余興

 

 いい匂いがして目が覚めた。


 首だけ横に向けてみると、どうやらテントの中でヤトが料理をしていたようだ。お腹が早く起きろと言っている。私の頭も賛成した。


 上半身を起こすと、ヤトがこちらに気付いたようだ。


「おはようございますニャ。ちょうど夕食ができたところニャ」


「そうか。今日の夕食はなんだ?」


「食材がほとんどないから、干し肉と野菜を刻んだものを米と一緒にぐつぐつ煮込んだだけの物ニャ。卵がない雑炊ニャ」


 卵が入っている完璧な雑炊を食べたかった。今度、ニアに作って貰おう。というか、明日からの食事はどうなるのだろう。獣人達のこともあるけど、主に私の食事がどうなるのか心配だ。もしかしてリンゴオンリー?


 まあ、それは後で考えよう。まずは食べてからだ。空腹だと思考力が低下するからな。


 ヤトが石のテーブルに料理とスプーンを置いてくれた。湯気が出ていて熱そうだ。それにそれほど食材を使っていないはずなのに食欲をそそるいい匂いがする。


 見た目はピラミッドで食べたあんかけの料理とそれほど変わらないように見えるが、どんな味がするのか楽しみだ。


 雑炊をスプーンですくってから、何度も息を吹きかけて冷ます。そして口にいれた。


 ほっとする感じだな。食材とか調味料が少ないから味は薄い。だが、お腹に優しそう。私のお腹はどんな強敵にも勝てるつもりだが、たまにはこんなのも悪くないな。


 少ない食材や調味料でもちゃんとした料理になっている。魔界での料理事情を考えたら相当な進歩だ。ヤトにはそういう才能があったのかもしれない。


「ヤトの料理は美味いな。魔界からお前が来てくれてよかった。今度、魔界の皆にも教えてやってくれ」


 あれ? ヤトからの反応がない。どうしたのかと思ってヤトを見たら、涙目になってる。私に気付くといきなり後ろを向いた。なんだ?


「どうかしたのか?」


「何でもないニャ……褒めてもおかわりは出ないニャ。諦めて欲しいニャ」


「私がおかわり目的で褒めたと思ってんのか。ちょっと話しよう。どうもこの頃、私を勘違いしているようだからな。私がどんな奴なのか一から教えてやる。体にな」


 ヤトは逃げた。というか、料理を配りに行ったようだ。大きな鍋を亜空間に入れてテントを出て行ってしまった。


 まあいい。今度逃げられない時に話をしてやる。


 さて、テントには私一人だ。色々やっておこう。


 まずは……アンリだな。ご立腹らしいから、まずは連絡して謝ろう。


 アンリの魔道具へ念話を送った。


 あれ? 返答がない。やばい、ものすごく怒っている。


 参ったな。確かに一度も連絡しなかったし映像も送らなかった。でも、魔素暴走の奴らがいたし色々大変だったんだ。こちらにも事情があることを理解してもらいたい。


 仕方ない、ヴァイア経由でアンリと話すか。ヴァイアの魔道具へ念話を送った。


 おかしいな。こっちからも返事がない。どうしたんだろう? 寝るにはまだ早い時間だよな? 村で何かしているのかな?


 ジョゼフィーヌにも念話を送ったが返事がなかった。


 ちょっと心配だな。それとも私の方に問題があるのか?


 念のため、アビスへ念話を送ってみよう。


「アビス、聞こえるか?」


『はい、聞こえます。お目覚めになったようですね』


 アビスにはちゃんと繋がるな。私の方の問題じゃなさそうだ。あれ? お目覚めになった?


「アビスはどこにいるんだ? なんで私が寝ていたことを知っている?」


『アーカムのオアシスへドゥアトと一緒に来ています。魔王様がピラミッドで創造主と二人で語り合いたいとかおっしゃいましたので』


 そうか。魔王様は大霊峰でもお酒を嗜まれていたからな。同じような事をされているんだろう。そういうのは邪魔しちゃいけない。


『あと、私とドゥアトはどちらが最高なダンジョンコアか決着を付けないといけませんので』


「ああ、そう。そんなことよりも、ソドゴラ村の皆に念話が届かないんだが、何か知っているか?」


『いえ、知りません。今日の昼にアンリ様へ映像を送った時は普通に念話を送れましたが』


「ちょっと待て。アビスがアンリに映像を送った?」


『はい。毎日決まった時間に送っています』


 なんだ。映像は送られているじゃないか。ご立腹と言っていたのは嘘か。これはあれだな。お土産を催促するための作戦。いや、お土産のグレードを上げる作戦か。危ない。騙されるところだった。


 それはともかく、昼には普通に送れていたのか。


「アビスのほうからもう一度連絡してくれるか?」


 アビスは『分かりました』と言った後、私との念話を切った。少し待つと、アビスから念話が届く。


『おかしいですね。私の念話も繋がりません』


 ソドゴラ村でなにかあったのだろうか? というよりも、念話が届かないってどういう状況なんだ?


「どんな理由が考えられる?」


『分かりません。一度、村へ戻ってみます』


「ここからソドゴラ村まで何日掛かると思ってる。そんなことするなら帰った方が早い」


『表現が分かりづらかったようですね。以前お話したと思いますが、私のこの体はソドゴラ村にあるダンジョンコアから操っているのです。なので、一時的にこの体の操縦を止めて、ダンジョンコアに戻ることを伝えたかったのですが』


 確かにそんな話を聞いたような気がする。


「詳しい仕組みは知らないが、それなら一瞬で村へ帰れるのか?」


『帰るのは一瞬ですが、この体への再接続に一時間程度掛かると思います。距離が結構遠いので再接続に時間が掛かるのです』


 一時間か。その程度なら許容範囲だな。村の事も気になるし、アビスに見てきてもらおう。大丈夫だとは思うが、心配だからな。


「なら、お願いできるか?」


『分かりました。この体の方はドゥアトに預けておきます。では、一時間後に』


「ああ、よろしく頼む」


 これで村の方は状況が分かるだろう。そっちはアビスに任せておくか。


 さて、次は、と思ったらテントにオルドがやって来た。


「フェルよ。そろそろ戦わんか? 皆も待っているのだがな?」


「本当にやるのか?」


 ため息が出た。なんで私の周りの奴らって戦いたがるのだろう? そうだ、今度、ゾルデとかムクイ達をここへ寄越せばすべて解決するんじゃないだろうか。うん、そうしよう。


「なに、殺し合いをするわけじゃない。タダの腕比べだ。武器や魔法、スキルを使わない。それでどうだ?」


「分かった。魔法とスキルは無しな。だが、武器は使ってもいいぞ。私も使うし、その方が盛り上がるだろう」


 オルドはニヤリと口角を上げる。ものすごく嬉しそう。


「儂の攻撃をさばいて見せるという事だな? いいだろう。そのルールで決まりだ。では、早速やるぞ!」


 仕方ない。こんなのしか獣人達には娯楽がないのだろう。なら少しくらい付き合ってやるか……またシャワー浴びないとだめかな。


 オルドに連れられて、テントを出た。外にはかなり多くの獣人達が集まっているようだ。もしかしてアウェーってやつか?


 だが、そんな獣人達の中に応援してくれそうな奴がいた。ロックだ。


「よお、フェル。オルドと戦うんだって? 次は俺とも戦ってくれよ」


「ロック、お前はここに何しに来たんだ? そんなことしている場合じゃないだろ?」


「そっちの方は色々対応したぜ? ルハラから支援物資として食糧を送る予定になってる。ディーンの奴も来るらしい。どうだ? ちゃんと仕事はしてるだろ?」


 なるほど、ちゃんと仕事してるな。だが、そんな事よりもいい情報を聞いた。ディーンが来るのか。会う前にとっとと帰ろう。


 そういえば、私はディーンを振ったわけだが、アイツも私みたいな気持ちになったのかな。まあ、アイツの場合は諦めてなかったようだけど。


 私は諦めるしかないだろう。魔王様が心変わりするとは思えない……まあ、この件は後だ。まずはリエルに聞いてみよう。自称だけど、恋愛の達人だからな。


 そんなことを考えていたら、オルドが立ち止まった。


「場所はここでいいか?」


「いや、すまないが、靴に砂が入るのが嫌だ。もっとオアシスに近いところにしてくれ。あの辺りなら砂じゃなくて土だからな」


「ふむ、攻撃によっては水が掛かるかもしれんぞ?」


「水が掛かる方がマシだ」


 状態保存の魔法で服が濡れたりはしないからな。砂が入るより何倍もマシ。それにこっちには奥の手がある。これを使えば、多分、すぐに決着が着く。


「ここでいいか?」


 オアシスのすぐそばだ。うん、ここなら問題ない。


「いいぞ」


「よし、なら早速――」


「まて、ルールを決める。まず、一本勝負だ。再戦はない。降参したり、気絶したり、遠くへ飛ばされたりしたら終わりだ。あとで文句をつけるなよ?」


「うむ、分かった」


「スキルや魔法の使用はなし。武器を使用していい。だが、殺すような攻撃はお互い無しだ」


「それも了解した。儂の使う曲刀は刃が潰れている物を使おう。昔の愛刀だ。痛みはあるが、頭に受けない限りは死ぬことはない」


「それはそれで凶器だが、まあいいだろう。どうせ、当たらない」


「言うではないか。だが、それを言えるだけの力がお主にはある。くくく、楽しみだ」


 オルドが凶悪そうに笑っている。戦闘狂には困ったものだ。こんなことをしている暇があるなら本を読め……あ、娯楽の一環で本をここへ送ってやろうかな。字は読めるよな?


 そんなことを考えていたら、ドゥアトがやってきた。


「では、私が審判を行います。危険だと思ったら止めますのでお互い正々堂々戦ってください。では……始め!」


 ドゥアトの合図とともにオルドが一瞬で間合いを詰めてきた。巨体に似合わず速いな。これでスキルを使われていたらもっと速いはず。本当に面倒くさい。


 オルドの上段切りを左に躱す。オルドの曲刀はそのまま地面に当たり、周囲に衝撃波のようなものを作り出した。それに少しだけ吹き飛ばされる。


 スキルを使わなくても、サンドゴーレムにやったことをできるのか。


「ほう、挨拶がわりの攻撃を難なく躱すか。面白い」


「私は面白くないけどな」


 さて、こっちも攻撃するか。残念ながら魔法は使ってはいけないので転移はできない。なので、体をかがめて、オルドに近寄り、ジャブ連打だ。


 何発か当たったが、鎧みたいな筋肉には通用していない感じだ。左ジャブじゃダメだな。右ストレートじゃないと。


「転移が無ければ近寄れないと思っていたがな」


 せこいな。転移を封じるために魔法を使わないように提案したのか。


「だが、お主の素早い攻撃では儂にダメージを与えられんようだ。ならば、この手だ!」


 オルドががむしゃらに縦横斜め、色々な軌道で切りかかってきた。なるほど、私に弱めの攻撃しかさせないという事か。確かにこの状況で右ストレートは撃てない。


 仕方ないのでオルドの攻撃を逸らすことだけに集中しよう。隙ができたらぶん殴ってやる。


 曲刀は剣の幅が広いから殴りやすいな。縦でも横でも斜めでも、軌道を逸らしやすい。はっきり言ってこれなら私に当たることはない。


 何度か攻撃をさばいていると、オルドが体勢を崩した。ここだ。


 まずは左ボディを――なんだ? オルドがデカく――違う、肩で体当たりか!


 両手を目の前でクロスさせて防御態勢。オルドの体当たりを受ける。だが、攻撃を吸収できずに吹き飛ばされた。


 転移は――駄目だ。魔法は使えない。仕方ないのでこのまま着地しよう。


 バシャンと水しぶきが上がる。どうやらオアシスの浅い部分に着地したようだ。おおう、靴に水が。状態保存を使っているから濡れたり汚れたりはしないけど、嫌な感覚だな。


 そこへ、オルドが上空から曲刀を振るってきた。殺す気か。


 右へ飛びながら躱す。地面というかオアシスの浅い部分を右手でついて、側転。そしてオルドの方へ向き直す。


「ぬう、取ったと思ったんだがな」


「命を取る気じゃないだろうな? というか、体当たりが痛い。まだ、手がしびれている気がする」


「その割には余裕そうに見えるが?」


「まあ、そうだな。そろそろ終わらせる。ちょうどいい状況になったからな」


「なんの話だ?」


「こっちの話だ。さて、私も武器を使わせてもらおう」


 亜空間からヤトから借りたものを取り出した。


「……なんだそれは? それが武器なのか?」


「そうだ。お前は獅子の獣人だからな。本能には逆らえないだろう」


 オルドのそばにそれを投げる。放物線を描いて水面に落ちた。そして優雅に浮いている。


「これが何だと――ぬう!」


 オルドはそれに釘付けだ。もう目を離せまい。さて、トドメだ。


 地面を殴り、オアシスの水面に小さな波を立てる。優雅に浮いていたものは激しく踊り出した。


「ふん!」


 そしてオルドがそれに向かって曲刀を振った。見事に当たらなかったが、曲刀を振り終わったオルドは隙だらけだ。


「終わりだ」


 オルドへ渾身の右ストレート。


「馬鹿なぁーー!」


 水切りのようにオルドが水面を三回ほど跳ねて、最後は水しぶきを上げてオアシスに沈んだ。


 一度だけ深呼吸をしてから、その場に残ったそれを拾い上げる。


 このアヒル、自分用に持っておいてもいいかもしれないな。

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