不審者
町を囲む壁の上に転移した。夕日が眩しい。日が沈むまであと一時間といったところだろうか。
壁があるから町の中にまで日は差していない。だが、町の至る所に魔法の光球が輝いている。夕方になると自動で魔法が展開されるようになっているのかな。
ヴァイアに作って貰った魔道具で見た限りだと、町の一番大きな屋敷に暴走状態になっていない奴らが集まっている。それを囲むように暴走している奴らがいるな。
「フェル様、いきなり転移しないで欲しいニャ」
「ああ、すまん。登って来たのか?」
「私は普通の獣人なんだから勘弁してほしいニャ」
普通の獣人は壁を登れないと思う。それはともかくヤトは空間魔法が使えても転移はできない。それに合わせてやらないとダメだな。
「ヤト、家の屋根伝いにあの屋敷へ行く。暴走状態の奴は木を登れなかったのを覚えているか? 多分、屋根の上にいる私達を認識しても追ってこれないはずだ」
魔道具が作り出した立体地図を見せながら、実際の屋敷を指す。ヤトは地図と指した屋敷を見て頷いた。
「分かりましたニャ。フェル様は先に転移してくれて構わないニャ」
「いいのか?」
「すぐに追いつくニャ。と言うより、先に行くニャ」
ヤトは壁から下へと飛び降りた。家の屋根に着地すると、何でもないように渡り歩いていく。速い。あれならすぐに着きそうだ。なら、私もすぐに転移するか。
転移しようと思ったら、レモとアビス、そして獣人達が、町へ入ってくるのが見えた。治療に関してはそっちに任せよう。
そう言えば、先に入ったロックは大丈夫だろうか。アイツには魔素暴走の事を教えてない。余計な仕事が増える前に合流できればいいのだが……考えても仕方ないか。よし、行こう。
屋敷の二階にあるバルコニーへ転移した。そこから下を覗くと、暴走状態の奴らが「あー」とか「うー」とか言いながら中へ入ろうとしていた。
今のところ屋敷へ通じる門のところで食い止めているようだが危なそうだ。
多いとは思っていたが、ちゃんと目で見ると相当な数だ。もしかして、屋敷になだれ込むのも時間の問題か?
治せない訳じゃないから、暴走状態になってもいいんだけど、あんな風になるなら死を選ぶ……とか思う前に助けないとな。
そんなことを考えていたらヤトが到着した。
「お待たせしましたニャ」
「よし、早速屋敷に入って中にいる奴らを安心させよう」
屋敷の中に通じるガラス張りの扉というか窓には鍵がかかっている。まあ、当然だな。
壊したら弁償しろとか言われそうだ。でも、ガラス張りならなんの問題もない。
転移して屋敷の中に入った。そして内側から鍵を開ける。ヤトも影移動で入れそうだけど、面倒だから普通に入って貰った。
さて、屋敷の構造は複雑だが、立体地図によれば、二階の奥の部屋に多くいるみたいだ。そこへ向かおう。
奥の部屋に続く通路へ出たところで矢を射かけられた。とりあえずキャッチ。
そんな馬鹿な、という声が聞こえた。
通路の先には数人集まってボウガンを構えている。どうやら部屋の手前にバリケードのようなものを作って、そこから攻撃したようだ。多分、私を外にいる奴らと同じだと思ったのだろう。でも、いきなり殺そうとしないでほしい。
「待て、私は外の奴らとは違う。お前達を助けに来たんだ」
「ほ、本当か!?」
「本当だ。今、私の仲間が外で治療も行っているはずだ。お前達が自暴自棄にならないようにするために来ただけだから安心してくれ」
その言葉に歓声が上がる。そして一人が部屋の中へ入って行った。中にいる奴らに報告へ行ったんだろう。
とりあえずもっと近づこうかと思ったら「待て!」と止められた。なんだ?
「お、お前は魔族か? 隣の奴は獣人!? ほ、本当に助けなのか!?」
しまった。よく考えたらそうだな。私やヤトが助けに来たのは問題だったかもしれない。でも、私達以外だと……ドッペルゲンガーに頼めばよかったかも知れないな。
「待つんだ。もしかして、貴方はフェル様ですかな?」
奥の部屋から随分と年寄りの男がでてきた。髪の毛は白髪で、髭も白い。見た感じ七十代くらいか? 随分と気品のあるような感じではあるが。
おっと、名前を聞かれていたな。まずは答えないと。
「そうだ、魔族のフェルだ。なんで知ってる?」
「おお、皇帝陛下が気に掛けられている魔族の方でしたか。皆、武器を下ろすのだ。この方なら何の問題もない」
皇帝陛下? ディーンの事だよな? それが気に掛けている? なんでそういう話が第三者に伝わっているんだ。アイツ、ルハラで私の事を嫁にするとか、公言していていないだろうな?
まあいい。とりあえず、コイツらの安全を確保して状況を説明しておこう。それに情報もほしいから、情報交換をしないとな。
爺さんはここの領主らしい。町の異変に気付いて、すぐに近くの者たちを屋敷へ入れて籠城したそうだ。その後、帝都へ連絡してそれまで耐えるつもりだったとのこと。
何かの病気だと思っていたらしく、治療方法があるかもしれないと、殺すようなマネはしなかったらしい。これはアビスしか治せないけど、ナイスな判断だったといえるだろうな。
「この状況はいつ頃から続いているんだ?」
「三日前の夜でしょうか。ろれつが回らない人族がやって来て、保護したという情報がありました。他の情報から推測すると、その者から蔓延したようです。夜だったのが良くなかったのでしょう。朝には相当な数になっておりました」
「人族? 獣人じゃなくてか?」
「はい、人族です。ええと、その――」
領主がヤトの方をすまなそうに見た。
「そちらの獣人の方には申し訳ないのですが、獣人がこの町へ来てもおそらく入れなかったかと。皇帝陛下の名でウゲンとの融和政策を行っていますが、まだ感情的に難しいですので」
ヤトの表情には変化がない。感情を押し殺しているのか、特に何とも思っていないのか……下手に藪を突かないでおこう。
しかし、人族か。ソイツもトランで同じような事をされた可能性があるな。となると、ルハラで戦争した時の捕虜か?
本当にろくでもないなトランは。
『フェル様、ちょっとよろしいですか? お話したいことがあるのですが』
いきなりアビスから念話が届いた。
領主に念話が届いたことを告げて、話を中断する。
「どうした?」
『はい、町の中でこちらを窺っている不審者がいます。完全に気配を消しているので、町の住人や味方ではないかと。治療が忙しいのでお任せしていいですか?』
完全に気配を消しているのに、なんで気付いたのかは聞かないでおこう。アビスだから色々あるんだと思う。
「どのあたりだ?」
『町の中央付近ですね。時間を知らせる鐘があるところです』
転移したからよく覚えていないが、そんなものがあった様な気がする。
「わかった。そっちは任せろ。ちなみに治療はどんな感じだ?」
『順調です。何度も治療していますから、一人数秒で治せます。ただ、患者が多いし、目を覚ますまで数時間かかるので、トータルの時間は掛かりますね。そうそう、フェル様がいらっしゃる屋敷からは獣人達が引き離しました。屋敷は安全ですよ』
「仕事が早いな。助かる」
『いえ、では、怪しい奴の方はお願いします』
念話が切れたので、アビスから聞いた内容を領主に伝えた。
「なんと素晴らしい! 改めてお礼を言わせて頂きますぞ!」
「私は何もしてない。感謝するというなら、アイツらを引き付けた獣人達にしてやってくれ。私の命令だとはいえ、色々と思うところのある人族を助けているんだからな」
「そう、ですな。獣人の皆さんに後でお礼をさせて頂きます」
「そうしてくれ。それじゃ私はちょっと怪しい奴を見てくる。ヤト、ここは大丈夫だとは思うが、念のためここを守ってくれ」
「分かりましたニャ」
ヤトもソドゴラ村の皆以外は、人族に対しては思うところはあると思う。多少は慣れてもらうためにもここへ置いていこう。
よし、どんな奴がいるのか見に行くか。
屋敷のバルコニーへ出ると、既に日が沈み空には星が輝いていた。
西の方を見ると、確かに鐘がある。高さ十メートルくらいの塔に設置されているようだ。
探索魔法を使うと、塔の上に反応があるのが分かった。気配は殺せても魔法には引っかかるな。アビスも魔法を使ったのかな。
塔を見るとあそこにも光球が輝いている。なら転移できるな。驚かせてやろう。
鐘の塔へ転移した。目の前に背中を向けている奴がいる。
「なんなのよ、あれ? 私のスキルを無効化しているの? ありえないでしょ?」
なんとなく、コイツが元凶な気がする。
「おい、こんなところで何をしている?」
「ぎょわ!」
ぎょわって。驚くにしてももうちょっとこうあるだろうに。
「な、なな、貴方、いつの間に!?」
「お前があれをやったのか? 話を聞かせてもらうぞ?」
黒いフード付きのローブを頭からすっぽりかぶっているから顔は分からない。でも、見た感じ人族の女性だな。
その女がいきなり腰のベルトからナイフを取り出して構えた。ナイフを右手で逆手に持ち、左手は開いた状態で前に突き出している。
いきなりの敵対行為。間違いなく元凶だな。
よし、まずは気絶させよう。話はそれからだ。
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