第十二章

邪教

 

 まだ薄暗いうちから目を覚ましテントの外へ出た。大きく息を吸い込んでから伸びをする。


 眠くはない。むしろ、力が漲っている。女神教を潰し、リエルを取り返す。やることが明確だからだろう。


 レイディオ体操という古代の体操をしていると、テントからヤトが出てきた。一度だけ大きくあくびをしてから、こちらを見た。


「フェル様、おはようございますニャ」


「ああ、おはよう。今日中にルハラのグリトニまで戻るからそのつもりでな」


「強行軍過ぎるニャ。でも、了解ニャ。すぐに朝食を用意するから少し待ってほしいニャ」


 ヤトの言葉にうなずく。


 腹が減っては戦ができぬ。昔の人はなんという素晴らしい言葉を残したのだろう。私もそう思う。そうか、聖都に行くためにも食糧は用意しないとダメだな。ソドゴラ村に頼んでおこう。


 体操をしていたら背後から複数の足音が聞こえてきた。


 上体を逸らしたときに、その相手が分かる。オルドとロックだ。二人が挨拶してきたので挨拶を返した。するとオルドが腕を組み、こちらを見つめた。


「もう行くのか?」


「ああ、食事をしたらすぐにでも出発するつもりだ。できるだけ早く村へ帰りたい」


「そうか、ろくな感謝もできずにスマンと思っている。それと、儂も力になれればよかったのだが」


「気にするな。お前は獣人達を守る必要があるんだろ? ならそれをやれ。こっちはこっちで何とかするから。そうそう、知り合いの商人がここへ食糧を持ってくる。襲わずにちゃんと対応してくれ。名前はヴィロー商会だ」


「なにからなにまですまないな。この借りはいつか必ず返そう」


「そうだな、いつか返してくれ」


 一応貸しはつくっておこう。もう戦いを挑んでくるな、とか言えるわけだし。


 オルドとの会話が終わると、今度はロックが前に出てきた。


「俺はここでお別れだ。ルハラから来る奴を待って引き継ぐまではここにいるつもりだからな」


「そうか。そうそう、ドレア達を一時的に返してもらうぞ。戦力が欲しいからな」


「聞いてるぜ。女神教に聖女の姉ちゃんがさらわれたんだろ? 言葉だけ聞くと何の間違いもなさそうだけど、色々あるみたいだな。うちのボスもフェルには全面的に協力するってよ。だから今度一緒にお茶でも飲んでやってくれよ」


 そういう恩の売り方はどうかと思うが、お茶くらい飲んでやるか。今回も色々と根回しが必要だし、女神教を悪者にしないといけないからな。


 いっそのこと女神教は邪教だった、という形にしてしまおう。だいたい、洗脳による布教をしているんだ。邪教以外の何物でもない。


「ディーンに女神教は洗脳による布教をするような邪教だと伝えてくれるか。それと女神教に聖女がさらわれたから魔族が取り戻す事を支持する、という声明を出してくれ」


「洗脳って証拠があるんだよな? さすがに嘘はダメだぞ? うちのボスはフェルが言ったらウソでもやりそうだけどよ」


 証拠、証拠か。ああ、あれでいいや。


「ソドゴラ村にある女神像なんだが、あれに洗脳魔法が付与されてる。女神教の爺さんが魔力コーティングして防いでいるけど」


「証拠があんのかよ! はあ、分かった。ボスに伝えておくよ。確認のためにソドゴラ村へ人が行くと思う。確認ができれば声明を出してくれると思うぜ」


「それで十分だ。ここから聖都まで行くには時間が掛かるからな。攻め込む手前くらいで声明が出た方がいい」


 そうだ、冒険者ギルドやメイドギルド、鍛冶師ギルドなんかにも声明を出してもらうか。それと、オリン国もだな。クロウにお願いしよう。多くのところから声明がでれば、女神教も邪教になるだろう。


 リエルをさらった報いだ。管理者を女神どころか邪神にしてやる。




 朝食を食べてからすべての準備を終えた。ヤトもエリザベートも準備万端だ。


 周りにはオルドやロック以外にもクーガやドゥアト、他にも大勢の獣人達が見送りに来てくれたようだ。


「それじゃ世話になったな。ズガルやソドゴラ村で働きたい奴がいたらどっちも十人ぐらいで来てくれ。多すぎても困るから大勢で来るなよ」


「世話になったのはこっちだというのに……まあよい。働き手の事も了解した。それじゃ気を付けてな」


「それじゃ、ヤトは私の影に入れ。エリザベートは亜空間だ」


 二人は頷くとそれぞれ影と亜空間に入った。私は亜空間からホウキを取り出す。少しずつ練習していた飛行能力を試すときが来た。


 ホウキを出すと、オルドが不思議そうな顔をした。


「それはなんだ? 掃除をするのか?」


「これは空飛ぶホウキだ。砂漠なら走るよりも速いはず。クーガやロックがいた時は乗せられないから使わなかったが、今なら問題ない」


 それにここへ来る前にヴァイアに改良してもらった。もう、地面に叩きつけられるようなことはない……はず。


 ホウキを地面に置いて、その上に立つ。足元からホウキへ魔力を流すと、少しだけ浮かび上がった。獣人達がどよめいているのが分かる。ちょっと気持ちいい。


 うん、安定性も問題なし。これなら大丈夫だろう。


「それじゃあな」


 オルド達の方を向いてそう言ったあと、ホウキへ動く様に命令した。ホウキが徐々に動き出す。


「フェル、また来てくれる日を楽しみにしているぞ! その時は勝負の続きをするからな!」


「断る」


「うちのボスとも今度ゆっくり話してやってくれよ!」


「それも断る」


 少しだけ獣人達の上空で旋回すると、獣人達は驚いたり手を振ったりしていた。こちらも一度だけ手を振ったあと、東の方角を見る。


 さあ、クトーニアへ出発だ。




 自分の力で飛ぶというのは気持ちがいいな。砂漠だから景色的にはそれほどいい物じゃないが、カブトムシのゴンドラに乗っている時よりも高揚する感じだ。


 そして走るよりも相当速い。あっという間にクトーニアに着いた。まだ昼前だ。


 徐々にスピードを落とし、オアシスの上空を旋回する。オアシスの近くにレモ達がいるのが見えた。


 それに向かって手を振ったら、なぜか魔法で攻撃してきた。何しやがる。


「レモ、私だ、フェルだ。攻撃するな」


 レモが目を細めて私の方を見る。そして驚いた顔になってから頭を下げた。飛んでるからって攻撃する必要あったか? 怪しいといえば怪しいけど。


 ゆっくりとレモ達のところへ降りると、レモはキラキラした目でホウキを見ている。


「フェル様は空を飛べるんですね! それ、魔道具ですよね! 貸してくれませんか!」


「昨日、連絡したよな? すぐにソドゴラ村へ行くから遊んでいる暇はない。あとで貸してやるからすぐに出発の準備をしろ」


「それなら既に終わっていますので、いつでも出発できます」


「よし、それなら早速行くぞ。今日中にグリトニに着きたいからな」


 オアシスを離れようと思ったところに大蛇が現れた。なんだ?


「なんだこの大蛇? 食っていいのか?」


「やめてください、私ですよ、私。ドッペルゲンガーです」


 ドッペルゲンガー? こんなに大きい魔物に変身できるのか。


「何してんだ? 遊んでいる暇はないんだぞ?」


「もちろんです。背中に乗ってください。走るよりも早く移動できますよ」


 その言葉にレモが真面目な顔で頷いた。


「ペルさんに速い移動手段がないか聞いてみたところ、大蛇の姿なら速いとの話でしたのでお願いしました!」


「ペルってだれだ?」


「ドッペルゲンガーさんの事ですよ! あれ? フェル様の従魔ですよね? 名前を知らないんですか?」


「いや、どちらかというとジョゼフィーヌの部下だな。まあ、それはどうでもいい。名前については初めて聞いたが、いま覚えた」


 ここからは歩きというか、走るしかないかと思っていたが、こういう移動手段があったのか。


 大蛇が砂の上をぬるりと動いた。それなりに動きは速そうだ。ちょっと動きがキモイけど。


「移動は速いのですが、人型じゃないので戦闘力はないですからね? 何かあったら対処をお願いしますよ?」


「もちろんだ。その時は任せてくれ」


 ホウキをしまい、大蛇の背中に乗った。全長二十メートルくらいで、胴回りは五メートルくらいだろうか?


 他のドッペルゲンガー達はそれぞれ鳥とかに変身するようだし、私とレモだけなら背中に乗っても十分な広さだ。これは便利そう。ちょっとぬるぬるしているのが嫌だけど。


「それじゃ私達は村へ帰る。少人数での防衛になるが、このオアシスにもすぐに獣人達が戻ってくるから、それまで耐えてくれ。無理だと思ったらすぐに逃げるんだぞ。それじゃあな」


 このオアシスで防衛していた獣人達に別れを告げて、オアシスを離れた。




 大蛇は速い。砂漠なのにヌルヌル動いている。これなら日が落ちる前にグリトニに着けそうだな。


 グリトニにはロックを通して連絡をしておいた。寝床や食糧を用意してくれているだろう。今日はそこに泊まって、明日はズガルかその先の町まで行きたいな。


「フェル様はリエルさんの事が大事なんですね?」


 いきなりレモがそんなことを言い出した。


「なんだいきなり。まあ、大事かどうかと言われれば大事だな。口は悪いし、下着のセンスはないし、男癖も悪いけど、その、なんだ、親友だからな」


「なんで親友やってるんですか、と言いたいくらいの内容でしたが、分かる気がします。私にとってルネがそんな感じですから」


「ああ、うん、まさにそんな感じだと思う。だから分かると思うが、あの二人が一緒にいた時の苦労は相当なものだった」


 鏡を見なくても分かる。今、私は遠い目をしているはずだ。


「あー……」


 なんだかものすごく同情された気がする。


「でも、それがどうした?」


「いえ、フェル様には同世代の魔族がいらっしゃいませんから、同世代の親友ができて良かったと思いまして。今はさらわれていますから状況はよくないですけど」


 そうか、そうだな。私は魔王だし、皆が一線を引いている気がする。魔族の友達や親友などはこれからも作れないだろう。


 そう考えるとリエルは貴重だ。うん、助け出す理由が増えたな。そして女神教を許せない理由も増えた。私から貴重な親友を奪っておいて無事で済むと思うなよ。

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