手紙

 

 あれから一時間後、女神教は村から去って行ったらしい。現在も周囲を警戒しているが、近くに女神教徒と思われる人族はいないそうだ。


 そして今はアビスが森の妖精亭と私のチャンネルを繋いでいる。私の頭に食堂の映像と声が届いていて、村長達がそこに集まっていた。


 村長が全体を見渡す。そして司祭の爺さんの方を見た。


『リエル君は女神教の聖女だが、以前から女神教内部で対立しているような話をしていた。司祭様、間違いないのですね?』


『間違いない。女神教は洗脳による布教を行っている。それに関してリエル様は心を痛めていた。そのような行為を止めさせようと儂と一緒に反女神教の信者を集めておったのじゃ。それなのに……』


『しかし、リエル君は勇者達と一緒に行く意思を見せていたが――』


『儂らを守るためじゃろう。まさか勇者が来るとは思わなかった。勇者が暴れたらおそらく村は跡形も残るまい。それを危惧されたのだろうな』


『しかし、勇者ともあろう方が村の住人に危害を加えるか――あ、フェルさん、すみません。魔物の皆さんももちろん村の住人なのですが……』


「いや、構わない。言いたいことは分かる。勇者が人族を襲うかどうか、という意味だろう? ちなみにどうなんだ? もしリエルが勇者と一緒に行かなかったら、住人達に危害を加えたと思うか?」


 司祭の爺さんは首を横に振った。


『はっきり言うと分からん。勇者には今日、初めて会った。あくまで印象でしかないが、やりそうな感じではある。女神教の上層部に多いのだが、女神教のためなら何をするのも厭わない感じの奴に雰囲気が似ていた』


「そうか……私もリエルがついて行ったのは、それが理由だと思う。村に被害が出ないようにしたんだろうな」


 あの時のリエルは村に迷惑が掛かると言っていた。最初は女神教に迷惑が掛かるとか言っていたけど、途中から対象が変わったんだ。それに村が全滅するかもしれないと言っていた。間違いなく村を心配していたんだと思う。


『ちょっといいかい?』


 急にニアが声を上げた。どうしたんだろう?


『リエルちゃんに、フェルちゃんの部屋の鍵を渡したんだ。多分、フェルちゃんの部屋で何かをしたと思うんだけど、まずはそっちを調べてみないかい?』


 そうだった。もしかしたら、リエルが何か残しているのかもしれない。


 ヴァイアとディアが立ち上がった。


『それじゃ、私達で調べてくるから! 女の子の部屋だからね、私達の方がフェルちゃんも安心だよ!』


 ヴァイアがそう言うと、ディアと一緒に二階のほうへ駆け上がって行った。


 別に部屋には何も置いてないから、女の子の部屋とか関係ないんだけど……まあいいか。


 数分もしないうちに二人が戻ってきた。


『フェルちゃん! 部屋に手紙とかリンゴを置いてたりする!?」


 手紙? リンゴ? いや、部屋を出る時に確認しているからそんな忘れ物とかはないはずだ。


「いや、空間魔法が使えるから部屋には何も置いてない。もしかして手紙とリンゴがあったのか?」


『うん、あったよ! 読んでいい!?』


「もちろんだ。ただ、変な内容なら読まないでくれ」


 リエルが残した手紙なのかどうかは分からないからな。


『えっとね、「フェルへ」って書かれてるよ!』


「ヴァイア、落ち着け。その調子で読まれたら時間が掛かる。もっとサクサク読んでくれ」


『そ、そうだね、じゃあ、続きを読むよ! 「どうやら俺は操られているみたいだ。今の主導権は俺にあるが、またいつ操られてしまうか分からない。だから、状況を書いておく」』


 やっぱりそんな状況だったのか。


『「俺の頭の中に別の記憶が混ざり込んでいるようだ。多分だが、前任の聖女の記憶じゃないかと思う。それに俺を操っているのも前任の聖女だ」』


 リエルの前に聖女をやっていた奴? なんでそんな奴が? 確か教皇になったとか言ってなかったか?


『「記憶を見た限りだと、俺を連れ出した後、この村を焼き払う計画らしい。そうならないように、俺がそんなことは不要だと勇者共に言っておくつもりだ」』


 そうか、リエルはそれを知ったから意識があるうちに勇者達と聖都へ帰ったんだな。


『「フェルはまだウゲンにいるようで、すぐには帰ってこれないだろう。だからこうするしかなかった」』


 あの時、どこにいるか聞いたのは帰って来れるかどうかを確認したかったのか。確かにここからソドゴラ村へ帰るには数日かかるだろう。


『「フェル。虫のいい話だとは思う。だが、頼む。俺の代わりに女神教を潰してくれ。いま手元に大金貨百枚はないが、頭金としてリンゴを一個だけ置いていく。そして潰してくれたら聖都にある俺の金を全部やるよ」』


 女神教を潰してくれ、そして金は全部やる、か。


『「だから頼んだぜ。お前の親友、リエルより」』


 最初に親友じゃないと言ったのは前任の聖女が言った嘘だったようだ。頭では分かっていたが確証を得れてよかった。ただ、気になることがある。


「……ヴァイア、手紙に『助けてくれ』とは書かれていないのか?」


『……うん、書かれてないよ……』


 次に主導権を奪われたら、もう奪い返せないとでも思っているのだろうか。それとも死を覚悟している? 私に「また会いましょう」と言ったくせに。


『ディア君、ちょっといいかな?』


『村長? えっと、何でしょうか?』


 なんだろう? 村長がディアに話しかけている。


『冒険者ギルドに依頼したい。依頼内容はさらわれた住人の奪還。依頼料は大金貨一万枚。あと、指名依頼でフェルさんに頼む。すぐに依頼票を作ってくれないか』


「村長? 何を言って――」


『分かりました! すぐに依頼票を作ります! あ、フェルちゃん、ギルドマスターの権限で強制依頼を発動するからこれは断れないよ! フェルちゃんは専属冒険者だからね!』


 ディアはそう言うと、宿を出て行ってしまった。断るなんて言ってないし、まずは話を聞いて欲しかった。


「村長。そんな依頼を出さなくても私は――」


『フェルさん、これは村の問題なのです。ならば、村がお金を出すのは当然。それにリエルさんが無事に戻ってくるなら、大金貨一万枚なんて安い物ですよ』


 大金貨一万枚が安い、か。でも、一万枚なんて本当に――そうか、ラスナ達から土地の代金を払ってもらっていたな。


 ラスナはそのやり取りを見て笑い出した。


『会長、これは我々も何かした方が良いのではないのですかな? 村とフェルさんに恩を売るチャンスですぞ?』


 そういうことを本人の前で言うな。


『それは構わないけど、何をすればいいのよ? 女神教と事を構えるつもり? それはデメリットが多すぎない?』


『潰れてしまう女神教に対してデメリットなんて存在しませんぞ。それに事を構えなくとも、フェルさんを支援すればいいではないでしょうか。フェルさん、お金で解決できそうなことなら我々ヴィロー商会を頼ってくだされ。なんでもしますぞ?』


 ラスナの奴、女神教が潰れる前提で話をしてないか? まあいいけど、ラスナやローシャも助けてくれるわけか。戦力にはならないが、色々と必要になるかもしれない。これは受けておこう。そうだ、ならついでだ。ウゲンの事を頼もう。


「分かった。必要な時は頼む。別件だが、ウゲンでピラミッドというダンジョンがある。利益を見出せるかは分からんが、お前達に管理を任せるから対応してくれ。あとウゲンで金になりそうなものがあったら食糧とかを獣人達と交換してやってほしい」


『す、少し待ってくだされ、ダ、ダンジョンの管理を任せる?』


「そうだ、だが、利益があるかどうかは分からんぞ。アビスに調べてもらおうと思ったが、時間が無くてやってない」


『ドゥアトへ頼めば問題ありませんよ。グラヴェの武具データは向こうへ送れますので、それらのアイテムをドロップアイテムとして出せばお金になるでしょう。まあ、そのためのエネルギー、えっと、魔力が必要ですがそれは獣人達で賄えばいいかと』


 よく分からないが、そういう事らしい。


「だ、そうだ。あそこならアビスみたいのがいるからよほどの事をしない限り魔物暴走も起きない。管理は楽だと思うぞ」


 ラスナとローシャは、驚いているというか呆れている感じもするな。


『数十年ぶりに頭が真っ白になってしまいましたな。では、そのピラミッドとやらに調査隊を送ります。アビス殿がおっしゃる通りなら、利益は相当な物ですな』


「そうか、だがウゲンは食べ物が少ない。先行投資だと思ってできるだけ食べ物の取引をして欲しいんだが」


『了解しましたぞ。それなら今度の調査隊にも持たせておきましょう』


 よし、こっちはこれでいいや。


『ただいま! 依頼票を作ってきました! リエルちゃんの依頼もね! 二つあるけど、もちろんフェルちゃんは両方とも受ける、でいいかな?』


 ディアが食堂へ飛び込んでくる。仕事が早いな。ディアもやる時はやるという事か。いいかな、と聞いてるけど、専属冒険者なんだから断れないし、断るつもりもない。


「当然だ。今は仕事が無いからな。二つとも受ける。大船に乗ったつもりでいるがいい」


 食堂で歓声が上がった。


 よし、とっととソドゴラ村へ帰ろう。すぐに聖都へ向かわないと。リエルがずっと無事でいるかどうかは分からないんだ。それにリエル自身から助けてくれとは言ってない。少しだけ不安だ。


『あ!』


 なんだ? ヴァイアが急に声を上げた。


「ヴァイア、どうした?」


『う、うん、ごめんね。リエルちゃんからの手紙、裏面に追伸が書いてあったよ!』


 追伸? あの内容以外になにかあるのか?


「なんて書いてあるんだ?」


『読むね。「追伸。俺より先に結婚するのは許さない。でも、助けてくれたら俺より先に結婚してもいいぜ」って書いてあったよ!』


 追伸に助けてって書くなよ。らしいと言えばらしいが。でも、リエルが諦めていないことは分かった。


「結婚するというのは嘘だったけど、リエルよりも先に結婚していいという許可をもらえるなら、助けてやる価値は十分にあるな。村長、救出の依頼は取り下げるか? 大金貨一万枚よりも価値がある報酬が出てきたから、取り下げても問題ないぞ?」


『一度出した依頼を取り下げるほど無粋ではないですよ。このままでお願いします』


「了解した。ならば、私の持っているすべての力をもってリエルを救い出すことを約束しよう」


 また、歓声が上がった。


 待ってろよ、リエル。お前の親友として絶対に助けてやるからな。

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