生きる目的
色々あったがとりあえず問題は解決したようだ。
ラジットは目を覚ますと、商会の奴らを連れて町を出て行ったらしい。えらく怯えていたらしいが、それは私に怯えていたのだろうか。敵対しなければ見逃すって言ったんだけどな。
そして商人ギルドのグランドマスターは失脚。賄賂は受け取ってはいけないそうだ。まあ、当然か。特定の人物に必要以上の便宜を図っていたらギルドって何、という話になるしな。
グランドマスターは色々と黒い噂がある人物だったそうで、周囲も色々と探っていたらしい。いままで尻尾を出さなかったが、ラジットの言った内容が決め手となり、すぐさま拘束されたそうだ。
そして婆さんの店はエルフと取引できる唯一の店、ということで本部でも大騒ぎになったらしい。しばらくはあの雑貨店に商人が押し寄せるかもしれないと、ギルドマスターが言っていたな。
そして婆さんに忙しくなることを謝ったら怒られた。
「仕事が忙しくなるんだからありがたい事だろう? それとも仕事が無くなった方がいいとでも思ってんのかい!?」
そんな風に言われた。ディアに聞かせてやりたい。隣で聞いてたけど、何度でも聞かせたい。
メイドギルドに関してはメノウに確認した。
契約を破棄した時に発生した違約金の損害を私が払うべきか尋ねると、「必要ありません」と言われた。理由を聞いても「必要ありません」としか答えてくれない。なんでだ。
仕方ないから今度メイドギルドへ行ったら何かお礼をしよう。本部がどこにあるのか知らないけど。
鍛冶師ギルドに関してもメノウを通して確認した。
鍛冶師達は仕事を途中で放棄したことに関してあまり良く思ってはいないらしい。だが、ラジット商会での鍛冶師の扱いはあまり良くなく、何かあれば辞めるつもりだったそうで、今回はいい機会だったとのこと。渡りに船といった感じで私に何かしてくれ、という話は全くないらしい。
こっちもお礼を言いに行かないとダメだな。ドワーフの村にギルドの本部があるらしいから機会があったら行ってみよう。
そしてどこから話を聞きつけたのか分からないが、ヴィロー商会のラスナから連絡があった。なんで私のチャンネルを知っているのだろうか。個人情報が洩れてるのか?
『いやあ、さすがはフェルさんですな! いつの間にかラジット商会と揉めているかと思ったら、あっという間に瀕死の状態にするとは!』
「そこまでするつもりは無かったんだがな」
『いやいや、ご謙遜を。それにラジット商会は我々にとっても目の上のたんこぶでしたので、フェルさんには感謝しきれませんぞ! フェルさんと仲良くなって正解でしたな!』
「仲良くなんてなってないだろうが。だが、ラジット商会の流通ルートが止まると困る奴らもいるだろうから、その辺りをフォローして貰えるなら助かる」
『その辺の話はメノウさんから聞いておりますぞ。そちらはお任せくだされ。ふふふ、これは大儲けができそうですな! 忙しくなりますぞ!』
とまあ、えらく上機嫌なラスナだった。これも一応礼を言っておくべきなんだろうけど、何となく言いたくない。そうだな、エルフが持ってきたという千年樹の木材を欲しがっていたみたいだから、礼の代わりにそれを売ってやろうかな。
まあ、それは帰ってからでいい。午後はお土産を買わないと。王都で色々購入したが、この町でも買っておきたい。魔界に送る食糧は多い方がいいからな。
そして商店街の方までやって来た。かなりの大所帯で。
商人ギルドの建物から婆さんの店に戻ったら、ノストとゾルデ、そしてムクイ達がいたので合流した。
そしてノストはヴァイアの護衛、ゾルデはお酒を買うということでついてきた。ムクイ達はお金が無いから買えないけど、買い物とはどういうやり取りなのか見ておきたいとかでついてきたようだ。
ミトル達はいまだに置物と装飾品を物色していたのでここにはいないが、酒を買ってくるように頼まれた。お酒は婆さんの店でも取り扱うようにするらしいが、今はまだないのでそれだけは別の店で買って来てほしいらしい。お酒ってそんなに美味しいのだろうか。
さすがにこんなに大勢で買い物をするのは邪魔になる。それぞれ買う物を買って時間になったら中央広場に集まることになった。
とりあえず、私とディアとリエル、ヴァイアとノスト、ゾルデとムクイ達の三チームに分かれた。これくらいなら店の迷惑にはならないだろう。
「ノストさんと二人きりなのは、仕方ないよね! 大勢だと迷惑になるからね!」
「ヴァイア、ノストと二人きりで行動するのにわざわざそういう言い訳は必要ないから。リエルを煽っているとしか思えん」
「こういうのを取り締まる法律とかねぇかなぁ……」
女神教を潰した後に作る宗教でそういうルールを作りそうだな。別にいいけど、一般人を巻き込むなよ。
ヴァイアとノストは食品を扱う店の方へ向かった。ヴァイアはそれなりに目が肥えているからお土産を選んでもらっても問題ないだろう。
「それじゃあ、私達はこっちに行くねー。お酒! お酒!」
「俺は酒を飲めねぇからつまらないんだけどな」
「まあ、何事も勉強だ。飲めなくても雰囲気は楽しいかもしれんぞ?」
「そうよ、ずっと飲めない訳じゃないんだから今のうちからお酒の勉強をしておきなさいな」
ゾルデは嬉しそうにムクイ達を連れて行ってしまった。ゾルデ達にはお土産用のお酒を買ってきてほしいと頼んだ。ドワーフだから酒に関しては妥協しないだろう。ソドゴラ村にいるドワーフのおっさんにもお土産をあげたいからな。
それにズガルにいる国王代行のクリフにもお土産をあげないといけない。聞いた話だとものすごくやつれているとか。ちょっとだけ良心が痛む。
「ええと、私達は本屋に行くのかな?」
「そうだな。私の個人的な買い物だが、アンリやスザンナにもお土産として本を買ってやろうかと思ってる」
「ああ、あの目が見えない店主がいるところだな。んじゃ、こっちだな」
リエルが先頭に立って歩き出した。お土産を買うのは本屋だけじゃない。早めに移動するか。
「魔族の人だね? 話は聞いたよ。商店街の店を守ったんだって?」
店に入るとカウンターからそんな声を掛けられた。目が見えないはずなのに、よく私だって分かったな。
「良く知ってるな。目は見えない分、耳がいいのか?」
「まあ、そんなところだね。僕にも色々と情報を得る手段があるということさ。おっと、まずはいらっしゃい、だね。また、本を買ってくれるのかい?」
「そのつもりだ。売り物を見させてもらうぞ?」
「どうぞ、どうぞ。貴方はお得意さんだからね、存分に見ていってくれ」
一回しか買ってないけどな。
「それじゃ、ディア、リエル、二人もオススメがあったら持ってきてくれ」
二人は頷くと本棚を探し始めた。よく考えたらちょっと早まったか。チューニ病的な本と、恋愛関係の本しか選ばない気がする。
本屋を出た。ちょっとモヤモヤする。
「なあ、そのサービスで貰った本なんだけどよ。それってアレだよな?」
リエルが私の持っている本を指す。
「『真実の愛』の二巻だな。なんでアイツが持っているんだ?」
「ミステリーだね!」
「いや、恋愛小説だぞ?」
「そうじゃなくてさ、店主が本を持っていたことをミステリーって言ったの。あ、もしかしてフェルちゃんのボケだった? ごめん、気づかなくて」
なんで私が分かりにくいボケをしたようになっているのだろう。今のは天然だ。言わないけど。
「また買ったら三巻を貰えるんじゃねぇのか?」
「それはそれでミステリーだな」
なんか変だけど、深く考えても仕方ないな。さて、次は……あれ、婆さんが花束を持って歩いている。こんなところでどうしたのだろう?
なんとなく心配だから声を掛けよう。
「婆さん、こんなところでどうしたんだ?」
私の声に気付いた婆さんがこちらを振り返った。
「ああ、アンタ達か。買い物は終わったのかい?」
「そうだな、手分けして買い物しているが、私達の方はほぼ終わった」
他にも何か面白いモノがあれば買うつもりだったが、別に買わなくても王都で買ったお土産で皆に行き渡るはずだ。
「そうかい……なら、アンタ達、一緒においで」
「どこへ行くんだ?」
「それは行ってのお楽しみさ」
そういうと婆さんは返事も聞かずに歩き出してしまった。
仕方ないので婆さんの後を歩く。どんどん人気が無くなっていく感じだ。本当にどこへ行くんだろう。
でも、しばらく歩くと何となくわかった。
ここは……墓地だ。
婆さんが墓地に来るということは、そういう事なんだろうな。
黙って婆さんの後を歩くと、とある墓の前で止まった。
「旦那の墓だよ」
石でできた十字架が立っているだけの墓だ。結構古そうに見えるが手入れが行き届いているのか綺麗に見える。
婆さんは墓に花束を添えると、両手を合わせて目を瞑った。魔王様もやっている弔いポーズだ。
「アンタ達も良かったら手を合わせてくれないかい? 若い子ばっかりだから、旦那も喜ぶよ」
「私は魔族だがいいのか?」
「構いやしないよ。それとも、ここまで来て何もしないつもりかい?」
「いいならいいんだ。ぜひ弔わせてくれ」
ディアとリエルは既に手を合わせている。私も両手を合わせて目を瞑った。顔も名前も知らない。だが、婆さんの旦那で魔族に殺された。それだけで弔う必要があると思う。
一分ほどそうしてから目を開けた。
「運命のイタズラってヤツだね。旦那を殺したのは魔族なのに、旦那が残してくれた店は魔族が守ってくれたよ」
婆さんは墓の方を見ながらそう言った。
「旦那が殺されたと聞いた時、私も魔族に戦いを挑もうとしたよ。そうすりゃあの世で旦那に会えると思ってね」
「……そうか」
「でも、できなかった。まだ、赤ん坊だった娘がいたし、旦那が残してくれた店を守る必要があったからね」
五十年近くあの店を守っていたわけだ。私じゃ想像もつかない程大変だったんだろうな。
「今考えると、辛い事ばかりの人生さ……でも長生きはするもんだね。今日みたいないい日もある」
改めて婆さんは墓に向かって手を合わせた。
「多分だけどね、店がなくなったら、アタシは生きる目的を失っていただろう。旦那の店を守っているつもりで、アタシが店に守られていたようなもんさ」
「……そうか」
「だからね、アンタ達には感謝してるんだ。店を守ってくれてありがとうよ。アンタ達は店だけじゃなくアタシの命も救ってくれたんだ」
婆さんは頭を下げた。そんなことしなくていいのに。
「婆さん、頭を上げろ。こっちだって感謝してる。魔族には思うところがあるのに普通に接してくれただろう? それだけで私も救われてる。まあ、お互い様ということだ」
婆さんは頭をあげた。その顔は笑顔だ。
「お互い様か。確かにそれなら頭を下げる必要はないね」
「そうだな。でも、どうしても礼をしたいというなら美味い物を食わせてくれ」
「やれやれ、アンタはそればっかりだね。まあいいさ、今日も家に泊るんだろ? なら夕食は任せな。とびきり美味い飯を食わせてやるよ」
「期待している。ただ、聖水トラップやワサビトラップは止めろよ?」
「ダメなのかい? アレを見るとスカッとするんだけどねぇ」
「趣味悪いぞ、婆さん」
墓場で笑うというのも不謹慎な感じだが、今日くらいは大丈夫だろう。
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