商会との戦い
ラジットとのババ抜きに勝利した。
ただ、代償としてものすごく頭が痛い。これ以上魔眼を使ったら昏睡状態になるかもしれない。それだけは避けないと。
「約束は守れよ。未来永劫、この店に手を出すな」
下を向いて震えている感じのラジットを放っておいて、椅子から立ち上がる。だが、足元がおぼつかない。ディアの方へ寄りかかってしまった。
「フェ、フェルちゃん!? 大丈夫!?」
ディアが抱きかかえるように支えてくれたようだ。
「あ、ああ、すまん。激しい戦いだったからな、ちょっと疲れてしまった」
「ババ抜きだよね?」
外から見たらタダのババ抜きだけど、私の中では違うんだ。
私の言葉を聞いたからだろうか。ラジットが顔をあげた。そしてこちらを睨む。
「……何かしやがったんだな? それでそんなに疲れているんだな? なら、俺にもまだ勝機があるわけだ」
ラジットが凶悪そうな笑みを浮かべる。商人と言うよりは犯罪者だぞ。
「お前達、あの魔族と聖女を捕まえろ。周りにいる奴らに怪我をさせてもいいが殺すなよ? ギルドカードに犯罪歴が残っちまうからな。やれ!」
ラジットが周囲にいた商会の奴らに命令した。さっきの勝負をうやむやにしようという魂胆か?
命令された奴らは亜空間から武器を取り出した。どうやら空間魔法を使える魔道具を全員が持っているようだ。仕方ない。頭痛は我慢。ぶっ飛ばしてやる。
「フェルちゃん達がピンチ! どうやら私達の出番みたいだよ! 私達で返り討ちにしよう! 最初からこうなると思ってたんだよね!」
「マジか! さっきまでフェルさんが何をしてたのか分からなかったけど、暴れていいんだな! 腕がなるぜ!」
ゾルデとムクイが嬉しそうに声を上げた。これは任せた方がいいかな。できれば私は戦いたくない。昏睡状態になったら困る。
「すまん。私に貸し一つだ。あとでいうことを聞いてやるから頼む」
「よーし、それじゃ私はまたフェルちゃんと戦ってもらおうっと!」
「俺も俺も!」
面倒な貸しを作ったと思わないでもない。でも、今は仕方ないな。
「あと、婆さんや町の奴ら、それにリエルも守ってくれ」
「そっちは私とウィッシュで請け負う。いいな?」
パトルがウィッシュの方に問いかけると、ウィッシュは頷いた。
「仕方ないわね。ムクイ達のほうに参加したいけど、守りも必要よね」
そして全員が武器を構えた。ゾルデとムクイが攻撃、パトルとウィッシュが防御だ。ヴァイアをノストが守り、私をディアが守っている感じになった。
「すまねぇ! 俺達はこっちに避難する! 怪我したら店の中に入って来いよ!」
リエルと婆さんはパトルに庇われながら店の中の方へ入って行った。そしてパトルは入り口に立つ。
ウィッシュは野次馬化している町の奴らの前に陣取った。町の奴らは帰ってほしいんだけどな。
「おいおい、そんな戦力で俺達に勝つつもりか? ドワーフの嬢ちゃんとリザードマン三匹かよ? 舐められたもんだな!」
色々と間違っている。ゾルデはアダマンタイトだし、リザードマンじゃなくてドラゴニュートだ。とくに訂正するつもりはないけど。
ラジットはつけている腕輪に魔力を通すと亜空間から大きな剣を取り出した。どうやらあれも空間魔法を付与した魔道具のようだ。
「俺は商人だが強いぜ? 殺すつもりはねぇが、腕や足の一本は覚悟しな!」
武器を構える姿は様になっている。戦えるというのは本当なのだろう。だが、そこそこの強さにしか見えない。ゾルデ達なら問題なく勝てるだろう。
「へぇ、親父が作った武器を持っているんだ? やだやだ、こんな奴に使われるなんて武器が泣いてるよ」
ゾルデがラジットの剣を見ながら、やれやれといった感じで首を横に振った。
「ああ? お前の親父が作った? これは名工ガレスの作った武器だぞ?」
「だから私の親父じゃん。まあ、そんなことはどうでもいいよね。アンタにその武器を使う資格はないよ。悪いけど、回収させてもらうね」
ゾルデはいきなりダッシュしてラジットに斧で飛びかかった。ラジットはその攻撃を剣で受ける。だが、受けきれずに二メートルくらい後方へ吹っ飛んだ。
「テ、テメェ一体!?」
「本気出してね? そうじゃないとすぐに終わっちゃうよ?」
ゾルデは楽しそうな声でそんなことを言っている。なんとなくだが、ゾルデってセラっぽいな。戦闘狂みたいな感じが似てる。それでも別にいいんだけど、襲われる方はシャレにならないんだよな。
そんなゾルデの戦いを見ながら、ムクイは周囲を見渡した。
「ゾルデさんはソイツと戦うのか? じゃあ、俺の相手はこっちの奴らか……なんか弱そうだな……」
挑発するつもりは無かったと思うが、弱そうと言われた奴らは憤慨して、ムクイに襲い掛かった。
ムクイは襲い掛かってくる奴らを何の緊張感もなくさばいている。しかも武器を使っていない。腕に着けている盾で殴っているだけだ。それだけで何人も地面に倒れている。
「……これ、本気なのか?」
実力差があり過ぎて戦いにすらならないとは。ムクイの周りには気絶した奴らが転がっている。残った奴らも迂闊には飛び込んでこなくなったようだ。
「相手が弱いからと言って気を抜くなといつも言ってるだろう! また説教されたいのか!」
店の入り口付近からパトルが大声でムクイを叱っている。ムクイは背筋を伸ばして「す、すみません!」と謝って武器を構えた。ちゃんと指導しているんだな。
町の住人達を守っているウィッシュが少しだけため息をついた。ウィッシュの足元にも数人倒れている。
「でも、これは弱すぎるわよ? 尻尾で払ったら死んじゃうんじゃない? ムクイの気持ちも少し分かるわ」
「お前もか。だったら殺さないように注意しろ。食べる訳でもないのに命を奪うことは許されないからな」
ドラゴニュートにも色々なルールがあるんだろうな。こっちに被害がないなら何でもいいけど。
「みんな強いね。これならすぐに終わりそうだよ」
ディアが私を支えながら周囲の状況を見てそんなことを言った。確かにすぐ終わりそうだ。
「相手が弱すぎないか?」
「そんなに弱くないと思うよ。冒険者だったら全員ゴールドランクくらいありそう。弱く見えるのはゾルデちゃん達が強いからじゃないかな? ただ……」
「ただ?」
「異端審問官がいないね。多分、冒険者かお抱えの護衛しかいないよ」
異端審問官がいない? 確かラジット商会は女神教と懇意にしていて、異端審問官を勝手に使っているとか聞いた。まさかとは思うが店内にいたりしないよな?
「パトル、店の中で守ってくれないか」
「そうなのか? 分かった――」
『なんだテメェら! 婆さん、俺の後ろに――ぐっ!』
店の中からリエルの声が聞こえてきた。何かマズイ感じがする。ふらついている場合じゃない。
パトルをどけて店の中に入った。
そこには二人の男がいて、一人はリエルを肩に担いでいた。リエルは意識がないのか、だらんとしている。婆さんは床に倒れているが、意識はあるようだ。
「アンタら! その子を返しな!」
婆さんは床に倒れながらも二人の男に対して怒鳴っていた。
なにやってんだ、コイツら? まさかリエルをさらおうとしているのか? 気絶させて?
「フェルちゃん! その二人、異端審問官だよ!」
背後からディアの声が聞こえた。そうか、異端審問官がリエルをさらおうとしているのか……そうか。
転移してリエルを担いでいる奴の腹にパンチを繰り出した。
だが、当たる前に別の手が割り込む。
本調子ではないとはいえ、私のパンチを受け止めたのか? でも、誰が?
パンチを受け止めた奴のほうへ視線を移す。フードを深く被っていて顔が良く見えないが、口元に白い髭があるのが分かった。
三人目? 全然気づかなかった。どこにいたんだ?
「なかなかの力じゃな。だが、その程度ではまだ足りんよ」
髭の男が掴んだ私の拳を少しひねったと思ったら、全身に衝撃を受けた後、床に手をついた。
「フェルちゃん!」
なんだ? 何が起きた? うお、腹と背中が痛い。壁に吹き飛ばされたのか?
顔を上げてフードを被っている男の方を見る。口元に笑みが浮かんでいるようだ。
ふらつきながらも立ち上がって、男を見つめた。
「お前、何者だ?」
「名前を聞く時は先に名乗るものじゃがな。まあ良い。お主の名前は知っているからの」
髭の男はフードをめくる。白髪のオールバックで白い髭をたくわえた老人だ。
「儂の名はシアス。女神教の賢者と言った方がいいかの?」
この老人が四賢の一人か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます