救援

 

 女神教の四賢、賢者シアスが目の前にいる。どう見ても爺さんだが、あの細腕で私のパンチを止めたのか?


 本調子ではない。手加減もした。だが、意識を刈り取るくらいの強さで殴ったはずだ。それを片手で止めるなんて可能だろうか。くそう、魔眼でこの爺さんを見れば何か分かるかもしれないが今はダメだ。


「お主の情報を集めるだけにしようと思っていたのじゃが、随分と隙があったのでな。このままリエルの嬢ちゃんを連れ帰らせてもらうとしよう」


「ラジットは囮か?」


「儂とラジットはそもそもやることが違う。利用はさせてもらったが協力関係ではない。お主を遠くから見ていたが、なぜかカードゲームで疲弊したようなのでな。それに便乗させてもらっただけじゃ」


 魔眼を使って疲れた時はいつもこうだ。大事な時に動けなくなる。自分が情けない。だが、反省は後だ。今はこの場を何とかしないと。まずは情報が必要だ。できるだけ時間も稼ぎたい。


「リエルは女神教と敵対するつもりだ。お前達のやり方が気にいらないらしいからな」


「まあ、そうかもしれん。だが、嬢ちゃんの意思は関係ない」


「なんだと?」


「嬢ちゃんは新たな教皇となるべき者だからな」


 リエルが新たな教皇になる? 本人がやる気ないのに、どうやって教皇にするんだ? いやもしかするとアレか?


「まさか洗脳か? リエルを洗脳して教皇に据えるということか?」


「洗脳による布教活動をしているのは知っていたか。だが、安心せい。そんな真似はせん」


 安心できる要素がない。洗脳じゃないのにリエルを教皇にするってどういう意味なんだ?


「さてと、お喋りはここまでじゃな。悪いが嬢ちゃんを聖都へ連れて行くのが最優先じゃ。逃げさせてもらおうかの」


「させるわけないだろう?」


 頭痛なんかに構ってはいられない。リエルを救い出す。


「私の領域から逃げられるとは思わない事だね!」


 背後からディアの声がすると、何か細い物が何個も飛んできた。それが店の壁にいくつも刺さる。


「なんじゃ? 針? そんなもので儂らが倒せるとでも――ぬう!」


「閉鎖的な空間なら私だって強いんだからね!」


 よく見えないが糸の付いた針を飛ばして、壁に縫い付けた? 相手を動けなくしているのか?


「これは……動けんの。やりおるわ」


「リエルちゃんは返してもらうよ!」


「なるほどのう、魔族だけでなく、それを慕う者もそれなりの強さを持っておるのか。面倒なことじゃ」


 シアスは随分と余裕だな。いや、よく見ると異端審問官の二人もうごけない割には余裕そうだ。


「この捕縛はこういう狭い場所で有効な手段じゃ。だが、儂らがどうやってここに来たのかを理解していないと見える」


「え? ど、どういうことかな?」


 ディアが慌てた様子で私に問いかけてくる。シアス達がどうやってここに来たのか?


 そういえば、コイツらはどこから現れた? 一階にある窓は閉まっていて壊された様子もない。どこから入って来たんだ? それにそもそもシアスは私のパンチを受け止めた時、どこから来た?


「長く生きているからこそ得られるモノがあるんじゃ。若いお主らには分からんかも知れんがな」


 そう言うと、シアス達の姿が透けだした。まさかとは思うが、魔王様と同じ転移か?


 まずい! 慌てて近寄ろうとしたが逃げられた。


「え? え? 消えちゃった?」


「ディア、婆さんを頼む! アイツらは転移した! すぐに追いかける!」


 逃げられる前にかろうじて探索魔法の印をリエルにつけた。転移先はまだ町の中だ。転移は魔力をかなり消費するはず。いきなり遠くは逃げられないだろう。なら追い付ける。


 店を出て改めて印の場所を確認した。どうやら南門の方へむかっているようだ。このまま町を出る気か?


「フェルちゃん! どうしたの!? リエルちゃんやディアちゃんは?」


 ノストに守られたヴァイアが心配そうにこちらを見ている。


「リエルがさらわれた! 南門に向かっているようだから、追いかける! この場は頼むぞ! ……くそ、もう夜か!」


 私も転移しようと思ったら周囲が暗い。目の届く範囲が狭すぎる。走るしかない。


「フェルちゃん! 南門だね! 明かりなら任せて!」


 ヴァイアがそう言うと、石を取り出して放り投げた。次の瞬間、南の上空に明かりが作られる。おそらく極大の光球が展開されたのだろう。


「南門の近くに明かりをつけたよ! これならフェルちゃんも転移できるんじゃないかな!」


「助かる!」


 明かりの方を見て転移した。明かりがあるところなので上空だ。転移した瞬間に落下が始まり、数秒で地面に落ちる。


 ちょうどそこへシアス達が来たようだ。


「なんと。お主も空間魔法が得意なのか」


「お前の方こそ見えない場所へ転移できるとはな。だが、その転移は魔力の消費が激しいから何度もできないだろう? リエルは返してもらうぞ」


 頭痛を振り払うように頭を振る。そして構えた。


「やれやれ、老人は労わるもんじゃぞ?」


「老人の前に人さらいだろうが。しかも現行犯だ。そんな奴は労わらん」


 シアスの方も構える。軽く肘を曲げて、両手を開き私の方へ向けた。


「【炎蛇】」


 シアスがそう言うと、右手から炎を蛇が飛び出してきた。それほどスピードはない。普通に横へ躱す。


「【爆】」


 シアスの声が聞こえたと思ったら、炎の蛇が爆発した。ダメージはないが驚いた。今のは何だ?


「歳は取りたくないもんじゃ。昔なら今の一撃で致命傷を与えられたんじゃがな」


 詳しいことは分からないが、魔法を強制的に変えたのか? いや、術式を途中で追加した? 厄介な。


「仕方あるまい。数でせめるかの。【炎蛇】【炎蛇】【炎蛇】」


 炎の蛇が大量に襲ってくる。今度は転移して躱した。そしてシアスが目の前にいる。どれくらいの力なら大丈夫なのだろうか。下手したら殺しかねないんだけど。


 よし、致命傷にならない場所を殴ろう。とりあえず腕を一本貰う。シアスの左腕を折る程度の強さでパンチを繰り出した。


 シアスから魔力が放出されたと思ったら、左手でパンチを受け止められた。なんだ? シアスの体が急に硬くなったような?


 不思議がっていたら、シアスが私の腹あたりに右手を添えた。


「吹き飛べ」


 また魔力が放出されたと思ったら、腹部にものすごい衝撃があった。すごく痛い。しかも吹き飛ばされて、南門を壊したらしい。どうやら門の瓦礫に潰されているようだ。頭も腹も痛いが、体中が痛い。


「ちょうどいいことに門が開いたようじゃ。とっとと聖都へ戻ろうかの」


 いかん、体が痛いなんて言っている場合じゃない。


 私を押しつぶしている瓦礫を払いのける。そして立ち上がった。


「待ってもらおう。リエルを連れて行くなら私を殺していくんだな」


「……なんと。意識を奪うつもりで撃ったんじゃが、まだ立てるのか」


 ものすごく痛いのを我慢する。タダのやせ我慢だが、逃げられるわけにはいかない。でも、どうする? 手の内が分からないというのは厳しいな。


「お主は危険じゃな。魔力を消費してしまうが、ここでお主を殺しておこう。魔族とは言え若いもんを殺すのは忍びないがな」


「そうか。爺さんは老い先短そうだから殺さないでおいてやるぞ」


 殺さないで勝つって難しいな。これなら天使の方がまだマシだ。でも、実際どうする? 能力の制限解除をしたら殺しかねないし、死亡遊戯も爺さんには危なそうだ。それ以前に約束で使えないけど。


 そんなことを考えていたら、こちらに近づいてくる人影があった。


「よー、フェル、困りごとか? 女の子紹介してくれたら助けてやるぜ? というより、村にいたメイドの子を紹介してくれよ!」


 場にそぐわない声が聞こえた。誰なのか分かるが、なんでここにいるんだ?


「町が騒がしいから駆けつけて見たら、やはりフェルか。息災か?」


 エルフの隊長とミトル、そして名も知らないエルフ達がいた。これは運がいい。日頃の行いがいいからだな。


「息災じゃない。だがちょうど良かった。すまんが助けてくれ。ソイツらにリエルがさらわれそうなんだ。私は今、体調が悪くて本気を出せん」


 ミトルから笑みが消えた。そしてシアスの方を睨む。


「あぁ? 女性をさらうなんて男の風上にもおけねーな!」


 ミトルがレイピアを抜く。そしてシアスの方へ向けた。


「やれやれ、何者か知らんが年寄りはもっと敬うモノじゃぞ?」


「それなら俺を敬えよ。七十、八十程度のガキが大人に逆らうもんじゃねーぜ?」


 ミトルは確か百七十九歳だったっけ? 精神年齢は私と変わらない程度だけどな。

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