影響力
「アンタ、何かしたのかい?」
婆さんが怪訝そうな顔をしている。
「まあ、ちょっとな。どれくらいの効果があるかは分からんが、ラジット商会に影響はでると思う」
メノウはラジット商会が商売できなくなるくらいの打撃になるような話をしていた。さすがにそれは冗談だろう。鍛冶師ギルドとメイドギルドでそこまで影響があるとは思えない。そもそも、私からのお願いでギルドの全員が引き上げるのは無理がある。
少しでも影響が出るなら助かると言ったところか。
でも、よく考えたらすぐに行動には移さないよな。多分、影響があっても一週間くらいかかるだろう。それまでは私が店を守るか。物理的な事なら勝てるはず。
「おいおい、本気でうちの商会に何かしたのか? テメェ程度の力でどうにかなると思うなよ?」
「最初からどうにかなるとは思っていない。だが、やれることはやっておく主義だ」
よし、今日は店に戻って、また色々と対策を考えるか。やれることはまだあるだろうしな。
『ご主人さ――フェルさん、今よろしいでしょうか?』
メノウからの念話だ。何かあったのだろうか。というか、ご主人様とか言いそうになったな? 色々頼んでいる私も悪いんだけど、既成事実が着々と進んでいるようでちょっと怖い。
「メノウか? どうした?」
『はい、対応が完了しました。鍛冶師ギルドの元グランドマスターガレス様、メイドギルドのグランドマスターナミ様がそれぞれの組合員に連絡してくれています』
「そうか、助かる。一週間くらいあれば、影響がでるか?」
『それほど時間は掛からないと思われます。もう十分ほどお待ちください。では、また何かありましたら連絡しますので』
念話が切れた。でも、十分? そんなに早く影響がでるのか? さすがにそれは無いと思うんだけど。
「メノウちゃんから念話? なにかあったの?」
「いや、あと十分ぐらいで影響が出るらしい。でも、そんなわけないよな?」
私とヴァイアが一緒に首を傾げてしまった。
「一体何をしたんだい?」
「いや、メイドギルドと鍛冶師ギルドにコネがあってな。ラジット商会から引き上げるようにお願いしたんだが」
それを聞いた婆さんが「はあ?」と、本当に呆れたような声を出した。
そしてそれを聞いたラジットは大笑いをしている。
「魔族って言うのは冗談が上手いな! 例えその二つのギルドにコネがあったところで、お前の言うことを聞くようなギルドの組合員がいるのか?」
「こればっかりは私もその男と同じ意見だね。いや、私のために色々してくれるのは、感謝しきれないほど嬉しいんだが、いくら何でもそれはないよ」
冷静に考えると確かにそうだな。メノウに言われたから何となくできるかと思ってしまったが、メノウはこう、私に対して狂信的なところがある。勇み足だったかな。
あれ、でも、さっき元グランドマスターと現役グランドマスターが組合員に連絡してくれたとか言ってた。元の方はともかく、現役の方はギルドの頂点だ。それが連絡したってことはトップが撤退を認めているという事だよな?
まあいいか。メノウの話では十分程度で影響が出るとのことだ。もう少し待てば結果が分かるだろう。
ただ待っているのも時間がもったいない。
何か注文でもしようとメニューを見ようとしたら、建物の入り口から勢いよく男が入って来た。
その男はキョロキョロと周囲を見渡すとラジットの方へ視線を固定する。そして近くまで走ってきた。
「ラ、ラジット頭取! た、大変です!」
「ああ? そんなに慌ててどうした? もしかして鍛冶師とメイドがうちの商会から撤退でもしたか?」
ラジットは笑いながらそんなことを言っている。それは無いにしても、男が慌てているのは本当なんだからちゃんと話を聞いた方がいいと思うけど。
「ご、ご存知でしたか! メイド達は全員、もう二度とラジット商会の依頼は受けないと違約金を払って消えるようにいなくなりました!」
「な、なんだと!?」
「それに直接契約した鍛冶師達も全員が『もうお前らに武具は作らん』と契約を破棄! こちらで用意した聖都の工房を出て行っています!」
「馬鹿な! 何をしてる! とっとと捕まえて仕事をさせろ! トラン国への納品が遅れたらどうなると思ってんだ!」
「む、無理です! メイド達は全く消息不明ですし、ドワーフ達を引き留めておけるほどの戦力が聖都にありません!」
「戦力がないなら異端審問官に依頼しろ! 金はいくらでも使っていい!」
「そ、それもダメです! 使徒アムドゥア様が『ラジット商会の言うことは聞くな』と異端審問官に連絡をしているようで、私達の言うことを聞いてくれません!」
「くそが!」
ラジットはテーブルを思いきり蹴っ飛ばした。他のテーブルや椅子に当たり、食堂に大きな音が響く。
なんかすごいことになってるな。でも、なんでこんなに迅速な行動がとれているのだろうか。もしかして普段から不満があったのかもしれない。
ラジットは私の方へ振り向いた。相手を殺す勢いで睨んでいる。
「テメェ、何をしやがった!」
「いや、さっき言ったよな? コネを使ってラジット商会から引き上げるようにお願いしたんだ」
とても迅速だし、全員が撤退するとは思わなかったけど。
「ふざけんじゃねぇ! テメェの依頼くらいでそんなことができる訳ねぇだろが!」
「そうだな。私もびっくりだ」
ラジットはまた近くのテーブルを蹴っ飛ばした。肩で息をしている。
しばらくそのままにしていたら、少しは落ち着いたのだろう。椅子に座ってからこちらを見た。
「……この町にショッピングモールを作るのはやめる。だから鍛冶師達へ戻る様に伝えろ」
「それが人にモノを頼む態度か? それにお前の事だ。口約束を守る気はないだろう? 私は二度も間抜けな事をするつもりはない」
「なら商人ギルドのグランドマスター署名の契約書も作る! それならいいだろう!?」
必死だな。でも、コイツの言うことは信じられない。そもそも商人ギルドのグランドマスターはお前の息がかかっているだろうが。
「そのグランドマスターさんは、しばらくしたら何の力もなくなるから意味ないよ」
ヴァイアが急にそんなことを言い出した。いきなり何を言っているんだろう。
「えっと、ヴァイア、どういうことだ?」
「うん。説明よりも見てもらった方が早いかな。受付嬢さん、これ見てもらえる?」
「わ、私ですか?」
そばにいた受付嬢にヴァイアが念話用の魔道具を渡した。そして魔力を通す。
魔道具に映像が表示された。ラジットの映像だ。
『なんでグランドマスターまで話がいっているのか知らねぇが、これで分かったろ? アイツには安くない金を払ってるんだ。そう簡単には裏切らねぇよ』
「グランドマスターが賄賂を受け取っている証拠。これをつきつければ失脚させられるんじゃないかな?」
「な……!」
映像を保存していたのか。あれって相当魔力を使うはずなんだけど、こんなことに使っていいのかな。
「こ、これお借りします! ギルドマスターに見せてきますので!」
「テメェ! 待ちやがれ!」
ラジットが追いかけそうだったので、足を引っかけて転ばす。派手に転んだようだ。テーブルが散乱した。
「どこまでも邪魔しやがって……!」
「違うな。お前が私の邪魔をしてるんだ。いい加減に気づけ」
ラジットは立ち上がって腕輪に魔力を通すと、亜空間から剣を取り出した。
それを見た野次馬たちは距離をとった。ヴァイアも婆さんを連れて離れる。これなら多少暴れても大丈夫かな。
「コイツは魔剣だ。使い過ぎると危ねぇが、これならテメェにも勝てる。さっさとドワーフやメイド達に戻る様に伝えろ。さっきの受付嬢もな。しなければテメェや婆さん達が酷い目にあうぜ?」
酷い目か。確かに禍々しい気配を感じる。一応魔眼で見ておくか。
「……なかなか面白いな。自分の生命力を消費して能力を跳ね上げるのか」
「……なんで分かる? テメェ、一体……?」
「そうか、教えてなかったな。私もお前と同じ眼を持っている。お前よりも使い方は数段上だがな」
「くそが! どこまで俺をコケにしやがる!」
別にコケにしたわけじゃないんだけど。
いきなり切りかかって来たラジットの攻撃を難なくかわした。能力が上がってもこの程度か。魔族に勝てるというのはハッタリだったな。
何度か攻撃を躱した後、ボディに一撃。ラジットは腹を支えながら膝をついた。
「お、覚えてろよ……絶対に許さねぇ……」
その執念だけは大したものだ。別の事に使えばいいのに。
「お前の気持ちは分かった。だが、そんなことはできないようにしてやる。【能力制限解除】」
戦いで使う訳じゃないから問題ないだろう。他の奴らも距離が離れているから影響はないはず。
「ラジット、その眼で私を見ろ。そして誰に何を言っているのか頭に刻み込め」
「何を……言ってやがる……」
念のため私も見ておこう……称号に魔王がある。やっぱり私は魔王なんだな。天使とかは称号が無くても私を魔王だと認識できたみたいだけど、あれはどういう理屈なんだろう? いや、それは後でいいか。今はこっちだ。
「ば、馬鹿な、お前が、お前が魔王だと!?」
「そうだ。私に敵対するということは、魔族全員と敵対するということだ。誰に喧嘩を売っているのか分かったな? 私や私の知り合いに敵対しない限りは見逃してやる。だが、敵対するなら命を賭けろよ? じゃあ、話は終わりだ、寝てろ」
この状態なら殺気だけで意識を刈り取れる。殺気を放つと、ラジットは気を失って床に倒れた。
最初からこうすればよかったのかもしれない……まあ、いいか。
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