面倒

 

 まだ昼前なのにズガルの町が見えてきた。


 グリトニの町を朝早く出たおかげだろう。もちろん大蛇が速いということもある。それに領主が事情を考慮してくれて、色々と準備をしておいてくれたのも大きい。


 領主が色々準備していてくれたのはディーンの命令だったようだ。気が利くというかなんというか。今度、本当にお茶でも飲んでやるか。まあ、やることが終わってからだな。


 ズガルに近づくと、自動的に門が開いた。大蛇のまま入っていいという事かな。


「えっと、ペル、だっけ? 門から中に入ってくれ」


「分かりました。では、このまま入りましょう」


 地面を高速でヌルヌルと動き、門を通って町に入る。そして広場を目指した。


 大通り、なのかな。そこに多くの人がいたが、全員が道の端へ避けてくれた。悲鳴を上げたりする人もいない。もしかして慣れてる?


「もしかしてペルのこの姿は普段からよくやってたのか?」


「ええ、いざという時に驚かれないよう、住人の皆さんへ見せておきましたね」


 用意周到というかなんというか。まあ、面倒な混乱が無くてよかった。事前準備って大事なんだな。


 そのまま広場に行くと、クリフ達が待っていた。


 大蛇から降りて、三人の前に立つ。するとガリプトが前に歩み出た。


「おかえりなさいませ、フェル様」


 ガリプトが頭を下げると、クリフ、ルントブグも頭を下げた。そんな事しなくていいのに。


「ただいま、と言ってもすぐに出発してしまうけどな。念話で昼食を頼んでおいたが、大丈夫か?」


「それは問題ありませんぞ。ですが、別の問題がありまして、フェル様には少しだけこの町へ滞在してもらいたいと思っております」


「問題? 言っておくが私は急いでいる。この調子なら今日中に森の手前の町、名前は知らないが、そこまで行けそうだからな」


 それにここの事は丸投げしている。そうでなければ、魔界からガリプト達を呼んだ意味がない。


「その話は聞いております。フェル様のご親友が女神教とやらの組織にさらわれたとか。それを助けに行かれるそうですな」


「そこまで話したか? 言ったかどうか忘れてしまったが」


「そこまでは聞いておりませんでしたが、この町にある女神教の教会からシスターが来まして、フェル様にさらわれた聖女様を助けて欲しいと、直談判してきました。聖女の方が親友だとは聞いていましたし、シスターの話も聞きましたので、フェル様の事ですから助けに行くことは容易に想像できますからな」


 シスターが……? そういえば、聖女に会ったことを自慢していたとか以前報告を受けたような気がする。初めて会った時はリエルに対して聖女を見習えとか言ってたんだけど。いま思い出してもちょっと笑える。


 でも、なんでここのシスターがリエルがさらわれた事を知っているんだろう? 女神教が宣伝してるのか?


「シスターがリエル、えっと、聖女の事を何で知ってるんだ?」


「どうやら、ソドゴラ村にいる女神教徒が情報を発信しているようですな。女神教のやり方に賛同できない者が多いようで、そのグループへ連絡しているそうですぞ」


 女神教の爺さんが連絡しているのか。なら、シスターには安心させるようなことだけ言っておけばいいかな。


「分かった。シスターには、聖女は私が助け出すから安心してくれと伝えておいてくれ」


「畏まりました」


「問題はそれで終わりか? なら食事にしたいのだが」


「いえいえ、それは問題でも何でもありません。全くの別件でして」


「そうなのか? じゃあ、問題ってなんだ?」


「町の南にある平原でトランが軍を展開しております」


 タイミングが悪いな。でも、それならガリプト達で何とかできるんじゃないか? 私がここに留まるような話でもないと思うけど。


「それって私がここにいないとダメな話なのか? お前達だけで何とかなるだろ?」


 ガリプトは顔を横に振る。


「戦力的には問題ありません。ただ、フェル様がこの町を出ることで、そちらを追いかける部隊があると、面倒だと思いまして」


「私を追いかける部隊?」


「はい。トラン軍は結構な数の軍隊を展開しているようでして、斥侯も多く来ています。フェル様がこの町へ来たのも知られているでしょう。そのフェル様が町を出ますと、フェル様を追う部隊が出てくると思います。ですので、部隊が分かれる前にトランの軍隊を叩いておきたいのですが」


 つまり、トランの部隊が分かれると面倒だから、トランを追い返すまで町を出るなってことか。


 大軍が追って来ることはないと思うが、道中に襲われたりするのも面倒だな。


「ペル、明日の朝早くこの町を出れば、ソドゴラ村へ夜には着くか?」


 大蛇の姿から普通の姿に戻っているペルが、ものすごく嫌そうな顔をした。


「……頑張れば」


「じゃあ、頑張ってくれ。今日はここで休んで、明日早めに出よう。後で褒美をやるから頼む」


「分かりました。それじゃ今日は明日に備えてゆっくりしてます。できれば美味しい物を食べたいです」


「分かった。用意させる」


 ガリプトの方へ視線を移した。話を聞いていたのだろう。顔が笑顔だ。


「ガリプト、聞いていたな? 明日の朝早くに出発するから、トラン軍を今日中に蹴散らせ。どんな状態でも明日の朝には出発するからな?」


「畏まりました。ではルント。早速行こうではないか。今回は我々だけでやった方が早い」


「ああ、フェル様の前で無様な姿は見せられないからな。頑張らせてもらおう」


「では、クリフ殿。フェル様の事は任せましたぞ。我々はトラン軍と戦ってきますので」


「二人だけであの軍隊を追い返すのですか? ……ええ、まあ、やれるんでしょうね。一応、こっちも戦いの準備は整えておきますので、何かあれば連絡を。あとは適当に暴れてきてください」


 クリフの目が死んだ魚の目みたいだ。なんというか、もうどうにでもなれ、というか、悟っている、というか、考えたくない、という目だな。もしかしたら魔族の理不尽さを体感しているのかも。


 そのことに気付いていないはずはないんだが、ガリプトとルントブグは、クリフへ一度頷いてから南門の方へ歩き出した。


「苦労してるんだな」


「誰のせいだと思ってるんだ?」


「私のせいじゃないといいな、とは思ってる」


「……もういい。食事の準備はしてある。すまないが城の食堂まで来てくれ。それと、今日は泊まるんだな? そちらも準備しておこう」


「ああ、助かる。夕飯も頼むな。ペルの奴には美味い物を作ってやってくれ。できれば私の分も」


 クリフにため息をつかれた。目の前で大きく。一応、この国の王なんだけどな。




 昼食から三時間後くらいにガリプト達が戻ってきた。その連絡を受けて、クリフと一緒に城の中庭へ移動する。


 中庭にガリプトとルントブグがいたが、足元に女が転がっていた。


 女は縄で体を縛られて、芋虫みたいになっている。それに両手は背中側で手錠がされていた。魔力を抑えるヤツだろう。私もミトル達にアレを着けられたことがある。


 それはまだいい。問題はその女が派手なピンク色の髪をしていることだ。


「は、はろー……」


 どうみてもジェイだ。なんで捕まえてきた。


「町の外に捨てとけ。変な奴が取りに来るかもしれないから面倒だ」


 ガリプトが不思議そうな顔をした。


「フェル様のお知り合いなのですか? ですが、この娘が軍隊の大半を操っていましたので押さえておかないともっと面倒になるかと」


「操る?」


「近づいてから分かったのですが、大半はこの娘に操られたアンデッドの軍隊でしたな。もちろん、普通の人族もいましたが、そちらは適当に追い返しました」


「あの腐らせるスキルってなんなの? ゾンビが更に腐ったらスケルトンになっちゃうでしょ! ゾンビのアイデンティティを返して!」


 腐らせるスキル? ああ、ルントブグのユニークスキルか。でも、ゾンビを操る?


 そういえば、ジェイは死霊魔法を極めたとか言ってたな。それは嘘じゃなかったのか。でもコイツはインテリジェンス系のアイテムだったとか聞いたんだけど。


 一応確認しておくか。


「おい、ジェイって言ったな? お前、インテリジェンス系のアイテムだったのか? それに、その体は新しく作ったのか?」


「ぜ、全然違うよ? なにそれ意味わかんない。そんなことよりおやつにしない? 私っておやつ食べないと死んじゃう病気なんだ」


「露骨に話題を変えて、目を逸らした上に、口笛を吹くって明らかにおかしい挙動だろうが。それに口笛が吹けてない。馬鹿にしてんのか」


 どうしようか。もう、コイツのことはどうでもいいんだよな。魔素暴走にされたら困るけど、手錠をしているからそれはできないはずだし。


 でも何となくコイツが近くにいるのは危ない気もする。念のため情報を集めておくか。


「ペルを呼んでくれ。あとレモの奴にタンタンを連れて来るように伝えて欲しい。それと、冒険者ギルドから誰か職員を呼んできてくれないか。確か、この町にあったよな?」


 クリフが頷くと、近くの兵士達に手配した。


 しばらくすれば集まるだろう。面倒だけどジェイを放っておくと、もっと面倒になりそうな気がする。今のうちに何とかしてしまおう。


 それにしても面倒な事が多い。急ぎたいんだけどな。

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