ズガルの近況

 

 村を出て二日目の夕方、ズガルに着いた。


 獣人達が多いのでカブトムシには乗らず、全員徒歩での移動だったのだが、ウゲンが危ないかもしれない、という情報を知った獣人達がかなりの速度で移動した。本来四日掛かるところを二日で移動してしまったようだ。


 ズガルに着くと、クリフが東門のところまで迎えにきてくれた。その後ろにはエリザベートとドッペルゲンガー、あと魔族のガリプトが立っていた。


 クリフが一歩前にでる。そして跪いた。


「王よ、ご無事で何よりです。お帰りを一日千秋の思いでお待ちしてました」


「それ、嫌味でやっているんだよな? 悪いとは思っているから、今まで通り接してくれ」


「……遅いんだよ。いつまで待たせるんだ。兵士達の隊長程度の男に国王代理が務まるわけないだろう? あと一週間経ってたら、クーデターでも起こそうかと本気で考えてた」


 立ち上がってこちらを見た目がマジだ。ギリギリだったんだな。それにちょっと老けた感じ。悪いことをしたとは思ってる。あとでお土産を渡そう。


「いやいや、素晴らしい統治でしたぞ。このまま国王でいいかもしれません」


 ガリプトが笑いながら、そんなことを言ってきた。その言葉にクリフは顔を引きつらせる。


「ガリプト、あまりクリフをいじめるな。無理を言って頼んだのは私なんだ。それにお前、法務部の部長だろ? その部長が冗談でも嫌がらせをしてどうする。訴えられるぞ」


 クリフは真面目な奴だから倒れるまでやりそうだ。分かっててやらせた私が一番悪いんだけど。


「そうでしたな。クリフ殿、もちろんそんなことを押し付ける気はありませんから、是非とも我々に力をお貸しくだされ」


「……まあ、力を貸す程度でしたら」


 真面目だ。普通ならここでもう嫌だ、と言うと思う。


「フェル様」


 エリザベートとドッペルゲンガーが近寄って来た。


「町の防衛に関しては、魔界から来た魔族の皆様に引き継いでおきました」


「ご苦労。村を出発する前に念話で連絡しておいたが、明日にはウゲンへ向かって移動する。二人とも一緒に来れるな?」


 エリザベートとドッペルゲンガーが頷いた。


 魔族が常駐するわけだからこの町の守りは問題ないだろう。ただ、魔素暴走の獣人がくるかもしれないから気を付けてもらわないといけない。今日にでも情報共有しておこう。


 さて、まずは宿を確保するか。獣人達全員で六十人近くいるんだ。早めに宿を取らないと。


「クリフ、六十人くらい泊まれる宿ってあるか? バラバラでもいいけど」


「何を言ってるんだ? ここはお前の国だろう? なら、あの城もお前のものだ。空き部屋がかなりあるんだから好きに泊まればいい。臨時にメイドを数人雇っておいたから、不便はしないと思うぞ」


「そうだったな。じゃあ、今日は城に泊まろう」


「それと、ささやかだが宴の準備をしている。ルントブグと言う魔族が仕切っているはずだ」


 生産部の部長か。部長って暇なのか? ……いや、忙しいけど、押し付けてきたのだろうな。


「よし、それじゃ皆、城へ行くぞ。開いている部屋を好きに使え、早い者勝ちでいい」


 獣人達が困った顔をしているけど、何か問題なのだろうか。まあいい、早く行こう。それにしてもどんな料理が出てくるのか楽しみだな。




 宴の途中だったが、クリフにお願いされて部屋へ移動した。


 どうやらこの国についての情報を報告したいらしい。好きにして構わないけど、一応私の国だから聞かない訳にもいかないな。面倒だから、しばらくしたら誰かに王位を譲ろう。


 部屋にいるのは、クリフ、ガリプト、ルントブグ、それに私を入れた四人だ。小さめの四角いテーブルを囲んで座っている。


 まずは落ち着こうということで、暖かい飲み物を出された。


 ささやかと言いながら宴は結構盛り上がっていたからな。クールダウンが必要なのだろう。


 でも、立食形式なのに、私は豪華な椅子に座らされて料理が来るのを待つしかないっておかしくないだろうか。もっとこう、気の向くまま料理を食べたかった。それにあんな椅子に座っていたら晒しもののような気がする。


 そういえば、ヤトは獣人達にモテモテだったな。嫁に迎えたいような話も出ていたようだが、ヤトとしてはそんなつもりはないらしく、断っていた。あれかな、アイドルは彼氏を作っちゃダメとかいう変なルール。嘘らしいけど。


 レモは魔界から来た魔族達と話をしていた。眼帯のこと聞かれていたけど、贈り物で通していた。着けるのは恥ずかしいけど贈り物だから、と言っていた姿に全員が優し気な目をしていた気がする。


 アビスは宴に参加せず、城の中を歩き回っている。建造物の模様が興味深いとか言ってすぐに会場を出て行ってしまった。多分、ダンジョンへ反映させるためだと思う。


「フェル、そろそろいいか?」


 おっと、皆の事を考えすぎてた。頭を切り替えないと。


「すまない。考え事をしていた。進めてくれ」


「分かった。ではまず――」


 クリフからの説明によると、町にとっていい話だけだった。


 税率を下げたのに税収が上がったとか、商人の出入りが多くなったとか、以前よりも町に活気があるそうだ。


 ルハラとの行き来も自由だし、なによりトランからの襲撃に怯えなくていいのが大きいらしい。


「なんでトランからの襲撃に怯えないんだ? トランから何度か襲撃されているんだよな?」


「その通りだが、フェルの従魔達が対応してくれているから怯える必要がない。この町で防衛するのではなく、町の外で戦って、いつの間にかトランの襲撃が終わっている事が多いんだ。休戦中でもトランの兵士達が町の近くまで来ることはあった。そういう時は、住民も防衛のために武器を持っていたからな。今はその心配が全くないんだ」


「そういうものか。まあ、心配がないというのはいい事だ」


「ああ、だが、それに胡坐をかくつもりは無い。我々兵士達も訓練は欠かしていないぞ。そうそう、トランの間者を覚えているか?」


 トランの間者? 壁が破壊されたのをトランに教えた奴だな。いきなり壁が直って狼狽していた覚えがある。


「アイツがどうかしたのか?」


「雇った。今はこの国で斥侯みたいな事をしてもらっている。もう、トランには帰れないし、ルハラへ行く理由もないからこの国で雇ってくれと全員に言われたんでな。それを聞き入れたぞ」


「トランに帰れない? ああ、アイツの情報でトランの襲撃が失敗したようなものだからな」


 表向きには、トラン軍を追い返したのは魔物達で町は関係ないことになっている。でも、トランにバレている可能性はあるか。そうなると、トランに二重スパイを疑われるかもしれないからな。


「……その、いいのか?」


「なにが?」


「いや、相談もせずに勝手に雇ってしまったので、何か言われるかと思っていたのだが」


 そういうことか。別に相談するような事でもないと思う。


「私はクリフに国王代理を頼んだんだ。そしてクリフはそれが必要だと思ったんだろ。なら問題ない」


 クリフは一瞬止まってから、「そうか」とだけ言った。ちょっとだけ笑っているような気がする。なにが面白いのだろう?


「それで最後の報告になるが、ルハラから使者が来ている。この国と同盟を結びたいそうだ。さすがにこれは判断できないので、保留にしてもらっているぞ」


 確か使者はロックだと聞いた気がする。強い奴に戦いを挑んでいるとか。普通に外交問題だと思うんだけど。


 そういえば宴に参加していたような気がする。誰が呼んだんだ?


 いや、それよりも同盟か。ルハラの皇帝はディーンだし、知らない仲じゃない。断る理由もないかな。


「いいぞ、なんの同盟を望んでいるのか知らないが、こっちが一方的に損をする形でなければ問題ない。細かいことは勝手に決めてくれていい」


「それが一番大事だと思うのだが……」


「その辺りは私達で決めますので問題ありませんぞ」


 ガリプトがそういうと、ルントブグも頷いて同意した。


「それではガリプトに一任する。ルントブグ、そしてクリフ、すまないが、ガリプトを補佐してやってくれ」


 三人とも頷いた。


 よし、とりあえずはこれでいいだろう。他にも色々と決める必要はあるだろうが、今はウゲン共和国の方に集中したい。帰りにまたここへ寄るだろうから、またその時に話をしよう。


 この後、情報共有をしてお開きにした。


 そして最後にクリフへお土産を渡す。


 お酒の「ドラゴン殺し」、そして酒のつまみに「ワイバーンベーコン」。どちらも最高級だと王都にあった店の主人は言っていた。ベーコンは少し食べたけど確かに美味しかったな。ドラゴンのベーコンだったらもっと美味しいかもしれない。また肉が手に入ったら誰かに作って貰おう。


 クリフは嬉しそうに「ありがたく頂こう」と言った。今日の晩酌になるのだろう。


 そんなやり取りも終わり、宴の会場へ戻ると大変なことになっていた。


 ヤトが歌っていて、獣人達や臨時で雇ったメイド達が歓声を上げている。


 別の場所では、タンタンを構えたレモがロックと戦おうとしていた。


 なんだこれ。


 いや、何も考えずに逃げよう。面倒くさいことに巻き込まれたくない。


「私は部屋に帰る。明日も早いんでな」


「おい、国王。この惨状を何とかしてから帰ってくれ」


「国王代理に任せる。頼んだぞ」


「国王がいるのに代理が出しゃばるわけにはいかないだろ? それに私はもう代理じゃない」


「延長で」


「断る」


 さっきクリフにはお酒とつまみを渡したんだけど、効果が無かったようだ。

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