魔王であること

 

 アビスでの対応を終えて、村の広場に戻って来た。


 日はほとんど落ちていて辺りは薄暗いのだが、キャンプファイヤーが激しく燃えているので、広場はかなり明るい。


 それはいい。キャンプファイヤーをやると村長が言っていたから何の問題もない。でも、なんで広場にステージが作られているのだろう。結婚式で使ったようなステージだ。この短時間に作ったのか?


「おーい、フェル。ようやく帰って来たんだな、おかえり」


「ロンか。ただいま。もしかしてこのステージを作ったのか?」


「おう、フェルが帰って来たから宴をするって村長が言ってたからな。その話が皆に伝わったら、出し物をしたいと話がでたんで急いで作ったぞ」


 相変わらず器用だ。大工でもやっていけるんじゃないだろうか。


「そうそう、村の西側にメイドギルドとヴィロー商会の店も建てることになった。骨組みができたらそこから食べ物を撒く予定だ。フェルも参加してくれよ」


「なんだ、その素敵な行為は。食べ物を撒くって金持ちでもいるのか――ああ、ヴィロー商会か」


「違う違う。食べ物と言っても大したものじゃない。金持ちじゃなくてもやるんだよ。建物の無事を祝うお祭りみたいなものだ」


 大したものじゃないけど食べ物なんだよな。なら問題ない。すばらしい祭りだ。ぜひとも参加しよう。


「分かった。絶対に参加する」


「おう、それじゃ俺はかみさんの手伝いがあるから、また宴でな」


 そう言うとロンは宿の方へ向かった。ロンは働き者だな。今回は猫耳のお土産はないんだけど、今度見かけたら買って来てやろう。


 そうこうしているうちに皆が広場に集まって来た。そして村長がステージの上に立つ。そろそろ始まるみたいだ。


「今日はフェルさん達が王都から帰って来た。そしてお土産として食材を持ってきてくれたらしい。なので宴を開くことにした」


 村長がそう言うと、周囲から歓声が上がった。もしかして私がまた何かを言わないといけない流れなのだろうか。


「それに村にしばらく滞在する人達も増えたのでな。懇親会も兼ねている。では、皆、楽しんでくれ!」


 また歓声が上がった。どうやら今回は私が何かを言う必要は無いようだ。良かった。


 村長がステージの上から降りると、三人が壇上に登った。ヤトとアンリとスザンナだ。ディアがいないな。


「新生ニャントリオンのライブニャ! 皆、楽しむニャ!」


 新生? ディアはクビになったのかな?


「フェルちゃん、言いたいことは分かるよ」


 背後からディアが声を掛けてきた。いつの間に。


「ディア、クビになったのか? まあ、仕方ないな。以前、アンリにダメ出しされたし。気を落とすなよ」


「クビじゃなくて卒業って言って!」


 違いは分からないけど、それよりも歌と踊りを見よう。三人ともキレキレだな。たくさん練習したんだろう。アンリとスザンナは別にいい。でも、ヤトはどこへ向かっているのだろうか。あ、向かうで思い出した。今度、獣人達の国に行かないとな。ヤトも連れていくか。


 歌と踊りが終わると、歓声が上がった。完成度が高いからか拍手が鳴りやまない。


「もう、私がいなくてもニャントリオンは大丈夫だね……」


「遠くを見る目で何を言ってるんだ? 単純にスザンナに下剋上されただけだよな? 追い出されたんだろ?」


「フェルちゃん、もうちょっと他人を思いやろうよ? 月のない夜に刺されるよ?」


「安心しろ、返り討ちにしてやる」


「そういう事を言ってるんじゃないんだけど……まあいいや。それより料理を食べようよ。お腹すいちゃった」


 そうだった。それが一番大事。お土産だけど、私が持ってきたんだから食べてもいいはず。それにニアの料理は久しぶりだ。がっつり食べよう。


「みなさーん、料理を持ってきました! たくさん食べてくださーい!」


 メノウが大きな声で料理ができたことを伝えている。いつの間にか用意されたテーブルには大量の料理が置かれていた。


 美味しそうな匂いがここまで漂ってくる。これは早めに食べないと。


 ……いや、待とう。食べる前にディア達に言っておかないといけないことがある。嘘をついていたわけじゃないけど、私はまだ魔王だったんだ。それを言う前に食事をするわけにはいかない。


「ディア、食事の前に話しておきたいことがあるんだ。ヴァイアとリエルはどこだ?」


「ヴァイアちゃんなら、舌打ちが聞こえる方だと思うよ。ノストさんと甘い空間をつくってるから。あれは密室殺人が起きても仕方ないレベル……フェルちゃん、転移魔法は時と場所を選んでから使って。アリバイは大事だよ?」


「お前は私を何だと思ってるんだ。まあいい、ヴァイアを連れて来てもらえるか?」


「あれ? 結構真面目な話なの? じゃあ、呼んでくるね」


 よし、後はリエルだが……ああ、いた。女神教の爺さんと話をしているようだ。


「おお、フェルか。聖女様を助けてくれたそうだな。感謝するぞ」


 リエルに近づいたら爺さんに話しかけられた。そういえば、賢者とかいう奴にさらわれそうになってたな。


「助けたのはエルフ達だ。私じゃないから礼はいらないぞ。どちらかというと巻き込んだ形だし」


 婆さんの雑貨屋を守ろうとした結果、リエルがさらわれたようなものだからな。


「それでも礼を言いたいんじゃ。これからも聖女様を頼むぞ。さて、聖女様に用なのじゃろう? 儂は土産の料理でも食べてくるかの」


 爺さんは料理が置いてあるテーブルの方へ行ってしまった。


「どうした、真面目な顔して。俺に用なんだろ? いい男の話か?」


「全然違う。だが、真面目な話だ。今、ヴァイアとディアも来るからちょっと聞いてくれるか?」


「そうなのか? 分かった。いいぜ」


 しばらくすると、ディアがヴァイアを連れて来てくれた。


「フェルちゃん、どうしたの? なにか大事な話がありそうって、ディアちゃんが言ってたけど」


「ああ、大事な話だ。お前達に訂正しておきたい事があるんだ」


「訂正? なんのこと?」


「その、な。お前達に嘘をついていたわけじゃないんだ。その、認識が違っていたというか、なんというか――」


「いいから早く言えって」


 リエルに促された。こういうのは心の準備が必要なんだ。ちょっと待て。まずは深呼吸だ……よし行くぞ。


「私はまだ魔王らしい。というか、魔王って辞められないみたいだ」


 三人ともポカンとしている。多分、ショックなのだろう。私だってアンリが勇者候補だと聞いただけで結構ショックだった。


 それにヴァイアとリエルには、魔王は勇者に殺されるべき、と教えている。元魔王だったと言った時でさえ色々怒られたからな。しばらくはセラが私を襲うことはないだろうから、その辺りを説明すれば怒られないと思うんだけど。


「それって、フェルちゃんが元魔王だったって話? ヴァイアちゃんとリエルちゃんから聞いてはいるけど」


 そうか、ディアには私が魔王だったと言ったことは無かったか。


「そうだな。でも、その情報は間違っている。元魔王ではなく、現魔王だ」


「で、でも、おかしいよね? えっと、フェルちゃんは魔王さんがいるように振る舞っていたと思うけど……」


 ヴァイアが首を傾げている。確かにその通りだ。でも、魔王様の事をなんて説明すれば良いのだろう?


「なるほどな、よく分かったぜ」


 なぜかリエルが理解してくれた。だが、その顔が怖い。怒っている感じだ。私が魔王だったことに対して怒っているのだろうか。


「さっきも言ったが、嘘をついていたわけじゃ――」


「魔界から彼氏を連れて来てたんだな!」


「はい?」


「魔界で魔王という立場を利用して彼氏を作ったんだろ!? あれか、婚前旅行か! あー、裏切られた! 裏切られたよ、俺は! フェルは仲間だと思ってたのに!」


「フェルちゃん、婚前旅行の話、くわしく」


 なに言ってんだ、コイツら。怒られる側だと思っていたのに怒りたくなってきた。


「まあまあ、皆、ちょっと待とうよ。フェルちゃん、ちゃんと説明して。フェルちゃんが魔王なら、魔王さんというのは誰なの?」


 三人が顔を寄せてきた。どうしよう、考えてなかった。創造主と言っても分からないだろうし、なんと言えばいいのだろう? でも、私が魔王であることよりも、魔王様の正体の方が気になるのか?


「えーと、その、なんだ、師匠、かな。そう、師匠だ。魔界で戦い方とか魔法を教えてくれた方だ。誓って彼氏とかじゃない」


 間違ってない。魔王様は私の師匠でもある。彼氏じゃないのも間違っていない。ちょっと心にグサッとくるが。


「フェル……信じてたぜ。フェルに彼氏がいるわけねぇもんな!」


 お前はもう少し人を疑って生きろ。それと、後で殴る。


「そっかぁ、婚前旅行じゃないんだね。事前に情報を仕入れたかったんだけどなぁ」


 ノストと行く気なのか。


「まとめると、フェルちゃんは何でも分かる目を持っていて、能力を封印していて、師匠がいて、魔王なんだね……設定盛り過ぎでしょ! 一個頂戴!」


「設定って言うな」


「まあ、分かったぜ。フェルが魔王で、魔王と言っていたのは師匠なんだな?」


「そうだ。だが、決して嘘をついていたわけじゃない」


「それは構わねぇよ。で?」


「でってなんだ?」


「だからフェルが魔王なのは分かった。それでどうした? 話があるんだろ?」


 あれ? 私が魔王だというところで話は終わりだと思うんだが。


「私が魔王である話だけなんだけど。むしろ、そっちから何かないのか? 騙しやがって、とか」


 三人が顔を見合わせた。そして笑い出す。なんだ?


 笑い終わった後に、ヴァイアがハンカチで目元を拭った。笑い過ぎて涙がでたのか。


「いまさらフェルちゃんが魔王だったなんてどうでもいいんじゃないかな。勇者はこの間、追っ払ったんだし命の危険はないんでしょ? なら問題ないよ」


「そうだぜ。いまさらフェルが魔王だったなんて、何の問題もねぇよ。彼氏がいる、とか言ったら殴ってたけど」


「私も異端審問官だったのを黙ってたからね。何となくだけど気持ちは分かるよ。でも、フェルちゃんが魔王だとしても騙されたなんて思うわけないよ」


 あれ? 私が魔王でも関係ない感じだ。もしかして魔王って大したことないのか? 魔王って怖いよな?


「なんとなく釈然としないが、問題がないなら話は終わ――」


 背中に衝撃を受けたと思ったら、アンリとスザンナがタックルしてきたようだ。よく見ると、ステージで踊っていた時と同じ服ではない。着替えてきたのかな。


「さっき笑っていたのは、なにか面白い話をしてたの? アンリも混ぜて」


「私も。仲間外れは良くない」


 私が魔王であることはアンリ達に言うような事じゃないな。適当に誤魔化そう。


「フェルが魔王なんだと」


 私が何かを言う前にリエルが言ってしまった。アンリとスザンナがポカンとしている。


「おい、アンリ達に言う必要は――」


「フェル姉ちゃん、大丈夫」


「なにが?」


「チューニ病は病気じゃない」


「それはさっきの本のタイトルだろうが。私はチューニ病じゃない。本当に魔王なんだ」


 チューニ病認定されるのは嫌だ。そうなるくらいなら魔王であることをちゃんと証明しないと。


「フェルちゃん、安心して。思春期なら誰もが通る道。私も昔は竜の生まれ変わりだって思ってた。もう卒業したからそんな風には思ってない」


「スザンナちゃん。思春期は卒業できてもね、チューニ病はまた発症する怖れがあるんだよ……」


 なんだろう、私が魔王であることを本気で証明したくなってきた。魔王パワーを炸裂させるか?


 そんなことを考えていたら、アンリが私を見て頷いた。


「分かった。魔王ごっこするなら、フェル姉ちゃんに魔王を譲る。ラスボスを任せるから、アンリは邪神として裏ボスをやる。これでいこう」


「いかない」


 なんというか、皆は私が魔王であることをなんとも思っていないようだ。それに魔族という事もなんとも思っていないのだろう。ただのフェルとして付き合ってくれているわけだ。


 ……なんとなく、くすぐったい感じがするな。


「おーい、何を悶えてんだ? 早く料理を食おうぜ。美味いからすごい早さでなくなってるぞ?」


 リエルが呼んでいる。皆はいつの間にか料理があるところへ移動していたようだ。そして皆が笑顔で私を待っていた。


「ああ、今行く。私の分が無かったら暴れるぞ?」


 この村では魔王であることなんか関係ないんだな。なら私もそんなことは忘れて宴を楽しもう。

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