リニューアルオープン

 

 もう朝なのにまだ眠い。昨日、遅くまで騒いでいるからだ。


 私を含めた未成年組はともかく、ミトルとゾルデが酒の飲み比べをしていた。なぜか婆さんも飲みだして、その後は阿鼻叫喚的な感じだった。思い出したくもない。


 夕食は美味かったのにな。海鮮丼じゃなくてお寿司という物だ。ちょっと酸っぱい感じのお米に魚の切り身が乗っている感じの料理だった。


 あれは米と切り身の間にワサビが隠れてなければもっといいと思うんだけど。最初に食べた時はむせた。何でワサビは鼻がツーンとするのかな。ワサビは魔界に持ち帰らないようにしよう。


 それと米の上に卵焼きが乗っている寿司があった。なんて素敵料理。ワサビでツーンとしたところにあの卵焼きで中和するというのが私のスタイル。


「今日帰っちまうのかい? もっとゆっくりして行けばいいのに」


 帰る準備をしていたら、婆さんがそんなことを言ってきた。最初にあった頃からは想像できないほどだ。ありがたいことに魔族に対する考えが多少は変わってくれたのだろう。


「結構村を空けていたからな。できるだけ早く帰りたい。そんなことよりも、昨日、かなり飲んでいただろう? 大丈夫なのか?」


「あたりまえさね。あれくらいで影響がでるわけないだろ?」


「ゾルデなんかは頭痛くて唸ってるぞ? ドワーフよりも飲めるってどういうことだ?」


 ゾルデだけでなく、ミトルも唸ってるけど。


「若い子にはまだまだ負けないって事さ。精進が足りないね」


 そういう話なのだろうか。酒に強いのは体質的なものだと思うけど。それにミトルは婆さんよりも年上だ。


 まあそんなことはどうでもいいか。婆さんが楽しそうだったからな。それで十分。


 さて、婆さんと話をしていたら、帰る準備が終わったようだ。そろそろ出発するか。


「色々世話になったな」


「何言ってんだい。世話になったのはこっちさ。アンタだけじゃなくて皆にだけどね。だから皆もこの町に来た時は店に寄りな。多少おまけしてやってもいいし、お茶くらいなら出すからね」


「そうか。多少じゃなくて多大におまけしてくれ。あと、いいお茶を出せよ」


「考えといてやるよ。それじゃ、西門だったかい? そこまで見送ってやろうかね」


「それは無理だと思うぞ?」


「なんでだい?」


 店の入り口へ目を向けると、いつのまにか人だかりができている。多分、エルフの商品を目当てに来た客だろう。早く店を開けないと暴動になるんじゃないかな。


「店が開くのを今か今かと待っているみたいだ。早く店を開けた方がいい」


「やれやれ、仕方ないね。今日は店のリニューアルオープンみたいなもんだ。いつもより早めに店を開けるよ。悪いけど、見送りはなしだ。気を付けて帰りなよ」


「ああ、婆さんも体には気を付けてな」


「当り前さ、忙しくなるんだから病気になってる暇はないよ!」


 婆さんは嬉しそうにそう言うと、人だかりの方へ向かった。婆さんが人だかりの方へ色々と説明している間に、私達も店の外に出た。


 そして西門の方へ向かって移動する。途中振り返ってみると、さらに人が集まっていた。


 多分、これからあの店は忙しくなるだろう。でも、それだけ利益も増えるはずだ。そうなれば、あの店を売れ、なんて話はもう出てこないと思う。これならもう安心かな。


「隊長、あの店へ定期的にリンゴを交換しに行ってくれよ?」


「もちろんだ。あの店で交換してもらえるものはエルフにとって素晴らしい物ばかりだからな。毎月、欠かさず交換に行こう」


 隊長がやる気になっているから大丈夫かな。あれ? そういえば隊長達はいつまでこの町にいるんだ?


「一緒に歩いているけど、隊長達はどこへ向かっているんだ? 私達は今日村へ帰るけど、隊長達も今日帰るのか?」


「私達は宿に向かっている。そこで皆と合流してから帰るつもりだ。目当ての物を手に入れたし、これなら長老達も納得してくれるだろう。あと、女性陣にも文句を言われないはずだ」


「もしかして、お土産が無いと帰れなかったのか? 結構長い間この町にいたようだが」


「……そんなことはない。ちょっと帰りづらかっただけだ」


 帰れなかったんだろうな。だが、余計な詮索をしないのが優しさだ。


「そうか。私達はカブトムシに乗って帰るが、隊長達は徒歩か?」


「そうだな。森の魔物達は大人しくなったし、急ぐ必要もないから二日程かけて帰るつもりだ。フェル達とは別行動だな」


「そうだったのか。さすがに隊長達をゴンドラに乗せられないからな。すまんが徒歩で帰ってくれ」


 隊長は笑いながら気にするなと言った。エルフは森を歩くのが好きだから何の問題もないとのことだ。


「さて、私達が泊っている宿は向こうだ。それじゃここまでだな。二日後にソドゴラ村へ行くつもりだからその時はまたよろしく頼む」


 隊長はそう言って、宿の方へ向かった。ミトルはそれについて行くゾンビみたいになっている。自業自得だから同情はしないけど。


「酒って怖いんだな。ゾルデさんもあのエルフも大変な事になってるぜ?」


 ムクイがゾルデを脇に抱えて運んでいる。その運び方って逆に気持ち悪くなると思うんだけど。


「わ、私が飲み比べで負けるなんて……あのお婆さん、何者……?」


 ゾルデは微動だにしないが、声だけは聞こえてきた。意識はあるようだな。


 婆さんが何者ねぇ。魔眼で見てないけど、二日酔い無効スキルとか持っているのかもしれない。


「婆さんが何者なのかは私も分からないが、ゾルデは大丈夫か? これから空を飛ぶんだけど」


「た、多分、平気……」


 とてもそうは見えないが、置いていく選択肢はないし頑張って貰おう。


「パトル達は大丈夫か? 店の外で飲んでいたようだが」


 ムクイ達は、店の物を壊しそうだから、という理由で昨日の夜も外にいた。ゾルデからいくつか酒を渡されていたはずなんだが。


「俺達はそんなに量を飲んでないから大丈夫だ。しかしゾルデさんの状態が二日酔い、というのか? 面白いな。あれだけ美味い物でも大量に飲むとこんな感じになるのか」


「一度くらいは経験してみたい気もするわね」


 ルネもこんな感じになるらしいが、それでも酒を飲むのは止められないと言っていた。お酒は美味しいものなのだろう。後二年したら私も飲んでみないと。


「あの、ヴァイアちゃん。昨日の夜からものすごく笑顔が眩しいんだよね。なんとなく聞きたくないけど、何かあった?」


 ディアがヴァイアに質問している。私もヴァイアの笑顔は気になっていた。ただ、私もなんとなく聞きたくない。


「聞きたい? 聞きたいの!? どうしようかなぁ? いっちゃおうかなぁ?」


 多分、ノストがらみだろう。下手に聞くと私の超痛いパンチが炸裂しそうな気がする。聞いても平気かな。


 そしてリエルは両耳を塞いだ。さすが四賢。賢明だ。


「あ、うん。そこまで知りたいわけじゃないけど、一応聞かせてくれる?」


「実はね! 昨日、ノストさんのご両親に紹介されました! ひゃっほーい!」


 ヴァイアは両手を上に伸ばしてひゃっほーいって言った。ヴァイアがディアっぽくなってる。大丈夫だろうか。色んな意味で。


 ノストの方を見ると、照れくさそうに右頬を人差し指でかいていた。


「けじめと言いますか、なんと言いますか……ただの口約束じゃないという事を証明したくて、昨日、両親にヴァイアさんを紹介しました」


「そうか。ノストが本気だというのは分かった。リエルはともかく私は嬉しく思うぞ。これからもヴァイアのことをよろしくな」


「は、はい。もちろんです」


「ヴァイアちゃんは順調に人生を歩んでいるんだね……まだ若いからそれほど焦りは感じないけど、ちょっとは焦った方がいいのかな?」


「なあ、ヴァイアの話は終わったか? 終わったよな? 手を離しても大丈夫か? それとも聞いても殴ったりしない感じの内容か?」


 ディアがリエルの方を見た。リエルはさっきからずっと耳を塞いでいる。


「焦る必要は全然ない気がしたよ。リエルちゃんが結婚前提に付き合うような人ができたら焦ればいいよね」


「私の予想だと永遠に焦らないと思うぞ」


 あれ? そういえば、ノストの友達を紹介するって話はどうなったんだろう?


「ノスト、リエルに友達を紹介する話はどうなったんだ?」


「友達に声を掛けたのですが、全員辞退しました。その、聖女様と釣り合うわけないだろ、と。あと、聖女様を紹介するという話を大半が信じてくれませんでした」


「いい方の意味で敬遠されてるのか。難儀な奴だな」


「なあ、もういいか? 手を離してもいいよな?」


 不憫だ。不憫すぎる。絶対に聖女を辞めさせてやろう。


 そんな会話をしながら西門を出る。いつもの門番に挨拶をして西門から少し歩くと、カブトムシが待機しているのが見えた。


 久しぶりにソドゴラ村へ帰れる。なんだかソワソワする。よし、早く帰ろう。

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