ジェイ

 

 ジェイの奴から色々と情報を引き出そう。リエルの事は心配だが、今日はここに泊まるしかないんだ。できるだけ女神教以外の面倒事は解決、もしくは対策しておきたい。


 そんなことを考えていたら、城の中庭にレモとタンタン、ドッペルゲンガーのペル、冒険者ギルドの職員が集まった。


 ガリプト、ルントブグ、クリフもその場にいるが、どちらかというと転がっているジェイを監視するために残ってくれたようだ。手錠で魔力を封じているとはいえ、なにかしでかす可能性が高いからな。


 当のジェイは寝っ転がったまま地面を見ていた。


「アリって可愛くない?」


「普通」


 ジェイの言葉に反応したら、クリフが呆れた顔をしていた。


「こんなことは言いたくないが、このジェイって奴の相手をする必要は無いんじゃないか? さっきから訳の分からない事を言っているが、フェルだけだぞ、律儀に返答してるのは」


「まあ、そうかもしれないが、無視されたら傷つくだろ? 渾身のボケなのかもしれないし、多少は突っ込んでやらないと」


「……フェルがそう言うならそれでもいいけどな。ただ、呼んだ人達は全員揃ったぞ。何をする気なんだ?」


「色々と情報を引き出したい。えっと、まず冒険者ギルドの職員からかな」


 私がそう言うと、職員が私の前に出た。


 たしか、アダマンタイトの冒険者、神父レオールのギルドカードを回収しに来た奴だ。二十代後半くらいの男性で髪をオールバックにしている。なんとなく仕事ができそう。


「お久しぶりです。ご壮健でなにより。そうそう、冒険者ギルドのグランドマスターからフェルさんには全面的に協力するように言われてますので、何でもおっしゃってください」


「そうなのか、それは助かる。じゃあ、早速だが、アダマンタイトのジェイについて教えてもらえるか?」


「えっと、ジェイですね。少々お待ちください」


 職員は亜空間から本を取り出すと、モノクルをつけて本を開いた。何回かページをめくったあと、開いたページで視線が左右に移動する。お目当てのページが見つかったのだろう。


 職員の話では、ジェイはこんな感じだ。


 七十歳を超える老婆の冒険者で、体術と死霊魔法の使い手。常に仮面をかぶっていて素顔を見た者は少ないらしい。数年前にトランへ行ったきりで、それ以降、冒険者ギルドへの接触はないそうだ。


「大体このような感じですね。えっと、分かっている情報はこれだけですが、これがどうかされましたか?」


「ここに寝っ転がっている奴がそのジェイなんだけど、全然違うな? どういうことだ?」


「はぁ?」


 職員はジェイを見つめた。それに反応するようにジェイがウィンクをする。


「私に惚れるとヤケドするよ! 熱耐性スキル持ってる?」


「えっと、二十歳前後のお嬢さんに見えますが?」


「そうだな、私にもそう見える」


 確かコイツ、ギルドカードを持っていたはず。グリトニで逃げられたときに、没収していたカードが無くなっていたからな。多分、今も持ってるだろ。


 ジェイの服をまさぐってカードを探そう。


「ちょ、ま、貴方と私はそんな仲じゃないでしょ! ちゃんと手順踏んで! まずは交換日記から!」


 これはスルー。それに、どう突っ込んでいいか分からない。


 カードを見つけた。見ると、名前にはジェイと書いてある。デフォルメされた似顔絵も描かれていたが……識別不能だ。遠回しにディアの描く絵が上手いという事だけは分かったけど、今はどうでもいいな。


「ほら、コイツが持っていたカードだ。コイツがジェイで間違いないか?」


 職員にカードを渡す。しばらくカードを見ていた職員はジェイの近くに片膝をついて座り込んだ。


「本人証明のために魔力を通してください」


 ああ、そういえば青く光るんだっけ。


「え? でも、私、手錠されているから無理かな? いやー、残念!」


「いえ、魔力を通すのは手じゃなくて構いませんので。おでこに付けるんで、魔力を通してください」


 結構な勢いでジェイの額にカードを張り付けた。多分、イラッとしているのだろう。ものすごく分かる。


 数秒すると、カードがぼんやりと赤く光った。赤は他人、という意味だった気がする。ということは、コイツはジェイという奴じゃないと。


「というわけで、この方はジェイではありませんね。このカード、どうされたんですか? 偽造ではないようですから本人の物なのでしょう。他者のカードを使って身分を偽るのはギルド法に反する行為ですよ?」


「ちょ、違うってば! えっと、そう! 今日は調子悪いだけだって! 明日! 明日、もう一回やれば大丈夫だって!」


「いえ、調子が良くても悪くても本人じゃないのであきらめてください。で、なんで貴方がこのカードを? 本人はどうされました?」


 なんというか、この職員はシビアだ。取り付く島もない。


「だ、だから違うんだって! 私もジェイなんだけど、ちょっと前にカードを登録した方のジェイが死んじゃったの! だからこの体の魔力じゃ反応しないだけだってば!」


 登録した方のジェイが死んだ?


「おい、どういうことかちゃんと話せ。話さないとお前の体にある魔石を破壊するぞ?」


「待って! 待とう! 待ってください? えっと、分かったから! 言うから! それだけは勘弁して!」


 ジェイは一度だけ大きく深呼吸をした。


「これはね、聞くも涙、語るも涙の辛いお話が――」


「そういう前置きはいいから早く言え」


「あ、うん」


 話によると、ジェイは意志を持つ仮面だったらしい。


 どこかの遺跡の中でずっと眠っていたが、そこにやって来た冒険者の女性、ジェイが仮面を見つけたそうだ。そして、その女性と意気投合して、一緒に冒険するようになった。


 ジェイ本人の体術と、仮面のジェイによる魔法。これを駆使して冒険者をしているうちにアダマンタイトに登りつめた。


 だが、ジェイ本人は普通の人族で寿命がある。延命できる方法を探すものの、そんな都合のいい物はない。


 そんな時、トランに不老不死の技術があるという噂を聞いた。ワラにもすがりたい気持ちでトランに向かったが、残念ながら見つけられずにジェイはそのまま永眠。仮面だけが残ったということだ。


「それでね、私はジェイと一緒に眠りにつこうとしてたんだよ。でも、そんな時にトラン国の技術者というのが、私のところに来たんだよね。前から私のことを知ってたみたい。仮面じゃない新しい体をやるからジェイとして生きないかって言われてさー」


「了承したのか?」


「うん。ジェイとの約束があってさ、それを果たしたかったんだよね。ただ、体を貰う代わりにトランのために働けって言われたから、こうやって戦争を仕掛けてるんだよね! どお? 泣けるでしょ?」


「微妙」


「ここは泣くところだよ? 心まで魔族なの?」


 心まで魔族ってなんだ? 当たり前だろうが。心身ともに年中無休で魔族だ。


「ペル、一応コイツを噛んで記憶を見てくれ」


「やっぱりそんな感じで呼ばれたんですね。じゃあ、ちょっと待ってください」


 ペルがジェイを噛む。


「乙女を噛むってどういうこと? 訴えたら絶対に勝てるんだけど――ええ!?」


 ペルはジェイの姿になっていた。どういう原理なのか全くわからないが、魔素でできていると思われる体でも問題なく変化できるんだな。


「なにこれ? すっごい美人がいるんだけど? 超イケてる。まじやばい」


「お前、実は結構余裕あるだろ? 本気で体内の魔石を壊すぞ?」


「ごめんなさい。やめてください」


 そんなジェイとのやり取りを全く無視して、ペルはジェイの姿で腕組みした。多分、記憶を見ているのだろう。そして一度頷いてからこちらを見た。


「さっきの話と記憶の整合性が取れましたね。言っていたことに間違いありません」


「そうか。ちなみにトランの事でなにか分かるか?」


「そういうのは分かりませんね。なんというか、トランはジェイを使って調査しているだけのようで、戦争で勝つ気はなさそうです。詳しい作戦も聞いていないみたいですし。威力偵察っていうやつでしょうか?」


 威力偵察? こっちの戦力を見ようとしているのか?


「もしかして、私の記憶を見てるの?」


 ペルはジェイの方を見て頷いた。


「……今日の下着については何も言わないで。今日だけなんで。いつもは違うんで。若気の至りなんで」


「……もう帰っていいですかね? なんだかげんなりしてきたんですが」


「奇遇だな。私もだ。だが、ちょっとだけ待ってくれ」


 今度はレモ、というかタンタンだ。


「タンタン、コイツのこと知ってるか? 仮面だったらしいんだが」


「多分ですけど、洗脳をメインにしたインテリジェンスマスクですね。捕虜にした敵にかぶせて体を操り、特攻させるために作られたような気がします」


「最低だな」


「それは作った人に言ってほしいかな! ちなみに私はそんな事してないし、ジェイも本人の許可を取って体を使わせてもらったことがあるだけだよ? 清廉潔白?」


 ペルの方を見ると、深く頷いた。


「ジェイって人に会ったのが最も古い記憶ですね。それ以前の記憶はないです」


「疑いは晴れたね! じゃあ、ロープを解いて?」


「いや、お前を拘束しているのは、聞いた話とはまったく関係ないから」


 さて、ジェイの事は大体分かった。トランの事とかもっと分かればよかったんだけど、あまり情報がなさそうだな。まあ、私もジェイが部下なら何も言わないで戦わせる。


 だが、収穫もあった。元は洗脳というか体を乗っ取れる仮面ということだ。


 リエルも女神の奴にそんなことをされる可能性が高い。体の乗っ取りについてジェイに聞いておこう。もしかしたら対策とか聞けるかもしれない。


「ジェイ、こっちの言うことを聞くなら解放してやってもいい」


「何でも言ってください」


「まず、お前の改良したユニークスキルで魔素暴走はさせるな。やったら魔石を破壊する」


「なるほど、それをやられると困るってわけだね? どうしようかなー?」


 なんだ? もしかして交渉でもする気か?


 ペルが「フェル様」と言って右手をあげた。


「なんだ?」


「そのスキルは使えませんよ。スキルは体に宿るものです。使えるのは以前の体であって、今の体では魔素暴走を誘発するスキルは使えません。記憶でも確認済みです」


 私とジェイがお互いに見つめ合った。


「……すみませんでした」


「ああ、うん。じゃあ、次はお前の体を乗っ取るスキルというか技術について知りたい。答えてもらうぞ?」


 女神がやる方法とは全く違う方法かも知れないが、少しでも情報を得ておこう。ペルに聞いてもいいけど、記憶以外の情報があるかもしれないからな。

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