隔離

 

 レモ達が木の上にいる私に気付いた。両手をこちらに伸ばしているが、当然届かない。木を登るということはできないようだ。


 おそらく魔素暴走という状態は思考力が極端に下がるのだろう。目に見える相手を襲うだけということか。本当にゾンビと変わらないな。


 でも、ゾンビと違って噛んだ相手を同じ状態にするようだ。アレだな、本に書いてあった創作系のパンデミック物。ゾンビに噛まれたらゾンビになるアレだ。


 ……そうか、本に書かれていた内容と同じ事をすればいいんだ。


 まず隔離だ。たしか初動が大事とか書かれていた。これ以上、同じ症状の奴を増やさないためにも迅速に対応しよう。まずは皆に忠告しないとな。


「お前達、聞け。タンタンが言っていた通り、アイツらに噛まれると同じようになってしまうそうだ。私達にも通用するのかどうかは分からないが、魔族のレモがああなっている以上、私達も危険だと思う。不用意に近づくなよ」


 全員が理解した旨の返事をした。意思の統一は大丈夫だな。


 あれ? 全員かと思ったらヤトがいない。まだ影の中か?


 そう思ったら、ヤトが私の影からぬるりと出てきた。


「近づかないのは分かりましたニャ。でも、どうしますニャ?」


 まずはアイツらを拘束しないとな。木には登って来れないようだし、ここからなんとかできればいいのだが……そうか、アラクネがいる。


「アラクネ、一体ずつ糸で釣り上げてから拘束してくれ。可能なら噛めないように口も塞いでほしい」


「了解クモ」


「やってるときに噛まれないように注意してくれよ。お前まであんな風になったら困る」


 アラクネは頷くと、木と木の間にクモの巣を作り始めた。そして糸を垂らす。


 昔、そんな感じの本を読んだことがある。あれは最後に切れるけど、これは大丈夫だよな?


 獣人の一人に糸がくっ付くと、アラクネはゆっくりと上に持ち上げた。すごい粘着力だ。獣人は暴れているが、糸は切れない。そして木の上に作ってあるクモの巣まで獣人を引っ張り上げた。


 あの糸はべとべとするタイプの糸なのだろう。巣にかかった獣人がもがけばもがくほど糸にくっついて動けなくなる。そして動けなくなったところでアラクネが糸で獣人をぐるぐる巻きにした。


「まず一人クモ。さあ、ぱっぱとやるクモ」


 時間は掛かるがこの方法なら安全に対処できるだろう。


 でも、問題はレモとロスか。レモは剣を使えるようだし、ロスは火を吐ける。アラクネに釣られている奴らを助けることはしないようだが、自分達が糸で釣られた時に剣や火を使って拘束を逃れる可能性が高い。


 この二人は気絶させないと拘束はできないだろう。さすがに私一人で二人を相手にはできない。どっちかに噛まれてしまう。


 ここは分散して対処するべきだな。


「ヤト、どっちなら噛まれずに相手の意識を奪える?」


「ロスの方ニャ」


「分かった。それじゃロスの方は任せる。私はレモの方をやろう」


「フェル様」


 急にジョゼフィーヌが声を掛けてきた。


「どうした?」


「もし、フェル様が噛まれてしまいますと、他の者では対処できなくなります。私がレモ様の相手をするべきかと」


 なるほど、思考力が低下していても私は純粋に身体スペックが高い。何かの間違いで私がああなってしまうと、魔王様くらいしか対処できなくなってしまうな。確かにそれは避けたい。


 だが、その理由ならジョゼフィーヌやシャルロットもダメだ。正直なところ、スライムちゃん達がああなったら私よりも対処が難しくなる。


「分かった。私は戦わない。でも、お前達もダメだ。お前達がああなったら私以上に手の施しようがない」


 ジョゼフィーヌとシャルロットがしょんぼりした。あんな状態でも相手は魔族。いくらジョゼフィーヌ達が強いとは言っても、間違いが起きる可能性は高い。


 私やジョゼフィーヌ達がダメとなると、消去法でカブトムシしかいないんだよな。


 でも、そのカブトムシもダメだ。カブトムシは防御力にモノを言わせてどっしり構えて戦うタイプだ。噛まれずに勝つ、というのは難しいだろう。


「しまったな。ヤト以外にやれそうな奴がいない」


「タンタンにレモ様を動けないようにしてもらえばどうですかニャ?」


 ヤト、ナイス。その手があったか。でも、できるかな?


「おい、タンタン。聞こえるか?」


「はい、聞こえます。さっきからレモ様が剣の腹部分で木を叩いているから、ちょっと痛いんです。何かやるなら早めにやってほしいんですけど」


 レモが剣を持って木を叩いている。私達を落とそうとしているのだろう。全く効果はなさそうだが。


「レモを操れるか? 拘束したいんだが、お前を使って糸を切りそうなんでな。体を乗っ取って大人しくしていてほしいんだが」


「やろうとしたんですけど、結構抵抗が激しいんですよね。できても五分程度しか乗っ取れませんよ?」


 アラクネの方を見ると、サムズアップしてきた。五分もあれば大丈夫、ということだろう。


「よし、獣人と狼達を全部拘束したら、次はレモだ。タンタンがレモを動けなくするからその間に拘束してくれ。最後はロスだが、ヤト、大丈夫だな?」


 ヤトの方を見て確認する。ヤトにしては珍しくニヤリとした。


「問題ないニャ。麻痺のナイフを使って動けなくさせるだけだから簡単ニャ」


 大狼と戦った時に使ったあれか。確かにあれなら気絶させなくても動けなくさせることができる。それに一撃当てたら逃げればいい。うん、うまくいきそうだな。


 ただ、拘束はできても、一番の問題は変になっている奴らをどう治すかだ。こんな症状は魔界でも見たことがない。リエルなら治せるかもしれないが、どうしたものかな。


 ……危険だが村まで運ぶしかないか。もうそろそろ日が傾く時間だ。森の中でコイツらを調べるのは無理だろう。それにアビスの中なら隔離部屋も作れる。そこへ入れておけば危険はないはずだ。


 そんなことを考えていたら、獣人と狼達は全部クモの巣に引っかかって拘束されていた。残りはレモとロスだ。


「よし、タンタン、レモを乗っ取れ。ふざけて変な事したら叩き折るぞ」


「わ、分かってますって! 昔みたいなやんちゃはしませんよ! それじゃ行きます!」


 剣から黒いモヤが発生してレモを取り囲む。木を叩いていたレモは、だらんと手を下げて動かなくなった。


「よし、アラクネ。今のうちにレモを糸で捕まえてくれ」


「おまかせクモ」


 これまでと同じようにアラクネが糸でレモを釣り上げる。そして巣にくっつけてから糸でレモを巻きだした。


「あ、あれ? 俺も一緒に拘束されるんですか? 俺はおかしくないですよ? 魔剣差別ですか?」


「念のためだ。お前が動けると糸が切れる可能性があるからな。そんな事できないようにレモと一緒にぎっちり固める。悪いが少しの間、我慢してくれ。後で褒美をやるから」


「分かりました! 耐えます! ジッとしてるの得意!」


 そりゃ剣だからな。自分じゃ動けないんだから当たり前だ。


 レモも拘束できた。残りはロスだけだな。ロスは前足で私がいる木をひっかいている。猫の爪とぎみたいだ。


「ヤト、分かってると思うが、気を抜くなよ? お前がレモ達みたいな感じになったら面倒くさい」


「もちろんニャ。そもそも下に行かないから安全ニャ」


 ヤトは木に映る自身の影に手をいれた。そうするとロスの足元からナイフを持った手が生えてくる。そしてロスの後ろ足に少しだけ傷をつけた。


「終わりニャ」


 なんでそんなことができる? 影移動ってそういうモノだっけ? 影に潜って手だけ出すならわかるけど、腕だけ任意の場所に出せるってすごくないか?


 ロスを見ると、動きが鈍ってきた。そして倒れる。すこし痙攣しているみたいだ。


 よし、アラクネにロスを拘束してもらおう。


 ヤトがあんなことをできるならタンタンにレモを操らせる必要は無かったような気がする。まあ、レモは全身鎧を着てるからさっきヤトがやった様な方法じゃ無理だろうけど。


 まあいいか。結果的にうまくいきそうだしな。


 そんなことを考えていたら、アラクネがロスを糸で拘束したようだ。見ると、ロスの口は三つとも塞がれている。これなら安心だ。


 なんというか壮観だな。クモの巣にこんなに獲物が引っかかっているのは。壮観だけど、ちょっと気持ち悪い。それに拘束されている奴らが可哀想な気もする。


 いや、ここで甘い対応をすると、パンデミックだ。ほんの小さな油断から取り返しのつかないことになるんだ。最後まで慎重にやらないと。


 次に考えるべきは輸送手段か。亜空間にいれてもいいが、取り出すときに手を噛まれたらシャレにならん。見える形で持っていきたい。となると、カブトムシに頼るしかないな。


「コイツら全員を運べるか?」


 さすがにカブトムシでも厳しいかな。何回かにわけて運ぶしかないかも知れない。


「問題ありません。クモの巣ごと全部持っていきます。ただ、ビジュアル的にどうかと思うので、村の皆さんには事前に連絡しておいてください」


 頼りがいのある返事だが、ビジュアルを気にするのか。まあ、大事、かな?


「よし、コイツらを連れ帰ってアビスへ入れる。そして状況が分かるまでは隔離だ。アビスへ隔離するまで緊張感を解くなよ?」


 全員が頷いた。よし、暗くなる前に帰ろう。

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