治療
太陽が完全に地平線に沈んだと同時に村へ着いた。
広場ではキャンプファイヤーが焚かれている。警戒してくれと言ったからだろう。何人かは広場で私達の帰りを待っていてくれたようだ。
私達に気付いた村長が安堵の笑みを浮かべてから近づいてきた。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
最初に怪我の心配をしてくれるのか。向かったのは魔族と獣人と魔物だけで人族はいないんだけど。でも、ありがたい。
「ああ、大丈夫だ。全員怪我はない」
「それは良かったです。あの、もう一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんでも聞いてくれ」
「その、青雷さんが吊り下げている白い球は一体……? 何かの繭でしょうか? 変なものが生まれたりしませんよね?」
空中でカブトムシが白い球を抱えているのを見たのだろう。なるほど。確かに繭に見える。でも、あれはアラクネの糸でできた白い塊だ。巨大なサナギとかは入ってない。入っているのはレモ達だ。
カブトムシが巣ごと運ぶということで、拘束したレモ達をまとめて一つの塊にした。それを運んでもらったわけだ。
「変な物は生まれないから安心してくれ。ちょっと事情があってな。拘束した奴らを安全に運ぶためにああした。すぐにアビスへ運ぶから心配はない」
「そうでしたか。それでは後で状況を聞かせて頂けますかな?」
「もちろんだ。アレをアビスへ運んで少し調べたら村長の家へ行こう。そうそう、警戒は解いてくれて問題ないぞ。全ての森はカバーできないが、周囲に問題ないことは確認してきた」
あの後、探索魔法による確認をしたが、怪しい奴は居なかった。変な奴らはあれで全部だったはずだ。
「分かりました。では、村の皆にそう伝えておきましょう」
「よろしく頼む」
村長は周囲にいる皆に話かけていた。もう安全だと伝えているのだろう。
さて、まずは拘束した奴らをアビスへ運ぶか。
『フェル様。なんですか、それ』
アビスへ白い球を入れたら、ちょっと不機嫌そうにアビスが聞いてきた。嫌な気持ちなのは分かるが我慢してもらおう。
「すまない。事情があってこの球の中にいる奴らを隔離したい。以前セラを閉じ込めた空間のような出口のない部屋を作ってくれないか? 事情は後で話すからまずは先にやってほしいんだが」
念には念をいれて、とっとと隔離したい。村でパンデミックになったら困る。
『……分かりました。なにやら緊急のようですね。少々お待ちください』
色々と察してくれて助かる。あとでアビスにも何か礼をしないとな。
さて、こっちはこれでいいだろう。後は治療のことを考えるか。治せる可能性があるのはリエルだろう。それにズガルから連れてきた獣人にも見てもらうか。状況については知らないとは言っていたけど、見たらなにか思い出すかもしれないからな。
しかし、魔素暴走か。言葉の意味は分かる。だが、それがどんな状態なのかがよく分からない。そもそも魔素って暴走とかするものなのか? それにその魔素暴走が他の奴にも移るというのも驚きだ。
大霊峰の施設で魔王様に魔素のことをちゃんと聞いておくべきだったな。
『フェル様、隔離空間を作りました。その白い球を転移させます』
「ああ、よろしく頼む」
カブトムシが運んできた白い球が一瞬で消える。隔離空間へ転移したのだろう。これでまずは一安心かな。
よし、一旦解散しよう。もう夕食の時間だしな。
「皆、ご苦労だった。何も解決はしていないが、まずは安全を確保できたと思う。また何か命令するかもしれないが、一度解散する」
全員が頭を下げてこの場を離れた。
ヤト以外は普段何をしているか詳しく知らないが、色々やっていることは知っている。今のところはしてもらうことも無いし普段の状態に戻って貰おう。
『フェル様、そろそろ事情を聞かせてもらってもよろしいですか?』
そうだった。アビスにも説明しておかないといけないな。
アビスに色々説明した。森にいた獣人達の事、レモの事、ロスや狼達の事。それに魔素暴走についても説明した。
『魔素暴走?』
「もしかして知っていたりするのか?」
『知っています。それでしたら私が治せますよ。というよりも治せるのは私とか管理者クラスでないと無理です』
なんと。リエルに頼もうとしていたけど、アビスが治せるならそれに越したことはない。
「なら、治してもらえるか」
『分かりました。ただ、随分いるようなので時間が掛かります。全員の治療には一日掛かります』
結構掛かるな。でも、やってもらう以外の選択肢はない。そうだ、治す順番を決めないと。
残念ながら獣人達は後だ。何かしら事情を知っているかもしれないが、レモやロス達の方が先だ。私情を優先する。
「治す順番なのだが、魔族のレモを最初にお願いする。次にロス、そして狼達だ。獣人は後回しにしてくれ」
『はい、その順番で治します。何かありましたら連絡しますので、村へ戻っていただいて大丈夫です。でも、ちょっと魔力ください。いえ、かなりください』
必要経費だな。半分くらいはあげよう。
その後、村長に家に行って状況を説明した。
隔離したから大丈夫と説明したら、感謝された。感謝されるような事じゃないと言ったら、「相変わらずですな」と笑いながら言われた。最近、相変わらずと言われることが多い。なにが相変わらずなのか分からんが。
ついでに村長の家で夕食をご馳走になった。感謝はいらないが、料理を振る舞ってくれるのは嬉しい。遠慮なく頂いた。
でも、アンリとスザンナがピーマンを私の皿に置こうとするから、その攻防で忙しい食事だったな。食事中にああいう事をしていいのは、師匠と弟子が修行中にやる時だけだ。それ以外ではマナー違反だぞ。
アンリとスザンナに引き留められたけど、村長の家を出た。安全だとは思うがなにか問題が起きるかもしれないからな。ババ抜きしている場合じゃない。
森の妖精亭に入ると、ディアがテーブルで食事をしていた。今日はシチューか。ゴロゴロ野菜のヤツだ。村長の家で夕食を食べたが、まだいける。おかわりといこう。
「あ、フェルちゃん、おかえり。ヤトちゃんからちょっとだけ聞いたんだけど大変だったんだって?」
「まあ、大変だったと言えば大変だったかな。従魔達のおかげで私は何もしてないけど」
村の最高戦力で出かけたけど、活躍したのはアラクネの釣りと、カブトムシの輸送だけだ。まあ、ヤトも頑張ってくれた。私とジョゼフィーヌ、シャルロットはいただけだ。
「そうなんだ。それで何があったの?」
別に隠すようなことも無いので、食事を注文してから、その待ち時間で説明した。
説明がおわると、ディアが頷く。
「その魔剣の事を詳しく教えて」
「まあ、そう来るよな。なんとなくそう思ってた」
「もしかして、そのレモちゃんも『こっち側』の人?」
「言っておくが私は違うぞ? ディアの言う通り、レモは『そっち側』の奴だ。でも隠してる、いや、隠そうとしている。隠れチューニ病だ」
皆、レモがチューニ病だと知っているけど、本人が隠そうとしているからな。気付いていない振りをするのが優しさだ。
「文通しようかな? 友達になれると思う」
「……好きにしてくれ。でも、アイツは真面目だからな? ディアみたいになられたら困るぞ?」
「それは私が不真面目だって言われてるのかな?」
「そう言ったつもりだが?」
ディアの糸と私のパンチによる攻防が始まった。そういう攻防は村長の家でもうお腹いっぱいなんだけど。
そうしている内に、ヤトが料理を運んできてくれた。そして何事もないように去っていく。止めてくれないのか。
「料理が来たからもう終わりだ」
「うん、じゃあ、休戦で。料理が冷めたらニアさんに悪いもんね。それじゃ食べながらでいいから、レモちゃんと魔剣のことを教えてよ」
「そうだな……なら魔剣が暴れた時の話をしてやる」
ディアに魔界であった魔剣騒動について話をした。それなりに盛り上がってくれたようだ。
「フェルちゃん、魔剣にタンタンと名前を付けて、誰も何も言わなかったの?」
「いや、特に何も言わなかったぞ? 何でだ?」
「魔族の皆って優しいんだね。皆と友達になれる気がするよ」
ディアは急に何を言っているんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます