オアシスとソドゴラ村の状況
アーカムのオアシスまで戻ってきた。だが、戻って来たのは私とオルドだけだ。
魔王様とアビス、そしてドゥアトはピラミッドに残った。どうやらピラミッドの中にいる創造主の遺体を見に行くとのこと。魔王様としては墓参りという事なのだろう。
最初はついて行こうとしたが、「フェルは疲れているみたいだからゆっくり休んで」とものすごく真顔で言われた。
魔王様が話をしている間、靴をトントン叩いて砂を出しながら話をしていたからだろう。魔王様を相手に無礼だった気がする。でも、私にも言い分がある。砂がものすごく気持ち悪い。
ヴァイアに教わった状態保存魔法の永続化により、服は汚れていない。でも、そのせいなのか、砂が服の中に入り放題だ。するする入ってくる。服が汚れないで私が汚れるとか、それって服の意味がないんじゃ……?
それにシャツが汗を吸い取らない。なんというか、汗がこう、ずっと体を流れる感じだ。汗が体を伝って地面に落ちるまでずっとそのまま。ぞわぞわする。
その汗と砂が合わさって、体中を虫が這いずり回っているような……いかん。想像したらもっと気持ち悪くなってきた。とっととシャワーを浴びないと。
私とオルドがオアシスの近くまで来ると、それに気づいた獣人達が近寄ってきた。そして、頭を下げる。そんな事しなくていいと言ってもするんだよな。困ったものだ。
獣人達は私とオルドが砂まみれで戻ってきたことを不思議がっていたが、管理者のことをわざわざ言う必要もないので、オルドと力比べをしたということにした。
「勝負はつかなかった。今日の夜にまた戦うから皆で観戦してくれ!」
オルドの奴がそんなことを言い出した。周りから歓声が上がるが、ふざけんな、と言いたい。だが、理由を聞くと、オルドは、魔素暴走の件で疲れている獣人達を娯楽で楽しませたいらしい。
そう言われてしまうと断りにくい。それにとっととシャワーを浴びたかったから、了承してしまった。まあいいや。いい加減に戦えばいい。
シャワーを浴びたい旨を獣人達に伝えて、シャワーが使えるテントを借りた。オアシスのすぐそばにあるテントだ。テントに入り、すぐに服を脱いで、オアシスの水をシャワーにしてくれる魔道具を使った。
冷たい水が気持ちいい。汗というか、体に付いた砂を流してくれる。あと、頭に付いた砂もしっかり落とさないとな。なんかゴワゴワする。
しばらくシャワーを浴びていたら、テントの外から声を掛けられた。ヤトの声だ。
「フェル様、いま、大丈夫かニャ?」
「どうした? いま頭を洗っているから目を開けられないんだが」
石鹸が目に入ったら痛い。魔王でもそれは避けられない。例え痛くなくても、目を開けて頭を洗うのは本能的に難しいと思う。
「問題ないニャ。ただ、お昼のメニューを聞きに来ただけニャ。シャワーの後にすぐ食べられるように今から準備するニャ」
「それは大事だな。えっと、何ができるんだ?」
「サンドイッチかおにぎりの二択ですニャ」
「具は?」
「干し肉かレタスニャ。塩とタマゴは今日の朝で品切れニャ」
塩がない時点でおにぎりはない。というか、そのラインナップ、どう考えてもサンドイッチしかない。
「サンドイッチで頼む」
「了解ニャ。それじゃシャワーの後に黄色の旗が立っているテントまで来てほしいニャ」
「黄色の旗だな。分かった」
ヤトの足音が遠ざかっていく。さすがのヤトも砂の上では足音を消せないか。というか消す気もないのかな。
それにしても、もう塩とタマゴがないのか。結構持ってきたはずなんだけどな。
管理者も眠らせたことだし、本格的にウゲンの対応をしてやるべきだろう。
まずはピラミッドとかでお金が稼げないか、アビス達に聞いてみよう。あと、ラスナ達にも伝えれば、なにかいい案があるかもしれない。忙しくなるな。
忙しくなると言えば、女神教はどうなんだろう。リエルには極まれに世話になっている気がするから大金貨百枚じゃなくても依頼を受けてやっていいかな。
女神教の事もあるけど、それよりもリエルには魔王様とのことを聞いて欲しい。私が失恋したと言ったらものすごく笑うかもしれないが、何となくだけど、慰めてくれるような気がする。
いや、慰めるというよりも、笑い飛ばして元気づけてくれる可能性はある。いや、間違いなく、そうしてくれるだろう。
問題はリエルが笑った時に私が殴らずに耐えられるかどうかだな。イメージトレーニングしておかないと。
村に帰るまでにトレーニングすればいいや。さあ、体も気分もすっきりした。次はお腹を満たさないとな。
黄色い旗がなびいているテントがあったので、そのテントに足を踏み入れた。
「たのもー」
「フェル様、ちょうどいいタイミングニャ。サンドイッチができたところニャ」
テントの中には絨毯が敷いてあって、その上に丸い石のテーブルがあった。周囲に椅子はない。そもそも石のテーブルが低いし、地面に座るものなのだろう。
ヤトがサンドイッチを石のテーブルに置く。ベーコンとレタスが挟まれたサンドイッチ。シンプル過ぎるし、量も少ないが、ウゲン共和国の状況を考えると、贅沢は言えないな。
「ありがとう。いただきます」
サンドイッチを食べながら正面に座ったヤトから話を聞いた。
まず、北のオアシス、オスコルへ向かったサイラス達。
そっちには魔素暴走状態の獣人はいなかったそうだ。サイラス達は安否確認だけじゃなく、食材を持って行ったので、かなり感謝されたらしい。食材は私やルハラの善意と説明したようで、ルハラに対する感情も多少は和らいだのではないか、とのことだ。
ここでも同じような事をしたからな。獣人達はルハラに対して多少は心を開いてくれるだろう。あとはドレアとかロックに任せればいいや。
次にクトーニアのオアシスで防衛しているレモ達。
とくにトランから軍隊が攻めてくるようなことは無く、魔素暴走状態の獣人も来ていないらしい。ただ、継続して警戒するとのことだ。
トランがこの土地を得る必要は無いからな。それに、魔素暴走の獣人達がいれば、放っておいても大丈夫だと思っているのだろう。
ただ、アビスが魔素暴走を治せるのは知っているはずなんだけどな。アビスが治すところをジェイって奴が見てたわけだし。対策されたのだから何らかのアクションがあってもおかしくないと思ってたんだけどな。
「他には何かあるか?」
「そういえば、アンリちゃんから連絡があったニャ」
「アンリから? なんの連絡だ?」
「えっと、そのまま伝えるニャ。『フェル姉ちゃんから映像が送られてこない。アンリはご立腹。信じてたのに』と言ってたニャ」
しまった。そういえば、そんな約束をしていた。だが、こっちもそんな余裕はなかったんだ。とりあえず、今日にでも映像を送っておこう。魔力足りるかな……魔力高炉使うか。
「それは何とかしておく。他には何かあるか?」
「アンリちゃんからの連絡と一緒にジョゼフィーヌからも連絡があったニャ」
「ヤトにか? 私に直接連絡すればいいのに」
「報告をあげるべきか迷ってたそうニャ。それにフェル様は忙しそうだからタイミングが難しいニャ。砂だらけで帰って来たのだって……いや、何でもないニャ」
私が人界で何かしているのに気づいているのだろう。ヤトやジョゼフィーヌは付き合いが長いから気付いていてもおかしくはない。
そうか、私が魔王になる前からの付き合いだから、もう十年か。あの頃はもっとお互い気軽に話をしていたと思うが……あれ? よく考えたら最近はもっと扱いが酷いことになってないか?
まあいいか。それよりもジョゼフィーヌから連絡内容だ。
「えっと、どんな内容か聞かせてもらえるか?」
「それがよく分からないニャ。森に違和感があるとしか言えないらしいニャ」
「違和感?」
「ジョゼフィーヌの感覚でしかないからどういう違和感なのかは分からないニャ。何となく嫌な感じがするという状態みたいニャ」
嫌な感じがする、か。そういう感覚は大事にした方がいいと思う。
「よし、警戒レベルを上げるように伝えてくれ。杞憂かもしれないが、言っているのがジョゼフィーヌだからな。それを信じる」
「了解ニャ。ジョゼフィーヌに伝えておくニャ。私の方からの報告は以上ニャ」
「分かった。スケジュールは決めていないが、近いうちに村へ戻る。いつでも戻れるようにしておいてくれ。それと、サンドイッチ、ごちそうさま」
ヤトは頷いて「お粗末さまニャ」といい、サンドイッチの皿を持って洗い場の方へ向かった。
さて、私は昼寝をしようかな。体がさっぱりしてお腹が満たされたら眠くなってしまった。というかントゥとの戦いで疲れた。魔力高炉で魔力が溢れてくるとは言っても魔力を使い続ければ体は疲弊する。少し横になりたい。
魔王様達はピラミッドだし、オルドとの余興は夜だから眠っても問題ないだろう。ああ、そうだ。寝る前にアレをヤトに借りておこう。
何に使うのか聞かれたが、その辺りは濁した。使わないならそれに越したことは無いのだが、面倒な時は使わせてもらおう。
さあ、夜までひと眠りだ。
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