最西の町グリトニ

 

 ズガルを出て二日目の夕方。ルハラで最西の町が見えてきた。グリトニという町らしい。


 町はそこそこ高い壁に覆われている。ここは獣人達と戦うことが多いのだろう。ズガルのように堅牢な守りをしているようだ。


 町の東門から少しだけ離れた場所に陣取った。いきなり六十人規模が押し掛けるのはまずいだろう。少し待機だ。


「よし、今日はあの町で休む。明日はウゲン共和国へ入るからゆっくり休めよ」


 返事がない。というか皆、下を向いている。


 二日前の宴で、盛り上がりを止めるために「ウゲンが大変かもしれないのに、お前らなに騒いでんの?」という旨の発言をしてしまった。ちょっと嫌味が過ぎたかな、と反省してる。


 そもそも、宴にお酒が用意されてあったようで、それを飲んだから気分が高揚してしまったらしい。獣人達は悪くなかったな。


 ここに来るまでに何度も気にしなくていいと言っているんだが、思うところがあったようで、それ以降、意気消沈している。大丈夫かな。


「おいおい、フェルが休めって言ってるんだから休もうぜ。明日はウゲンへ帰るんだろ。なら英気を養っておかないとな!」


「……何度も聞いているんだが、もう一度聞いていいか?」


「おう、なんだ?」


「なんでロックがついて来てるんだ?」


「だから、ドレアのおっさんから言われたんだよ。帝都でウゲン共和国へ行く奴を選ぼうとすると、うちのボスが手を挙げるらしくて国政に支障がでるんだと。だから俺が選ばれたわけだな。そうそう、ボスがフェルに会いたいらしいから、今度時間がある時に会ってやってくれよ」


 まだ、そんなこと言ってんのか。皇帝にしてやったんだから、私の事は忘れてしっかり国のために働いてほしい。というか、誰でもいいからディーンを倒して結婚してくれ。


「あー、そうだ。先に言っておくが、この町は昔から獣人の被害を受けている。あまりいい顔はされないぜ。融和政策の一環でこの町の住人に見舞金を払っているが、それはそれとして感情がすぐに良くなるわけじゃないからな。それだけは頭に入れておいてくれよ」


 それは仕方ない事だろう。でも、それを言うなら獣人達だってずっと迫害されていたんだ。獣人達も同じ気持ちだろうな。


 種族間のことだから私が立ち入ることじゃない。自分達でなんとかしてもらうしかないな。


 ただ、今、ここにいる獣人達は私の庇護下にある。思うところはあるだろうが、問題は起こさせないようにしないと。


「お前達に言っておく。例え嫌な顔をされても、この町で問題を起こすなよ。脅すわけじゃないが、そんなことしたらウゲンで問題が起きていても助けんぞ」


 その言葉にヤトの後ろにいたサイラスが歩み出て頭を下げた。


「はい、フェル様、ヤト様の顔に泥を塗るようなマネはしないと尻尾に誓います!」


 その言葉に他の獣人達も頭を下げる。


「分かった。信じよう。だからいつまでも宴会の時の事を引きずるな。明日には獣人達の住むところに着くのだろう? 何があるか分からないからな。肝心なところで失敗しないようにしっかり休め」


「はい、ありがとうございます!」


 これで大丈夫かな。よし、次は寝床の確保だ。


「ロック、すまないが町へ入る手続きと、宿の手配をお願いしていいか? よく考えたら人族ってお前だけだ」


「そうなのか? そっちの姉ちゃんは人族っぽいが?」


 ロックがアビスをみてそんなことを言っている。そういえば、紹介しなかったな。私の国への使者なのに勝手について来ているな、程度にしか認識していなかったし。


「ソイツはアビスと言うが人族じゃない。えっと、種族としてはダンジョンコア?」


「へぇ、初めて聞く種族だな。俺はロックだ。よろしくな!」


「アビスだ。聞きたいのだが、なぜ、上半身の大半をはだけているんだ? 理解不能だ」


「ポリシーだ」


「そうか。勉強になる」


 何の勉強だろう。アビスが変になったら困るんだけど。


 ロックはアビスとのやりとりが終わったあと、町へ向かった。


 いきなり六十人近い獣人が町へ入ったら怖いだろうからな。あまり刺激したくないし、先触れとしてロックは最適だろう。そう考えると助かる人選だった気がする。


 ロックが東門の隣にある小さな扉から町の中に入ったのが見えた。さて、入れるようになるまで何をするかな。


「なんかおかしいニャ」


 ヤトが町の方を見ながら呟いた。鼻をひくひくさせて臭いを嗅ぐような仕草をしている。


「ヤト? おかしいってなんだ?」


「生活臭がしないニャ」


「生活臭?」


「例えば、料理の臭いがしないニャ。もう、夕方だから準備をする頃ニャ。他の匂いもしないから、誰も住んでいないみたいニャ」


 そんな臭いを嗅ぎ取れるわけが――いや、ヤトは獣人だ。匂いには敏感なはず。獣人ならこの距離でも臭いは嗅げるような気がする。その匂いがしないということは……まさかとは思うが、念のため確認しておこう。


 亜空間から水晶玉を取り出した。


「フェル様、その水晶玉は何ニャ?」


 ヤトが水晶玉を不思議そうに見ている。


「これはヴァイアに作って貰った魔道具でな。状態が魔素暴走になっている奴を探索できるものだ」


 ヴァイアには他にも色々と作って貰った。なんでこんなに水晶玉があったのかは知らないが、在庫処分的なものだろうか。店の掃除をしていたら出てきたとか。


 まあ、それはどうでもいい。使ってみよう。


 水晶玉に魔力を通すと、水晶玉から上に向かって光が放たれた。そしてその光が周囲の地図らしきものを立体的に表示する。


 待ってほしい。これだけで相当な魔道具なんだけど。周辺の地図が表示されるってなんだよ。


 いや、落ち着こう。問題は一緒に表示された赤い点だ。これがあの町の中で大量に表示されている。と言うことは、あの町には魔素暴走の奴がうじゃうじゃいるわけだ。


 だが、町の中心には白い点が固まっている。これは普通の奴がいるという事だ。どこかの建物に籠城しているのだろう。


「お前達、周囲を警戒しろ。あの状態になっている奴が町にたくさんいる。今のところ町の外にはいないようだが、注意しろよ」


 その言葉に全員が体をびくっとさせた。


「お前達獣人は人族に対していい感情は持っていないと思う。だが私情は捨てろ。これから人族を助けるぞ」


 ここはルハラの領地だからな。ディーンの奴に貸しでも作っておいた方が、のちのち獣人達もいいことがあるかもしれない。でも、どうやって助けるかな。


「フェル様。私達をお使いください」


 クーガが前に進み出てそんな提案をしてきた。その後ろにはクーガと同じように魔素暴走の状態だった獣人達が並んでいる。


「大丈夫か?」


「はい、アビス様に治してもらった時に耐性を付けたと言われました。私達なら噛まれても大丈夫かと」


「そうだったな。分かった。ならレモと一緒に町へ行って、魔素暴走の奴らを無力化してくれ。それとヤト、お前のナイフコレクションを貸してやってくれないか。あの麻痺するヤツ」


「仕方ないニャ。無くしたら弁償してもらうニャ」


 ヤトはそう言って亜空間から取り出したナイフをクーガに渡した。全部で五本もある。


「これはほんのちょっと傷をつけるだけで対象を麻痺させるナイフニャ。危ないから取り扱い注意ニャ」


「はい! 大事に預からせて頂きます!」


 クーガがナイフを預かって、他の獣人達に渡していた。五本しかないから二人一組で使うようだ。


「レモは相手を無効化させる物とかあるか?」


「はい、私はこの魔剣タンタンを使います。たしか痺れさせるモードがあったかと」


「電撃モードで頑張ります。これって血が出ないからあまり面白くないんですけど」


 サイコパスはこれだから困る。血の代わりにトマトソースでも見てればいいのに。


「私も町へいきましょう。獣人達が気絶させた相手を片っ端から治していきます」


「アビス? いや、お前が魔素暴走の状態になったら困る。全員が動けなくなるまで、ここで待機していてくれ」


「私は噛まれても、魔素暴走の状態にはなりません。セキュリティは完璧ですので」


 よく分からないが、耐性を持っているという事かな。


「分かった。ならレモ達と一緒に行ってくれ。そうだ、皆に耐性を付けることは可能か?」


「それは無理です。魔素暴走状態に一度はならないと耐性はつけられません。私の場合は最初からそういう耐性があるだけです」


 そんな都合のいい話はないということか。まあ、これは諦めよう。


 あとは、無事な奴らに接触しておく必要があるだろう。この状態がいつ頃から始まっているのか知らないが、自暴自棄になったりされたら困る。パンデミックの本でそんな内容を見た。


「ヤト、私と一緒に町へ入るぞ。無事な奴らを町の外に出すか、安全な場所に移動させる」


「分かりましたニャ」


 私には転移があるし、ヤトなら噛まれることも無いだろう。でも慎重に行動しないとな。私があの状態になったら大変だ。


「よし、他の者達はここで待機。エリザベート、ここは任せる。町の外に魔素暴走状態の奴はいないようだが、念のため注意しろ」


「畏まりました」


 もうそろそろ夜になる。暗くなると面倒だからとっと終わらせるぞ。

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