが多いから今日はそのままリーンに泊って、明日、メーデイアへ向かおう。問題はメーデイアから聖都へ行くまでだな。


 ロモン領へ入るわけだから、女神教徒が多くなると思う。それにロモンに所属する町だらけになる。町には近づくだけで危ないだろう。


 途中で食材を補給できないから、できるだけ食糧を準備してもらったけど、足りるかな。ラスナ達がどれだけ買っておいてくれたのかは分からないが、足りない様なら買い足さないと。そもそもどれくらいの距離なのだろうか。


「ディア、聞きたいんだが、メーデイアから聖都までどれくらいの日数がかかる?」


「メーデイアから? そうだね……八日、くらいかな?」


 結構掛かるな。多分、その間は全部野宿だろうし、女神教徒から襲われる可能性もある。色々気を付けて行かないと。


「でもね、カブトムシさんならその半分、四日で行けると思うよ。馬車の倍は速いからね!」


 ディアがそう言うと、カブトムシが「お任せください」と言った。自信はあるみたいだな。


「四日か、それでも結構掛かるな」


 でも、それくらいなら許容範囲だろう。野宿だから疲れは取れないだろうし、聖都に着いた頃は疲れもピークだろうが、ドレア達がいるなら問題ないと思う。


「お前達、四日間は野宿になるが、その程度で力が発揮できないとか言わないよな?」


 ドレアとサルガナが「問題ありません」と答えたが、オリスアは鼻で笑った。


「なにをおっしゃいますか。このオリスア、フェル様のためなら例え四肢がもげようとも勝利を捧げて見せます!」


「いや、もげるなよ。そうなるくらいなら逃げてくれ」


「ですが、そういうのは憧れのシチュエーションなのですが。ぜひ、死ぬまでに一度くらいそういう状況に陥りたい。私のささやかな夢なのです」


「どこがささやかなんだ。そういう状況を作りたくて手を抜くなんて真似はするなよ? アンリの言葉じゃないが、常在戦場の気持ちでいてくれ」


 オリスアの事だから相手を舐めるということは無いと思うが、大丈夫かな。ちょっとだけ心配だ。


「ねえねえ、フェルちゃん。まだ先は長いんだから、最初からそんなに気を張り詰めていたら最後まで持たないよ? 少しは力を抜かないと」


 なるほど、ディアの言うことはもっともだな。肝心な時に力を発揮できないのは困る。気を抜き過ぎる訳にはいかないが、ちょっとは肩の力を抜くか。


「フェル……ちゃん?」


 なんだ? オリスアがディアを見つめている?


 もしかして、私がちゃん付されているのが気にいらないのか? そういえば、ディア達を紹介していなかったな。話がこじれる前に紹介しておこう。


「オリスアとサルガナには紹介していなかったな。えっと、こっちがディア、そしてそっちがヴァイアだ。二人とも、その、なんだ、私の親友だ。そしてこっちがオリスアで、こっちがサルガナだ」


 面と向かって親友と紹介するのには照れがある。顔、赤くなってないよな?


「昨日の夜に会ってますけど、改めて自己紹介しますね。美少女受付嬢をやっているディアです」


「あ、あの、ヴァイアです。よ、よろしくお願いします」


「私はサルガナです。ルネの上司と言えば分かりやすいでしょうか。よろしくお願いします……すみません、ディアさんの自己紹介はルネの影響ですか? 後で叱っておきます」


 いや、叱らなくていいぞ。ルネに会う前からそう言ってた。


「オリスアだ……ヤト、聞いていいか? お二方は間違いなくフェル様の親友なのだな? フェル様が勝手に思っているような、エア親友ではなく」


「違いますニャ。お二人ともちゃんとしたフェル様の親友ですニャ。お金も払ってないニャ」


「お前ら突き落とすぞ」


 お金なんて払ってないし、私が勝手に思っているだけじゃない……はずだよな?


 二人を見ると、ニコニコしているだけだ。え、どっちだ?


「フェル様! おめでとうございます!」


 いきなりオリスアが跪いた。ゴンドラの中は狭いんだからやめてくれ。カブトムシも「暴れないでください」と苦言を呈している。


「おい、ゴンドラの中で急に跪いたら揺れて危ないだろうが。落ちたらどうする。というか、おめでとう、ってどういう意味だ」


「はっ! このオリスア、フェル様に友達がいらっしゃらないのをずっと不憫に思っておりました! ですが、こうして親友と呼べるだけの相手を見つけるとは……胸が締め付けられるほど嬉しく思います!」


 私って不憫だったのか? いや、そうでもないよな?


「不憫に見えていたのか?」


「はい! フェル様は魔王になる前は、友達もおらず、本を読んでいるだけの暗い子でしたから!」


 確かに友達は居なかったし、本を読んでいるだけだったけど、暗くはなかったぞ。訂正してほしい。


「そして魔王となってからは皆がフェル様に敬意を払って壁を作ってしまいましたから、対等に付き合える相手も皆無だったでしょう……私はそれをずっと心配しておりました! ですが、人族の親友ができるとは……あ、鼻水が――ハンカチ貸してもらえますか?」


 なんとなく貸したくない。大体、リエルが鼻をかんだハンカチがまだ亜空間にある。シャルロットに洗ってもらおう。


 オリスアはサルガナから借りたハンカチで鼻をかむと、そのままサルガナに返した。


「助かった」


「……なによりだ」


 諦めるの早いな。まあ、オリスアに言ってもダメな気はするけど。


 しかし、私が不憫か。そんな風に思ったことはない。そう感じないほど忙しかったからかな。


「サルガナ! ドレア! だから言っただろう! フェル様の事は私に任せておけと!」


「そうかもしれませんね」


「ふむ、まあ、間違ってはいなかったようだな」


 何言ってんだ、コイツら。


「お前達、何の話をしているんだ?」


「フェル様の事は私が一番よく分かっているということが、今、証明されたのです!」


「意味が分からないのだが、どういう意味だ?」


「はい! 魔界でフェル様が敬意を払うなと言ったのは、友達が欲しかったという事が証明されました! 命令の後、私がドレア達にそう言ったのに、それをコイツらはなかなか信じず……嘆かわしい限りです!」


「お前、何言ってんだ。そんな理由じゃない」


 私からしたら、嘆かわしいのはオリスアだぞ。勝手に私の心情を語らないで欲しい。


「またまた。このオリスアには、完璧に分かっております! 魔王となって寂しかったんですよね! 強者は孤独ですから! だから魔王の力を封印して友達を作りたかったんですよね! 人界に来たのも、それが理由なんですよね!」


 勘違い極まれり。そんなわけあるか。


 そもそも能力を制限しているのは人族への対処だ。下手したらちょっと手を払っただけで大怪我させてしまう。だから制限しているのに。


「全然違うぞ。これは人族に害を成さないように力を抑えているだけだ。あと、封印言うな」


 オリスアが眉をひそめたあと、何かに気付いたような顔になった。


「なるほど、そういうことでしたか。フェル様はお年頃。心情を暴露されたら恥ずかしいですよね。分かりました、では、そういう体でいきましょう」


「いや、本当だからな。オリスアの考えが間違っているんだからな? ちゃんと理解しろよ?」


「ええ、理解しました。このオリスア、間違っておりました!」


「なんでこっちを見てウィンクした。『分かってますよ』みたいな合図を送るんじゃない」


 オリスアはちょっと思い込みが激しいよな。いや、ちょっとという評価はおかしい。かなり、だ。


「フェル様、それは一旦、置いておきましょう。私は分かっておりますからご安心ください」


「お前が一番勘違いしてるんだぞ?」


「ヴァイア殿の隣に座っている男も紹介してもらえませんか?」


 おっと、そうだった。ちゃんと紹介しないと。オリスアとのお話はまた後だ。


「こっちはノストだ。ヴァイアの婚約者だな」


「や、やだな、フェルちゃん! 婚約者だなんて! 合ってるよ? 合ってるんだけどね? まだ、お試し期間というか? ちゃんとプロポーズされたわけじゃないし? 結婚式はいつがいいかな?」


「ヴァイア、落ち着け。気が早すぎるし、暴れるとカブトムシが怒る。放り出されるぞ」


「あの、えっと、ノストです。リーンの町で兵士をしていますが、今はヴァイアさんの護衛をしております。それとフェルさんの言う通り、ヴァイアさんの婚約者です」


 ノストがドレア達に頭を下げた。その隣にいるヴァイアが嬉しそうに体をくねらせている。ディアからは舌打ちが聞こえて、カブトムシからは危ないから揺らさないでくださいと怒られた。


 そして、オリスアはニヤリと笑った。


「なるほど。弱体魔法の使い手か。かなり強力だな……!」


 もう、それでいいや。訂正する気もない。


 でも、この調子で空の旅が続くのかな。なんというか疲れるな。

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