記念
昨日は色々と騒ぎになった。
大霊峰の噴火は数百年ぶりだったらしい。ただ、大霊峰に一番近い町のエルリガでも今のところはほとんど影響がない、と言うことが分かったので、今朝の時点ではクロウも落ち着いていた。
「噴火そのものの影響はほぼ皆無だろう。ただ、噴火を恐れてエルリガの町へ魔物が押し寄せるかもしれない。それに備えなければいけないのだよ」
クロウはそんな風に言っていた。忙しそうなところを見ると、ちょっとだけ罪悪感が湧く。やったのは魔王様だ。準備が整ったら分かる、とおっしゃっていたが、噴火を合図にするのはどうなのだろう。魔王様がやったということは内緒しないとな。
「おーい、フェル、準備できたか? そろそろ出発しようぜ」
部屋の外からリエルの声がした。どうやら向こうも準備が終わったようだな。
部屋を出ると三人がいた。それに交じってノストもいる。どうやら護衛としてついて来るようだ。
「カブトムシさんには連絡しておいたから王都の外に来ていると思うよ」
「そうか、助かる」
そういう連絡をしてなかったけど、ヴァイアが色々とやってくれていたようだ。
「フェルちゃんはエルリガから大霊峰へ行くんだよね? 一人で大丈夫なの?」
「ちょっとだけ噴火を見て来るだけだ。クロウにも魔物が暴れていないか見てきてもらえると助かる、とか言われたからな」
魔王様絡みの案件ではあるが、表向きの用件は調査ということにした。下手な事を言ったら噴火させたのが魔王様だとばれてしまうかもしれないからな。
「そういえば、ダグの奴は来ていないのか? 大霊峰へ入るための許可証を用意してくれるはずなんだが」
「さっきネヴァ先輩とウェンディちゃんが来て、許可証は王都の南門で渡すって言ってたよ。許可証の準備がギリギリになりそうだから、そっちに持っていくみたい」
「南門で? そうか、ならそっちに行くか」
本当は許可証の発行に一ヶ月ぐらい掛かるらしい。すぐ必要だから用意してくれ、とダグに言ったら「少しでも借りを返したいから明日までに準備してやる」と言って、食事を切り上げてどこかへ行ってしまった。
悪いことをしたな、という気はするが、それぐらいのお願いは聞いてもらおう。
屋敷のエントランスまで来ると、オルウスとハインが待っていた。
「皆様、申し訳ありません。旦那様とダイアン様は忙しいので見送りには来れませんでした」
「気にしないでいい。忙しいのは知っているから」
「ありがとうございます。では、南門の方までお送り致します」
そこまでしないでいいんだけど、やらないと貴族としてよろしくないらしい。面倒な事だが、それに文句を言っても仕方ないな。
屋敷を出ると、暖かい日差しが降り注いだ。来た時は寒かったけど、今日は普通だな。天気もいいし、出発日和なのだろう。
門の方へ歩いていると、オルウスがこちらを見た。
「フェル様。昨日旦那様へ渡された物ですが、よろしかったのでしょうか? 相当な価値のあるものでしたが」
「世話になった礼だ。本当は売りつけようと思ったんだが、色々と良くしてもらったからな。一本はプレゼントだ。二本目以降は買えよ」
クロウにドラゴンの牙を一本あげた。世話になったお礼というのは嘘じゃないが、どちらかというと謝罪だ。
「フェル様が来てからというもの、旦那様からの献上品が増えまして国王も大変喜んでいると聞いております。国としてフェル様との関係を良くしたいと考えているようです」
「そうか。クロウへ渡しているだけなんだが、結果的に国王とやらの好感度を上げてしまったか」
「もちろん旦那様の好感度も上がっております。しいて言うなら我々使用人も同様です。貴重な食材を色々と分けてくださって感謝しております。ギルドでの話を聞いた時はハインたちがギルドへ攻め込もうとしておりましたから」
笑いながらいう事じゃないと思う。だいたい、なんでそんなことになっているのだろうか。いつも思うんだけど、メイドって怖いな。
オルウスの後ろにいるハインの方を見ると、照れくさそうに笑った。照れる部分は無いと思うんだが。
「実はメイドギルドで、フェル様のファンが増えております」
「なんで私にファンがいるんだよ」
そういうのは私じゃなくて、ヤトとかについて欲しい。
「ほとんどのファンはメーデイア支部出身のメイドですが、それはもう大変なことになっております。筆頭はメノウですね。ギルドで信者を増やしておりまして、実は私も会員です」
「何やってんだ、アイツ。というか会員とはなんだ? まさか、私のファンクラブがあるわけじゃないだろうな?」
ハインはニッコリと微笑んだ。でも、否定してくれない。まさか、本当に……?
いや、そんなわけないな。魔族のファンクラブなんて――そういえば、ウェンディは魔族だ。ウェンディが魔族とは知らないだろうが、おそらくファンクラブがあるのだろう。すごく不安になってきた。
村に帰ったらメノウを問いただそう。そんなものを作っていたら即刻潰す。例外はない。
どうやって潰そうか考えていたら、南門に着いた。
門のところには、ダグとユーリ、ネヴァとウェンディが待っていた。見送りに来てくれたんだろう。
「間に合ったようだな。これが大霊峰へ入るための許可証だ」
「助かる。色々と頑張ってくれたようだな」
「なに、国王がすぐに許可を出してくれたおかげだ。どうやら随分と貴重な物を献上しているようだな。何の問題もなく申請が通ったぞ」
そんな効果もあったのか。魔族と敵対しないと思ってくれるだけでもありがたいんだけどな。今後も何かあったら献上した方がいいのかもしれない。
「フェルさん、私もしばらくしたらソドゴラ村へ行きますので。その時はよろしくお願いしますね」
「ユーリ? なんで来るんだ? 来なくていいぞ」
「そう言われると傷つきますね。誰かがフェルさんに変な事をしないか見張るような役目を依頼されましてね。冒険者絡みの問題が起きそうなら事前に対処する感じでソドゴラ村に駐在するのですよ」
それはありがたい気もするが、私はずっと村にいるわけじゃないんだけどな。
「そうか。私に迷惑が掛からないなら別にいいぞ」
「ありがとうございます。皆さんもその時はよろしくお願いしますね」
ユーリがヴァイア達に頭を下げた。スザンナとも仲がよさそうだし、多分大丈夫だろう。
「気を付けて帰りなさい。護衛が過剰戦力だから何の心配もないと思いますけど」
「はい、気を付けます。ネヴァ先輩、今度、ソドゴラ村に遊びに来てください。お茶くらい出しますので」
「お茶以外も出しなさいよ」
ディアとネヴァが話をしているようだ。二人とも笑顔だな。
関係が改善されたようだ。今後はディアもいびられるようなことは無いだろう。
二人を見ていたら、ウェンディが私の方に近づいてきた。
「フェル様、今度、魔界、帰る。一緒、帰る」
「私が魔界に帰る時に一緒に帰りたいということか?」
ウェンディが頷いた。そうか、一度は帰りたいよな。知り合いはいないだろうが、知り合いの子孫はいるかもしれない。
「分かった。しばらくは帰る予定はないが、その時は連絡しよう。それとも、他の魔族と一緒に帰るか? 今、何人かの魔族を呼びよせている。その魔族達と一緒に帰ることもできるぞ?」
「うん、それでも、いい」
「そうか、それなら今度ソドゴラ村へ来てくれ。魔界からローテーションで来てもらうことになっているからな。その時に合わせて一緒に帰ればいい」
「ネヴァ、相談。準備、終わる、村、行く」
ネヴァに相談して準備が終わったら村に来るという事かな。ネヴァの専属冒険者みたいだし、色々手続きも必要なんだろう。
「分かった。呼ぶ魔族にも伝えておくから、もし私が村にいなくても大丈夫なようにしておく」
ウェンディの目は見えないが、口元が笑った感じになった。ウェンディとは色々あったが、人魔大戦を生き残った魔族だ。色々と助けてやらないとな。
さて、挨拶はこんなものだろう。今日中にはエルリガに着いて、明日は大霊峰に入らないといけない。いい宿を取るためにも早めに行かないとな。
「それじゃ、お前達、世話になった。またな」
全員がそれぞれ挨拶をしてくれた。何人かは後から村に来るようだし、またすぐに会えるだろう。
ギルドカードを門番に見せて南門から外に出ると、遠くにカブトムシが待っているのが見えた。
ディアが最初に歩き出して、すぐにこちらを向く。
「王都では色々あったね」
「本当にな。ディアの護衛だけのはずだったんだがな」
生き残りの魔族に襲われたり、ヴァイア達が付き合ったり、確かに色々あった。まあ、最終的には全部丸く収まった気がする。
だが、私の用事はこれからがメインだ。大霊峰で魔王様に色々聞かないといけない。色々と心の準備だけはしておかないとな。
「みんなちょっと待って」
ヴァイアが急に足を止めた。どうしたのだろう。
「王都に来た記念に映像を保存しておこう! ノストさん、申し訳ないけど、この魔道具を使ってもらえますか? あと少しだけ魔力を込めれば使えますから」
念話用の魔道具をノストに渡して色々と説明している。サンダーバードを倒したときのように映像を残しておくのか。なるほど、四人の映像ということだな。
「おいおい、いいのかよ? 俺達とじゃなくて、ノストと一緒の映像を残した方がいいんじゃねぇか? 俺の前でやったら阻止するけど」
相変わらず心が狭い。だが、私も目の前でされそうになったら阻止しそうな気がする。
「大丈夫だよ。ノストさんとの映像はもうあるから」
いつの間に。まあ、昨日か。二人でデートしてたし。
「リエル、なんでそんな嫌そうな顔をするんだ。私達の前でしてないんだからいいだろ?」
「想像しただけでなんかむかつくんだが」
気持ちは分かるが顔に出すな。
「準備できたよ。皆集まって」
どうやら南門をバックに映像を保存するようだ。四人で並ぶとノストが魔道具を構える。
「えっと、なにかポーズを取りますか? 立っているだけだと寂しいですから」
「じゃあ、前にフェルがやったように親指を立ててポーズを決めようぜ」
「私の古傷を抉るんじゃない。映像が残ると知っていたらあんなポーズはしなかったぞ」
それにあの時は髪がボサボサだ。あれが残ると思うと残念過ぎる。
「はい、では行きますよ」
とりあえず、みんなでサムズアップした。皆一緒なら恥ずかしくはない。
ノストが持つ魔道具が一瞬光る。確かこれで終わりだ。魔道具を渡されて表示された映像を見る。
私が真ん中、左がヴァイアで右がディア、そして私の真後ろにリエルだ。リエルはヴァイアとディアの肩に手をまわして両手でサムズアップしている。そして私の頭に顔を乗せていた。みんな顔が近い。
映像を保存するとき頭に何か乗ったと思ったらリエルの顔か。それはまあいい。だが、三人は笑顔で、私だけ表情が硬い。なんというか、嫌々している感じだ。
「やり直しを要求する」
「フェルちゃん、前も言ったでしょ。これは一日に一回しかできないんだ。やり直しはできないよ」
「しかしな、私だけ嫌そうな感じだぞ?」
せっかくの記念がこんな顔なのは良くないと思う。
「別にいいじゃねぇか。フェルはツンデレなんだから。嬉しいのは分かってるって」
「分かってないだろうが。そのツンデレ疑惑は止めろ」
「まあまあ、フェルちゃん。これはこれで味があるよ。フェルちゃんは嫌がりながらも色々やってくれるからね。これも、そんな感じが出てていいと思うけど」
「そんな感じが出てどうするんだ。よし、分かった。明日も映像を保存するぞ。リベンジだ」
完璧な映像ができるまでやり続ける。これは最優先課題。大霊峰よりも上だ。
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