確認
アビスの中に入るのに受付で入場手続きをしなくてはいけないらしい。
落ち着こう。いきなり突っ込みを入れるのはクールじゃない。まずは話を聞いてからだ。
「なんで入場手続きが必要なんだ?」
「この間のヴィロー商会事件の対策です。手続きしていない場合、中にいる魔物達やアビスに迎撃されます」
ヴィロー商会事件……アビスを乗っ取ろうとした件だな。事件扱いなのか。その対策として手続きしない奴らが入ってきたら迎撃するということらしい。
「ちなみに手続きしないとフェル様でも迎撃されます」
「ふざけんな」
なんで私が従魔達から襲われなくちゃいけないんだ。
「冗談です。バンシージョーク。そもそもフェル様を迎撃できません。壊滅してしまいます。フェル様や村の皆さんはフリーパスなのでご安心ください」
本当に冗談なんだよな? 入って従魔達に襲われたら、ものすごく反撃するぞ? 大変な事になるのはそっちだぞ?
「フェル様は大丈夫ですが、お連れの方は初めてですね? アビスへ入られますか? なら手続きをオススメしますが」
大変な事になったら困る。ゾルデ達には手続きしてもらうか。
「手続きしてもらっていいよな?」
ゾルデ達の方に問いかけると、全員が頷いた。
「なんか面白そうだね! ダンジョンの入り口で検問するような場所はあるけど、そういう物と同じなのかな?」
全然違うと思うけど、説明はしないでいいかな。
「外界って面白いな。勉強になるぜ!」
多分、特殊過ぎて勉強になってないと思う。
「はい、それではこちらの板に体の一部で触れてください。情報を読み取りますので……あ、ご安心ください! 読み取るのは名前の情報だけですから! スキルとかその辺りの情報は読み取りませんよ!」
バンシーがカウンターについている金属の板を指しながら説明してくれた。
どうやら簡単な分析魔法が使われる魔道具でアビスが作ったらしい。この金属で分析された情報をアビスが保持して、中にいる魔物達へ情報を展開する。その情報を元に敵か味方か判断するそうだ。
それとアビスから一度外へ出ると情報は破棄される。もう一度入る時は再手続きが必要らしい。
ものすごく面倒だな。アビスならもっと簡単に色々できそうだけど。
説明を受けていたら、ゾルデ達の手続きが終わったようだ。
「はい、大丈夫です。では、いい冒険を!」
バンシーがいい笑顔でそんなことを言った。
「アビスに入るだけなのだが、なんでいい冒険なんだ?」
「これはマニュアルに載っている挨拶のセリフです。今のうちから笑顔と共に練習しておこうかと」
なんで練習の必要があるのかは分からないけど、まあいいか。色々とあるんだろう。
アビスに入り階段を下りるとエントランスへ到着した。
ちょっと豪華になっているような気がする。壁に色々な模様がついたというか。悪くはないけど、何の意味があるのだろう。
「フェル様、おかえりなさいませ」
アビスの声が聞こえた。ゾルデ達はビクッとして周囲を見渡している。驚かせてしまったみたいだ。
アビスに「ただいま」と言った後、ゾルデ達にアビスの事を説明した。
「すごいね! 意思のあるダンジョンなんて初めて見たよ!」
「すげぇよな! 姉ちゃんから聞いた龍神様みたいたぜ!」
四人とも興奮している。確かに魔界にも意思のあるダンジョンという物はない。アビスは特殊な部類のダンジョンなのだろう。
まあ、それはどうでもいい。まずはやることをやろう。
「ジョゼフィーヌ達を呼んでもらえるか」
「分かりました。しばらくお待ちください」
さて、来るまで待つか。そんなにかからないだろう。
「フェル様、そちらの方はドワーフですが、グラヴェの補佐役ですか?」
「ゾルデのことか? 違うぞ。アダマンタイトの冒険者だ。修行しているらしいからここへ案内した。従魔達、もしくは魔素で作った魔物と戦わせてやってくれ」
「はい、わかり――」
「ちょ、ちょっと、今、グラヴェって言った? ドワーフのグラヴェおじさんのこと?」
ゾルデがアビスの声を遮った。もしかして知り合いなのか。
「グラヴェという名前のドワーフは確かにいる。同じ名前の奴はいないから、ゾルデが言っている奴と同じだとは思うが」
「本当!? うわー、懐かしいなぁ! おじさんは親父のところで鍛冶の修行をしてたんだよね! へたっぴだったけど!」
「今はいい腕だぞ。へたっぴだった理由も分かったし」
アビスが魔力を込めすぎだったとか言っていた気がする。アビスがフォローして改善されたはずだ。
「そうなんだ! ねぇ、フェルちゃん、おじさんに会いに行ってもいいかな? この村にいるんだよね?」
「久しぶりならすぐ行くといい。このダンジョンに工房を構えているからな。私の方はお前達をここまで案内して終わりだと思ってたから後は自由にしていいぞ」
「うん、じゃあ、早速行ってみるよ! どこに工房があるの!?」
随分と食いつきがいいな。ドワーフのおっさんもドワーフの村には帰っていないとか言っていたし、十数年ぶりとかなのかな。
「アビス、悪いがゾルデを工房までエスコートしてやってくれないか?」
「分かりました。今回はサービスで転移させますね。次回から有料です」
アビスがそう言うと、ゾルデはいきなり姿が消えた。どうやら転移したようだ。それはいいんだけど、次回から有料って、アビスがお金をもらってどうするんだろう。
「フェルさん、ゾルデさんはどこへ行ったんだ?」
「元々この村にいたドワーフのおっさんと知り合いの様だから、アビスがそのドワーフがいるところへ転移させた」
「強制転移かよ、すげぇ! 外界は驚くことがいっぱいだな!」
ムクイは随分とはしゃいでいるな。他の二人も声には出さないが驚いているようだ。
「貴方達はドラゴニュートですか。『工場』を守る守護者なのに、ここへ来ても大丈夫なのですか?」
「コウジョウってなんだ? その前にアビスって言ったっけ? 俺の名はムクイ。俺は次期族長だから見聞を広めにきたんだ。よろしくな!」
工場っていうのは魔素を作る場所のことだよな。そうか、龍神の眷属として工場を守っていたのか。本人達は分かっていないようだけど。
「色々あって連れてきた。工場の方は大丈夫だと思う」
「フェル様がそう言うなら問題ないのでしょう。それでドラゴニュートの皆さんはここに住むのですか?」
考えてなかったな。でも、ムクイ達の大きさじゃ宿は狭い。アビスの中に住んでもらった方がいいのかな。
「ムクイ、このダンジョンに寝泊まりできるところがあるんだが、どうする? 多分、村にある家じゃ狭いと思うんだが」
「俺達は野宿でも構わないんだけどな」
「なら寝泊まりできそうなところを見せてもらえるか? 見てから判断したい」
「そうね。できれば岩とかあってごつごつした場所が落ち着くんだけど」
やっぱりそういうところの方がいいのか。
「分かりました。では第四階層あたりですね。転移しますので色々見てください」
アビスがそう言うと、三人は消えてしまった。転移したのだろう。
「連れてきた四人はしばらく村にいると思うから、村の住人と同じように扱ってくれないか?」
「分かりました。そのように情報を更新しておきます」
これでゾルデ達もアビスに入るのに不自由が無くなるだろう。敵と味方を判断するから必要なんだろうけど、色々と面倒だからな。
それにしてもジョゼフィーヌ達は遅いな。いや、ちょうどいいかもしれない。まずはアビスに聞いてみよう。確認しておかないとな。
「アビス、ちょっと聞きたいんだがいいか?」
「なんでしょうか? 壁の模様は私のデザインですが」
「そうじゃない。私の事だ。私は魔王なのか?」
「はぁ?」
ものすごく呆れたような声が聞こえた。「何言ってんの、お前」って感じの声だ。
「フェル様は恐ろしい。事前に想定される質問と答えを用意していたのに斜め上過ぎる質問が来ました。回答が無くて、軽く再起動しそうでしたよ」
「何を言っているか分からんが、私は魔王なんだな?」
「それ以外の答えがあるなら私が知りたいです。確かに最初にお会いした時は私に権限がなく、情報制限もされていたので分かりませんでしたが、今なら分かります。フェル様は年中無休で魔王ですよ」
年中無休なのか。たまには休みたい。
まあいいか。私が魔王なのは分かった。問題はジョゼフィーヌ達がどう思っているかだ。
ちょうどジョゼフィーヌ達が奥の通路からやって来たようだ。
「おかえりなさいませ、フェル様」
「ああ、ただいま。聞きたいことがあるんだが、魔界にいた魔物だけちょっと来てくれるか?」
首を傾げながらも集まってくれた。スライムちゃん達と、オーク、ミノタウロス、コカトリスだ。
「聞きたいことは私の事だ。お前達にとって私は魔王なのか?」
「今は違います。フェル様は魔王ではありません」
「今は違うというのは、能力制限をしているからか? 能力制限をしていない私は魔王か?」
「はい、魔王です。ですが、なぜそんなことを聞かれるのですか?」
即答された。やはりそうなのか。でも質問にはなんて答えればいいのだろう。私以外の魔王がいた、と言っても皆は認識阻害の影響で魔王様を覚えていない可能性が高い。
「その、なんだ……そう、最近、魔王らしいことをしていないから、まだ私が魔王だと覚えているかな、と思ってな」
苦しい言い訳だが、正直に言うわけにもいかないから、なんとか誤魔化そう。
「フェル様」
「なんだ、急に強い口調で」
「フェル様が能力制限をしている時は魔王として扱わず、敬意も払わないルールですが、本心でフェル様を魔王ではないと思ったことは一度もありません。それは魔界にいる魔族の皆様、獣人、魔物、全員がそうです」
「あ、はい」
「それにフェル様は魔界へ食糧を送れるように頑張っております。魔王らしいことをしていない、なんて言わないでください」
「ああ、うん、気を付ける」
なんだか怒られた感じになってしまった。なんでだ。
「そうだ、ちなみに私が魔王であることは人界の魔物達にも伝えてあるのか?」
「もちろんです。再教育を施しましたので、もう大丈夫です。いつでも制限を解除してください」
絶対にしない。あんなのはこりごりだ。
とりあえず、状況は分かった。私だけが魔王じゃないと思っていただけで、皆は魔王だと思ってたわけだ。なんて恥ずかしい。
でも、私がそう思っていたのはバレていないようだ。それだけは救いかな。
問題はヴァイア達だ。完全に私は魔王じゃないって言ってしまった。しかも別の魔王がいることも伝えている。どうやって釈明しよう?
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