嫌な予感

 

 ダグたちの謝罪を受け入れた後、クロウの提案により、みんなで食事をすることになった。


 なぜか今回は無礼講という話になり、オルウスやハイン、そしてノストも一緒に食べることになったらしい。詳しくは知らないが、貴族が執事やメイドと一緒に食べるというのはあり得ないことだそうだ。


「一緒に食事をするのは構わないのだが、今日の食材は私のための手土産だったんじゃないのか?」


「かたいことは言いっこなしだよ、フェル君。美味しいものは皆で分かち合おうじゃないか」


「それは私が言うセリフだよな?」


 まあいいか。謝罪は受け入れた。手土産も本来はいらない。なら魔族がいい奴だということをアピールしておこう。ダグはグランドマスターだし、コイツが魔族に手を出すな、と言ってくれれば冒険者ギルドの奴らも従ってくれるだろう。


 まずは状況を整理だな。食事は立食形式。見たことがない料理が多い。全種類制覇しないといけないが、それには順番が大事だ。


 普通なら野菜からスープ、肉料理といくのが定番だ。だが、ここはあえて肉から行ってみよう。多分、肉料理は人気がある。先に食べておかないと、なくなっている可能性があるからな。よし、行動開始だ。


 これはグリフォンの肉かな。なかなか美味しい。肉自体の味もいいけど、甘じょっぱいソースの方が好みだ。もう、二、三切れ食べておこう。


「フェルちゃん、聞いてよ。リエルちゃんが酷いんだよ」


 ヴァイアとリエルが近くにやって来た。


 酷いとは言いつつも、それほど怒った感じはない。大したことではないのだろう。


「リエルがまたなんかしたのか?」


「またってなんだよ。いや、あれはヴァイアが酷いと思うぜ? 公正な判断をしてもらうためにフェルに聞いてもらいてぇんだ」


「食事をしながらでいいなら聞いてやるが?」


 今、口と頭が忙しい。食べながら次の獲物を見定めているからな。


「ヴァイアの奴、ノストがいるからって、あーん、をしようとしたんだぞ。そんなのは二人きりの時にやるべきだろ。だから阻止してやった。今度、俺の目の前でやったら戦争だぞ?」


「酷いよね。ちょっとした、こ、恋人同士のコミュニケーションなのに」


「ヴァイア、ギルティ。異議は認めん。反省しろ」


 リエルは右手を挙げてガッツポーズ。ヴァイアはしょんぼりした。


「浮かれる気持ちは何となくわかるが、もう少し自重しろ。いつかノストと結婚するならみんなに祝福されたいだろ? だったら周囲に気を使え」


「うん、そういえばそうだったね。ごめんね、リエルちゃん」


「そんな風に謝られると、俺が可哀想な奴みたいじゃねぇか! 分かった、さっきの件は許してやるから、早くノストにいい男を紹介させろよ? 紹介さえしてくれれば聖女の力で落として見せっから」


 リエルはヴァイアの肩に手をまわして離れて行った。紹介された男が何となく不幸な目に遭いそうだけど、放っておこう。こういうのは管轄外だ。


 さて次は何を食べようか。このお米料理みたいのが美味しそうだけど、どうだろうか。


「フェル様、よろしいでしょうか?」


 呼ばれた方を見ると、オルウスとダグがいた。そういえば、この二人は友人なんだっけ。


「食べながらでいいなら、問題ないぞ」


「もちろん構いません」


 オルウスは背筋を伸ばしてから私の方を見つめてきた。


「ダグの事を許してくださったお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」


 そう言ってから深々と頭を下げた。それを見たダグは困った顔をしている。


「オルウス、お前が礼を言うような事じゃないだろう。どちらかと言えば、儂がフェルに礼をするべきなんだ」


「私がフェル様にお願いをして、謝罪の場を設けてもらったんだ。そしてお前の謝罪も受け入れてくれた。私が礼を言うのは当然だろう」


 普段のオルウスからは想像できないような口調がでた。こっちが素なのかな。


「オルウスが普通にしゃべると新鮮だな」


「これはお恥ずかしいところを」


 オルウスは少し笑みを浮かべた。私の生きた時間よりも友人をやっているのだろう。砕けた感じの口調になるのも当然か。


「儂の方からも礼を言わせてくれ。謝罪を受けてくれて助かる」


「そのことはもういい。あの場で言ったことが全てだ。今後敵対しないと誓うなら、これ以上の謝罪や礼はいらん」


 ダグは「分かった」と言ってちょっとだけ頭を下げた。うん、その程度で十分だ。


 そういえば、ダグは女神教の勇者と一緒に戦ったと聞いた気がする。そして、この二人は友人だ。ということはオルウスも勇者と一緒に戦ったと言う事だろうか。


「女神教にいる勇者のことを聞いてもいいか? おそらくだが、二人とも知り合いなんだよな?」


「よくご存じですね。私とダグ、そして女神教の勇者と賢者。五十年前、この四人でパーティを組み、そして……魔族を殺しました」


 言い淀んだけど、真っすぐな目で見つめてくる。それに関しては事実として誤魔化す気はない、ということなんだろう。


「私に気を遣う必要はない。魔族も人族を殺していたんだ。こちらも気を遣うつもりはないからな」


「畏まりました。では、勇者のことですね。勇者の何をお知りになりたいのでしょうか?」


「何でも構わない。どういう奴なのか知っておきたいだけなんだが」


 偽物の勇者だけど、念のため確認しておこう。


「そうですね……名前はバルトスと言います。正義感の強い奴でして、困った人を放っておけないタイプの熱血漢でしたね」


「懐かしいな。儂らは人魔戦争が始まる前、冒険者をやっていた。バルトスは人助けならわずかな報酬でも依頼を引き受けてしまってな、それをシアスの奴が怒り、オルウスが止める。儂は笑っていただけだが、そういうやりとりを何度も繰り返した」


「ええ、そうでしたね」


 オルウスもダグも懐かしそうな顔をしている。そして笑顔だ。楽しかった記憶なのだろう。


 勇者の名前はバルトスか。それにもう一人、名前が出たな。シアス、ね。おそらくそいつが賢者なのだろう。異端審問のトップであるアムドゥアもそんな名前を言っていた気がする。


「おっと、懐かしんでいる場合じゃありませんね。五十年前、バルトスは魔族をもっとも倒した人族として崇められました。その後、バルトスは女神教に入信して勇者と言われるようになったのです」


「さっき名前をだしたが、もう一人、シアスという奴がいてな。そいつも女神教に入信して賢者と言われるようになったんだ」


「そうか。何となくわかった」


 私達が恐れる勇者でなくても、魔族を倒せる人族か。さすがに衰えているとは思うが、今でも強いのだろう。すぐに敵対するわけじゃないけど、リエルはやる気だしな。色々情報を集めておかないと。


 そうだ、女神教を倒そうとしたとき、この二人はどう考えるだろう? 探りを入れておくか。


「二人とも女神教の事はどう思っているんだ?」


 二人とも暗い顔をして黙ってしまった。どうしたのだろう?


「実は女神教の事をよく思っておりません」


「儂も、だな」


「なにか理由があるのか?」


「そうですね。実はあの二人が関係しています。二人が勇者と賢者と言われるようになったのは喜ばしく思っているのですが、あの二人とはもう何年も連絡を取り合っていないのです」


 話を聞いてみると、ここ十年くらい連絡が取れないらしい。ある時期から、念話や手紙への反応がまったく無くなったそうだ。聖都へ直接出向いたこともあるそうだが、会ってすらくれなかったらしい。


「あの二人が私達を拒否する理由はないはずなので、女神教が邪魔しているのではないか、と疑っております」


「ああ、儂らは生死を共にした仲間だ。例え儂らを嫌うような事があったとしても、ちゃんと口に出して言うはず。何も言わずに無視するようなことはない」


「私達ももう歳です。あの頃のようにまた四人で会いたいと思っているのですが……」


 色々あるんだな。だが、余計な事を聞いてしまった気もする。勇者や賢者と戦う時にちょっとやりづらくなった。


「えっと、変な事を聞いてしまったな。もしかしたらリエル絡みでその二人に会うことがあるかもしれない。その時は二人の事を聞いてみる」


「そういえば、リエル様は女神教の聖女でしたね。よく考えたら、最近の二人を知っているという事でしたか。フェル様、申し訳ありません。リエル様に話を伺ってまいります」


「おお、儂も行くぞ」


「リエルなら向こうにいるはずだ。こっちは気にしなくていいから話を聞いてこい」


 そう言うと、二人はあっという間にいなくなってしまった。


 連絡が取れなくなった、か。多分、女神教がなにかしているのだろう。理由は分からないけど。


 まあいい、次の料理に移ろう。


「フェルちゃん、食べてる?」


 今度はディアがやって来た。ネヴァとウェンディも一緒のようだ。


「今からこのスープを飲もうとしたんだが、赤いから辛いのか? トマトの赤じゃないよな?」


「ピリ辛かな。赤くて見えないけど、卵とワカメ、あと玉ねぎが入ったスープで美味しいよ。ちょっとゴマを入れるのが通」


「いい情報だ。それは食べないといけない」


 なるほど、ゴマの風味がちょっとだけ辛さをマイルドにしているような気がする。美味い。


「フェルさんはものすごく美味しそうに食べますわね?」


「笑顔、素敵」


 しまった。忘れていた。まあいいか。これも魔族が危なくないというアピールになるはず。そう信じたい。


「お前達も食べてるか? 私はまだ半分も食べていないんだが」


「また、全種類制覇しようとしてるんだ? 村の結婚式でもやってたよね?」


「それをやらずに何をするんだ?」


「あー、うん、フェルちゃんならそうだろうね」


「あの、フェルさん」


 ネヴァが真面目な顔をして私を見つめてきた。そしておもむろに頭を下げる。


「ウェンディのこと、許してくださって、ありがとうございます」


 それに合わせてウェンディも頭を下げた。


「お前達もか。ダグ達にも言ったが、もう謝罪も感謝もいらない。そっちはお腹いっぱいだ。腹を壊すだろうが」


「フェルちゃんなら食べられるよ!」


「言葉のアヤだ。うまいこと言ったつもりだったのに、ディアのせいで台無しだろうが」


 ディアとそんなやり取りをしたら、ネヴァとウェンディが笑っていた。


「仲がよろしいですわね。私達も似たような関係を作れるように頑張りますわ」


「頑張る」


 ウェンディは魔族であることを公表して冒険者を続けるんだよな。ここは現在の魔族の方針を伝えておくか。


「ウェンディ、今の魔族は人族と友好的な関係を築くことを目的としている」


「はい」


「人族のネヴァと懇意にしているようだし、引き続きネヴァの元で魔族が悪い奴じゃないことをアピールしてくれ」


「了解、アイドル、頑張る」


 そういえばアイドルをやってたな。別にいいんだけど、魔族がそんな感じだと思われるのは何となくマズイ様な気もする。手遅れかもしれないけど。


「せめて、露出を控えて行動しろよ? 魔族が変態だと思われたら困る」


「大丈夫。精霊、しっかり、ガード」


 もしかして精霊をずっと纏っている気か。それでもいいけど。


「ふふふ、ウェンディちゃん。悪いけど、アイドルの頂点で胡坐をかいていると、足元をすくわれるからね?」


「どういう、意味?」


「なんと! アイドル冒険者をプロデュースしてます! バックダンサーとして踊る時もあるけどね! うちの子、すごい原石だから! 超原石!」


 ヤトの事だとは思うんだけど、そうか、超が付くほど原石なのか。磨けるのか?


「それはウェンディと私に対する宣戦布告というわけですわね? いいですわ、受けて立ちましょう!」


 なんか盛り上がってるな。邪魔しないようにしよう。


 それにしても魔族と魔界にいた獣人が人界でアイドル冒険者のトップになれるか争うのか。ちょっとモヤっとする。


「フェル様、時間、少し、いい? 二人、だけ、話」


「二人だけで話か? 別に構わないぞ」


 ディアとネヴァがアイドルのことで話し込んでいるようだからな。今のうちなら二人だけで話せるだろう。


 ウェンディと一緒に二人から少し離れた。


「で、なんだ?」


「魔王、譲る、無理。フェル様、まだ、魔王」


「また、その話か。私は魔王じゃない。魔王の座は譲ったといっただろう?」


 ウェンディが首を横に何度も振った。ものすごい拒否と言う事だろうか。


「魔王、死ぬまで、魔王。譲る、不可能。分析、鑑定、称号、見る」


「死ぬまで魔王? 分析、鑑定……? ああ、分析魔法か鑑定スキルで私の称号を見ろという事か?」


 なるほど。私が魔王なら魔王の称号を持っているということだろう。確かに昔は持っていた。だが、今はないことを確認済みだ。


 仕方ないな。改めて魔眼で確認してやろう。


 ……やっぱり私にはそんな称号はない。魔王じゃないことが判明した。


「自分を確認したけど、魔王なんて称号はないぞ?」


「嘘……」


 ウェンディは下を向いて考え込んでしまった。そんなこと考えなくてもいいのに。


 しばらく待つと、顔を上げてこちらを見た。


「能力、制限」


「なに?」


「制限、解除、称号、見る」


 能力の制限を解除してから称号を見ろ、という事だろうか。そんなことに意味があるのか?


 いや、待てよ? ウェンディも制限を解除したらユニークスキルが増えた。まさかとは思うが、私も制限を解除したら何か増えるのか?


 あり得ない。私は元魔王だ。今の魔王は、魔王様だけ。私じゃない。でも、もし、私が魔王のままなら……?


「制限の解除はおいそれとはできない。今度やった時に確認してみる」


 ウェンディはこくりと頷くとディア達の方へ足を向けた。


 能力制限の魔法は魔王様に教わった。人族と力の差があり過ぎるから能力を制限する、そういう話だったはずだ。でも、それが嘘なら? 魔王としての力を制限するだけだとしたら?


 ……よく考えたら、だから何だという感じだな。魔王様に嘘をつかれていたらちょっと複雑だが、別に構わない気もしてきた。もう、気にするのは止めよう。魔王様に聞けばいいだけの話だ。


 部屋でやったように、頬を叩いて気合を入れる。さあ、残りの料理を食べよう。


「フェルちゃん! ネヴァ先輩が酷いんだよ! うちのアイドルがウェンディちゃんに勝てるわけないって言うんだよ!」


 ディア達の方へ近づいたらいきなりそんなことを言われた。


「当然ですわ。年季が違いますわよ、年季が。ウェンディに勝てるなんて、大霊峰が噴火する確率よりも低いですわ!」


「どんな確率なのかは知らないが、かなり低いのか?」


 そう言った直後、地震が起きた。


 一分ぐらい揺れていただろうか。それほど大きく揺れたわけじゃないけど、長かったな。


「年に数回とか言ってた割には多いな?」


「そうだね。こんなに立て続けで地震なんて起きないんだけど」


 地震による問題がないことを確認したので、改めて料理を食べようとしたら、部屋の扉が勢いよく開いた。そして、ハインが慌てた様子で入ってくる。


「ク、クロウ様、大変です! 大霊峰の火山が噴火しました!」


 確率高いんだな。いや、それよりも大霊峰には魔王様が……いや、待てよ?


 胸ポケットの念話用魔道具が鳴った。ものすごく嫌な予感がする。


『やあ、フェル。今、大丈夫かな?』


「はい、大丈夫です」


『やっと、大霊峰へ入れる準備が整ってね。二、三日中に来てもらっても大丈夫かな?』


「畏まりました。ちなみに噴火があったようですが、ご無事でしょうか?」


『もちろん大丈夫だよ。そもそも、アレをやったのは僕だからね』


 嫌な予感というのは何で当たるのかな。

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