女神教の最高戦力

 

 リエルに私が結婚するといったら、普通に祝福しようとした。だからコイツはリエルじゃない。でも、最後に変な声を出した。あれは何なのだろう?


「変な声を出したようだが、どうした?」


『申し訳ありません。すこし体調がすぐれないようですね。ですが、お気になさらずに――ぐっ!』


 なんだ? 苦しそうにしている? くそ、念話じゃ何が起きているか分からない。そうだ、アビスに状況を聞こう。


「おい、アビス、状況を伝えてくれ」


『お待ちください。このチャンネルはすでにシアスとやらに奪われていますので、新たに作り直します。一度、切ります』


 アビスがそう言うと、念話が切れた。


 それに周囲にいる皆が気付いたのだろう。何があったのか聞きたそうにしている。


 状況をかいつまんで話した。ソドゴラ村が襲われている事、リエルがおかしくなっている事。主にこの二点だ。


「ヤト、エリザベート、殺気を押さえろ。村の皆は無事だ。アビスへ逃げ込んで防衛している」


 二人の気持ちは分かる。私だって冷静ではいられない。だが、落ち着こう。いま、この場でやれることは限られている。殺気を出したところで何も変わらない。


『フェル様、チャンネルの構築が終わりました。リエル様がいる場所の音声と映像を送ります。目を瞑ってください』


 目を瞑る? 映像を送るってなんだ?


 うお、いきなりアビスの中と思われる映像が頭に飛び込んできた。


 そうか、自分の目で見ている映像と、送られてきた映像が頭の中で同時に映っている感じだ。これは辛い。


 目を閉じると、アビス内の映像だけになった。


 そこには膝をついて四つん這いになっているリエル、そしてそれを介抱しようとしているヴァイア達がいた。ヴァイアはリエルのすぐそばに屈みこみ、声を掛けているようだ。


『リエルちゃん! 大丈夫!? どこか痛いの!?』


 なんだろう? リエルは何かに耐えるように苦しんでいる。くそ、女神教の奴ら、何をしたんだ。


「ヴァイア、リエルはどんな感じなんだ?」


『え? フェルちゃん? 帰って来たの?』


 皆が周囲をキョロキョロしだす。


「違う、多分、アビスのおかげで、その部屋に声が送れているだけだ」


『はい、その通りです。いま、この部屋はフェル様へ映像や声を届けていまして、フェル様からは声が届く様になっています』


『そ、そうなんだ? えっとね、リエルちゃんだけど、なんだか頭が痛そうなんだよ! でも、分析魔法を使っても全く悪い所がなくて……どうしよう、フェルちゃん!』


 治癒魔法が上手いのはリエルだ。だが、いま苦しんでいるのはリエル。どうする? どうすればいい?


『馬鹿な。ここまで来れるのか?』


 アビスの声? 何かが来たのか?


『やれやれ、この老体に無理をさせるのは感心しないな。だが、久々に体を動かせていい運動になった』


 誰だ? 真っ白い鎧を身に包んだ奴が現れた。フルフェイスのヘルメットを付けていて顔は見えない。だが、その後ろにはシアスがいる。


 もしかしてアビスの中へ入って来たのか?


『たまにはお主も国の外へ出ればいいんじゃ。女神教の最高戦力だからと言って、ずっと聖都にいる必要はあるまい』


 最高戦力? まさかとは思うが、確認してみるか。


「お前は誰だ?」


『誰の声だ? ……いや、これがフェルと言うヤツの声か? どのような術式を使えば、このような念話が使えるのだろうな?』


「質問に答えろ」


『そうだったな。なら名乗っておこう。勇者バルトスだ。魔族の天敵と言えばいいか?』


 コイツが女神教の勇者か。


 バルトスが勇者と名乗ったのを聞いて、ジョゼフィーヌ達が立ちふさがった。どうやら、スライムちゃん達は全員ここで待機していたようだ。


 いや、待て。バルトスはここまでどうやって来た? 正確な場所は分からないが、映像に映っているのはアビスの奥の方だろう。そこまでにも従魔達がいたはずだ。


「バルトス、お前を止めようとした魔物達はどうした?」


『殺したに決まっているだろう? 遊びに来たとでも思っているのか? リエルを渡せばそんな事にもならなかったのに、馬鹿な事をしたものだな』


「貴様……!」


『フェル様、ご安心ください。このダンジョンでフェル様の魔物達が死ぬことはありません。死の直前に転移させ回復を行っておりますから、全員無事です』


 そういえば、アビスは以前からそんなことを言っていたな。なら大丈夫か。だが、殺そうとしたバルトスには怒りしかない。


『なるほど。殺したと思った瞬間に消えたのは転移していたのか。だが、回復できるのか? 聖剣で斬られたのだぞ? そう簡単には治せんと思うがな?』


「アビス、どうなんだ?」


『……確認しましたが、その通りです。ギリギリのところですね。ですが、私が死なせることはありません。ご安心を』


「分かった。信じる。治してやってくれ」


『もういいか? なら、話を進めよう。リエル、こっちに来い。遊びは終わりだ。聖都へ帰るぞ』


『は、はい、失礼しました。思った以上に抵抗が激しく、なかなか安定しませんでしたので』


 リエルは何を言ってるんだ? 抵抗が激しい? いや、それは後でいい。


 今見ているリエルは外見上、間違いなくリエルだ。だが、中身は違う気がする。そのまま連れて行かせるわけにはいかない。


「待て、リエル。行くんじゃない。そもそも、お前は誰だ?」


 リエルは苦しそうにしながらも、立ち上がった。


『わ、私はリエルですよ、フェルさん。そして女神教の聖女。魔族とは敵同士の間柄、ですね……』


「リエルがそんなことを言うわけないだろうが!」


 感情的になってはいけないと頭では分かってるが、そんなのは無理だ。


『じ、事実、私は言っているじゃないですか……では、迎えが来ましたので帰らせてもらいますね。ここでの生活は楽しかったですよ……」


 リエルが一歩一歩バルトス達の方へ歩いていく。皆はそれを止められないようだ。私にも無理だ。だが、何か言わないと。


「リエル、行くな。お前と私は親友だろう? お前には聞いて欲しいことが沢山あるんだ。それに、お前がいなくなったら私は――」


『ぐう!』


 急にリエルが片膝をついた。また苦しそうにしている。だが、荒かった息が徐々に落ち着いてきたようだ。


 そしてリエルは立ち上がり、周囲を見渡した。


『フェル、さん。貴方はいま、どちらにいらっしゃるのですか?』


 何でそんな質問をするんだ?


「……知っているだろう? いまはウゲンにいる」


『……そうですか。見送りには来れないという事ですね。とても残念です』


 見送り? 残念? 何を言っているんだ?


『私は聖都へ戻ります。このままでは村に迷惑をかけてしまいますからね』


「何を言ってる! 迷惑だと思っている奴なんていない!」


『勇者がいるのですよ? 迷惑どころか全滅するおそれだってあります。そうなったら、私は悲しい……』


 なんだ? いつものリエルではない。だが、さっきまでのリエルじゃない。言葉に感情があるというか、普段感じている気持ち悪い時のリエルのような……?


『ですので、私の気が変わってしまう前に自分の意思で村を出ようと思います。聖都へ帰る許可をくださいますね?』


 気が……変わってしまう? もしかしてリエルは何かに操られている? 精神を乗っ取られそうだったのか? 今のリエルは本物? だが、本物なのに帰ろうとしているのか? なぜ?


 ダメだ、疑問ばかりが浮かんでくる。どれも答えのようだし、間違っている気もする。でも、どうすればいい?


『返事がないのは肯定ですね。では、バルトスさん、シアスさん、帰りましょうか。これ以上の対立は不要です』


『どうやら安定したようだな。なら帰るとするか』


『ふむ、ならば、すぐに帰る用意をさせよう』


 どうする? このまま行かせていいのか? でも、今のリエルは本物っぽい。帰ろうとしているのには意味があると思うんだが。


『では、皆さん。ご迷惑をおかけしました。落ち着いたら改めて謝罪に伺いますので……そうそう、ニアさん、ロンさん』


 なんだ? ニアとロンに用があるのか?


『宿の二階の奥の部屋。私が泊まっていた部屋ですが、私物を取りに戻りたいので、預けていた鍵を貸してくれませんか?』


 二階の奥の部屋? そこは私の部屋だ。リエルはそもそも宿に泊まってない。何を言っているんだ?


 ニアとロンも不思議がっている。だが、ニアが何かを思いついたようになった後、首を縦に振った。


『ああ、そうだったね。でも鍵は宿にあるんだよ。一緒に行こうか。ほら、アンタも来な』


 なんだかおかしい気がするが、何かする気なのか?


『では、フェルさん』


「……なんだ?」


『いままで楽しかったですよ。こんな日常がずっと続けばいいと思うほどに。でも私にはやることがあります。申し訳ありませんが帰らせていただきますね……では、また会いましょう』


 また会いましょう、か。私には「会いに来てくれ」と、そんな風に聞こえた。なら、こう答えるまでだ。


「ああ、分かった。また会おう」


 リエルは笑顔になると、ニア達と一緒に視界の外へ出て行った。


 確証はないが確信している。いま話していたリエルは本物だ。何かしらの事情があって聖都へ帰るつもりなのだろう。だが、それだけじゃなく、助けて欲しいと言われた気がした。


 なら、それに応えるまで。例えそんな意味が全然なかったとしても、もう決めた。


 リエルを助けに聖都へ行く。それは決定事項だ。

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