偽物と本物

 

 砂漠の夜は冷える。だが、この地に住んでいる獣人達はそんなものを感じさせないくらいに活動的だ。


 私とオルドの戦いに触発されたのか、皆で好き勝手に腕比べを始めた。そしてなぜかロックが参戦して勝ち抜いている。別に構わないけど、お前、本当に何しに来たんだ?


 まあ、それは放っておこう。問題は目の前のオルドだ。


「フェルよ。あれはないだろう。お主はあんな勝ち方で嬉しいのか?」


「嬉しいぞ。力を出さずに勝つ。理想だろうが」


 当然のことながら、オルドはあの結果に納得していないようだ。だが、武器は使うと言ったし、再戦はしないとも言った。それにドゥアトが私の勝ちを認めたんだ。もう覆らない。


「分かった。今日はもう戦わん。明日、もう一度、戦おう」


「分かってない。絶対に断る」


 面倒だから、明日帰ってしまおう。もうやることは終わったし、それ以外の事もしないといけない。


「そんなことよりも、ここ以外で働きたい奴はいるのか? そいつらは一緒に連れ帰ってやってもいいぞ」


「その話なんだが、希望者が多くてな。それにオスコルの方でも話を聞いてやらんと不公平になる。しばらく待ってくれないか?」


「そうか。だが、私達はすぐにでも帰るぞ? 間に合わないようなら勝手に来てくれ。ルハラだったら領地を通っても大丈夫だと思うから」


「お主には世話になりっぱなしだな。それにあの念話用魔道具を本当に貰っていいのか? 獣人達は念話の術式すら使いこなすのが難しくてな。あれがあると助かる」


「構わないぞ。情報伝達用に持ってきたがそんなに使わなかったし。一緒に魔素暴走の奴を発見する魔道具も置いていくから使ってくれ」


「それにドゥアトがアビスから魔素暴走の治癒方法を教わったそうだ。ドゥアトもアダム様から権限を少しもらったようでな、アビスと同じように魔素暴走の治癒ができるようになったらしい」


 私が寝ている間に色々あったようだ。どちらが最高のダンジョンコアか競っていたような気がするけど、決着はついたのかな? 全然興味ないけど、アビスが負けて荒れたら困る。


 そういえば、もう一時間を過ぎているけど、アビスはどうしたんだろう? 報告してもらいたいんだが。もしかして結構なトラブルがあったのかな?


『フェル様、よろしいですか?』


「アビスか? そろそろ連絡が来る頃だと思ってた。何か問題でも起きていたのか?」


『はい、大問題です。ソドゴラ村が女神教徒達に襲われています』


「なんだと!」


 いかん、大きな声を出し過ぎた。周りから注目されている。


「オルド、すまん、問題が起きた。テントに戻る」


「緊急か? なら儂もテントへ行こう。クーガ、ドゥアト、後を頼むぞ」


 クーガとドゥアトが一礼する。それを見てから急いでテントへと入った。


 あとからヤトとエリザベート、そしてロックがテントに入ってくる。皆がどうしたのか聞いてきたが、私もまだ把握していないので、落ち着く様に言った。


「アビス、具体的に教えろ、どうなってる?」


 アビスの話では今日の昼頃、いきなり村を覆うように破邪結界が展開されたらしい。そして女神教徒が攻め込んできたとのことだ。


 結界の中で従魔達は思うように動けなかったが、ゾルデやムクイ達が抵抗してくれたらしい。そして住人達をアビスまで避難させた。


 さらに、アビスの中なら破邪結界も効果がないようで、力を取り戻した従魔達はアビス内で女神教徒を撃退している、というのが今の状況らしい。


『念話が届かなかったのは、女神教徒達の妨害魔法です。ついさっき解除しましたので、念話できるようになりました』


「そうか。よくやった。確認だが皆は無事なんだな?」


『はい、無事です。ですが、今、別の問題が起きています』


「別の問題? なにがあった?」


『リエル様が、その、人が変わったようになってしまいました』


「リエルが?」


『はい、リエル様自ら聖都へ帰ろうとしています』


「あの馬鹿」


 これはニアと同じ状況ということだろう。自分が村にいるから迷惑をかけるとか、そんな風に思っているに違いない。そんなこと気にするような奴は村にいないのにな。


「変なことしないように縛っとけ。どうせ、自分のせいだとか言い出して投降しようとしているんだろう。絶対に行かせるな」


『それが違うのです』


「違う? 何が違う?」


『リエル様は女神教の素晴らしさを思い出した、とか、聖女としての役目を果たさなくては、とか、どちらかと言うと投降ではなく、合流しようとしています』


 なんの冗談だ? リエルが女神教を素晴らしいなんて言うか? それに聖女の役目? たとえそういうものがあったとしてもリエルがやる必要は無いだろう。


 まさかとは思うが洗脳されている? アビスへ逃げ込む前に何かされたのか?


「リエルが洗脳されている可能性がある。ヴァイアに解除させてみてくれ」


『洗脳の可能性はありません。ヴァイア様が確認しましたし、私も確認しました。リエル様は正常です』


 洗脳されていない? なら、そういう演技か? アイツの事だ。投降させてもらえないから、演技で女神教を崇拝しているような振りをしている? ありえるな。


『これがフェルに繋がっているチャンネルかの?』


 なんだ? アビス以外の声が聞こえる。この声どこかで?


『儂はシアスじゃ。久しぶりじゃな』


 シアス? 四賢の賢者か。


「どうやってこのチャンネルに割り込んだのかは知らないが、お前が女神教徒を使ってソドゴラ村へ攻め込んだのか?」


『その通りじゃ。リエルの嬢ちゃんがなかなか帰ってこないのでな。迎えに来たんじゃよ』


「村を襲っておいて迎えに来た? 寝言は寝て言えよ?」


『お主は勘違いをしておる。村が魔物に襲われていたのでな、それを討伐しようと思っただけじゃ。村の住人を襲うために攻め込んだのではない』


 そんな言い訳が通じるわけないだろうが……いや、通じるのか? 部外者がみたら確かにそう思われても仕方ない気はするが。


『今は魔物達に住人達を人質に取られてダンジョンに逃げ込まれたのでな、それを助けようとしているところじゃ』


「ふざけるな。ソイツらは私の従魔だ。住人達を人質に取るなんてマネをするか」


『何を言っておる。お主は魔族であろう? 魔族の従魔が人族を襲わない理由があるなら教えてもらいたいもんじゃがな』


 この野郎。私や従魔達がそういう事をしないと知っているくせに、さも正当な理由がある様に言いやがる。


『だが、リエルの嬢ちゃんに会わせてくれれば、すぐにでも撤退するぞ?』


「なに?」


『儂らも無理やり連れて帰るつもりは無いんじゃ。リエルの嬢ちゃんの意思を確認して、無理なら諦めよう。どうじゃ?』


 何を考えている? そんなことならリエルは帰らない……はずだ。今だってそういう演技をしているだけのはず。だが、なんだ? 何となくマズイ様な気がする。


 そもそも、リエルをこのまま守り続ければいいんだ。わざわざ怪しげな取引に応じる必要はない。


「断る。リエルの意思は知っている。アイツが聖都に戻る訳がない」


『それはどうでしょうか?』


 なんだ? また割り込まれた? いや、この声はリエル?


『こんにちは、フェルさん。リエルです』


 リエルの声だ。間違いない。でも、なんだ? ものすごく違和感がある。


「……リエルか?」


『はい、聖女リエルです。この度は私のせいで色々とご迷惑をおかけしました。ですが、ご安心ください。私は聖都へ帰ることにしました』


「何を言っている。それに、その喋り方はなんだ? いつもはもっと口が悪いだろう」


 いつもの気持ち悪いリエルでもなく、別人みたいだ。


『ふふふ、フェルさんにははしたない姿を見せておりましたね。私も聖都を離れて少し羽目を外し過ぎました。普段の話し方はこの話し方なのですよ』


 絶対に嘘だ。だが、なんでそんなことを言う? 演技なんだよな?


「リエル、お前、村に迷惑が掛かると思って聖都へ帰ろうとしているんだよな? そんな演技はしなくていい。村の皆はお前に迷惑を掛けられたなんて思っていないはずだ。安心して守られていろ」


 すこしだけ間が空く。そしてリエルが笑い出した。


『いえいえ、演技などしておりませんよ。どちらかといえば、女神教に迷惑を掛けたと思っています。なので聖都へ戻ろうと決心しました』


「ふざけるな。今までの事を考えたらお前が女神教にいいイメージを持っているわけがない。なんでそんな嘘をつく?」


『そんなことを言われましても困ってしまいます。私からすれば、なぜ私が聖都へ帰ろうとすることを嘘だと思うのですか?』


「お前と一緒にいた時の事を思い出せば当然だ」


 リエルと一緒にいたのはそれほど長い時間じゃない。半年、いや、会ってから三か月も経ってない。だが、それでもリエルの事なら分かってる。


『ふふふ、フェルさん。分かっていないようですね』


「私が何を分かっていないんだ?」


『普段の私の方が演技だったら、ということですよ』


 普段のリエルが演技……? リエルは何を言っているんだ?


『……本当に私が魔族と親友になるとでも?』


 嘘だ。そんなはずはない。普段のアイツは演技なんかじゃない。


 でも、息が苦しい。心臓が痛い。リエルの声でそんな事を言わないでくれ。お前は私の親友だろう。あれが、演技のわけがない。


『息が荒いようですが、大丈夫ですか?』


「黙れ、お前はリエルじゃない。リエルをどうした?」


『私は私ですよ、フェルさん。ですが、私がリエルじゃないというなら、聖都へ戻っても構いませんね?』


 そうなるのか……?


 いや違う、意識をしっかり持て。コイツは偽物だ。間違いない。だが、それをどうすれば証明できる? それに本物のリエルはどこに?


 コイツは私とリエルが親友だったということを知っているようだ。おそらくリエルの記憶を持っているのだろう。まさかドッペルゲンガー?


 いや、アイツはオアシスで防衛中だ。記憶を見れるドッペルゲンガーが二人いるとは思えない。


『返事がないようなので聖都へ帰りますね。いままでありがとうございました』


 くそ、どうする? コイツがリエルじゃないことを証明しておきたい。本物のリエルなら――そうだ。これで反応を見よう。


「リエル、待て。言っておきたいことがある」


『なんでしょう? 最後ですから聞いておきますよ』


 これから言う事は嘘だ。だが、本物のリエルなら絶対に食いつくはず。


「今度、結婚することになった。祝福してくれ」


 どうだ?


『……それが言っておきたい事ですか? そうですか、それはおめでとうございます』


 やっぱりコイツは偽物だ。本物だったら絶対に「俺より先に結婚するのは許さねぇ」とか凄んだ声で言うはず。


『聖女として祝福をしま――あぁ?』


 なんだ? いきなりドスのきいた声を出した? あれ? もしかして本物なのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る