エルフと人族

 

「隊長、そっちは頼みますね。俺はこっちのお子様と戦うんで」


「分かった。なら私達はリエルさんを担いでいる方をやろう」


 シアスに対応するのはミトルのようだ。そして隊長達が異端審問官達と戦う図式。私はさっきのダメージが結構あって、地面に膝をついてしまった。回復するまでしばらくかかりそうだから参戦できない。


 ミトル達に助けを求めてしまったが、よく考えたらエルフって弱いよな。ウル達にほぼ完敗だったし、あの時よりも人数が少ない。異端審問官達はともかく、ミトルがシアスを倒せるだろうか。


「ミトル、そいつは女神教の賢者と言われている奴だ。強いんだが、大丈夫か?」


「やって見なきゃわかんねーけど、疲れているみたいだから大丈夫じゃねーかな?」


 ミトルは真面目な顔からへらへらした感じに戻った。そして構えるが、レイピアの剣先がフラフラしている。舐めて掛かっているわけじゃないようだが、弱そうな感じがぬぐえない。


 巨大なカマキリを倒したときは結構強そうだったんだけどな。もしかして酒でも飲んでる?


 シアスはジッとミトルを見つめてから、大きくため息を吐いた。


「まさか、エルフとはのう。五十年前、人族の手助けをしないと思ったら、魔族側についておったのか」


「何を勘違いしているのか知らねーが、エルフはどっちにも味方しねーよ」


「何を言っておる。現にそこの魔族を守っておるではないか」


「それこそ何言ってんだって話だ。俺達が守ってるのは魔族じゃなくてフェルという個人だ。魔族かどうかなんて関係ねーよ。それに助けたら女の子紹介してくれるって約束だからな!」


 そんな約束はしてない。だが、メノウくらいなら紹介してやろう。


「やれやれ、魔族の嬢ちゃんは色々な伝手があるようじゃ。やはりもう少し情報を集めるべきだったかのう……まあよいわ、お主らを倒して魔族の嬢ちゃんを殺し、聖都へ帰るとするかの」


 シアスが構える。だがミトルはゆらゆらと体を揺らしているだけだ。


 シアスの手から炎の蛇が放たれた。そういえば、あの蛇は爆発する。


「ミトル! その蛇は爆発するぞ! 気を付けろ!」


 ミトルは躱せずに蛇に噛まれた。おい。


 そして蛇が爆発する。強いって教えてやったのに、いくら何でも舐めすぎだろうが。くそ、死んでないだろうな?


「他愛もないのう。エルフが強いと言われているのはガセじゃったか――ぐお!」


 なんだ? シアスが急に苦しみだした。あれ? シアスの背後にミトルがいる?


「あんな目くらましに騙されている様じゃダメだぜ、坊主」


 もしかして幻影みたいなものだったのか? 驚いた。ミトルはそういう戦い方をするのか。


「ぐ、なんじゃ? 体が――何をした!?」


 ミトルの剣は行動遅延のスキルが付いている。少し突かれただけでも遅くなるからな。私も経験済みだ。ものすごく屈辱的だったが。


「さあな! 教える訳ねーだろ!」


 ミトルは右手の剣で高速の突きを繰り出す。シアスは掌でそれを受けた。なぜか甲高い音が響く。


「へぇ? 魔力を使って体を硬質化できるのか? 長老達みたいなことができるんだな」


「そういえば、この術式は元々エルフ達のものじゃったか。いかんのう。手の内を晒しすぎたわい」


 体の硬質化? そんな術式があるのか。


 ミトルはさらに踏み込んで、何度も突きを繰り出した。シアスはそれを手で受ける。徐々にシアスの動きが鈍ってきた。


「お主のその剣、何かしらの魔法が掛かっておるの?」


「いまさら気付いてもおせーよ。それに知ってても意味はねーな。例え傷が無くても、受ければ受けるだけ蓄積されるぜ?」


 なるほど、ダメージを与えられなくてもどんどん遅くなるのか。意外と強いんだな。なんでウル達に負けた……まさか女性だったから本気を出せなかったとかじゃないよな。


 ミトルが「これで終わりだ!」と言って大振りの突きを繰り出した。


 その攻撃にシアスが「【解呪】」と言って魔法を使った。もしかして行動遅延状態を解除したのか?


 行動遅延状態だったシアスは急に動きが速くなった。ミトルの攻撃を素早く躱すと、ミトルの腹に手を添える。あれはマズイ。


「吹き飛ぶがいい!」


 シアスがそう叫ぶと、ミトルがニヤリと笑った。次の瞬間、シアスが吹き飛び、地面を転がった。なんだ? 何が起きたんだ?


「おー、ありがとなー」


 ミトルがどこかへ向かって手を振りだした。良く見えないが、誰かに手を振ってる?


 もしかして別のエルフか? よく見ると、ミトルのそばに矢が落ちている。そうか、シアスがふっ飛んだのは、以前、ヴァイアが作った魔道具の矢じりを使っているからか。すごい威力だな。


 いや、でも、ミトルが手を振った先ってかなり遠いぞ? この辺りはヴァイアの光球で明るいけど、あそこからシアスに当てた? まさにスナイパーだな。


 吹っ飛んだシアスがふらふらと立ち上がった。結構なダメージを受けているようだ。足元がおぼつかない感じ。今の私と同じだな。


「ふ、不意打ちとは、ひ、卑怯な真似をしおって……!」


「女をさらうのが卑怯じゃねーとでも言うつもりかよ? 大体、何で俺が一人でアンタと戦うと思ってたんだ?」


 いや、普通そう思うぞ。もしかしてエルフは個人とかよりも集団で戦うタイプなのかな。カマキリの時もチームワークは良かったし。


「フェル! リエルさんは取り戻したぞ!」


 声がした方をみると、隊長に抱きかかえられたリエルが見えた。異端審問官は二人とも地面に倒れている。良かった。これなら大丈夫だろう。


 隊長の方を見て頷く。後で木彫りの置物を大量に渡そう。


「ここまでかの。こうなってしまっては撤退するしかない様じゃな」


「おいおい、この状態で逃げられると思ってるのかよ?」


 ミトルが私の前、というか南門の前に陣取った。出口はここだけだからな。逃がさないために移動したのだろう。そして他のエルフ達もシアスを逃がさないように四方を囲む。隊長だけはリエルを抱えて少し離れた。


「それに遠くからアンタを狙っているからな。余計なことはしない方がいいと思うぜ?」


 おそらくスナイパーの事だろう。さっき当てた腕前といい、ミトルが言った通り余計な事をしたら撃ちぬかれそうだ。


「ううむ、人数が少なすぎたかの。それに魔族に味方する者も多い様じゃ。リエルの嬢ちゃんを取り戻すことはできんかったが、それなりに情報は得られたから良しとするかのう」


「随分と余裕だな?」


「儂ら人族はお主らに比べてはるかに弱い。だが、生き残る術だけはどの種族にも負けんぞ?」


 シアスは素早く何かの瓶を取り出して、それを飲み干した。ポーションか?


 そして次の瞬間には左手で矢を握っていた。いや、飛んできた矢を捕まえたようだ。


「今回はお主らの勝ちじゃ。だが、次はそうはいかんぞ?」


 シアスの体が透けだす。


 馬鹿な。転移できるほど魔力が残っていたわけがないのだが――さっきのポーションか? いや、魔力を回復したのならソーマやネクタル? なるほど、逃走用に所持していたのか。


 ミトルが慌ててシアスに突きかかるが、直前でシアスは完全に消えた。どこか遠くへ転移したのだろう。しまったな。探索魔法の印を付けておくべきだった。


 いや、リエルは取り戻したんだ。それで良しとしよう。そうだ、まずはリエルを確認しないと。怪我とかしてないよな。


「すまないな。本当に助かった。お前達が来なかったらリエルをさらわれていたと思う。ありがとう」


 リエルに怪我がないか確認しながら皆にお礼をした。リエルの方は大丈夫だな。気を失っているだけだ。


「なーに、いいって事よ。フェルにはいつも世話になってんだ。これくらいならいつだって手を貸すぜ、ねえ、隊長?」


「その通りだ。フェルから受けた恩は、こんなことくらいで返せるものじゃない。少しでも返せたのならこちらとしても嬉しい限りだ」


 他のエルフ達も笑顔で頷いている。いい奴らだな。


「そういえば、フェルは一人なのか? ヴァイアちゃん達は?」


 そうだ、忘れていた。ラジット達の方を任せていたんだ。


「大丈夫だとは思うが、雑貨屋付近で他の奴らと戦闘しているはずだ。すぐに戻る。すまないが一緒に来てくれないか?」


「そうか、ならすぐに行こう。ミトル、お前はフェルに手を貸してやれ。お前達はその二人を縛り上げて、連れて来てくれ」


 隊長が他のエルフ達に指示を出す。すぐさま行動に移してくれた。


「よし、フェル、おんぶしてやるから乗れよ」


「すまん、頼む」


 気が緩んだら少し頭痛が酷くなってきた。体も痛いし走るのは辛い。


 ミトルにおぶさると、隊長もリエルをおんぶする。そして二人とも走り出した。


「雑貨屋は向こうだ」


「ああ、フェルが紹介してくれた店だな? 村でメイドさんに聞いたぜ」


「そうか。物々交換できたか?」


 婆さんにお願いはしたんだが、実際のところはどうだったのだろう。ダメだったら口添えしてやらないとな。


「いや、『リンゴと木彫りの置物が釣り合うわけないだろ!』とか言って怒られた。木彫りの置物って高いんだな。まあ、それだけの価値があるものだったけどよ」


 それ、多分、逆だ。後で婆さんに交換に応じるようにお願いしよう。


「ところでフェル……」


 ミトルが真面目そうな声を出している。どうかしたのだろうか?


「なんだ? 深刻な話か?」


「いや、フェルをおんぶしても楽しくねーな。ヴァイアちゃんを見習えよ?」


 頭痛を忘れるくらいの怒りがこみ上げた。本調子になったら殴ろう。

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