帰還とおんぶと高級食材

 

 今は午後二時くらい。あと少しでソドゴラ村に着く。


 カブトムシが運んでいるゴンドラの中ではあるが、なんとなく空気というか、匂いというか、色々と懐かしく感じる。十日くらいしか離れていないのにな。第二の故郷と言ってもいいのかもしれない。


「ま、まだ着かないのかな? そろそろ限界なんだけど……」


 そんなセンチメンタルな気持ちを台無しにするゾルデ。二日酔いで気持ち悪いなんて同情の余地は欠片もない。


「だからさっきの休憩場所でもう少し休むか聞いたのに。そもそも気持ち悪いなら吐き出してしまえばいいだろう?」


「ドワーフが二日酔いで吐いたら末代までの恥だよ!」


 そんなことは知らん。


「ゴンドラ内で吐かないでくださいね。そんなことしたら空へ放り出しますよ?」


 カブトムシの声がとても冷たい。氷点下だ。普段温厚なのにゴンドラの事になると性格が変わるよな。それだけ大事にしているんだろうけど、他者の命よりも大事なのは良くない。


「いざとなったら亜空間にいれてゴンドラは汚さないようにするから、放り出さないでやってくれ」


 念のため専用の亜空間を作っておこう。他の物と同じ空間にいれたくない。


 ふとムクイ達を見ると外を眺めて楽しそうにしている。森しかないんだけど、見て楽しいのだろうか。


「ムクイは森を見るのが初めてなんだよな? 町を離れてからすぐに驚いていたようだったが」


「そうなんだよ、外界はすげぇな! 緑がこんなにあるなんてよ! 俺らの村はほとんど岩と土だけだし、木なんてほとんど見ないからな!」


「ドラゴニュートの村から南に行くとこの森に来れるはずなんだけどな」


「そういえば、ナガルさんがそんなこと言ってたな。南の森から来たとか。俺達は龍神様を守る役目があったからあまり動かなかったんだよ。眷属のラミアとかリザードマンが森の近くに住んでるみたいだけど、そこまでも行ったことねぇからなぁ」


 目に映るものが全て新鮮な感じなのだろう。私も人界に来た時はそんな感じだった。あれから結構時間が経ったな。たまには魔界に帰らないとまずいかもしれない。一応、魔王だし。


 管理者達やイブを魔王様が倒されたら一度魔界へ帰るか。


 それまでは人界に留まろう。私がいないと魔王様は施設に入れないからな。私は魔王様にとってとても重要な人物ということだ……必要とされるのは嬉しいけど、鍵みたいな役目だよな。ちょっとだけむなしい。


「フェル様、村が見えてきました」


 カブトムシに「そうか」とだけ伝えて西の方へ視線を向けた。森の中にポツンと村があるのが見える。


 自然と頬が緩むのが分かった。ヴァイア達が村の皆とやり取りしていたから元気なのは知っている。でも直接会うのとはまた別だよな。お土産を渡しながら皆に挨拶しておくか。


 しばらくするとカブトムシが広場に着陸した。村の方からも私達が見えていたのだろう。何人かが広場に集まっていた。


 皆が「おかえり」とか「お土産は?」とか言っている。もしかしてお土産目当てか。


 その中に村長やアンリ、スザンナもいた。


「フェルさん、おかえりなさい。王都はどうでしたかな?」


「ただいま。結構寒かった。でも、王都と言われるだけあって栄えていた感じだ。結構面白かったぞ」


「そうでしたか。お疲れだとは思いますが、少し休まれたら家に来てもらえますか? その、そちらの方達を紹介してもらいたいのですが」


 村長がゾルデやムクイ達を見ている。そうか、この村に一時的に住むわけだから紹介しないとだめだな。


「分かった。一時間後くらいに家に連れて行く。そこで紹介するから」


「はい、お願いします」


 村長との話が終わると、アンリが私の右足に、スザンナが胴体に抱き着いてきた。まさか人質に取られた?


「おかえりなさい、フェル姉ちゃん」


「おかえり、フェルちゃん」


「……ああ、ただいま。言っておくが脅しには屈しないぞ?」


 二人とも足に抱き着いたまま首を傾げた。


「脅しってなに? そんなことはしない」


「うん、アンリの言う通り。いきなり何を言ってるか分からない」


 ただの杞憂か。なんかこう無理難題を言われるかと思った。


「それならいいんだ。さあ、離れてくれ。宿へ行って少し休む」


 そう言ったのだが離れてくれない。どちらかと言うと抱きしめる力が少し強くなった。


「今日はフェル姉ちゃんの部屋にお泊りするから」


「そう、旅の話を聞かせて」


 それは構わないのだが、これは村長の許可が必要だよな? 村長の方を見ると、苦笑していた。


「お疲れだとは思いますが、よかったら話を聞かせてやってくれませんか? ヴァイア君から色々と連絡や映像が送られてきたのですが、フェルさんとは話ができなかったから寂しかったようでして」


 そういえば、直接話をしたのはサンダーバードを倒した時くらいだったな。


 しかし、寂しかった、か。年相応のところもあるものだ。


「分かった。なら話をしてやるから今日は私の部屋に泊るといい」


「良かった。断ったらフェル姉ちゃんの足が大変な事になってた」


「うん。背骨も」


「覚えておけ、それが脅しと言うんだ」


 素直に許可を出してよかった。私は素晴らしい判断をしたと言えるだろう。


 でも、お泊りか。それなら村の皆にお土産を振る舞うのも今日がいいかな。


「宿に泊まるというなら、夕食も一緒に食べよう。お土産として美味しい物を持ってきたから、村の皆を夕食に招待してやるぞ」


「よろしいのですか?」


「もちろんだ。お土産なんだから皆に配らないとな。村の皆が食べられるくらいは持ってきたから遠慮しなくていいぞ。それに皆で食べた方が美味しいとアンリから聞いているからな。私もそう思う」


 そう言った後、アンリを見ると嬉しいような照れくさいような顔をしていた。


 そして村長も微笑ましい視線でアンリを見ている。


「フェルさんがそう言ってくれるなら、ご馳走になりますかな。全員が食堂に入ることはできないので、今回は広場でやりますか? 準備は任せてくださって構いませんぞ?」


「ならそうしてくれるか。私はニアに料理を頼んでくるから」


「分かりました。ちょっとした宴ですな。では男達に頼んでキャンプファイヤーでも作りましょう」


 ドラゴニュートのところで見たアレか。肉料理が多いだろうし雰囲気は抜群だな。


 よし、まずはニアのところへ行って料理をお願いしよう。食材を早めに渡さないと間に合わないからな。


 そんなことを考えていたらアンリが私の背中によじ登った。おんぶか。


「アンリずるい。私もフェルちゃんにおんぶされたい」


「スザンナ姉ちゃんでもこの場所は譲れない。諦めて」


「まず私の許可を取れ。というか疲れてるから後にしてくれないか? ……そうか、ダメか」


 仕方ない。誰かにアンリとスザンナを頼もう。誰か暇そうな奴はいないかな?


 ディアは皆に頼まれたお土産を渡しているようで忙しそうだな。


 ヴァイアはノストと忙しそうだ。アレを邪魔するには相当な勇気がいる。セラなら勇者だし、やれるかも知れないけど私には無理だ。


 リエルは女神教の爺さんと話をしている。意外に真面目な顔だ。リーンでさらわれそうになったし、その報告かな。


 ゾルデは気分が悪そう。ムクイ達はそれを看病している感じ。そもそも面識がないしアンリ達を任せる訳にはいかないな。


 あれ、一番暇そうなのが私なのか。


「フェル姉ちゃん、どうしたの? 早く宿に行こう?」


 仕方ない。このまま行くか。


「分かった。落ちるなよ……アンリ、少し重くなったか?」


「それはセクハラ?」


「そっちからおんぶしてきてセクハラもなにもあるか。大きくなったな、という意味だ。アンリの年頃なら数日会わないでもすぐに大きくなるからな」


「アンリは成長期。ぐんぐん大きくなる。その内、フェル姉ちゃんも超える予定」


「その時はもうおんぶしないからな?」


「アンリの成長期は終わった。気合でずっとこのままでいる」


 アンリならできそうだから怖い。


「アンリばっかりズルい。私もおんぶして」


「スザンナはすでに大きいからな。おんぶするのが厳しい。その、ビジュアル的に」


 おんぶするような年でもない気がする。それにスザンナは私より頭一つ分小さいくらいだからな。違和感ありまくりだ。


「えー?」


「えー、じゃない。スザンナはアンリのお姉さんだろ? だったらおんぶされたい方じゃなくてする方になれ。そうすれば私の負担が減るからな」


「そっか、私はお姉ちゃんだった。アンリ、今度おんぶしてあげる」


「アンリはおんぶにうるさい。フェル姉ちゃんよりも乗り心地がいいか、後で試すから覚悟して」


 なんで上から目線なんだろう。まあいいや。早くニアに頼まないとな。


 アンリをおんぶしたまま宿へ入る。いきなりメノウが近寄って来た。


「おかえりなさい、フェルさん。広場が騒がしいと思ってましたけど、やっぱりフェルさんだったのですね」


「ああ、ただいま。早速で悪いんだがニアはいるか?」


 メノウは「はい、呼んできますね」といって厨房へ向かった。


 すぐにニアが厨房から出てくる。一緒に仕事をしていたのかヤトも厨房からやって来た。


「おかえり、フェルちゃん」


「おかえりなさいニャ」


 二人が笑顔でおかえりなさいと言ってくれる。家に帰って来たって感じがするな。


「ただいま。早速で悪いんだが、料理をお願いできるか? 今日はお土産の食材があるから、それを使って広場で宴をするつもりなんだ。村長には許可を取ってある」


「そうなのかい? それじゃ早速仕込みをしないとね! どんな食材でも美味しくしてやるよ!」


「それじゃ、これを頼む。サンダーバードの肉とドラゴンの肉だ。バジリスクとワイバーンの肉もあるけど使うか?」


 ニアが目を見開いた。珍しいこともあるものだ。でも、どうしたんだろう?


「どうした? これじゃダメか?」


「あのねぇ、フェルちゃん。ドラゴンの肉もサンダーバードの肉も王族くらいしか食べられない高級食材なんだよ? いや、王族だって食べられないようなものだからね? お土産ってレベルじゃないよ?」


「そんな話を聞いたような気もするな。まあ、遠慮はしなくていい。夕食を楽しみにしてるからよろしく頼む」


「言いにくいんだけど、私もこれは扱ったことがない食材なんだよ。ちょっと時間が掛かるね……よし、ヤトちゃん、メノウちゃん。二人にはバジリスクとワイバーンの肉をまるごと任せるよ。私はサンダーバードの肉とドラゴンの肉で手がいっぱいだからね!」


 ヤトとメノウが驚いた後に、お互いを見つめた。


「メノウ、決着をつける時が来たニャ」


「いいでしょう。受けて立ちます」


 なにか二人で盛り上がってる。どうでもいいけど、美味しく作れよ?

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